第37話「二人きりのデート」
なんと、到着したのはリーゼラの故郷のカストランド公爵領だった。
てっきり先日ディルクと遊び倒したアルトラントの都市部へ行くものだと思っていた。
一体どうして…?
まさか……!
「……私を、カストランドへ送り返しに来たのですか…?」
リーゼラは顔を青くしてローデリヒを見る…。
「………」
ローデリヒはリーゼラの問いには答えず、無言で窓の外を見つめている。
……やっぱりそうなんだ!!
リーゼラは益々顔を青くする。
どうしよう…!今さらあの屋敷に戻ったら何と言われるだろうか…!!
まさかこんな急に婚約解消をされるなんて…!
まだお金だって貯まってないのに!!
これでは屋敷を抜け出して街で仕事を見つけられない!!
顔面蒼白で狼狽えるリーゼラを見て、ローデリヒが
「ははっ!」
と声を出して笑った。
……え?笑った??
そのお顔がとても無邪気で、こんな状況にもかかわらず、おもわずドキッとしてしまった。
訳がわからずローデリヒを見ていると、
「全く、お前の思考は突飛で面白いな。」
と挑戦的な笑みを向けて言った。
突飛……?
突飛かしら……
だってそれは、ローデリヒがすぐに返事をしてくれなかったからではないか…
少し納得がいかなくて口を尖らせる。
「今日はデートだと言っただろ、何を疑う?」
壁側の肘掛けに肘をついて上機嫌に笑う。
いや!あなた疑わしい点ばかりですから!!
そんなことは言えるはずもなく、恨めしそうに無言でローデリヒを見る。
「安心しろ。今日は街にしか行かない。できたら案内をお願いしたいのだが。」
「街に!?」
途端にぱあっと表情が明るくなる。
久しぶりに会いたい街の人達の面々が頭の中をかけ巡る。
ジーモにも会えるかも…!
リーゼラは途端に元気を取り戻し、懐かしそうに窓の外を眺めた。
ローデリヒはそんなリーゼラの変わりようを見て表情を柔らげ、静かに笑うのだった。
街の噴水広場の近くで馬車を止めてもらうと、ジーモの姿を探して、はやる気持ちのまま駆け出そうとするが、すぐに手をぐいっと引っ張られる。
「!?」
「まさかデートの相手を放って一人で先に行ったりしないよな?」
邪悪な笑みを見せるローデリヒがいた。
「ももも、もちろんでございますわよ。」
おもわず、声が震えながらも取り繕う。
気付いたら、がっしりと右手を繋がれていた。
「!!!」
「なんだ?」
当然とばかりに尋ねてくる。
「い、いいえ…。」
数ヶ月前には私の首を絞め、剣を突きつけてきた男と手を繋いでいるなんて、考えてみるとそら恐ろしい状況だ…
心臓は、緊張なのか恐怖なのか分からない音を激しく鳴らす。
「どこへ行こうとした?」
「えっと噴水広場へ…。そこによく知り合いがいたので…」
繋いだローデリヒの手は温かかった。
いつぞやの執務室で頬を触れられた時の事を思い出して、尚のこと恥ずかしくなり、「こっちです!」と強引にローデリヒを引っ張って歩いた。
噴水広場に到着したが、そこにジーモの姿はなかった…
あれから2年も経っているのだ、しょうがない…
ジーモの家には小さい頃に一度しか訪れたことがなく、記憶があやふやだ。
そしてその場所も仮住まいだと言っていた。
ジーモに会うには噴水で待つしかなかった。
リーゼラは噴水を見つめて、がっくりと肩を落とした。
もうこのカストランドには、いないのかもしれない…
となると、もうジーモを探す術はなかった…
項垂れるリーゼラをローデリヒは無言で見つめていた。
「……お前も古代文字が読めるのか?」
ようやく口を開いたローデリヒから、意外な質問が飛んできた。
「…はい。ここでとある方に教わりました。」
「そうか…」
「……?」
「この後はどこへ行く?」
「えっと…天気もいいので露天商を見に行きませんか?アルトラントほど賑やかではないかもしれませんが、異国の珍しい物も売られていると思います。」
「ほぅ、それはいいな。是非案内してもらおう。」
ローデリヒは白々しい笑みを浮かべた。
