【PPSA(環太平洋安全保障協定)の締結】
パーティーが終わったあと、私たちは会議室に集まり、日米共同宣言へ向けたお互いの資料の確認作業を行った。
これはまだ草案であるが、国に持ち帰ったあとできる限りこの草案に沿った形で具体的な内容を決めるための指針となる。
薫さんもドレスから制服に着替えて、テキパキと作業をしていた。
もう薫さんのこの姿も見納めかと思うと、少しセンチになってしまうが、日本の未来のために気を引き締めて頑張った。
確認作業は日米の軍人だけでなく外務省なども交えて行われ、最後はルーズベルト大統領と吉田首相の確認を経て明日我々が日本に帰る前に発表される。
作業は深夜2時過ぎにようやく終わった。
まだ残っていたサンフランシスコ新聞の記者がカメラマンを連れてきて全員の集合写真を撮ってくれたので、私は記者にその写真を私も欲しいとお願いした。
もしかしたら、この写真が薫さんとの最後の写真になるかもしれないから。
ホテルに戻り各自部屋のシャワーを浴びて就寝し、朝8時にロビーに集まりホテルで軽く朝食を食べた。
新聞には昨日の晩餐会の写真が一面に掲載されていた。
新聞を読みながらハンバーガーを食べている草鹿さんが、はやく白い米の飯が食いたいと言い皆を笑わせた。
薫さんも皆と一緒に笑っていたが、私は少し感傷的になっていて笑えなかった。
食事が終わり、ロビーで寛いでいると、今日もホテルにはロサンゼルスから来たハリウッドの映画関係者の人が薫さんを捕まえて何か話をして写真を撮っていた。
11時の出発前にルーズベルト大統領と吉田首相による日米共同宣言が発表された。
発表の内容はPPSA(Pan-Pacific Security Agreement=環太平洋安全保障協定)を締結して太平洋の安全のためにお互いに協力していくという内容で、事実上の2国間平和条約に会場は歓喜の歓声に包まれた。
そして盛大に見送られながら我々はアメリカ大陸を後にした。
帰りは16時間という時差がネックとなり、いったんハワイを経由して帰ることになり、夕方5時過ぎにハワイに到着した。
大艇2機は真珠湾にあるフォード島の水上機基地に停泊し、我々は同じフォード島にあるウィーラー陸軍飛行場に着陸した。
前史では同じ年の12月に、日本帝国海軍が奇襲した場所にお世話になることがなんとも不思議な気がした。
ここでも太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将に歓迎されワイキキのファーストレディと称されるモアナ・サーフライダー(現在のシェラトン・モアナ・サーフライダーホテル)で盛大なパーティーが催された。
次の日は早朝6時に真珠湾を出発して、16時間に及ぶ飛行ののち夕方5時に無事東京羽田空港に到着した。
羽田には陛下をはじめ大勢の政府や軍の人たちに混じって、更に大勢の民間人がいて我々を迎えてくれた。
おそらくアメリカから発信した短波による情報が、新聞の朝刊に載ってそれを見て集まったのだろう。
(※短波=無線通信用の周波数帯の区分のひとつで、波長10~100mと非常に短いことから短波と呼ばれる。短波は地球を覆う電離層と地表との間を繰り返し反射することで、発信地点から地球の反対側にある場所まで情報を伝えることができる。遠洋の船舶通信、国際線航空機用の通信、国際放送およびアマチュア無線に広く利用されている)
ここでも夜に慰労を目的とした盛大なパーティーか催された。
「まるで政府の金で旅行して、毎晩豪華なパーティー会場に現れて無銭飲食を楽しんでいるみてぇだな」
さすがに気が緩んだのか、べろんべろんに酔った草鹿さんが私たちに言った。
これも政府の特使としての役割のひとつで、決して無銭飲食などと卑下するようなことではないと言おうとした私より先に、隣に座っていた薫さんが話し始めた。
「ホント毎晩素晴らしいお料理を味わうことができて幸せです。けれども困ることもたくさんあります」
薫さんの話の意図が分からなかったのか、草鹿さんは身を乗り出して「困ることって、いったいなんだ?」と絡んで来た。
草鹿さんはもう完全な酔っぱらいだから、私は草鹿さんの酔いをさますために外の風に当てようとその体をつかもうとしたとき、薫さんが嫌な顔をしないで答えたので私は手を止めた。
「こんなに美味しいお料理を毎日食べていると太ってしまうし、それに加えてお酒も飲み放題ですと健康に悪いでしょう? 日本の未来を本気で考えるのであれば、その行く末まで責任をもって見守らなければなりませんよね」
草鹿さんは薫さんの言葉に神妙な顔でうなずいて、少し反省しているような顔をしたが、彼女の次の言葉を聞いて再びその表情は明るくなった。
「でも、良い事もたくさんあります。 今回行われた数々のパーティーは私たちに向けたエールであること。そして今夜のパーティーはその事への感謝です。ですから私たちは今夜胸を張って誰よりもたくさん飲み食いする権利があります!」
そう言うと薫さんは持っていたワイングラスを、草鹿さんの日本酒の入った湯のみ茶わんとカチンと合わせてグイっと飲み干した。
薫さんはさらにワインボトルに手を伸ばし、それをグラスになみなみと注いだ。
慌てて私は止めようとしたが、薫さんはなおも話を続けた。
「そしてこんな華やかなパーティーの中で私は気付きまちた」
“ました” が発音できずに “まちた” になっていたが、酔っている草鹿さんはそんなことはおかまいなしに「何に気付いた?」と真剣な表情で食い入るように薫さんの顔を見て答えを待っていた。
「ちょれは、家族で静かにくちゅろぎながら食べるご飯の、おいちさです」
草鹿さんはその言葉に純真な子どものように、または年老いた老人のように素直にしみじみと言った。
「ああ、まさにその通りだ。俺も早く家に帰って、母ちゃんの作ってくれた飯をたべたいな」と。
そして草鹿さんは、以前東京五輪に参加してくれた国々の人たちを送ってエジプトから戻ってきたときに行われた慰労会で私の耳元で囁いた言葉をもう一度、今度は薫さんの前で堂々と言った。
「お前たち二人が結婚したあかつきには、俺も新居に招待してくれよ!」と。
さらに今回は、つけ加えるように「いつになったら、結婚するんだ! イチャイチャを見せつけられる俺たちの立場も少しは考えてくれ」と。
そして、これにはなぜか会場からやんややんやと拍手が沸き起こってしまった。
みんな、知っていたの?
私は焦って薫さんの方を向いて助けを求めたが、薫さんは酔っぱらっていて気が付かないのか大人しくお茶をすすって澄ましていた。
みなさま、おはようございます(^▽^)/
今回のお話しに搭乗するPPSA(環太平洋安全保障協定)は、現在の日米安保のように不透明なものではなく太平洋地域の安全を共に守るというもので、今の時代でどうなるのかといえば、例えば日本の竹島や尖閣諸島に外国人が勝手に上陸すれ共に排除に向かうし、太平洋ルートでカリフォルニアに麻薬を輸送しようとする船がいれば共に取り締まる。というもので、将来的にはオーストラリアやフィリピン、中華民国、ベトナムなども加盟するようなNATOを発展させたような協定となります。
南沙諸島を中国船が実行支配しようとするのも皆で取り締まる感じです。
いよいよ明日が最終回となります。
みなさま是非、読んで下さい!
そして是非、応援してください!




