【日枝神社にて】
新しい大本営の建物が完成したとき、大本営部員用の独身寮と幹部用の住宅も完成した。
独身の尉官までの隊員は強制的に独身寮に入ることになるが、佐官以上の隊員の入寮は個々の判断に委ねられる。
私は薫さんや柳生さんと一緒にいたかったので、入寮はしていない。
幸いなことに私たちの住むあの建物は、元療養所なので病院棟と入院棟、そして炊事棟との3つがそれぞれ違う番地に登録されてあるので、大本営人事部の帳面には私たち3人はそれぞれ別の住所で記載されている。
さらに柳生さんは開発部、薫さんは通信部、そして私は情報部と3人とも違う部署なので、同じ地域の似た番地に住んでいることも分かりにくい。
パーティーが終わった今夜も、3人一緒の電車に乗り同じ駅で降り、同じ家に帰るはずだった。
「叔父さま、私たち少し寄り道して帰ります」
薫さんは柳生さんにそう言って別れたあと「いいよね」と、私に言った。
順番は逆だったが、かまわない。
私はとうとうこのときが来たのだと観念して。うんと答えた。
大手門から東京駅に向かう柳生さんは私の顔を見て別れの挨拶をしたあと、そっと薫さんの肩を叩いて去って行った。
おそらく二人の間で、もう話をしているのだろう。
柳生さんと別れたあと、薫さんは私を連れて桜田門から堀の外へ出た。
どこへ行くのだろうと思いながらついて行くと、日枝神社の石塔と灯籠が見えた。
ここは1937年(昭和12年)のお正月に、薫さんと二人で初詣に行った懐かしい場所。
初めて二人でお正月を祝った場所が、最後の場所になるなんて、なんと皮肉なめぐり合わせなのだろうと思った。
あの日と同じように私たちはそのまま境内から八坂神社を通るルートは使わずに、いったん山王切通坂を昇り、山王稲荷神社 千本鳥居から日枝神社へと向かった。
大晦日やお正月、それにお祭りや七五三でもない平日金曜日の夜には提灯の灯りもなく、ただ暗く狭い石段の道に何本もの鳥居が並んでいて、私はこれが過去と現在と未来をつなぐ道なのではないかと不気味に感じていた。
なぜだか急に目の前を歩く薫さんがスーッと目の前から消えてなくなってしまう恐怖に駆られて、慌ててその手を取り狭い上り坂の階段を並んで登った。
無事に千本鳥居を抜け、道は右に曲がり大鳥居を抜けるまであと12段。
12……。
もしかすると、この12段の石段は干支や月などの時間を表すのではないだろうかと思った。
そうなると、この鳥居をくぐったときに薫さんは未来へと帰る。
止めなければと焦るが、決して止めることはできない。
私は薫さんと一緒に登ったサンフランシスコのドームで、薫さんへの想いを打ち明けた。
薫さんはそのとき未来から来たとかは関係なしにと言ってくれたが、同じ時間を生きていない以上無視することはできないし、薫さん自体私の告白を嬉しいと言ってくれたがそれはそれで終わった。
止めることはできないと、今も私は思っているが、ただ手放すのだけは嫌だ!
私は鳥居にお辞儀をすると、薫さんを神にささげるつもりで、彼女の体に腕を回しお姫さま抱っこをした。
「どうしたの柏原くん!?」
私の行動に驚いた薫さんが言った。
私はただ「導いてあげる」と言い、彼女を抱きかかえたまま、ゆっくりと階段を進む。
そして最後の一段を超えるとき、私は目をつぶった。
最後の一歩を踏み越えたとき、急に力が抜けてスーッと軽くなるのが分かった。
それは思った以上に、あまりにも呆気ない幕切れだった。
ゴトゴトと電車の走る音が遠くに聞こえる。
車が坂道を上る音、そして微かに木を揺らす風……。
いま、薫さんは旅立ったのだ。
私はその場に膝をつき、愛しいその名前を呼んだ。
「薫さん……」と。
すると、どこかからか薫さんの声が聞こえた。
「なに」と。
空耳なのかと思い目を開けると、目の前にはその愛しい顔があった。
「腰を痛めたの?」
「えっ? ち、違うけど……」
未来に旅立ったと思った薫さんは、ただ単に境内に着いたので自らお姫様抱っこから降りただけだった。
未来に帰るためにここに来たんじゃなかったのかと聞くと、神社に来たのだからお参りしに来たに決まっているじゃないと軽くいなされた。
その後はしきたりに従って手水舎で禊を済ませ、本堂でお参りをした。
私は日本の平和と隣に薫さんがいることについて神様に感謝を申し上げたが、薫さんが何を拝んだのかは分からなかった。
薫さんにそのことを聞くと、神様に言ったことは話さないと言ったが、そのあとなぜか目をキラキラと輝かせて「可愛がってくださいね」と、甘えるように私の懐に入り込んで言った。
