第6話「地下牢での生活 1日目②」〜フルコースおもてなし〜
またかと、フォルカー様は言うけれども、水の入った樽を地下牢の外に置いてもらうのと、ほうきといえど、何かしらの物を牢の中に持ち込むのとでは、意味合いが大きく違ってくる。
ほうきだって、形を変えればそれを使って自害することもできるし、使いようによっては、脱出の道具にすることもできる。
それはフォルカーも分かっているようで、
「いいけど、その代わりそろそろ聞いてもいいかな?」
と、今回の事の顛末の説明を求めてきた。
「ニ月前に、君があの愚かなラットとかいう男から派手に婚約破棄を言い渡されたという話は聞いてるんだけどね。」
「リッツですわ、フォルカー様。」
ーーいや、ラッツだった。
即座にフォルカーの言葉を訂正するも、リーゼラ自身も間違えてしまった。
まあ、いいでしょう…
「それがどうして、この短期間で僕の義兄上に嫁ぐという話になるの?確かにうちの義兄上は、とても頭の切れる有能な公爵家の跡取りで、顔立ちも氷像のようにお美しいけれど、23才にして婚約者もいなければ、女性の陰一つないというお方で、それが家のもの達の悩みではあったのだけど…。」
そうだったのね…
どうやら、先程伺い見たローデリヒの第一印象と違わぬ人柄のようだ。
ついでに、フォルカーのローデリヒへの敬慕の念も、言葉の端々から伝わってきた。
「…それが、私にも全くわからないのです。」
「つい半月ほど前に、父から突然アルトラント公爵家に嫁ぐことを伝えられました。父に詳しい説明を求めても、「もう決まった事だから」と連呼するばかりで…。実のところ、父もこの状況に戸惑っている様子でした。」
「なるほど…、そちらのカストランド公爵からの要望だと思ったのだけど、そうではなかったんだね…。でもうちの義兄上が言い出したというのも考えられないし…」
私も当初は、アルトラント側からの話なのだと思っていたが、当のローデリヒ本人の様子を見て、「絶対に違う‼︎」と断言できた。
ならば、この婚約は一体誰が望んだものだったのか…
ーーー
「…ところで、どうしてうちの次男様を毒殺なんてしたの?」
「どく…えぇっ!? わ、私は殺してなどいませんっ!!」
フォルカーの思わぬ発言に、声が裏返ってしまった。
「そもそも、その方と直接お会いしたことも話したこともございませんし!」
「うん、知ってる。君は夜会ではいつも壁の花だったものね。次男様との関わりもないし、私怨などによる動機はひとまずないだろうね〜」
にっこり笑いながらフォルカーは答える。
分かっていてこんな質問をしてくるのだから、意地が悪い…
もしくは、例え関わりがなくとも動機はいくらでも考えられ得ると暗に言っているのだろうか。
その笑みから真意は分からない。
ーー亡くなった弟君は、社交界に全く顔を出さないローデリヒとは違って、朗らかな笑顔の似合う社交的な人物で、リーゼラが公爵家として出席しなくてはいけない数少ない夜会には必ずその姿を見かけた。
自分は遠くで話している弟君の様子をたまに見かけるだけの存在だったので、まさかそのような方が何者かに殺され、自分もその件に関わることになるなんて、まるで遠い国の物語を聞かされてるような、どこか現実味のない話のように思えた。
「ローデリヒ義兄上はねぇ、うちの次男様をとても可愛がっていてね。多分将来的には爵位を譲って、自分は領地の運営に専念しようと思ってたんだと思うよ〜」
あくまで軽い口調で話すフォルカーであるが、そんな伴侶のような相手を失ったローデリヒの心中を考えると、リーゼラも些か気の毒に思えた。
さぞかし信頼をおいていた相手だったのだろう…
突然浮上したリーゼラとローデリヒの婚約話に、
弟君の死……
これらは偶然に起こったことなんだろうか……
言い知れぬ嫌な予感に背筋がぞくりとする…
ーーー
「はい!」
先ほどのリーゼラの釈明(?)で納得してくれたようで、フォルカーが食事の差し入れ口から、ほうきを差し入れしてくれた。
「ありがとうございます!!使ったらすぐお返ししますので!」
