第21話「夜会参戦②〜元婚約者と義姉登場〜」
馬車が宮殿に入り、入り口の前で止まると、フォルカーが当たり前のように手を差し伸べてくれる。
そんな当たり前のことが当たり前でなかったリーゼラは、そういったフォルカーの行動にいちいちドギマギしてしまうが、そんな素振りは見せずに、優雅に「ありがとう」と微笑みかける。
内心は緊張と動揺でいっぱいだ。
中には会いたくない相手しかいないのだから…
そんなリーゼラを励ますように、手の甲にキスをしながら
「安心していいよ、今日の君はこの中で一番綺麗だから。僕が保証するよ。」
と真っ直ぐに見つめて微笑み返してくれた。
「ーーよしっ!」
リーゼラも気合を入れて、フォルカーに差し出された腕に手を回し、舞踏会場へと突き進んだ。
ーーー
会場に入ると、周りの目が一斉にこちらに向けられた。
数か月前に夜会で派手に婚約破棄されたいわく付きの公爵令嬢が、今度は次男が毒殺された更にいわく付きのアルトラント公爵家へと、日を置かずに婚約したとあって、今や噂の的となっていた。
しかも何故か、エスコートの相手がローデリヒではなく、女性と噂の絶えないフォルカーとあって、更に注目を集めているようだ。
周りの刺さるような視線に気づかないふりをしながら、真っ直ぐ前を見て背筋を伸ばして歩いて行く。
伊達に毎日ダンスレッスンで姿勢の指導を受けてはいない…
その間にも隣で引っ切り無しに女性から声をかけられるフォルカー。
フォルカーも笑顔で次から次へといろいろな女性に手を振り、挨拶をしていく。
私はその女性達から嫉妬の視線を投げられつつも、気にしないように笑顔で視線を躱した。
そういえば、前にフォルカーとカストランド公爵領に脱獄した時も似たようなことがあった…
あの時の私はすっかり落ち込んでしまったが、今の私はフォルカーのおかげで、少しだけ強くなれたようだ。
フォルカーの方を向いて、にっこり微笑みかけると、フォルカーはちょっと虚をつかれたような顔をしていた。
あらかじめディルクから聞いていたアルトラント公爵家と縁のある方々への挨拶をし終え、フォルカーと会場を歩いていると、目の前に立ちはだかる者がいた。
…ああ、やっぱり来ていたのね…
元婚約者のラッツと、義姉のマヌエラの姿だった。
マヌエラは今日も美しいブロンズの髪をまとめ上げ、真っ赤で胸の大きく開いた派手なドレスを美しく着こなしているが、その目は大きく見開き、怒りで肩がわなわなと震えていた。扇子で口元を隠していたものの、その怒り様がまざまざと伝わってきた。
隣のラッツはと言うと、リーゼラの変わりように呆気に取られて、口を開けたまま呆然とこちらを見ているばかりだった。
マヌエラの出現で、無意識に後退りしそうになったリーゼラの手をフォルカーがグッと強く握り、リーゼラも我に返る。
…そうだわ、今の私はアルトラント公爵家の婚約者…
もうあの頃のリーゼラではないのよ…!
リーゼラはやや震える声で
「お義姉様、ご機嫌麗しゅう。この度はラッツ様とのご婚約おめでとうございます。」
と祝いの言葉を述べた。
本来であれば、婚約破棄された私が祝う必要はないのだが、会ってしまったのだからしょうがない…他にしゃべることもないし。
相変わらず、マヌエラの方は、歯をギリギリさせながら睨むばかりで何も言っては来ない。
しかし、しばらくしてからフッと鼻で笑い
「アルトラント公爵家へ嫁いだと思ったら、早速他の殿方に手を出すなんて、本当に下賎な女ね!」
と非難し始めたのだ。
自分だけならまだしも、こんなに良くしてくれるフォルカーまで悪い誤解を与えてしまったら大変だと思い、反論を試みようと前に出ようとすると、すぐにフォルカーに引き止められてしまい、代わりにフォルカーがリーゼラの腕を解いて一歩前に出る。
「いやはや、それが、この〝リーゼラ”に夢中なのは僕の方でね。何度もアピールしているのに、全く答えてくれないんだよ。」
そう言って、愛しくてたまらないと言った表情でリーゼラを見つめて手を握る。
「フォルカー様!貴方程の方がどうしてそんな卑しい女に興味を示すのですか!?」
マヌエラは自分よりリーゼラを選んだことに、心底腹を立てているようであった。
「フォルカー様はご存じないかもしれませんが、その女は見た目と同じくらい心も薄汚くて、男の懐に飛び込むのが上手い娼婦のような浅ましい女なのですよ!」
そんな…男の懐に飛び込むのが上手いのは、あなたでしょう!!