リーゼラは項垂れていたので、ローデリヒの先程の言葉の意図に気付かなかった。
露天商が並ぶ一帯に来ると、リーゼラがいた頃と変わらない景色が眼前に広がり、懐かしさでいっぱいになった。
ローデリヒが変わらず手を固く繋いだまま、
「ここがドアルドという地区か?」と聞いてきた。
「!」
「よくご存知ですね。ドアルドはここからもう少し南西に向かった所にあるスラム街です。そこにはあまり近付いたことはなくて詳しくはないのですが。」
「……そうか……」
なぜかローデリヒが眉間に皺を寄せて苦しそうな表情を浮かべていた。
「……?」
でもすぐに何事もなかったかのように、「どこを見ていく?」と露天商に興味を移したので、リーゼラも説明に集中した。
「あちらが花屋、その隣がカストランドで人気のアクセサリーのお店、向かいが床屋で、こちらは異国の手縫いの靴が売られています。」
「閣下はどのようなお品物にご興味がありますか?」
リーゼラが隣のローデリヒを見上げた。
ローデリヒは、リーゼラを見下ろして凛々しい顔で
「俺はお前に興味がある。」
と宣った。
「えっ!!私…ですかっ!?」
突然の告白に心臓が飛び上がる。
ローデリヒは顔を赤くしたリーゼラを見て、ふっと鼻で笑った後、花や菓子売りをしている子ども達を見遣る。
「カストランドでも仕事をしている子どもは少なからずいるのだな。」
「そうですね…」
「アルトラントでもいろいろと対策を立てているところだが、それがゼロになるにはまだまだ年数がかかりそうだ…」
ローデリヒは遠くを見るような目で語った。
今の彼のそれは為政者の目だった。
ーーー
結局、露天商では見るだけで何も買わなかった。時々知り合いに会って、隣にいる美男子のローデリヒのことを散々揶揄われた。
ローデリヒの願いで、オープンテラスのお店で早めの昼食をとることにした。
ローデリヒは上品な所作で食事を摂っていたが、どこか隙のない雰囲気を醸し出していた。
リーゼラは、そんなローデリヒを伺いつつ、ずっと疑問に思っていたことを口にした。
「あの…今回はどうして急に私の服を誂えてくださることになったのでしょうか…?」
おずおずと尋ねるリーゼラに対して
「ああ、そうだったな。」
と、いま思い出したように答えるローデリヒだった。
……いま完全に忘れてましたよね……?
ということは、それは目的ではなく、単なる口実だったということか…
「では、この後は服屋に行くとしようか。どこか上等な店を知っているか?」
「入ったことはありませんが、場所は知っています。」
「そうか、じゃあよろしく頼む。」
ローデリヒは満足そうに優雅に紅茶に口をつけた。
リーゼラはそんなローデリヒの綺麗な顔を近くで観察したが、やはり真意は分からなかった。
ーーー
その後、カストランドで一番高級な服飾店へ行き、リーゼラの望むままに欲しいドレスを誂えてくれた。
ローデリヒは終始入り口近くのソファに腰掛けて、戸惑いながらも嬉しそうにしているリーゼラの様子を繁々と眺めていた。
リーゼラが視線を感じて振り返ると、ローデリヒは目を瞑って休んでいた。
……寝てる…お疲れなのかしら……
もしかしたら今日のために、昨日は遅くまで仕事をされていたのかもしれない。
それにしても、今日のローデリヒはどこか変だった…
無邪気な笑顔を見せたかと思えば、急に何か考え込むような表情になったり、心ここに在らずのような感じだ。
それでいて、いつも以上に隙がない。
まあ、そんなにローデリヒのことを知っているわけではないので、ただの気のせいかもしれないと、そのまま感じた違和感を飲み込んだ。
ーーー
ドレスを選んだ後は、街で庶民達に人気の店をいくつか紹介して回り、その後はローデリヒが酒を飲みたいと言うので、顔見知りがいる酒場へ連れていった。
リーゼラは遠慮がちに
「あの…ディルク様はよろしいのですか…?」
と尋ねたが、
「なぜここでディルクの名前が出るのだ?」
と逆に聞かれた。
何故ならば、執務室で泣いてるディルク様の姿が目に浮かぶからです!!
