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第22話「夜会参戦③〜フォルカーの過去〜」

「何の騒ぎかな?」




向こうから歩いてきたのは、何と第二王子のデニス殿下だった。


その場にいた全員が頭を下げる。



デニスは満足気に「表を上げよ。」と皆に指示を出す。


その姿はさながら国王のようだった。




「そこの者はドレスが汚れて台無しじゃないか。」


そう言うデニスの声に、ドレスを汚した張本人のマヌエラの肩がビクッと跳ねる。



リーゼラは

「ご心配には及びません。そろそろ退席しようと思っていたところですので。」

と何事もなかったかのように穏やかに伝えた。



「そうか。…まあ、そんな不気味な髪型をしているなら、ドレスが汚れていても見えないないだろうがな。」


と、デニスは意地の悪い笑みを浮かべて、リーゼラの長い前髪を嘲笑った。



それにより、マヌエラの目にも光が蘇り、


「そうなのですわ!デニス殿下!この者は、髪といい見た目といい、昔からいつも酷い格好で夜会に参加していて見るに耐えない者なのです!この様な者を出入りさせていては、王家の尊厳に関わります!そう思いませんか!?」

と言い放った。



「それもそうだな…」


デニスはマヌエラの話をそのまま間に受けて、顎に手を撫でながら口元を引き上げる。

何かロクでもないことを提案しそうな嫌な雰囲気だ…



「デニス殿下!」


すかさずフォルカーがフォローに入る。


「このリーゼラは、王族との関わりが深いアルトラント公爵家へ嫁ぐ身の上の者です。このリーゼラ自身も元々カストランドの公爵令嬢でして…」


「貴様!俺の許可なく話すとは何様だ!!」


フォルカーの話を途中で遮り、怒鳴りつける。


マヌエラとリーゼラの意見は聞き入れたのに、フォルカーの提言は許せなかったようだ。



これは、とんだ暴君だ…



まだ13才という若さで権力を手に入れてしまい、それを考えもなく行使している。


まるで自分が国王にでもなった気でいるのだろう。


行動には必ず責任が伴うものなのだが…誰も教えてくれる者はいなかったのだろうか…?





そして、怒りの矛先はフォルカーに向けられた。


「お前は確かアルトラント公爵家のフォルカーとか言ったな。愛人との間に生まれた薄汚い子どもとして、相当冷遇されてきたそうじゃないか!」



「……!」



「アルトラント公爵家は代々青い目を受け継いできたのに、お前の目は愛人に似て黄色だ!それはお前が人として出来損ないな人間であることの証明だろ!」


デニスは性格を映し出した様な歪んだ顔を更に歪ませて笑う。



リーゼラはデニスの言葉にショックを受けて、言葉が出てこなかった。フォルカーは自分を身を挺して庇ってくれたと言うのに…




「大方、爵位も継げないお前が、腹いせにアルトラントの次男坊を殺したんだろ!?」



「!?」



フォルカーの顔がどんどん青ざめていくのが見えた。


それが何を意味するのかリーゼラには分からず、とても恐ろしかった。そして、デニスの傍若無人な態度がただただ許せなかった。



だが、ここで言い返すのが得策でないことは、目の前のデニスの言動を見て容易に想像ができた。


それはフォルカーも分かっているのだろう。



「巷では赤毛の貴公子だとか何とかと呼ばれてるらしいが、本当のお前は、ただ顔だけで中身が空っぽの無様な人間ってことだ!それが分かったらさっさとこの場を出て行け!!」


稚拙な言葉を吐いて得意気な顔のデニスと、そのデニスの陰でリーゼラを見てほくそ笑んでいるマヌエラの前で、私もフォルカーも何も言い返すことができず、黙ってその場を去るしかなかった。