リーゼラは謂れのない非難を受けて、心中は穏やかではなかった。
でも、フォルカーはそれを真に受けるどころか、
「うわぁ、そうなんだ!僕、男性慣れしている女性も大好きだよ!益々僕好みでたまらないなぁ…」
と妖艶な笑みをリーゼラに向けて浮かべるので、リーゼラの顔はひっそりと青くなり、マヌエラは益々顔を赤くして怒りを露わにするのだった。
「でも、僕まだファーストダンスの相手を決め兼ねているんだよね。せっかくだったら最初はとびきり素敵な女性と踊りたいしね?」
思わせぶりに視線を向けるフォルカーに対し、マヌエラは急に勝ち誇ったような顔になり、
「それでしたら、私が適任かと存じますわ!」
と、堂々と立候補した。
隣にいる婚約者のラッツを差し置いて。
自分をとびきり素敵な女性だと豪語するマヌエラの言動にリーゼラは呆れてしまったが、フォルカーは黄色い瞳を暗く光らせて
「マヌエラ嬢が?ご冗談でしょう。」
と笑うのだった。
「確かに妹の婚約者を奪う卑劣さや、貴族令嬢とは思えない見苦しい振る舞いは僕好みではあるけれど…」
と嫌味たっぷりに言った後、
「君がこの美しいリーゼラより優れてるところが、今の僕には見つけられないんだよね。」
と笑顔で宣った。
フォルカーのこの台詞にマヌエラの怒りも頂点に達し、扇子を床に投げつけ、周りを気にせず金切り声で叫んだ。
「私がそんな醜い女よりも、劣ってるですってー!!?」
マヌエラの聞いたことのない怒鳴り声に、リーゼラは思わず身を竦める。
「私の方がそんな女よりもずっとずっと美しいですし、関係した男性も両手では収まりきれないほどおりますわ!フォルカー様に相応しいのは、絶対に絶対に私です!!!」
と、貴族令嬢らしからぬ地団駄を踏んで叫んでいる。
しかも先程のフォルカーの冗談を間に受けて、言わなくていい事まで口走っている。
いつの間にか周りは静まり返り、私達のやり取りを全員が注視していた。
フォルカーがため息を吐きながら、また何か返答しようとしていたところで、国王と王妃がご登場するためのファンファーレが鳴り響き、全員がそちらに向き直ったため、この会話は終了となった。
マヌエラだけが、ずっとこちらを睨んでいた…
ーーー
オープンセレモニーが始まった。
「ロマーヌ国のロベール国王とアデリナ王妃のご登場ですー!!」
全員が一様にお辞儀をし、女性はカーテーシーをする。
そこまではいつものことであったが、今回はそれだけでは終わらなかった。
「続いて、ロマーヌ国の第二王子デニス殿下のご登場です!」
周りが少しざわつく…
隣でフォルカーが耳打ちする。
「確かデニス殿下はまだ13才で、夜会には出られないお年のはずだよ…」
この国では、夜会参加は男女共に16才からと決まっている。
女性はデビュタントを終えてから。
それは他ならぬ現国王により取り決められた事だった。
それを王家の王子自らが破るなんて…
表を上げて見た第二王子のデニスは、身体も細く、如何にもまだ少年と言った顔立ちだったが、自らが国王かのように椅子に踏ん反り返り、尊大な態度を見せていた。
あんな方が次の後継者だなんて…次の王政は大丈夫なのかしら…
リーゼラは内心不安に思った。
第一王子はとても優秀な方だったと聞いていたのに、本当に残念だわ…
第一王子はリーゼラが12才の頃に亡くなってしまった。
病で伏せられたという話だが、何者かに毒殺されたのではという噂もあった。
真相は闇の中だ。
セレモニーが終わり、最初のファーストダンスが始まる。