「お前と一緒にいるのは俺だ。今は俺のことだけ考えろ。」
狭いテーブル越しに指で頬を撫でられ、頭がクラクラする…
これは一体だれなのか…
ローデリヒの格好をした別人なのではないかという考えが浮かんだ…
まあ、こんな恐ろしくも美しい絶世の美男子がこの世に二人もいたら困るが…
お酒を飲みながらローデリヒは不意に
「……お前はここでリーゼと名乗っていたのだな。」
と言った。
「はい!今朝お話しした方のおかげで街の皆さんとも仲良くなれて、今ではここは大好きな街なんです!」
とリーゼラが返すと、すかさずローデリヒが青い瞳を光らせて言った。
「ほう…、公爵令嬢というよりはまるで庶民の発言だな。」
ローデリヒのその言葉に、背筋が凍った。
「公爵令嬢にしては、この街のことを隅々まで知り過ぎている。反対に、高級服飾店は一度も利用したことがないと言う。」
「お前は一体何者なんだ…?」
私を見つめる青い瞳の中にある金色の光が強みを増す。
「まさか公爵令嬢の影武者なんて言わないよな?そんなことになったら、今度は地下牢では済まされないぞ。」
親指で前髪をよけられ、目の前のローデリヒと真正面から目が合う。
いつぞやの地下牢で殺されかけた日のことを思い出し、恐怖で身動きが取れなくなる…
「私は…」
声が震える。
「私は…本当の母親が亡くなってからは、ずっと薪小屋で過ごしていたので…」
ローデリヒが私を見定めるように瞳の奥を見据える。
そして、
「…お前は…」
と何か言いかけた時、
「はい!お待ちー!!」
二人の間にドンと大皿が置かれた。
「仲が良いのは分かるが、見せつけるなよこの野郎〜!!」
揶揄うように話しかけてきたのは、この酒場の店主だった。
どうやら、間近で見つめ合って顔なんて触ったりして、傍目から見たら、いちゃついてる恋人同士に見えたようだ。
……実際はただ脅されていただけなのだが……!
「全く、リーゼが久々に帰ってきたと思ったら、すっかり綺麗になっちまって。おまけにこんないい男まで連れてきてさ!」
ローデリヒが先程とは打って変わって、爽やかな笑顔を作っている。
それがまたそら恐ろしく感じられた…
「お兄ちゃん、最近話題のアルトラント大公爵様にそっくりじゃないか!うちのかみさんもアルトラント兄弟の話題の肖像画を寝室に飾って毎晩拝んでやがるんだよ!リーゼは役得だな!」
「あははは…」
その大公爵様がこの目の前の御方ですよ〜!
リーゼラが笑ってお茶を濁していると、不意にローデリヒがテーブルの上のリーゼラの手を両手で握り。
「実は彼女にアプローチしているんですが、全然私の気持ちに気付いてくれなくて…」
そう言いながら、困ったような顔でリーゼラを見つめる。
だだだ、誰ですか!?あなたは!!?
そんな言葉遣い、今まで一度も聞いたことないんですが!!!
影武者はあなたの方なんじゃないんですかーー!!!?
お酒の酔いが回ってきたのもあって、益々頭がくらくらしてきた…
ーーー
お店を出た後、いろんな意味でフラフラの私はもう帰りたくなって、自ら「そろそろ帰りましょうか!」と提案すると、
ローデリヒは不気味な笑みを浮かべて、
「夜はまだまだこれからじゃないか。」
と言い、再び手を繋いで暗闇の方向へ歩き出した。
……
……まさか、このまま私殺されるんじゃないだろうか……
ふと、そんな恐怖が湧き上がってきた。
しばらく黙々と人気のない方へ無言で歩かされ、そろそろ抵抗しようかどうしようか迷っていると、
不意にローデリヒが「ちっ」と舌打ちをしたかと思えば、強引に路地裏に引き込まれて、いつかのように壁際に押さえつけられていた。
…え?
…えええ!?
ええええ!!?
わたわた私、何かまずい事しましたかー!!!?
顔面蒼白な私の口元を押さえつけ、
「ここなら誰にも邪魔されずに二人きりになれるな。」
と不敵に笑った。
…えっ!?
どういう事…!?
まさかこの方も変態なの…!?
危険なご趣味をお持ちの方だったと言うこと…!?
口元と身体を押さえつけられて身動きのとれないリーゼラは、恐怖で身体を震わせた。
「そんな顔も可愛いな。まあ、時間はたっぷりある。たくさん可愛がってやるよ…」
そう言ってリーゼラの首筋に唇を這わせたので、リーゼラは頭が真っ白になった。
……この人本気だ!!
リーゼラが全力で抵抗しようとした瞬間、突然ローデリヒの束縛から解放された。
後ろを振り返ったローデリヒは、頭上から飛び降りてきた何者かを目にも止まらぬ太刀筋で切り捨てた。
「ぐはっ!!」
「!!?」
リーゼラがよく目を凝らすと、いつの間にか黒装束の不気味な男達に周りを取り囲まれていることに気付いた。
……なんなのこの人達は…!!
男達が放つ妙な殺気から、彼らが普通の一般人でないことがすぐに分かった。恐らく彼らは暗殺者と呼ばれる者たちなのだろう…
心臓が嫌な音を立てる。
それに対して、ローデリヒは楽しそうに
「遅かったな、随分待ちくたびれたぞ。」
と長剣についた血を払いながら、目を見開いて笑った。
……よかった、いつもの冷酷なローデリヒ様だ……
…いや、全然良くないけども!!
