第49話「裁判の結末とフォルカーとの再会」
裁判から数ヶ月が経った。
あの大騒動で判決はうやむやになってしまったが、後日、国民全体に改めて裁判の概要と判決が周知されることになるという前代未聞の事態となった。
判決の結果、リーゼラは無罪放免となり、非嫡出子であったにも関わらず、ロベール国王と亡き母親との婚姻関係が今更ながら結ばれ、正式に国王の娘として認知された。
相続権も認められ、王女として宮殿に住まうことを許されることとなった。
義姉のマヌエラと義母のマクダは虚偽の発言と長年にわたる王女への迫害の罪で公爵と離縁の上、禁固刑が言い渡された。
リーゼラの育ての親であるカストランド公爵は、マクダとの離縁を言い渡されるも、これまでの背景を鑑みて情状酌量となり、いくらかの罰金は課せられるものの、爵位の剥奪は免れた。
アデリナは今までの罪が整理され次第処刑の予定となり、裁判の日を騒がせたゴロツキ達はローデリヒによってほぼ壊滅状態となっていたが、改めて騎士団を派遣して完全に壊滅させた。
アデリナと繋がっていた国王の弟君と仲介役の貴族はその他にもアデリナと手を組んで政治不正を行っていたことが分かり、二人とも禁固刑となった。毒を手配した男は処刑された。
デニスは第二王子としての身分は剥奪されるが、年齢的なものを考慮され、監視付きで平民上がりの騎士見習いに属することを許された。
国王はすべての責任を負って退位し、ローデリヒに国王の座を譲ることを宣言。国王は離宮で余生を過ごすこととなった。
このことが新聞で報じられると、各地でローデリヒの即位に喜ぶ声が上がった。
ーー
リーゼラは宮殿に住まいを与えられ、専属の侍女が幾人も付き、教育係兼話し相手として年上のレディス・コンパニオンも付けられることとなった。
マヌエラもマクダもいなくなり、もう前髪を伸ばす必要もなくなったということで、短く切り揃えられ、赤い瞳が露わになった。
もうリーゼラを冷たくあしらう使用人はいなくなった。
今度の戴冠式で正式に国王となるローデリヒは、アルトラント公爵領と宮殿を頻繁に往復しているらしく、どこかで会う機会があるかと思ったが、リーゼラはリーゼラで、日中は基本的に貴族学校で学べなかったことについての勉強か、中庭で散歩かお茶会の練習と、常に人に囲まれて、自由に会いに行く時間もなかった…
相変わらず夜中に悪夢を見る癖は治らず、毎晩毎晩侍女達を起こして迷惑をかけている…
そのこと以外はすべてが変わってしまった…
リーゼラは、ある時どうしても一人になりたくなって、宮廷の図書館に行きたいと言ってレッスンを休む許可をもらった。
侍女達には入口の外で待っていてもらうようお願いし、図書館の中では一人にさせてもらった。
「はあ…ようやく一人になれた…」
大きなため息をついた。
その声には疲労の色が感じられた。
宮殿に住むことになり、侍女達に王女様として大切に扱われ、身の回りの世話をすべて行なってもらえるようになった。
淑女として大切な知識も優しく丁寧に教えてくれる。
今がとても恵まれた環境にいることは十分に理解している。
でも…
…心の中はずっと空虚なままだ…
リーゼラの時間は、裁判の日から止まってしまったかのように感じられた。
とぼとぼと当てもなく図書館の中を歩いていると、不意に誰かに手を引かれて、腕の中に閉じ込められる。
咄嗟に抵抗しなかったのは、そのやり口と腕の中に包まれた時に感じたにおいに心当たりがあったから。
「…フォルカー…様…?」
「やっと会えた…」
なんと、いるはずのない相手がそこにいた。
私の時間が再び動き始めたように、心が震えた。
「フォルカー様!!」
懐かしい相手との再会に喜び、おもわずリーゼラも力一杯フォルカーを抱きしめ返す。
「あれからずっとずっと心配していたんだよ…!裁判の日のことは義兄上から聞いてはいたけど…」
そう言って苦しいくらいにリーゼラをきつく抱きしめ、顔をうずめる。
「この宮廷図書館でなら、いつか会えるんじゃないかと思って、時々時間を見つけては待っていたんだよ…」
「そう…だったのですね…」
フォルカーだって忙しいだろうに、自分のためにそうまでしてくれたことが嬉しかった。
凍っていた心に優しい感情が染み渡っていった。
ローデリヒの即位に伴って、フォルカーはアルトラント公爵の爵位を継ぐことになり、それに関する手続きなどで度々宮廷に来る機会があり、その際に必要な資料を探すついでに、ここでリーゼラを待っていたという。
「もう王女様になっちゃったんだから、気軽に男一人で会いにも行けないしさ!」
フォルカーはいつもの感じで笑う。
私もつられて微笑む。
多分、こんな男性に抱きしめられている所を侍女達に見られたら大目玉をくらうだろう。
そろそろ離れようかと手を離したが、フォルカーの方が益々力を込めるばかりで、離してくれそうになかった。
「あの、フォルカー様…」
「そうそう、執事のオルゲンのことだけどね。」
フォルカーは誤魔化すように続けた。
「アデリナ王妃と繋がっていた彼も処罰の対象になって、義兄上が調べたところ、半分以上の使用人がオルゲンと何らかの不正を行った証拠や証言があって解雇になったよ。」
「反対に、オルゲンとの関わりがなかったコックを始めとするキッチンスタッフ達は何もお咎めがなかったということだよ。」
ということは、コックのコンラートも無事なのね…
リーゼラは内心で安堵した。
「それから義兄上だけど…」
そう言ってフォルカーが言い淀んだ。
「……?」
「いま早急に婚約者の選定を急がれているらしい…。あわよくば今度の戴冠式でお披露目したいと思っているみたいだよ。」
