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第20話「夜会参戦① 〜No準備〜」

今日は、宮廷舞踏会当日。



リーゼラは椅子に腰掛けて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


結局ローデリヒは仕事を理由に夜会を欠席することとなったが、その代わりにリーゼラが一人でアルトラント公爵家の代表として参加することになった。



…何が「その代わり」なのかは分からないが…


まだ婚約者の立場で、それが成り立つのかが謎だ…

しかも一人で参加なんて…




基本的に舞踏会は男性のエスコートがなければ参加できない。

でもリーゼラは今まで誰にも、夜会でエスコートをされたことがなかった。


元婚約者だったラッツは、義姉のマヌエラのエスコートをしたがり、私はいつも2人の後ろから使用人のようにひっそりと参加していたのである。




もう慣れっこだ…


人に馬鹿にされるのも嘲笑われるのも…





本来、普通の公爵令嬢であれば、朝から準備に大忙しであったと思うが、リーゼラはもちろん例外である。


使用人が朝食を運んで以降は誰も来ず、リーゼラは1人ですべての用意をしなければならなかった。


それは予想の範囲内であったので問題ないが、一つ困ったことがあった…




リーゼラは、先程届けられたドレスを見てため息をついた。



侍女達が手配したであろうそのドレスは、とても時代遅れなデザインで、お尻の部分だけが異様に膨れ上がっていて、袖山も付いている。

今は袖はなく、スカートがフルボリュームなボールガウンドレスが主流だ。

こんなドレスを着て行ったら公爵家として失礼にあたるだろう。


色もリーゼラが以前来ていた薄汚れたドレスのように、燻んだ茶色で、若い女性が着るような代物ではなかった。


おまけに、傍目に見て分かるほどリーゼラには大きすぎるサイズだ。


恐らく侍女達の嫌がらせなのだろう…



公爵家のお金を遣ってなんて無駄なことを…



ドレスが当日に届くこと自体あり得ないが、それも手直しする時間を与えない為なのだろう。


確かにここまで酷いと、直しようがない…



ドレスを前に頭を抱えていると、




「やあ!リーゼラ嬢、今日も元気かな?」


と、今日も爽やかな笑顔を携えてフォルカーが現れた。



「今日のドレスは…と……」



と、ドレスに目を向けるなり、急に表情を変えて言葉を失くす。



社交界に明るいフォルカーだからこそ、このドレスが如何に非常識なことか、すぐに理解したのだろう。



「これは酷いね…、…ちょっと待っててね!」


と、真面目な声色ですぐに部屋を出て行った。




ドレスはフォルカーが何か対策を考えてくれるようだ。


ならば自分は他の準備をしよう。


侍女に声をかけて渋々持ってきてもらった櫛とハサミで、長く伸びすぎて長さが均等でない前髪と後ろの髪を器用に切り揃えていく。


前髪はやはり目が隠れるように、目の下で真っ直ぐ切って整える。

夜会にはマヌエラや義母が来るかもしれないし、自分にはまだ顔を(さら)け出すのが怖くてできないから…



夜会ではアップスタイルが基本なので、あまり髪をいじったことはないが、なんとか編み込みをしながらまとめていく。

前髪が不自然にならないように(十分不自然だが)、こめかみから後れ毛を少し出しておく。

わずかに癖のある髪が、セットしたようにふんわりと頬の辺りでカールする。



次は化粧だ。

これもほとんど経験がない。

デビュタントで見よう見まねで化粧をしたのが最初で最後だった。

それ以降の夜会では、自分の引き立て役にするため、マヌエラにきつく禁止されていた。


