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二人の思い

「私は司を忘れたくない。 司の全てを忘れたくない。 こんなにお互い好きなのに、それを別れようとしてる……。 司の気持ちも理解できる。 私を守ろうとしてくれてるのもわかる……。 でもね、このまますんなり別れられない……。 気持ちの整理もつかないよ……。 このまま帰れない……」


 実咲にこんな事を言わせるなんて……。

 俺を想ってくれている気持ちが本当に嬉しかった。

 それに応えたいのに応えられない。

 もどかしさしかなかった。


 今日で最後になるだろう実咲との時間。


 抱いて欲しいとそれに応える事が正しい事なのかどうか答えを出せずにいた。

 好きだから自然とそうなる。

 でも今は、すぐ傍で簡単に抱きしめられる距離なのに触る事さえできないでいる。

 もう別れようしている相手、一番大切な人を傷付けてしまわないか……。


 まだ居たいという気持ちは俺も一緒。

 この時間が終われば、さよならしてしまえば、本当に実咲とは別れてしまう。

 最後の時間を大切にしたいし、少しでもいい時間を過ごしていたかった。


 泣いてばかりの実咲。

 少し落ち着いて二人で話したかった。



「実咲、俺の家、来てみる?」


 そう遠くはない自分の家。

 最後に二人で過ごす場所が自分の家なんてどうかと思うけど、自分がさらけ出せる自分の家というのも悪くないかなと思った。



「行ってみたい……」


 まだ泣き続ける実咲を乗せ車を走らせた。

 15分程走ったところに家がある。

 カーポートに車を停め、玄関の鍵を開ける。

 真っ暗な家の中、手慣れた手つきで電気を付ける。


「どうぞ。 あんまり綺麗にしてないよ」


 そう言ってリビングに案内した。

 リビングには届いたばかりのベッドが置いてあった。


「ごめん、狭くなってるけど……。 ここが母さんが生活する部屋になるんだ……。 今はまだまだこれでもリビングだけどね……。 あ、ソファーに座ってて。 実咲、なんか飲む?」



「ううん。 いらないよ」


 実咲は辺りをぐるっと見回した。

 母さんが入院する前は元気だった観葉植物も枯れてしまった。

 いろんなところが変わってしまった気がする。

 母さんはもっとちゃんとしていた。

 母さんに、実咲を紹介したかったな……。


「ここで司は育ったんだね。 お父さんとお母さんと3人で……」



「父さんは仕事ばっかりの人だったけどね……」



「どんな人だったの? 写真はないの?」



「あーー、家族のアルバムってどこだろう? 母さんがしまい込んでてわからないけど……俺が持ってるアルバム見る?」



「見たい」


 見たいという実咲と2階の俺の部屋へ行った。

 俺の部屋に実咲が入る日があるとは思ってもみなかった。



「アルバムって言っても……中学の時くらいからしかないけど……父さんたち、写ってるのあるかな……」


 自分が見るのも何年ぶりだろう?

 アルバムの中の俺は屈託のない笑顔で笑っていた。

 何年後かに想い合っている人と別れる事になるとも知らずに。

 実咲はページをめくりながら今の俺と比較している様だった。


「司、楽しそうだね。 今とあんまり変わらない。 友達といつも楽しそうに写ってる……」


 高校、大学とアルバムの中の俺は成長していった。


「あ……!」


 その時、思い出した……。


「司、これ彼女だった人?」


 遅かった……。

 すっかり写真がある事を忘れていた……。


「え……、あ、うん……」



「かわいい人だね……」



「写真あるの忘れてた……ごめん……」



「何で謝るの? 大丈夫だよ。 この人と恋してたんだね……」



「1年ちょっとだったかな…。 前に話した事なかったっけ? 俺、振られたけどね……」



「そうだったね。 そっかーー、この人と恋してたんだ……。 何か少し嫉妬しちゃうな……。 私の知らない司を知ってるんだ……。 いい恋できた?」



「……もう覚えてないよ……」



「最後の最後でやきもち焼くなんてさ……。 この人は司といろんな気持ちや時間を共有したんだね。 その中に私みたいな気持ちもあったのかな……。 楽しくて嬉しくて愛しくて幸せで……。 司に会いたかったり、声が聞きたかったりしたのかな……。 こんなに苦しかったりしたのかな……」


「司は私と付き合って私と同じ様に思ってくれてた……? 楽しかった? 会いたいと思ってくれてた? 幸せだった?」


 立ち上がり、俺に抱きついた実咲は泣きじゃくり震えていた。


 当たり前だよ……。

 何も考えなくていいのなら、連れ去りたいよ。

 実咲さえ傍にいてくれればそれでいい。

 何も要らない。



「楽しかったし、会いたいと思ってたよ。 実咲がいてくれて幸せだったよ。 離れたくないよ。 本当は最後の最後まで決心が緩むんだ……」


「実咲がさっき言った事、実咲を傷付けそうで怖いんだよ……。 今以上に傷付けたくない……」



「傷付かない。 最後に愛して欲しいだけだよ……」


「司にも私を忘れて欲しくない。 こんなにお互い好きなのに……」


 実咲は涙でいっぱいの目で俺を見上げた。



 抑えていた感情が一気に吹き出した。


 もういいや、実咲がいない人生なんてあり得ないよ……と、思ってはいけない気持ちが現れた。


 絡み合う手に力を込める。

 むさぼる様な激しいキス、何かに取り憑かれたかの様に実咲に夢中になる。

 実咲の事以外は考えられない。


 強く降る雨の音。

 その音がもの凄く心地よかった。



「お願い……今日はつけないで……」


 実咲がが避妊具をつけないでと言ってきた。


「でも……できたら……」



「もし赤ちゃんができたら結婚しよう。 私も司もお互いこんなに好きなんだよ。 それを別れようとしてる……。 司が私を思ってくれる様に私も司を思ってる。 司が大変な時は私が支えてあげたいって思う。 最後に私のわがまま聞いて……。 今日はつけないで……、お願い……」


 実咲の覚悟に俺も覚悟した。

 本当は別れたくない。

 実咲との未来を、ほんとに目の前で、手が届きそうになっていたのに、こんなにも愛おしい実咲を手放すなんてほんとはしたくない。

 もし、できたら……それも運命かも知れない。


 最後に賭けに出た。


 俺を見つめる実咲と視線を絡ませ、お互いを求め合う。

 離れたくない。

 心のどこかで、子供ができてくれと思っている自分がいた。


 実咲には幸せになってもらいたい。

 誰よりも幸せになってもらいたい。

 だから俺じゃダメなんだ。


 そう思う自分とは真逆の事を考えている。


「実咲……好きだよ。 別れたくないよ……」



「司が好き……。 ほんとに好き。 忘れないから……」


 時間が許す限り、お互いを求め合う。


「実咲、笑ってよ……。 実咲の笑った顔、好きなんだ」


 何度もキスをすると、笑ってくれた。

 この笑った顔が見たかった。


「実咲に抱いて欲しいなんて言わせてごめんね……」


 そう言うと実咲は自分の唇で俺の口を塞いだ。

 そんな事気にしない、そう言われている気がした。


 もう誰かを好きになれない。

 実咲の幸せを願って生きて行こう、そう思った。

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