そうこうしている間にも、次々と襲い掛かる刺客達を目にも止まらぬ剣捌きで切り倒していく。
「つまらん茶番に付き合わせた礼はきっちり返してやる!」
「がはっ!」「ぐはっ!」
次々と目の前で男達が倒れていく。
……つまらん茶番ですか……
リーゼラの心の中に、冷たい風が吹き荒んだ。
…もう…!
今日一日の私のドキドキを返してよ…!!
そんなことを呑気に考えていられるのも、ローデリヒの背中でしっかりと守られてるお陰なのだが。
気付けば一人残らず刺客達は倒されていた。
はぁ…とローデリヒが息を整えるように吐く息が白い。
夜も更けて、次第に冷え込んできた。
「お怪我はありませんか?」
「ああ…。」
ローデリヒのそばに寄ると、わずかに先ほどの酒のにおいがした。
飲んでいるにも関わらず、あの大人数を相手にして、スピードと攻撃の正確さを最後まで保っていたのはさすがである。
本当に底が知れない相手だ…
僅かに息が乱れたローデリヒの身体を支えるように背中に手を回すと、ローデリヒも遠慮なくリーゼラの肩に手を回して寄りかかってきた。
「!!」
見たところ怪我はしていないようだけど。
まるで次に備えて、少しでも早く身体を回復させようとしてるみたい…
まさかもうあんな人達は現れないわよね…?
急に背中の暗闇が怖くなって、足早に馬車を待たせている所までローデリヒを連れて行った。
ーーー
ガチャン!
「はあ…」
馬車に乗り込み、扉を閉めて馬が走り出すと、リーゼラはようやく安堵のため息をついた。
そして少し深呼吸をして落ち着くと、同じく回復したらしいローデリヒを睨んで尋ねた。
「閣下の今日の目的は、先ほどのあれだったのですね。」
「はて、何のことだか。」
向かいに座ったローデリヒが楽しそうに答える。
今日一日感じた違和感は正しかった。
「一緒にいても、常に隙がなく、どこか心ここに在らずだったのは、ずっと刺客を警戒していたからなのですね。」
「おや、気付いていたか。」
ローデリヒが口の端を上げて楽しげに笑う。
「あいつら朝からずっと俺たちを監視していたからな。油断した姿を見せて誘い出してやっていたのに、なかなか仕掛けてこないから、最後は強引な手を使わざるを得なかったのだ。」
「えっ!?」
朝からずっと監視されていたんですか…!?
おもわず、ぎょっとする。
そんなことにすら気付いてしまうローデリヒだからこそ、刺客達も迂闊に手が出せなかったのだろう…
一日二人のしょうもない茶番劇を監視し続けた男達が少しだけ哀れに思えた。
「それならそうと、ちゃんと言ってくだされればいいのに…」
普段から気配がうるさいと言われている私だ、私ごと騙す必要があったのは分かるが、それでもなんか悔しい…
すると、ローデリヒが思いがけないことを言った。
「でも、楽しかったぞ。」
「!!」
「こんな風に一日仕事から離れて街を歩いて回るなんて、今日が初めてだったが、悪くなかった。」
足を組み、今度は穏やかな笑顔で笑った。
「自領にあれほどまでに溶け込んでいるお前が少し羨ましくなった。」
長いまつ毛を臥せながらそう言った。
リーゼラから見て、何もかもをもっていると思えるローデリヒから「羨ましい」なんて言葉を聞くなんて…なんだかこそばゆかった。
「よかったら今からデートでの続きでもするか?」
突然立ち上がってリーゼラの後ろの壁に手をつき、悪戯げにリーゼラの顔を覗き込む。
「!!」
少し乱れているが、それでも艶やかで美しい黒髪と青い瞳とが月明かりで光り輝いている。
その美しい姿に、リーゼラの心臓が高鳴った。
すると突然、いつぞやの如くまた馬車がドンッと大きな音を立てて止まった。
「!?」
ローデリヒは
「やはり来たか!!」と窓の外を見て立ち上がり、再びリーゼラを振り返った。
ーー恐らく、また盗賊に襲われたのだろう…
「最後は少々手荒なことになってしまうがお許しを。」
とリーゼラの前に跪いて手にキスを落とすと、素早く馬車から降りて行ってしまった。
外からは、いつぞやのような怒号の嵐となった。
……もうなんなの、今日のフルコースは!!
リーゼラは泣きたくなった。
やはり今回も物凄い人数に囲まれていた様子だったが、こちらも事前に援軍を隠していたようで、あっという間にローデリヒ達によって鎮圧されてしまった。
まさかここまでも計算のうちだったのだろうか…
どこまでも恐ろしい男である…
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