よほどサンフランシスコで観たオペラ「蝶々夫人」が気に入ったのだと思い、初めてのオペラは楽しかったことを告げると薫さんは「私のことよ」と、さらに甘えてきたが、何を言っているのかよく分からなくて聞くと、薫さんは「もう!」と小さく呟いたあと私の懐から1歩離れてお辞儀をしながら言った。
「末永く、可愛がってくださいね」と。
「えーーーーっ!?」
私は日本の平和を追い続け、それと同時に手の届かないと思って諦めていた宝物に恵まれた。
この人のためにも、やがてこの人との間に生れて来る子供のために、そして子供から孫、孫から曾孫。
末代に続く人々の平和にために自分に出来ることを続けて行こうと思った。
完
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
ふつうこういったことを書く場合「拙作」という表現を使われる方もいらっしゃいますし、以前の私ならそういった表現を使っていたことでしょう。
でも今回はこの「拙作」という表現は使いません。
なぜなら、これは今現在の私のできる限りの能力を使い、今までのような「書き殴り」をせずに大切に育ててきたつもりだからです。
そしてその力を下さったのは、読んでいただいた読者さまの力です。
どうせ読まれないと思いながら書くのではなく、たくさんの人に読んでもらえるということが、私の中で少しの時間も惜しまずに読み返しをおこなって世に出そうという気持ちにさせたのだと思います。
とにかく書きたいことばかり先行していた私を変えて下さったのは、指摘などを受けての反省ではなく、読んでいただけた喜びだったのです。
また、時には書くことに行き詰ったときもありましたが、皆さまが読んでくださることが励みとなってここまで続けてくることができました。
最終回を終え、改めて感謝申し上げます。
これでこの「対米戦、準備せよ!」は終わります。
最初の設定では桜の咲くこの時期に、柏原くんが……という設定でしたが、やめました。
対米戦を回避できても、欧州ではまだ戦争が行われております。
いつかそこのところも書いてみたいなって思います。
重ね重ねではありますが、最後まで読んで下さり、また応援やブクマ&感想を頂戴しまして本当にありがとうございました。
ではまたお会いできる機会を楽しみに、今回はこれで筆をおかせていただきます。
ちなみに1回完結ブーストさせてしまいましたので、これで完結しますが、この完結通知は「なろう」のHPでは行われないと思います。
おまけ(小説の舞台となった場所)
*日枝神社*
ep.22 【揺れる○○】
ep.195 【日枝神社にて】
東京メトロ丸の内線および銀座線の赤坂見附駅11番出口を出て南に150メートル、大鳥居を潜って赤いのぼりがある方に進めば、この鳥居のある坂があります。
距離は30メートルほどなのですが、結構神秘的です。
*皇居東御苑 梅林坂
ep.139 【飛梅伝説】
東京メトロ千代田線:二重橋前駅B6または2出口より徒歩約2分
東京メトロ有楽町線:桜田門駅、3出口より徒歩約8分
都営地下鉄 都営三田線:日比谷駅B6または2出口より徒歩約2分
*横浜中華街*
ep.154 【迎えに来てくれた薫さん(横浜中華街の歴史)③】
みなとみらい線:元町・中華街駅から徒歩1分
JR京浜東北・根岸線:石川町駅から徒歩5分
*海軍横須賀鎮守府司令長官官舎*
ep.41 【超巨大戦艦建造計画と石油】
JR横須賀駅からバス「聖徳寺坂上」下車徒歩10分
※ただし一般に公開されている施設ではないので、いきなり行っても中には入れません。
詳しくは海上自衛隊横須賀地方隊のイベント情報から、公式SNSにて公開日が発表されます。
また館内で使用できるトイレはないので注意が必要です。
<海外は写真をつけますね♪>
*サイパン島、バンザイクリフとスーサイドクリフ*
ep.133 【シュガートレイン③】
*日本茶園(ゴールデンゲートパーク内)*
ep.180 【サンフランシスコの日本庭園②】
ep.181 【サンフランシスコの日本庭園③】
*戦勝記念歌劇場*
ep.182 【Madame Butterfly①(蝶々夫人)】
ep.183 【Madame Butterfly②(蝶々夫人)】
ep.184 【マスコミを揺るがす】
*サンフランシスコ市庁舎*
ep.190 【サンフランシスコ市庁舎にて①】
~ep.193 【行ってはならない場所に行って見えたもの②】
またね(^▽^)/




