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母の死

 母さんの調子はあまり良くなく入院が決まった。


 自分の家がいいだろうけど、仕事をしている俺にもできる事の限界もあるし、病院の方が安心だった。



「司、病院に本を持っていきたいから入れといて。 あと、アルバムも」



「母さん、入院だよ。 本読んだりする時間ないでしょ?」



「近くにあると安心するのよ。 友達だからね」



「じゃあ……入れておくね」


 入院が決まった事で母さんはある程度の覚悟をしていた様だった。

 病院に行って話していても、今までと話の内容が違ってきた。


 大事なものの場所だったり、破棄して欲しいものを言ってきたり……。


 母さんなりに自分の体に感じるものがあるんだろうか……。



 入院している間、お見舞いにいろんな人が来てくれていた。

 会社の同僚だった人や、ヘルパーさん、ご近所さん……。

 自分の為に訪ねてくれた人の事を俺に報告する時の母さんの顔は本当に嬉しそうだった。

 その時間一つ一つを大切に過ごしているのがわかると同時に母さんはやっぱり自分の命の期限を悟っている事を再認識し、悲しさや寂しさが俺の中で広がる。


 母さんにとって息子である俺はどんな子供だったんだろう。

 反抗期で話さない時期も長くあったり、母さんに無関心にただ毎日を過ごしていたり。

 優しい言葉すらかけず、父さんと別れてからはこんな息子と2人暮らし。


 どんな気持ちで過ごしていたのかな。

 母さんを看るのは俺の義務だと、これまで育ててもらった恩返しだとそう思って今までやってきた。

 母さんが俺にしてくれてた事を考えると、母さんが倒れてから俺が母さんにしてきた事は全く比べ物にならない。

 母さんの命がある間に、今までの感謝を伝えようと思った。

 それが俺が最後にできる母さんへの最大の親孝行かなと思った。



 季節が幾度と変わり、母さんの調子も日に日に悪くなっていっていた。

 今は起き上がる事はできなくなってしまった。

 まだ話はできるが長くは話す事はできない。

 いつも気丈に振る舞う母さんも辛そうな顔をする事がある。

 何もしてあげられなくて自分の無力さを痛感した。


 その日は突然やってきた。

 朝、家を出る準備をしていたら病院からの電話が鳴った。

 急いで病院へ来てと言われ、俺が病室に着いた時には母さんの意識は微かにある程度だった。


「母さん!」


 俺の声に少しだけ反応した。

 そう遠くはない母さんとの別れ、わかってはいたものの俺は心の準備がまだできていなかった。



 静かに横たわる母さんはゆっくり深く呼吸をして眠る様に旅立って逝った。



 え……? 母さん、いなくなるの……?


 しばらく先生や看護師さんの処置を黙って見ていた。


 母さん、いなくなっちゃったんだ……。

 でも、母さんを看取れてよかった。

 俺、親孝行できたかな……。

 結婚したり孫を抱かせてあげられなかったけど……。


 俺一人になってしまったけれど、まだ実感がない。


 病室の片付けをして事務処理や葬式の準備やらで、いろんな決め事が次から次へとやって来て、正直言って悲しむ暇はなかった。


 通夜や告別式にはいろんな人が母さんに最後のお別れに来てくれた。

 その人たちにこれまでのお礼と感謝を伝えた。

 きっと母さんは幸せそうに旅立っただろうな……。


 お骨になった母さんを抱き、家に帰ったのは夕方頃になっていた。

 静まり返った家。

 母さんが使っていたベッド、食器類やパジャマ……。

 少しずつ片付けなきゃな……。

 俺、一人になっちゃったんだ……。


 ベッドに立てかけて置いた病室から持ち帰った荷物が入った紙袋。

 これからでも片付けるか……と、中身を出した。

 コップ、お箸、タオルやパジャマ、本とアルバム。


 なんとなくアルバムを開いてみる。

 小さな俺を抱く母さんはもういない……。

 寂しいな……。

 母さんが残した3冊の本。

 何となくパラパラとめくると中に封筒が入っていた。


 【司へ】


 ……!!



 そう書かれた封筒を開けてみる。

 みると、便箋に書かれた俺宛の母さんからの最後の手紙だった……。




 司へ


 司、母さんが倒れてからこれまで一緒にいてくれてありがとう。

 母さんはあなたの人生を台無しにしてしまったよね。

 ごめんね。

 母親として失格だよね……。

 なのに、あなたは私に何も言わない。

 母さんのせいだ、母さんさえ元気でいてくれれば、と、そう言われても仕方がないのに司は何も言わなかったよね。

 ずっと我慢してたんだよね。

 あんなにも楽しそうにしていた営業の仕事を辞めたのは母さんの為だったのでしょう。

 プライベートもほとんど遊びにも行かず、そして結婚もせず。

 結婚願望はないと言っていたけれど、あなたは家庭的な子でした。

 そんなはずはないと思っていました。

 それも、母さんの為に諦めたのではないですか?

 それに甘える事しかできず、ごめんね。

 けどね、こんなにまで優しい息子になってくれて、私の子育ては間違ってなかったと、思います。


 司は自慢の息子です。


 この手紙を読んでいるという事は、私はこの世にはいないのでしょう。


 司、ありがとうね。

 司には感謝しかない。

 あなたが息子でよかった。

 あなたを息子にしてくれた父さんにも感謝だね。


 もう、好きに生きなさい。

 あなたの人生、取り返してね。

 私が言うのも何だけど……。

 司には、20代、30代の楽しい時期を私に費やさせてしまった。

 自由に、あなたの人生を生きなさい。

 今からでも大丈夫。

 今まで母さんのせいでできなかったいろんな事をせっかくだから挑戦してみて。


 私はいつでもあなたの味方です。

 空から見守っています。


 司、幸せになってね。


 母より




 母さんからの最後の手紙。

 何度も何度も読み返した。

 起き上がるのもしんどかっただろうに……。



 母さんへの思いでいっぱいで涙が溢れた。

 母さん、俺も母さんの息子でよかったよ……。

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