本来であれば、国王と王妃のダンスから始まるが、今日は第二王子のデニスと王妃のダンスから始まった。
誰の提案なのかは分からないが、13才の未成人が夜会に交ざって参加しているのはいささか違和感だった。
アデリナ王妃はデニスの頭を人前で撫でたり、心配気に声をかけたりと、まるで幼い子どものように扱う様子からもその溺愛ぶりが感じられた。
曲が鳴り終えると、次は他の貴族達も参加する。
これまでずっと腕を組んでエスコートしてくれていたフォルカーが、腕を解いてリーゼラに向き直り、手をとって跪く。
「リーゼラ嬢、どうか僕と…」
その時、遠くから
「フォルカー様ぁ!!」
と叫ぶ声が聞こえる。
マヌエラだ。
婚約者のラッツを差し置いて一目散に走り寄ってくる。
いつも可憐な女性を演じていたのに、今日はそれが台無しである。
先程のフォルカーの拒否がよっぽど応えたらしい。
そんなフォルカーは、周りの音は何も聞こえないかのように、リーゼラだけを真っ直ぐ見つめて
「ファーストダンスを踊っていただけませんか?」
と手の甲にキスを落とした。
…もちろん私もフォルカー以外に踊るつもりはなかった。
ーーー
フォルカーと2人向かい合い、手を組む。
もう何百回と一緒に踊った相手だが、今日はいつもと違った。
フォルカーの赤栗毛の前髪は、今日はすべて後ろに撫で付けられ、
形の良い額が露わになっていて、きれいな顔立ちが一際目立っている。
服装も今日は正装の白いタイと漆黒の燕尾服で、いつもよりもキリッとした男性らしさが際立つ。
その美しい出立ちにおもわず見惚れてしまいそうになるが、顔には出さずに足を進め、音楽に合わせて踊り始める。
すると、フォルカーから
「ふふ…今日の君はいつにも増して綺麗で胸がときめいてしまうよ。」
と間近で笑いかけてくる。
「ダンスもとても上手になったね。その輝くエメラルドのドレスも髪に飾った花達も、君にとてもよく似合っているよ。」
「今日の君はどこからどう見ても、美しく高貴な公爵令嬢そのものだ。」
流れるようなフォルカーの賛辞に気恥ずかしくなりながらも、優雅に微笑み返す。
「ありがとうございます。それもこれもすべてフォルカー様のお陰でございます。一体どうお礼をしたら良いか…」
「礼には及ばないよ。でももし君がどうしてもと言うのなら、身体で払ってくれても構わないよ?」
「…また頭突きしますよ?」
「ハハハ、怖い公爵令嬢殿だなぁ。」
フォルカーは軽やかに踊りながら屈託なく笑う。
その姿を見て周りの女性達が頬を染めて歓声を上げる。
相変わらずの人気だ。
一曲目のダンスが終わると、フォルカーはあっという間に女性達に取り囲まれる。
リーゼラは役目を無事終えて、安堵して一人で壁際に向かうと、その先に待ち構えて立っていた者がいた。
あれは…
「…ラット様…」
「ラッツだ!!」
いつかのように甲高い声で叫ばれるが、ハッとなって急に畏まる。
「その…、久しぶりだな…リーゼラ。次のダンスは、是非俺と踊ってくれないか…」
「……!?」
どうして今更そんなこと言うの…?
婚約中は一度だって、私と踊ってくれなかった癖に…
そのことに、どんなに私が傷つけられたのか、知りもしないで…
でもリーゼラは断れなかった。
断り方をパウルに聞いてこなかった…
ーーー
「あれからどうしていたかと心配していたんだ…。驚いたよ、あの後すぐにアルトラント公爵と婚約したと聞いて…」
…どうしていたかですって!?
人前で大々的に婚約破棄しておいて、どの口が心配していたなどと言うの…!?
