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第36話「リーゼラの過去と二人きりの馬車

ーー今日は久しぶりに懐かしい子ども時代を思い出していた…



10才で義母のマクダに薪小屋へ追い出されてから、最初の一年ほどは一日に何回か粗末な食事が運ばれていた。


だが一年が経ち、次第に毎日の食事が数日に一度だけとなり、犬のように小屋の外に、使用人達の食べ残しであろう残飯が置かれるようになった。

雨の日には雨水と泥に混じった魚の骨を齧らなくてはいけなかった。

あっという間に空腹の限界になったリーゼラは、食べ物を求めて街へ出かけるようになった。


毎日とてもお腹を空かせていたので、かろうじて盗みこそしなかったが、落ちている食べ物や木の枝やどんぐりなど、食べられそうな物はすべて口に入れた。


少し離れているが、時々森へも入り、見よう見まねで魚釣りや狩りを始めた。

でも結果はあまり思わしくなかった。


よく分からないきのこを口にして、中毒症状で死にかけたことも数えきれないくらいあった。


やはり、森よりも街の方が比較的安全に食べ物が手に入ったので、リーゼラは毎日毎日街で食料を探すようになった。


いま思えば、その一年がリーゼラの人生の中で一番辛い年だった。

毎日家族に呪いの言葉を吐き、自分が死ぬか、その前に家族全員を呪い殺すかを考える毎日だった。


呪いの勉強をするために、毎日のように街の図書館に足繁く通った。

空腹で頭がうまく働かないリーゼラは、もはやそれしか生きる目的を見出せなかった。


そんな時にリーゼラはジーモに出会った。

リーゼラが12才になる頃だった。


いつもの街の中心にある噴水の前に、見慣れない老人が座り込んでいた。

くるくるの白い髪に、口元を隠すほどのもじゃもじゃの髭、身につけている服はかなり上等な物のようだが、その顔はかなり憔悴しきっていた。


なんとなく目が離せずに、遠くからしばらくじっと観察していた。

図書館へ行き、いつものように本を読み耽り、日が暮れてきたので再び噴水の前を通ったら、まだその老人が座っていた。



……行くところが、ないのかな……?



またしばらく見つめていたら、不意にその老人が喋りかけてきた。

「わしを知っているのか…?」


???

なんで初めて会ったのに知ってるって聞くんだろうか…?

このおじいちゃん、ちょっと変なのかな…?



暗い表情からも、きっと誰かにいじめられたのだろう。

12才のリーゼラは、その老人が可哀想になって声をかけた。


「おじいちゃん大丈夫?よかったら私のお家に来る?」

お家と言っても薪小屋だけど。


「ありがとう、お嬢ちゃん。少し気持ちの整理をしていたところなんじゃ。何しろこの感情を受け入れるには相当時間がかかるのでな。」


「???」


「まあ、気にするな。お前さんこそ気をつけて帰るんだぞ。」

そう言って土埃で汚れていただろうリーゼラの頭を大きなゴツゴツした手で撫でてくれた。


「!!!」



リーゼラは、久々に人に優しく頭を撫でてもらい、嬉しくて嬉しくてその場に佇んだ。



「…また明日もここにいる…?」


「ああ、たぶんいると思うぞ。」


「やった!!」


「…わしの名前はジーモじゃ。」


「わたしは…カストランド公爵のカストル・リーゼラと申します。」

とカーテシーをしながら、小さい頃に習った挨拶の仕方で自己紹介をした。


「……!!」

「まさか、この街の領主様の娘でしたとは…!失礼致しました。」

と急に立ち上がってお辞儀をされる。


その態度の変わりようにリーゼラはびっくりした。

急に相手が遠くに行ってしまったようで悲しくなった。


「……やっぱり嘘。私の名前はリーゼって言うんだよ。パン屋さんの家の子どもだよ。だから座って!」

ジーモの手を掴んで必死に嘘を言った。


「…そうでしたか。リーゼ様は今日は何しに街に?」

ジーモは言われるままに座り直して尋ねた。


「お腹が空いたから食べ物を探しに…。あと、図書館で呪いの本を読んでいたの…」

リーゼラは正直に答えた。


「………」

ジーモはしばらく黙っていた。



「あなたの…リーゼ様の目を見せて頂けますかな?」


「あ、でも…この顔を人に見せるとお義母様に鞭で打たれちゃうから…」


「じゃあ仕方ありませんね…」


「あ、でもいいよ!ジーモにだけ特別に見せてあげる!」


私は頭を撫でてくれたこの老人にだけ特別に見せると決めて、長く伸びた前髪をかき上げた。


瞳を見たジーモは

「やはり赤い瞳…そしてこれは……!!」


「どうしたの??」


「いえ……もう大丈夫です。ありがとうございます。」


ジーモは何かを考えるような仕草をしてから

「また明日お会いしましょう、リーゼ様。」

と優しく微笑んでくれた。


その笑顔は、リーゼラにとって暗闇の中の一筋の光のように思えた。

自分に対して敵意のない笑顔を向けてくれたのは、お母様が亡くなって実に6年ぶりくらいだった。


「絶対に絶対にまた明日来る!!」



ーーー



それからというもの、リーゼラは毎日このジーモの元に通い、様々なことを学んだ。

ジーモは物知りで、リーゼラにこの世の成り立ちから古代文字から生きる術まで、ありとあらゆることを教えてくれた。


リーゼラに、人を呪う以外の生きる目的を教えてくれた。





そんなジーモとはリーゼラが16才になる4年間を一緒に過ごした。

ジーモのおかげで、街にはたくさんの知り合いができた。いまでもカストランド公爵領は自分の大切な街だ。





そんなリーゼラの人生は、16才のデビュタントから大きく変化した。



デビュタント当日は、世間体を気にした義母が侍女を薪小屋へ寄越して伸ばし放題の髪を整えたり、申し訳程度に身体を拭いてくれたりして準備はしてくれたが、翌日からはまたいつもの生活の始まりだった。


