第7話「地下牢での生活 2日目①」
ーー翌朝。
見張りが顔を洗うためのお湯を持ってくる音で目が覚めた。
窓もなく、日中も薄暗いままのこの地下牢で、
時間感覚が少し狂ってしまったようだ…。
リーゼラは次の日も無事に迎えられたことに感謝しつつ、
見張りから丁重にお湯とタオルを受け取った。
リーゼラは昨日から身一つで、この地下牢に投獄されたため、寝間着などがあるわけもなく、昨日のボロボロのドレスのまま眠った。
もちろん櫛はおろか、髪を結えるような小物類も一切持ち合わせていなかった。
それでも昨日いただいたお湯で、髪に絡まった埃やいつのものか分からない泥汚れは落ちて、リーゼラの髪は、幾分かはまとまりを取り戻していた。
身体や髪を洗った後のお湯は、茶色く濁っており、使用人達を驚かせたことは間違いないと思われるが…。
…でも私も好き好んで、こんな泥まみれの格好をしているわけではない。
本当は、義姉のマヌエラがいつも身に纏っているような、上質な素材であつらえた美しい色のドレスを私だってずっと着たかった…。
私だって年齢でだけ見れば、昨年社交界デビューを果たした歴としたレディなのだ。
身分で言えば、公爵令嬢だ。
…なのに、現実の自分は、平民にも劣る様相と生活をしていた。
おまけに今は地下牢だ…
私の何がいけなかったのだろうか?
私が何をしたと言うのだろうか…?
母が亡くなってしまったからいけないの?
私が母と似ていたからいけないの?
誰かと似ていたら、私は存在してはいけないの…?
誰もいない地下牢の中で一人…
明日も分からない暗闇の中でリーゼラは人知れず涙を流した…
ーーー
しばらく経って、また見張りによって届けられた美味しい朝食で気持ちが上向きになった頃に、またあの来訪者が現れた。
「やあ!元気かい??」
この薄暗い地下牢の中で、異様なほど明るい声でフォルカーは尋ねる。
「…食事が…とても美味しゅうございました…。」
「そっか!よかった!ここのシェフの腕前はなかなかのものだからね!」
フォルカーは、訝しげに見つめるこちらの視線など、
一切気にしない様子で返してくる。
「お湯ももらえたんだね、髪が昨日よりも随分ときれいになったよ!」
などと、女性の細かな変化に気付かれるところもさすがである。
ーーそれはいいのだが。
なんで、この方は今日もいらっしゃったのかしら…?
うっかり表情に出てしまっていたのか、フォルカーが口を開いた。
「実は一日と置かずに訪ねてきたのは、
君のことが心配でたまらなかったからなんだ。」
フォルカーは首を傾けながら、爽やかな表情で笑いかける。
……
………
………嘘だ。
その顔には、
「新しいおもちゃを見つけた」と書いてある。
なじるような視線でフォルカーを睨むと、
フォルカーは降参とばかりに笑って。
「実は、君にプレゼントしたい物があってね!」
と、箱を二つ差し入れてくれた。
何だろうと思いながら、一つ目の箱を開けてみると、
なんとそこには新しいドレスと靴が入っていた…!!
それは、春の妖精をイメージしたような水色の可愛らしいドレスだった…。
靴は、白く光沢のあるきれいなローヒールだった。
普段使いしやすいようにというフォルカーの心遣いなのだろう。
「君のその可憐なおみ足を見ていると、欲情してしまいそうになるからね。急だからレディメイドの物だけど、昨日使用人に取り寄せてもらったんだ。」
「君が持ってきた荷物は証拠品としてすべて押収されていて、
そこから君の所持品を持ってくることはもちろんできなかったからね。」
「だからと言って、こんな素敵なドレスを…!」
何年も憧れていたドレスを突然贈られて、思わず声が震える…。
フォルカーのおかしな発言も耳に入らないくらいに、嬉しかった。
「着替えてごらんよ、ここで見てるから」
「見ないでください!!」
「でも…っ、あの…、ありがとうございます…っ!」
嬉しさで顔を真っ赤にしたリーゼラは、有り難くそのドレスを頂くことにした。
ーーー
フォルカーから贈られたドレスは、袖付きで、襟も首元まであり、これからの寒くなる季節にとても重宝しそうな作りになっていた。
デコルテの部分には、白いフリルがふんだんにあしらわれており、スカートの上の部分には水色のリボンが横並びに規則正しく縫い付けられている。裾の白いレースがアクセントになり、より一層水色の綺麗な色を引き立たせていた。
その可愛らしいデザインに17才のリーゼラはとても心が踊った。
ーーー
「ふむ、思った通り、君にとても似合っているよ。」
新しいドレスをまとったリーゼラを慣れた口調で褒める。
「ありがとうございます!!とても嬉しいです!!」
普段は自分の容姿に卑屈な考えを持ち込みがちなリーゼラだが、
今は感謝の意も込めて、素直に気持ちを伝えることができた。
「…ところで、今一度確認したいんだけど…。」
「はい…!」
新しいドレスに身を包み、夢心地でリーゼラは返事をする。
「君の荷物に入っていた毒薬と次男様の遺品については、何も心当たりがないんだよね?」
「……はい……?」
「ふむ、心当たりなし…っと。じゃあ次は、アルトラント公爵家へ着くまでの話だけど、ここまでは、馬車で御者と2人で来たんだったよね?」
「……はい……」
「うわぁ!婚約するっていうのに、両親の付き添いもなし!?
せめて1人くらいは専属の侍女とかを一緒に連れてきたりするものだと思うけど、それもなしってわけかい!?
こう言ってはなんだけど、君の家は、本当に良識ある公爵家なのかい!?荷物もカバン2つしかないって、君は今までどういう生活をしてたんだい!?」
「…えっと…」
浮かれていた心が一気に萎んで現実に引き戻されるのを感じる…。
「…というか、フォルカー様。
まさか、ローデリヒ閣下から私のことを探るようにとでも、言われてきたのですか?」
気付いたら、フォルカーは昨日はなかった椅子に腰かけ、どこから出したのか、ペンで何やらメモ書きをしている。
探るような目で尋ねてみると、フォルカーは笑みを抑えきれないというように笑い出した。
そして言った。
「ハハハ!!さすが、よく分かったね!!」