前髪で表情は見えないが、きっと今の私は笑顔だったに違いない。
「それでフォルカー様、今からほうきを使いますので、少々埃が立ちます。ですので…」
と、リーゼラが言いづらそうに言うと、それを察したフォルカーが
「では、僕もそろそろお暇させていただくとするよ。」
と、今までの長居が嘘のように、サッと背を向けて手を振って去っていく。
その去り際の鮮やかさに、さすが女性慣れしている方なだけあるわと、変なところで感心してしまった。
ほうきを使って良からぬことをしないかと疑われるかとも思ったが、一応は信頼してくれてるらしい。
ひと息ついたら、そこからはフォルカーがいた時の倍の速さで、手早く埃をかき出し、集めていった。
数時間ほどかけて、しっかり汚れを落として拭きあげた壁や床には、艶が戻り、異臭などもなくなった。
寝具の埃は限度はあるが、できるだけきれいな状態にした。
掃除が終わると、この鬱々とした場所も今の状況も少し良くなったような気がして、リーゼラは微笑んだ。
すると、また階段から足音が聞こえてきた。
次にやってきたのは、見張りで、昼食を運んできてくれたようだ。
でも何やら様子がおかしかった。
彼が持っていたのは、想像よりも大きなお盆だった…
一瞬、新手の拷問器具でも乗っているのではと、ゾッとしたが、それも次の瞬間、杞憂に終わる。
乗っていたのは、ちょっとしたフルコースの食事だった。
「ふあぁぁぁぁっ!!!」
思わず感嘆の声をあげる。
食事が出されるかも怪しいと思っていたところだったので、まさかの嬉しい裏切りだった。
差し入れ口から受け取ると、おそらく食事を摂るために設けられているであろう鉄格子の近くの小さめのテーブルと古い一人掛けのソファに腰掛けた。
お盆の上には、カラフルなオードブルが3品乗っており、野菜がたくさん入った白いスープと大きなステーキとつけ合わせ。香ばしい香りのするパンにデザートまで付いている。
こんな豪華な食事を食べるのは、何年ぶりだろうか…!!
夜会でもクラッカーのようなオードブルは出るが、こんな豪華なコース料理は、実に10年ぶりくらいだ。
今までの食事といえば、自分で森で採ってきた木の実やきのこ、食べられそうな草花、あるいは川で釣ってきた魚や自分で狩った鳥などだ。一日三食なんて、夢のまた夢。
冬場の食糧確保が難しかった最初の年は、食べる物が何もなくて
どんぐりをかじって飢えを凌いでいたほどだ。
あの時は本当に危なかった…
そんな自分からしたら考えられないような豪華な料理が、何の見返りもなく目の前に与えられている…
まさかこれが最後の晩餐というやつだろうか…
昼だけど。
弟君を毒殺したと思われているリーゼラもまた、毒でもって処刑しようという考え方なのだろうか…
そう思うと
膨らんだ食欲が一気に萎えていく…
…けれども…
だけども…
目の前のご馳走に抗うこともできずに、食欲のままに、私は食べた。
結果、毒などは入っておらず、全ての品がただただ美味しかった…!
ーーこのフルコースの食事を、目を見張る速さで食べ終えた様子は、見張りを通じて密かにローデリヒに伝えられていたのだが、リーゼラは知る由もなかった…。
食事の後は、ベッドの下で見つかった数冊の本を手に取り、読むことにした。
あっという間に夕方になり、遅効性の毒の心配もなかったと一安心した頃にまた、同じようなフルコースの食事が出され、それをあっという間に平らげると、今度はなんと身体を清めるためのお湯が出てきた。
お湯が…!!!
顔を洗うのは、街の井戸で汲んできた水を大事に使って2日に一度は行うようにしてきたが、身体を清めるほどの水を運ぶことは難しく、その手段を持ち合わせていなかったリーゼラは、時々人目を忍んで森の中の冷たい川に入りに行っていたのだ。
なので、お湯を用意してもらえることがどれだけ有難いことか、身に染みて理解できた。
「ありがとうございます!!」と、何度も心の中で使用人達に感謝しながら、その日は久々のベッドに身体を沈めて、安らかに眠った。
ーー明日も生きていられるように願って…