そのまま会場を抜け出して、馬車に乗り込んでも、しばらくどちらも言葉を発さなかった。



馬車の車輪の音だけが、2人だけしかいない空間に痛いほど響き渡った…



リーゼラも何と声をかけていいのか分からず、ずっと黙っていた。




長い沈黙の後、先にフォルカーが口を開いた。

馬車の壁際に腕を組んで寄りかかりながら、反対側の窓の外を見て。



「あーあ、今日は酷いとこ見られちゃったな〜」

と言った。


呟きともとれる内容だったが、その声は僅かに震えていた。



リーゼラは手を力一杯握って、


「そんなことはありません!!」

と勢いよく立ち上がった。


「フォルカー様は、私のために敢えて矢面に立ってくださいました!あの方が何と言おうが、フォルカー様はご立派な紳士です!!」



そう言い放つと、馬車が大きく揺れて、その反動で両手を壁につき、フォルカーを壁に押し込める様な形になった。



力なくリーゼラの顔を見上げるフォルカーの目からは、涙がこぼれ落ちた。


いつもどんな時でも笑顔だったあのフォルカーが泣くなんて、よっぽどのことだ…


きっと先程のデニスの言葉がフォルカーの心の傷を(えぐ)ってしまったのだろう…



リーゼラは堪らない気持ちになった。



「…フォルカー様は、いつも私に優しくしてくださいました!私がアルトラント公爵家と婚約するずっとずっと前から…」

「皆んなに馬鹿にされ、蔑まれていた頃からフォルカー様だけは偏見なく私に接して下さっていました!そんなお優しいあなたを馬鹿にするデニス殿下の方が絶対に間違っています!!」


そう訴えると、感極まって自分の目からも涙が流れ出した。




リーゼラの涙がフォルカーの頬に落ちるが、フォルカーは感情が抜け落ちしてまったように微動だにしない…




リーゼラは、フォルカーがそのまま消えてしまう様な気がして、おもわずフォルカーを抱きしめた。




そのまま、どれくらい時間が経っただろうか、徐にフォルカーが口を開き、ぽつりぽつりと喋り始めた…



「先程のデニス殿下の言葉は本当でね。僕はお父様の愛人の子なんだ…」


「僕が生まれてすぐに母はこの屋敷を追い出されて、僕だけは公爵家の子どもとして残されたんだ。でもアルトラント公爵家特有の青い目を持たなかった僕は公爵家の中でずっと冷遇されてきてね、生まれた時からずっと針の筵のような家で育ってきたんだ…」



今のフォルカーからは、とても想像のつかない壮絶な幼少期で、自分のことのように胸が痛んだ。


生まれてすぐに母親と別れ、優しくしてくれる大人がいない幼少期は、さぞかし辛かったことだろう…


リーゼラは、幼いフォルカーごと抱きしめるように、背中に回した手に力を込めた。



「…お父様の正妻様は、義兄上達にも僕と口を聞かない様にときつく言い含めていたから、子どもの頃は、ほとんど誰とも遊ぶこともしゃべることもなく過ごしていたんだ…」


「その中でも唯一、ローデリヒ義兄上だけは、母親の目を盗んでは僕に話しかけてきてくれたんだ…」



ローデリヒ閣下が……そうだったのね…


フォルカーがなぜ異様なまでにローデリヒに執着するのかが、少し分かった気がした。




「僕はずっと寂しかったんだ…この寂しさを誰かに埋めて欲しかった…。貴族学校や夜会にデビューして、いろいろな女性と付き合ってみたけど、僕の空っぽな心を埋めてくれる人は誰もいなかった…」

「そんな時に君を見つけたんだ。」



「私…ですか…?」



「そう。デビュタント会場でね。君は一生に一度の晴れ舞台で、粗末な布で作ったドレスにボサボサの髪、肌は平民のように焼けていた姿で登場して、失礼だがとても公爵令嬢には見えなかった。」

「そしてそんな華々しい会場で、君はずっと一人で過ごしていた。そんな君の姿を見て、きっと僕と境遇が似ている子なんだと思ったんだ。」


「そして思った…この子なら僕の心を理解して満たしてくれるんじゃないかってね。僕が君に近寄ったのは、紳士だからなんかじゃなく、自分の空っぽな心を満たすために君を利用したかったからなのさ…」

