新しい生活
今日は家電などの搬入の日。
指定時間に家電を積んだトラックがやってきた。
いよいよ住める感じになってきた。
あとは午後から運ばれるテーブルと椅子とベッド、ソファー…。
生活感のない空間が少しずつ色付いていく。
新しいところでの生活も楽しみだけど、それと同じくらい売り払う実家を考えると寂しくもなる。
もう自分のために生きなさい、と、母からの言葉。
母さんは、楽しいはずの20代、30代を自分に費やせてしまったと言っていたが、どう生きてきたかが大事なのかなとも思う。
確かに、その時にしかできない事もある。
けれど、だからって自分の残りの人生が台無しになった訳でもなく、これからの自分をどうするかは自分次第でどうにでもなる。
俺自身はこれからの人生を悔いなく生きようと、やりたい事は迷わずにやろうと決めていた。
実家を手放すのは寂しいけれど、自分のこれからの人生の為。
母もそれでいいと言ってくれると思う……。
夕方、ジムへ行くと遠藤さんも来ていた。
軽く会釈を済ませた後、俺はいつもの様にランニングから始めた。
窓越しに映る景色がどんどん暗さを増し、あかりが増えてくる。
夕焼けから少しずつ夜に変わっていくのを見つつ、夜景となった目の前の景色を見ながらのランニングは格別に楽しく気持ちよかった。
ランニングが終わった後、休憩している遠藤さんを見つけ話しかけた。
「遠藤さん、こんばんは。 今日はまだやります?」
「やりますよ。 曽根さん、今日は少し来られたの早めじゃなかったですか?」
「今日、マンションへ家電などの搬入があったので、マンションにいたんです。 だからいつもより早めに来れました」
「そうだったんですか? で、いつからマンションに?」
「今月中には……。 いつとは決めてませんがもういつでも住める状態ではありますねーー」
遠藤さんにはいろんな事を話せる様になっていた。
遠藤さんならこんな時、どう思うんだろう……。
不思議とそう思って話す事も多い。
父さんと高校の時から疎遠になってしまったのもあって父親に似た感覚で話してるんだろうか……。
とにかく話しやすい。
そういう意味でもジムに通うのは楽しみだった。
いよいよ、実家を離れる時が来た。
近所の人に挨拶に行った。
昔からの顔馴染み。
生まれた時から俺の事を知ってくれている人がほとんど。
「長い間、お世話になりました……」
「司くん、行っちゃうんだねーー。 何だか寂しくなるけど……。 お母さんの事、よく看てあげたね。 偉いと思ってたよ。 お母さん、幸せだったねーー」
「そう思ってくれてるといいんですけど……。 お元気でいてくださいね」
「司くんこそ。 元気でね!」
住み慣れた町を離れ、これから新しく始める場所へ……。
マンションへ着き、残り2箱の段ボールの荷物の片付けを始めた。
家電やソファーが入ったとはいえまだまだガランとしているが、これくらいの物のなさが気持ちよかった。
今日から始まる新しい暮らし。
今は快適しかない。
……と、その時LINEが鳴った。
三郷ちゃんだ。
「もう、引っ越しは終わりましたか? 約束したマンションの内覧、いつお願いできますか?」
あ、そうだ……。
そんな約束したんだっけ……。
「引っ越し、完了しました。 内覧するの? ほんとに参考にならないと思うけど……。 よくあるおしゃれなマンションじゃないよ」
最後に聞いてみる……。
「大丈夫ですって! 前も言ったでしょ? で、いつなら大丈夫ですか?」
やっぱり……。
次の土曜日で約束した……。
引っ越ししたので通勤路が変わり、いつもより遅く家を出ても間に合う様になった。
今まで車通勤だったが、車でも電車でも行ける様になった。
気分で電車を使って会社に行く事もあって、いつもと違う風景を見ながら通勤するのは冒険してるかの様で楽しかった。
電車にもずいぶん乗ってなかったので尚更。
どこに行くのも何時に帰るのも何もするのも自由。
一人暮らしの独身を謳歌し始めていた。
三郷ちゃんとの約束の土曜日。
最寄りの駅で待ち合わせた。
改札から三郷ちゃんが現れた。
「曽根さん! こんにちは。 今日はありがとうございます!」
「三郷ちゃん、ほんとに参考にならないよ……」
「大丈夫ですって! 何回も言ってます! 私、楽しみで寝れなかったー!」
三郷ちゃんはいつも元気だ……。
2人でマンションまで歩き出した。