怒りで頭に血が昇りそうになったが、深呼吸をしてなんとか自分を落ち着かせる…
「今日は婚約者のローデリヒは来ていないんだな。上手くいっていないのか?」
「…それは最早、婚約者でも何でもないあなたには関係のない話なのでは…?」
震える怒りを抑えながら、あくまで冷静に意見を述べる。
「あの時のことは悪かった。マヌエラに唆されたんだ!僕は君と婚約破棄をするつもりはなかったんだ!」
と、ラッツは答えた。
どうだか…
ラッツの今までの言動を鑑みても、とても信用はできなかった。
「今日の君はとても綺麗だ…一瞬見違えたよ。こんなに美しくなると分かっていれば絶対に手放さなかったものを…」
と、悔しいと言った表情を見せるラッツ。
…つまり私の見た目が変わったから、心変わりしたと言うのね…
つまりこの男は、今も昔も私を見た目でしか判断していないということだ。
それが分かると、例え本心からの賛辞だとしても、全く嬉しくなくなった…
「…ラッツ様には、マヌエラお義姉様という美しい婚約者がいるではありませんか。」
「あいつは…!婚約するまでは可憐で、か弱い女性のふりをしていただけなんだ!本当は金遣いが荒く、気性も荒い、とんでもないアバズレだったんだ!」
…ええ、よく存じ上げてございますとも。
ラッツ様はやはり何もご存じなかったんですわね。
外見にばかり囚われているから、そういうことになるんですよ…
「お二人ともとてもよくお似合いだと思いますが…」
リーゼラは優雅に微笑んでみせる。
「ふざけるなっ!!」
ほら、そうやってすぐ思い通りにならないと叫ぶところなんか、そっくりではないですか…。
「いやっ、だからそのっ!僕が言いたいのはだな、君に…」
「リーゼラ!」
ラッツが何か言いかけたタイミングで音楽は鳴り止み、終わるや否やフォルカーが姿を現した。
「僕のリーゼラ!ここにいたんだね!さあ、今度はまた僕と踊ろう!」
有無を言わさず手を引くので、ラッツを振り返った時にはもう遠く離れ、間の抜けた顔で口を開いているラッツの顔だけが見えた。
あれではせっかくの整った顔も台無しである。
その後再びラッツに絡まれないようにと、フォルカーが他の女性達を断ってリーゼラと踊り続けてくれた。
だが、4回連続で同じ相手と踊るのはマナー違反とされており、リーゼラも踊り疲れたので、飲み物を取りにその場を離れた。
フォルカーは待ち構えていた女性達にすぐに取り囲まれていたので、一人で行くことにした。
飲み物を持って壁際に歩いて行くと
パシャッ
顔にワインをかけられる…
その先にいるのはもちろん…
「…マヌエラお義姉様…」
険しい形相のマヌエラが立っていた。
「ふんっ!何がお義姉様よ!あんたなんか血も繋がってないくせに!」
その通り…。うちの父と再婚するまでは、マヌエラは伯爵家の娘だった。それをこの者はどこまで理解しているのだろうか…
今や公爵令嬢という立場になったが、不機嫌になると公衆の面前であろうと怒りを全力でぶつける態度は、とても貴族令嬢の振る舞いとは言い難い…
逆上しているマヌエラを見て、逆に冷静になる。
…それよりも、いま一番大事なことは
「…ドレスが…」
フォルカーに用意してもらった美しいエメラルドのドレスが、胸元からスカート部分までワインで赤く染まってしまった…
急いで近くの侍従に拭き取る物をお願いし、マヌエラを睨んだ。
「ハッ…!何よ、リーゼラの分際で私に盾突く気!?大公爵家に嫁ぐからって、調子に乗ってるんじゃないわよ!!あんたにそんな色のドレスは似合わないわ!!」
マヌエラは高台から見下ろすような高飛車な態度で嘲笑った。
「あんたは薄汚れているくらいでちょうどいいのよ。」
そうしてもう一つの赤ワインの入ったグラスを再びリーゼラに振りかける。
パシャッ!
「…!?」
その瞬間、フォルカーがリーゼラを抱きしめて庇い、彼の右半身にワインがかかる。
「!! フォルカー様…!」
マヌエラが驚いて声を上げる。
「ああ…これは酷いなぁ。カストランド公爵家では、さそがし高等な淑女教育が行われているんだろうね。これはどこの異国の挨拶なのかな?」
マヌエラは顔を真っ赤にして立ち尽くしている。
さすがのマヌエラも、今の嫌味はちゃんと耳まで届いたようだ。
リーゼラは急いで侍従から受け取ったタオルでフォルカーの服を拭き上げる。
「僕はいいから君のドレスを」
とリーゼラの手首を掴んで、タオルを奪い取り、リーゼラのドレスを丁寧に拭いてくれる。
「…このドレスは、僕がリーゼラに贈った物なんだ。それがこんなことになって、とても残念だよ…」
フォルカーがとても悲しそうな顔をするので、その様子を見ていた周りの女性達も一様に悲しい顔になり、マヌエラを睨み付ける。
気付いたら、リーゼラ達の周りに再び人だかりができていて、うんざりしてしまう…
そこへまた、思いもよらぬ相手がやってきた…
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