「……!!」
それを聞いたリーゼラはショックを受けた。
「相手は他国の王女か、我が国の公爵令嬢だって。今のところ三人の候補者がいるらしい。」
リーゼラは頭をガンと打たれたような衝撃を受けた。
胸が張り裂けそうに痛かった…
「……。」
その様子を見ていたフォルカーがゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、リーゼラ?」
「……はい…」
「…僕と結婚しない?」
「………えっ!?」
フォルカーの言葉の意図を図りかねておもわず顔を見上げると、真剣な表情でリーゼラを見つめていた。
「僕は君のことを愛している。」
「!?」
思いもよらない言葉を言われて、フォルカーの腕の中で心臓がドクドクと早鐘を打つ。
フォルカーの腕を解こうと掴むが、その力は強くてびくともしない…
「君はもう義兄上の婚約者ではない。君を他の誰にも渡したくないんだ…!」
懇願するように強く抱きしめてくる…
「そんなお戯れを…フォルカー様にはたくさんの恋人がいらっしゃるじゃないですか…」
ぎこちないながらも、必死に冗談として受け流そうとする。
「君への気持ちに気付いてからは、誰とも会ってなければ、触れてもいないよ。僕が触れたいと思うのは、リーゼラ、君だけだから…」
そう言って、また腕の中に抱きしめられる…
そんなことを言われてしまうと、こっちまで意識してしまい、心臓のドキドキが余計止まらなくなってしまう…
どうしたらいいんだろうと、動揺する心を抑えて必死に考えた。
そんなリーゼラを誘惑するように、フォルカーは耳元でそっと囁いた。
「またアルトラントで一緒に暮らそうよ。」
アルトラントでの暮らし…
その言葉にはとても惹かれた。
…だけど、そこにはもうローデリヒはいないのだ。
それだけで、どうしようもない虚無感に襲われてしまう…
でもこのまま宮殿に住み続けて、いずれやってくるローデリヒと新しい婚約者の姿を見るのも耐えられそうになかった…
リーゼラは悩み苦しんだ…
…でも…
リーゼラは真っ直ぐフォルカーを見上げると
「それでも私は、ローデリヒ閣下のことが…!」
そう言おうとすると、口に指を当てて止められる。
「それ以上は言わないで。」
「!!」
「君が義兄上のことを好きなのは知っているよ。」
「…!!」
「…でも、僕はそれでも構わないと思ってる。いつか忘れてくれる日が来れば…」
それを聞いて、リーゼラの目からは涙が流れた…
それがどういった意味のものなのかは、自分でも分からなかった…
ただ、もう本当に忘れなくてはいけないのだと思い知った。
「ごめん…」
そう謝るフォルカーの腕の中でリーゼラは涙を流した。
ーーー
宮廷の執務室で、ディルクが忙しそうに作業をしていた。
「いやぁ、やることがたくさんで、てんやわんやですね!」
「…それで、新しい婚約者候補は決まりましたか?できれば次の戴冠式でお披露目したいと前国王を始めとした周りの重鎮達が騒いでおりましたよ。」
「……。」
そう言って目を向けられたローデリヒは何も答えずに、黙々と必要な書類にサインをしていった。
そんなローデリヒのことは気にせずに続けるディルク。
「…とはいえ、無用な戦争をせずとも平和に王位を奪うことができてよかったですね!反発する貴族も今のところいないようですし。リーゼラ様の存在も大きかったでしょうね。」
リーゼラの名前を聞いてピクリとペンを持つ手が止まる。
新聞には裁判が行われる前に事前に、ローデリヒに支持を集め、リーゼラに同情票が集まるような記事を書かせていた。
裁判後はローデリヒの即位に喜ぶ声とアデリナの掘れば掘るほど出てくる悪事に関する記事で世間は大賑わいだった。
…それからローデリヒの花嫁が誰になるかについての関心も高まっていた。
「…民衆の中では、瞳に金色の輝きをもつと言われているリーゼラ様をロー様のお相手にと望む声も出ているようですよ。」
ローデリヒは鼻で笑う。
「政治を考えない庶民らしい意見だな。」
ディルクは口の端を上げたまま続ける。
「でもその庶民達に金色の瞳の伝承に関する情報をわざと与えて、二人の印象を操作しようとしたのはあなたでしょう?」
「…あなたは本当は、それをただの伝承などとは思っていないでしょう…?」
ディルクは、ローデリヒを探るように見る。
ローデリヒは目をふせて笑う。
「…そうだな。俺はあの時のリーゼラを見て確信した。」
「普通の常人は、たった一月鍛えただけで、あれほどまでに身体能力は上がらないだろう…。もちろんリーゼラの並々ならぬ努力によるところも大きいが、恐らくその常人離れした能力と金色の瞳には、何かしらの関連があるのだろう…」
「でしたらなぜ…!」
ディルクが食い下がろうとするのを、ローデリヒが視線で止める。
「お前は政治よりも迷信をとるのか?意外とロマンチストなんだな。」
そう言って尊大に笑った。
ーーー
一月後。
いよいよ明日は戴冠式。
もう夜も更けてしまったが、リーゼラはなんだか寝付けずに窓際の椅子に座って月を眺めている。
明日にはローデリヒの婚約者のお披露目があるという…
〝お前は俺の大事なものになってくれるなよ…”
アルトラントの屋敷を脱走しようとした日の夜、ローデリヒがリーゼラの肩を抱きながら言った言葉を思い出していた…
「私もあなたの大事なものの一人になりたかった…」
誰もいない部屋で一人、掠れた声で呟いた。
いつもお読みいただきありがとうございます?
次回で最終話となります。
感想や評価などいただけたら嬉しいです。




