【行ってはならない場所に行って見えたもの②】
「私が聞きたいのは、未来から来たとか、平和がどうとか関係なしに、結城薫というひとりの女性としてどう思っているかを聞きたいの」
私にはどうしていいかわからなかった。
薫さんを好きだという気持ちに偽りはない。
もし同じ時代に生きていたなら、もうとっくに求婚していただろう。
しかし薫さんはいずれ未来に帰る人。
薫さんは未来から来たとかは関係なしにと言ってくれたが、これが一番重要なこと。
関係なしになんて考えられない。
もしここで本心を打ち明けてしまえば、お互いに別れが辛くなるだけ。
そしてその別れは、もうすぐ手の届く「平和」と引き換えにやって来る。
待ちに待っていた、平和。
この日のために過去に戻ってから7年費やした。
そしてこの7年という月日は、薫さんと過ごした大切な思い出の月日。
決して忘れないし、決して手放したくはない。
私は薫さんの肩を抱いて、遠く西のかなたの夜空を見つめて考えていた。
考えて、考えて、考えても、答えは出ない。
ここで日米の平和条約、もしくは協定が結ばれれば、対米戦を回避する私たちの役目も終わる。
その時にどうやって薫さんたちが未来に戻るのかはわからないが、少なくとも不都合を回避するために私たちの記憶は消してしまうのだろう。
記憶を消された私たちは、何事もなかったようにそのまま暮らしていく。
決して記憶は消されたくない。
薫さんと過ごしたこの7年間の記憶は、私の宝だ。
しかしその宝は、一瞬で消える。
あとには傷跡も残らない。
春に皇居東御苑梅林坂で紅白の花を咲かせる梅を見て、なぜだか懐かしい気持ちになるのだろう。
けれども、なぜその花を見て懐かしく感じるのか私にはわからない。
ただ無性に幸せな気持ちになる。
そんな日々を送るだけ。
薫さんは私を急かすこともなく、ただ黙って私に抱かれて同じ空を見つめている。
なんて可愛いんだ!
まるで子供みたいに素直な薫さんの様子を肌で感じているうちに、私はやはり伝えておくべきだと思うようになった。
未来に戻った薫さんには、未来で待っている家族や友人知人がいる。
しかし過去にいる私がたとえ記憶を失わなかったとしても、薫さんの痕跡もつかめないのとは違い、薫さんは未来でも私に話しかけてくれるだろう。
私は薫さんと再び会えることなく死んでしまうが、墓は残る。
薫さんはきっとその私の墓に、平和な未来の状況を私に教えに来てくれるに違いない。
死後の世界などわからないが、私はその日が来ることを楽しみに待っていることにしようと思う。
「薫さん……」
「うん」
私の胸で遠くを見ていた薫さんの顔が持ち上がり、ふたたび私の顔をじっと見つめた。
「私はあの療養所のベッドで薫さんと初めて会ったときから貴女のことを好きになりました。ただこのときの好きという気持ちは恋愛感情ではなく、好きな感じの人ということで、第一印象ということです。 そして貴女が未来から来た人だということがわかったとき、未来には綺麗な人がいるということと、決して好きになってはいけないことを知りました」
薫さんは私に肩を抱かれたまま、真剣な顔をして話を聞いてくれて、私も薫さんの顔を見つめながら話を続けた。
「でもそれを制御できたのは最初だけだった。すぐに薫さんは大本営の事務職員として私の傍に来て色々と助けてくれた。そして上海で日中友好条約の草案作業をしていたとき、薫さんが来てくれた。私はそのとき自分が既に薫さんを好きになっているのではないかと思い、そのあとノモンハンで事件が起こり、薫さんがついて行くと言ってくれて、駄目だという私を決断させるために自身の大切な髪を切ったとき、私の恋は決定的なものとなった。それからは離れるたびに、思いがつのっていった」
薫さんが私の胸に顔を埋めた。
私は薫さんの髪を撫でながら、話を続けた。
「私の薫さんへの想いは、好きだということで、これはもう隠さない。薫さんがこのさき未来に帰っても、この気持ちは一生涯変わることはないだろう。 私は薫さんと出会えたからこそ、この平和への戦いを生き残ることができたと思う。そして薫さんには未来に戻っても幸せであり続けてもらいたいと願っています」
とうとう私は、決して話さないと心に決めていた自分の本当の気持ちを打ち明けてしまった。
薫さんは私の胸に顔を埋めたまま「うれしい」と言ってくれた。
やがて顔を上げた目には、いくつもの大粒の涙がキラキラと夜の闇に光り輝いていた。
そして彼女は言った。
「キスして」と。
私は薫さんの華奢な体を離したくない一心で強く抱きしめ、その綺麗で可愛い唇に自分の唇を合わせた。
空には数えきれないほどの星々が私たちふたりを囃し立てるようにキラキラと輝いていたが、私たちふたりは彼らに構うことなく夜の静寂の中、お互いの唇を貪るように愛を確かめ合っていた。




