提案
月曜日、会社に行くと木村さんがいた。
「あれ? どうしたの?」
いつもはいない木村さんが事務所にいる。
今日も営業会議なのかな……?
「今日一日、新人の付き添い。 お昼、一緒にどう?」
中途採用の営業の研修の付き添いで本社に来ていたらしい。
「あ、じゃあ行こう! 玄関で待ってて。 降りて行くから」
「了解! じゃあ、後ほど〜!」
午前中の業務を済まし、チャイムと同時に玄関へ降りた。
木村さんも新人の人と降りてきたが、新人の人は木村さんに軽く挨拶をして一人で行ってしまった。
「あれ? 新人の人も一緒に行かないの?」
「今日、1日ずっと私と一緒だよ。 行きも帰りも。 休み時間くらい解放してあげたいじゃない? 息が詰まるでしょ……」
「そっか……」
出た!
木村さんの優しさ!
木村さんが慕われる理由の一つだ。
俺と木村さんは近くの定食屋まで歩き出した。
新入社員の頃からある定食屋。
うちの社員になれば自然と常連になる。
「何か、一緒に定食屋行くの久しぶりだね」
「ほんとだよ。 いつぶりだろうねー? 曽根くん、引っ越しは? もう、終わったの?」
「引っ越した。 マンションで一人暮らしが始まったよ。 またみんなで遊びにきてよ。 宅飲みできるし、泊まれるよ」
「あ、いいね、それ! 曽根くんが良ければ是非〜!」
着いた定食屋は案の定、もう、満席。
しばらく外に置かれた椅子に座って順番を待つ。
「一人暮らし、どう? お母さんと2人が長かったから寂しくなってないの?」
「まぁ、大丈夫かな……。 ってもういい大人だよ……!」
「まぁ、そっか……! マンションに誰かもう遊びに行ったの?」
「……いや……実はさ……」
俺は木村さんに三郷ちゃんとの話をした。
「ふーーん……。 そんな事があったんだーー……。 その子、勝気な子だね。 好きにさせるなんてなかなか言えるもんじゃないでしょ。 曽根くん、優しいからねーー、強く言ったりしないし、それもたぶん相手も居心地がいいのかもねー」
「やっぱりさ、もう恋愛はする気ないの?」
「うーーん……」
「恋愛しちゃいけないって思ってる訳じゃないんでしょ? 私はさ、また曽根くんに恋愛して欲しいな……。 このまま1人でいて欲しくはないかな……。 その子、いい子なんでしょ? 嫌いじゃないなら付き合うって形から始めてみたら? 彼女にはちゃんと説明してさ、それでよかったら付き合ってみるとかは? そんな始まり方でもいいんじゃない?」
「恋愛感情がないのに付き合ってみるって事?」
「相手さえよければ……だけど……。 【お試し】みたいな感じ? 最初期間決めたりとかは? 例えば3ヶ月付き合ってみてやっぱり違うって思うか、付き合えるって思うか…….とか?」
「それって付き合うって言うの……?」
「うーーん……、確かに……。 やっぱ、ダメかぁーー!」
木村さんはうなだれていた。
俺をどうにかしたいと思ってくれてるのは凄い伝わった。
ありがたいその気持ち。
「また何かあったら言いなよ。 話聞くからさ!」
「ありがとう。 で、木村さん、研修って今日だけ?」
「今日だけ。 帰るよーー。 我が家に息子たちが待ってるからねーー」
結婚して出産して、営業に復帰して今もバリバリやってる木村さんはほんとにかっこいい。
一度だけ会った事のある旦那さんも優しそうな人だったなぁ。
頼もしい同期、俺を気にかけてくれている木村さんにはほんとに感謝だ。
次の土曜日も三郷ちゃんはやって来た。
三郷ちゃんは無邪気な人だった。
意味もなく俺の周りをチョロチョロしてみたり、ツンツンしてみたり、ひっついてみたりとにかくいつも笑ってる人だ。
そんな三郷ちゃんを人としてはかわいい人だなとは思うが、恋愛対象ではない事は依然として変わらないままだった。
ただ、木村さんの提案は心に引っかかっていた。
こんな事をずっと続ける訳にいかない。
それなら、【お試し】で付き合ってみてやっぱり違うと思ったら付き合いを解消する方がいいんじゃないのかな……。
三郷ちゃんに期待させずに済むのではないかと思っていた……。
「曽根さん、今日も来ちゃいました! 今日はどんな話、します?」
「ねぇ、三郷ちゃん……」
いつもの様に無邪気に話す三郷ちゃんに、木村さんの提案を聞いてもらおうとしていた。
早く次に向かって欲しい気持ちでいっぱいだった……。