「がっかりしたかい?」


フォルカーは自嘲気味に笑う。


だけどリーゼラは、フォルカーの肩に(うず)めていた顔を上げて、真っ直ぐフォルカーの目を見つめて

「いいえ」と否定した。



「例え私を利用しようとして近付いたのだとしても、結果として私があなたに救われたことは事実です。それも何度となく。それは変わらない事実ですし、私はそれを聞いた今でもフォルカー様への感謝の気持ちは全く変わりません!」




「…ふふ…、君は本当に強い人だなぁ…」


フォルカーが力なく笑う。

そして


「じゃあさあ…」

と、リーゼラの頬に右手を伸ばして言った。




「僕の恋人になってよ…」






月夜に照らされた黄色い瞳が綺麗で、リーゼラは目が離せなかった…


いつの間にか背中に回された左手でぎゅっと抱きしめられる。




「フォルカー様…いけません。私は…ローデリヒ閣下の婚約者ですので…」


鼓動が早まる。



「お願いだよ…。僕の心を埋めてくれるのは、君しかいないんだ…」



縋るように力強い腕で抱きしめられて、呼吸が苦しい…




…本当はリーゼラだってフォルカーの思いに応えてあげたい。

こんなに苦しんでいるフォルカーを一人にさせたくない…



痛む胸を抑えながら、それでもフォルカーを真っ直ぐに見据えて言う。



「…残念ですが、私にもフォルカー様の心を埋めて差し上げることはできません。」


「リーゼ…」


「そしてそれは、フォルカー様自身をおいて、誰にもそんな真似はできないのです。」



「……!」




「失礼ながら、フォルカー様のお心が満たされないと言うのは、ご自分でご自分をお認めになることを許していないからなのでしょう。ご自分で、〝自分は価値のない人間だ”と、どこかで決めつけていらっしゃる…」


「それは辛い幼少期に植え付けられた思いから来ているものもあるのでしょう。…ですが、過去は変えられます!」


「あなたが、いま〝ある”幸せに目を向け、自分自身で自分の心を満たしてあげれば、きっと今よりもずっと楽に生きられるようになると思います。だから…諦めないでください!!」



リーゼラの言葉を聞いて、フォルカーの目に生気が宿った。




「……そう…か……」


「僕の心がいつまでも空っぽだったのは、自分で心に蓋をして、すべてを拒絶していたからなのか…」



「なるほどね…ようやく気付いたよ…。ありがとう、リーゼラ…!

やっぱり君は、僕が思っていたよりもずっとずっと強い女性だったんだね。」



「いえ…、私もそんな偉そうなことを言っておきながら、自分の感情のコントロールすら上手くできていないのが現状ですので…。今の言葉もある方からの受け売りなんです。」



「そうだったんだね。素晴らしい方とお知り合いなんだね。リーゼラにも振られてしまったし、今度是非その方を紹介してくれないかな?」


「ええ、もちろんですわ。…ひげもじゃのご老人でよろしければ。」


「げっ!男性なのかい!僕は女性が好きだから、やっぱり遠慮しておくよ。」



ようやくいつものフォルカーらしさが戻り、リーゼラもホッと胸を撫で下ろす。



顔を突き合わせて抱き合ったまま笑っていると、不意にフォルカーがリーゼラの名を呼ぶ。


「ねぇリーゼラ?」



「はい。」




「…キス…してもいいかな…?」




「……!!」



それは、いい訳がない!!



すぐにフォルカーから離れようとするも、両手で力強く背中を抱え込まれ、抵抗できない…!



フォルカーの顔が近づいて来るのを避けられずに、顔を背けて目を瞑って固まっていたら、不意に頬にチュッと柔らかい感触がした。




「……!?」



驚いて頬に手を当てながら目を開けると、ニヤリと笑うフォルカーと目が合う。




「あれ?もしかして口に期待しちゃってたかな?義兄上という者がありながら、リーゼラって結構大胆なんだね!」



と、完全にいつもの調子でからかってきたので、リーゼラは恥ずかしさで顔を真っ赤にして、その時だけは公爵令嬢という立場を忘れて、フォルカーに馬乗りになって、相手がギブアップと言うまで

首を両手で絞め上げてやった。






長い長い一日が終わろうとしていた。












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