でもそれから10日ほど経ったある日、突然やってきた父に、これからは社交シーズンの最初と最後に行われる王族主催の夜会だけは参加するようにとの命令があり、義母のお古のドレスを与えられて、突然華やかなパーティーに年に2回だけ参加することとなった。

そこでフォルカーとも出会うことになるわけだが。


デビュタント以降の夜会は、貴族学校同様に病弱を理由に参加させてもらえないと思っていたので、父の言葉は正に晴天の霹靂だった。

義母のマクダと義姉のマヌエラは納得していないようで、父が寄越した私用のアクセサリーを隠したりドレスを汚したりと、何かと嫌がらせをしてきた。


夜会参加に伴って、食事も残飯から食べられるパンの切れ端やスープの残りなどが薪小屋の中まで運ばれるようになった。それは良かったのだが、日中の街歩きが見つかり、それ以降は勝手に外に出ないようにと監視が付けられ、そう簡単に街へ出掛けられなくなってしまった。


そうこうしている間に一年が経ち、17才の時に参加したシーズン最後の夜会で、ラッツに婚約破棄を言い渡されたのだった。


そしてその二月後にはローデリヒと婚約したことを父に知らされ、ロクな説明もされないまま馬車に詰め込まれ、今に至るわけだが…


地下牢に入れられて、ローデリヒに殺されかけて、毒殺されかけて、ローデリヒに命を助けられて、フォルカーと夜会に出て、盗賊に殺されかけて…



…まだアルトラント公爵家に居候して一年も経っていないというのに、あまりに命を狙われすぎではないか…



それもこれもローデリヒと出会ってから…


「俺が何だって?」


「!!?」



耳元で声が聞こえて、おもわず飛び上がって仰け反り、後頭部をどこかに強打した。



「いっっったぁぁ…!」




目がチカチカするが、次第に視界がはっきりしてきた。


どうやらいつの間にか寝ていたようだ…


ガタガタと大きく揺れる馬車の中で、隣にいたのは…



「ローデリヒ閣下…!!!」


再び立ち上がって、後ろの壁に頭をぶつける。



「ど、どうして閣下がここに…!?」

しかもリーゼラの真横にぴったりとくっついて座っている。



ローデリヒは慌てるリーゼラを冷たく見下し

「面白い質問だな。」

と言った。



「今日はせっかくの二人きりのデートだと言うのに、まさか忘れたとでも?」



デート……





……



思い出したっ!!!




今日はローデリヒと二人だけで出かけるという人生最大のイベントの日だった!!



それにしても、確か馬車に乗り始めた時は向かいに座っていたはずのローデリヒが、どうして隣に…!?


しかもこんなにぴったりとくっついて……


リーゼラは恐怖に目を見開いてローデリヒを見た。

ローデリヒは、やれやれとばかりにため息をついた。


「全く…最初はガチガチに緊張していたかと思えば、すぐにうつらうつらし始めて、最終的に何度も壁に頭を強打しているから、うるさくて仕事の邪魔だったのだ。だからこうして身体を押さえていた。」



なるほど…確かに馬車の揺れで何度も頭を打ち付けていた感覚がどこかにある…



それにしても、「仕事の邪魔」だから「押さえていた」とは、どうにもローデリヒらしい。



ローデリヒはリーゼラが起きたとあって、すぐさま向かいの席に戻った。急に隣にあった体温がなくなり、リーゼラはどこか寂しいような物足りないような気持ちになった…



でもリーゼラだって仕方ないのだ。

昨日は前代未聞のローデリヒとの二人きりでのお出かけということで、散々不安と恐怖に頭を悩ませて明け方まで寝られなかったのだ。




ローデリヒの突然の誘いの真意がずっと分からず、そっと顔を見つめる……



当の本人は、こちらを気にすることなく、書類に目を通している。

よくこんな揺れの中で仕事ができるものだ…


リーゼラはローデリヒの整った顔をじっと見つめるが、その心の内は全く読めない。



本当、何を考えてるのか分からない不思議なお方…



不思議と言えば、今日の馬車もいつものものとは違い、小型だが、入口の他には窓がなく頑丈な造りだった。

お忍び用かと思えば、外にはきっちり公爵家の紋章が入っていた。


馬車なんて、物凄い高額なのに、それをいくつも所有しているなんて、さすがは大公爵家である。



「そんなに見つめてどうした?」


「!!」


書類から目を離したローデリヒがこちらを睨む…じゃなくて、見返す。


というか、ずっと見つめていたことを勘付かれていたの!?

おもわず恥ずかしくなって俯く。



「いいえ!何も!!」



「相変わらず騒々しい奴だな。」


騒々しいと言っても、何もしゃべってませんけどね!



ふう、と艶かしい表情でため息を吐いた後、ローデリヒは窓の外を眺めながら言った。


「着いたぞ。お前の故郷のカストランドだ。」




……




………




えええぇえぇ!?











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