でももうアルトラント公爵家の婚約者という立場になったからには、身なりにもそれなりに気を遣わなくてはならない。



これもまたしても渋顔の侍女に古い化粧セットを持ってこさせて、なんとなく顔に塗ってみる。

まあ、顔が白くて、口が赤ければいいだろう。

鏡も見ずに適当に塗っていく。




…あとは、何をするのだろう。

美容関係に疎いリーゼラは、昼前にやることを全て終えてしまった。


これなら、直前に用意しても十分間に合ったかもしれない。


窓際の椅子に腰掛けて目を閉じる。




ーーー昼食の後、フォルカーが慌ただしく戻ってきた。



「お待たせ、リーゼラ嬢!」


手にはいろいろな荷物を抱えていた。




「ドレスだけど、急遽街でレディメイドの物を探してきたよ!いま細かい部分を手直ししてもらっているけど、出発までには届く予定だから!」



「ありがとうございます…!」


フォルカーの優しい心遣いと笑顔に涙が出そうになる。




「それと、いろいろと準備が必要だね。この家の侍女達は仕事ができないようだから!」


わざと本人達に聞こえるような嫌味を言うフォルカー。


いい根性でございますわね…

まあ、事実なのですけれども…




「そうだなぁ、まずは前髪をもう少しだけ切ろうか?」




へっ!?





ーーー





「あ、あああ、あの、フォルカー様!!?」



「大丈夫!目はちょっとしか見えないようにするから!」


そう言って笑顔でハサミを持って近づいて来る。



怖い…

怖すぎる…




緊張で身体を強張らせるリーゼラを尻目に、前髪にハサミを入れていく。顔が動かないように慣れた手つきで顎に手を添えられ、思わずドキドキしてしまう。


間近で慎重にハサミを動かすフォルカー。

徐々に視界が明るくなっていく。


「君の赤い瞳は美しいから、是非参加者の皆様にも見せてあげないとね!」


リーゼラの前髪は、おでこの中心からこめかみにかけて、左右対称に斜めに切られ、目の半分がちょうど隠れるようになっていた。


今まで隠していたおでこや目の下部分が露わになり、リーゼラは少々落ち着かない気持ちになった。


「大丈夫!大事な部分はちゃんと隠してあるから!」


と、フォルカーは爽やかに言う。


大事な部分とは…?


疑問に思ったが、敢えて聞き返さなかった。





ーーー




「さて、次は化粧だね!その化粧も斬新でいいんだけど、まずはお肌をケアしてからの方がもっと良いと思うから!」



にっこり微笑まれる。


斬新…、斬新ですか…


やんわりとフォローされたが、きっと余程変だったのだろう。

恥ずかしさと気まずさで、おもわず赤くなって俯く。




フォルカーの手によって前髪をきれいにまとめ上げられ、丁寧に化粧を落とされた後、いろいろなものを顔に押し当てられ、塗られていく。



「これでよしっと!…じゃあ次は化粧をしていくね。」


…まだしていなかったのか、と内心驚くも、フォルカーは手早く顔中に何かを塗っていく。



物凄く今更ではあるが、ふと気になったので、


「どうしてフォルカー様は、このようなことにお詳しいのでしょうか?」


と聞いてみた。



それに対して、


「なんか自然と覚えちゃったんだよね〜!」


という軽い答えが帰ってきた。



どんな環境にいれば自然と覚えるようになるのか…


…うん


これ以上は深く聞くまいと、リーゼラは心に決めた。





ーーー



「はい!完成だよ!」




なかなかに長い時間の後に完成した顔は、まるで別人のようだった。


薪小屋時代に毎日のようにカストランド公爵領の街へ出かけていたため、まるで平民のように日に焼けていた肌が、顔から首から指の先まで全てに薄く白粉が塗られ、いかにも貴族令嬢という感じの透き通る肌のようになっていた。


