第5話「地下牢での生活 1日目①」
鉄格子の外側に置かれた水の入った樽に手を伸ばし、先程スカートを引き裂いて作った端切れ布を水に浸して絞っていく。
その布で、石の壁についた汚れをボロボロとこすり落としていく。
「お掃除は上から」と、幼い頃私に付いていた侍女が教えてくれたことを思い出す。
私についていた侍女達は、義母がやってきてからは、すべて義姉のマヌエラの侍女となったか、辞めさせられるかしていたみたいだけど。
あの頃のたわいない会話がこうして役立つ日が来るとは…
割とすぐに来たけれど。
そこから数年と経たずに薪小屋へ追いやられたことを思い出しながら、手だけは手早く壁の汚れを落としていく。
「すごいなぁ…、侍女顔負けの手つきだね。どこかで侍女見習いでもしてたの?」
鉄格子に寄りかかりながら、感心した表情でフォルカーは言う。
「…生きるために、必死でしたので…」
リーゼラは、答えにならない答えを返す。
今までのリーゼラは、義母達の報復が怖くて、彼女達の不利になる発言はしないよう、特に貴族に対しての発言には細心の注意をはらってきたが、ここはもう別の公爵領で、あの家に帰ることは二度とないと思われる。
それどころか、数日後にはこの世を去ることになるかもしれない運命だ。
半ば開き直った心が、すべてを話してしまえと自分に囁きかける。
そんなリーゼラの様子を読み取ったように、フォルカーも踏み込んでくる。
「そういえば、貴族学校も体調が悪いとかで、一度も顔を出さなかったそうだね。もう体調はいいのかな?」
まるで、それが嘘だと分かっているかのような笑みを向けながら、すらりと長い足をゆったり交差させる。
「それは……」
どう話したらいいのか、リーゼラも言い淀んでしまう。
貴族学校は、貴族の家の子どもであれば誰でも13才になると通わなくてはいけないことになっているが、10才から薪小屋に閉じ込められ、公爵令嬢とは思えない不遇の扱いを受け、体には鞭で打たれた後があちこちに見受けられるリーゼラが表に出されるわけもなく、病弱を理由に学校には行かせてもらえなかったのだった。
それでも義母がやってくる7才までは、公爵令嬢として早くから淑女教育を行ってきたため、書字や基本的な言葉遣いやマナーなどについては学ぶことができたが、きっとリーゼラが知らないこともまだまだ多いのだと思う。
答えに詰まっているリーゼラを見て、フォルカーもそれ以上踏み込むこともなく、話題を変える。
「それで、樽と水は持ってきたけど、他に必要なことはあるかい?」
「あ、はい…あと一つだけ、フォルカー様にお願いがあるのですけど…」
また歯切れ悪く、リーゼラは俯く。
義母から、母親によく似た目を見せないようにと言われ、目の下まで長く伸ばした前髪で、普段からリーゼラの表情は見えなかったが、それを更に隠すように俯く癖があり、こうなってくるといよいよ口元も見えず、容姿の不気味さが増してしまう。
そんなリーゼラの様子を面白がるように眺めているフォルカーも相当な変わり者だと言えるだろう。
「なんだい?なんでも言ってごらんよ。」
フォルカーの王子様のようなキラキラした笑みを前髪越しに感じ取りながら、控えめにお願いする。
「その…ほうきを…持ってきていただけないでしょうか…?」
「…また掃除道具!?」
フォルカーの呆れ声が地下に響く。
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