そして口元には、赤とピンクの中間の美しい色合いの紅が塗られていて、白い肌をより強調していた。



「瞼が前髪で隠れてるから、目尻の辺りに赤みを入れておいたよ。」


目元と頬の周りには、うっすらと自然な赤みが刺されていた。

色加減も絶妙だ。



そして、おでこの前髪が一番短くなっている所には、赤と青の小さい宝石が縦に並んだアクセサリーを垂らしてある。

僅かな動きでも宝石が光に反射してキラキラととても綺麗だ。


この色は、恐らくローデリヒと私の瞳の色なのだろう。



「君の前髪をこうしたら、きっとそういうアクセサリーが似合うだろうと思って、この日のために特別に用意しておいたんだよ。」



髪に垂らすアクセサリーなんて、今まで見たことも聞いたこともなかった。フォルカーのセンスの良さに、ただただ感心してしまった。

そして改めて深く感謝した。



「その、なんていうか、本当に感謝してもしきれないです…。まだアルトラント家に正式に嫁いだわけでもないのに、どうしてこんなに良くしてくれるんですか…?」



「もちろん、君は大事な大事な義兄上の婚約者様だからね!」


跳ねた赤栗毛の髪の合間から、黄色の瞳が優しく微笑みかけてくれる。


こんなに人に優しくしてもらえたことが嬉しくて、リーゼラの目には涙が溢れてきた。



フォルカーは、そんなリーゼラの頭を優しく撫で、


「今度は髪を結ってあげるね。」


と、髪をほどいて、優しく丁寧に櫛で梳かしてくれた。




ーーー




日も少し暮れてきた頃、フォルカーが手配してくれたドレスが届いた。



そのドレスは、水色が濃いエメラルドのとても美しいドレスだった。胸とウェスト周りには、大きさの違う虹色に輝くビジューがびっしり縫い付けられており、スカートの部分には、いくつもの白いレースが何段にも折り重なって、所々に淡い黄色とピンクの花が付いている。



「…素敵…っ!!」


おもわず両手で口を覆い、感嘆を上げてフォルカーを振り返る。



「フォルカー様!!」



「気に入ったかい?胸のビジューや花は、後から僕が付けさせたんだ。その方がずっと良くなると思ったからね。同じ花を髪と胸にも付けるように用意してるから、ドレスを着たら付けてあげるね。」




リーゼラは嬉しくて嬉しくてフォルカーに飛び付きたい衝動に駆られたが、立場的に良くないと思って我慢した。



そもそも義理の兄弟になる相手とはいえ、こうして男性と2人きりで会うことは、本来よくないのだ。だが、侍女は呼んでもなかなか来ない上に、今は…というかずっと非常事態だ。

その辺は多めに見てもらうしかない…

というか、彼がいなかったら今頃大変なことになっていた。




ーーー



ドレスを着終え、それに合ったアクセサリーも取り付けてもらい、

準備万端で馬車に一人で乗り込む。




ローデリヒは…、やはりやって来なかった。



分かっていたこととはいえ、一人はやはり心細い…



そう思っていると、不意にフォルカーが馬車に乗り込んでくる。



「フォルカー様!?」



「やあ、自分の支度に手間取ってしまって、馬車までエスコートできなくて申し訳なかったね。でもここからは完璧に僕がエスコートしてみせるから!」



「え、エスコート…!?」



「義兄上の代わりに僕が出席することになったんだよ!」



…そうだったのね…




それならそうと、誰かに教えてもらいたかったが、ひとまず一人で参加しなくて済んで心底ホッとした…


しかもフォルカーなら尚のこと安心だ…




うっかり安堵の表情を浮かべたのを見られ、すかさず向かいに座っていたフォルカーが隣に座り込み、リーゼラの肩に手を回して耳元で囁く。


「もうすっかり僕に慣れてきたみたいだね。今日のダンスの予行練習として、もっと僕に慣れておかないかい?」


と、わざとらしく顔を近付けて来たので、迷わず頭突きで返す。



「いったぁっ!!」



「それ淑女のすることぉ?」



「フォルカー様こそ、〝大事な大事な義兄上の婚約者様”に対して距離が近いですわよ!」



「もう…、初心な君の反応が可愛かったのに、あの頃の君はどこに行ったのさ〜!」



「フォルカー様のおかげで少し慣れてきましたわ。」



「僕で変な耐性付けないでくれる!?」




二人の小競り合いと共に、馬車が夜道を進んでいく。



ーー華やかな戦場へ。












いつもお読みいただきありがとうございます!

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