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21/72

母の病

 新しく年も変わり、毎年の事だが、初仕事は客先への新年の挨拶回りから始まった。

 年始気分だった社内にも少しずついつもの忙しさが戻ってきた。


 同期5人、あと数ヶ月でバラバラになっちゃうかもな……。

 俺もどこに異動になるんだろう……。


 異動の事が頭をよぎる。


 実咲と付き合ってなければ何も考えず言われた場所へ行き、また楽しく仕事をするんだろうけど、今は極力ここから近くであって欲しいと願った。


 2月末から3月の頭には内示が出る。

 その時をドキドキしながら待ってなきゃいけない。


 転勤ないといいな……そう思いながら過ごしていた。



 2月に入ったある日、営業に出ていた俺に会社から電話があった。

 母が倒れたのですぐ病院へ行ってという連絡だった。

 詳しくはわからないが、仕事先で倒れたらしい。

 病院を聞き急いで車で向かった。



 え……? 母さんが?

 倒れたって、昨日も今日の朝も元気だったけど……。

 足捻って転んだのかな?



 病院に駆けつけたが、母はまだ手術中だった。


 え……。


 着いた時にはもう病室で、駆けつけた俺に、


「司、ごめんごめんーー!」


 と言うくらいしか想像していなかった。

 想像していたのと違う……。

 自分が思ってたより深刻だったのがわかった。


 看護師さんなのか、いろんな人たちが忙しく出入りする。


 最悪の事を想定する。

 もし、母がいなくなったら俺はどうなるんだろう……。

 これまでの母の事を思い出す。

 いつも俺の事を考えてくれた母。

 口うるさいと思うこともあったけど、でも最後まで俺を気にかけてくれていた。

 こんな時っていい事ばかり浮かんでくる。


 ってか、まだ実咲を紹介してない。

 もっと、早く会わせておけばよかった……。


 もしもの時の後悔も浮かんできた……。



 手術室の前でどれくらい待っていただろうか……、手術室のドアが開き母が出て来た。

 眠ったままの母が自分の前を通り過ぎる。

 見た事もない母の姿にただ呆然としていた俺に主治医の先生が声をかけた。



「息子さんですかね? ちょっと来てもらえますか?」



 俺は先生について行った。


 何、言われるんだろう……。


 不安と恐怖しかなかったが、母の事を聞ける人は俺しかいない。


 何を言われても受け止めなきゃ……。


 机と椅子だけが置いてある部屋へ通された。

 温かみのない冷たい部屋。


 先生はゆっくり腰掛け話し始めた。


「お母さんの手術は成功しました。 ……けど、お母さんはこれから寝たきりとまでは言いませんがそれに近しい事になると思います……。 動けない訳ではありません。 まだ自分の事もできますが、心臓に負担がかかる事は極力控えなければいけません。 安静が一番です。 もうすぐ目を覚ますと思いますが、今までの通りの生活とはいかなくなります……」


 今後の事を少しずつ考えなければいけない事と、母さんは当分は入院になる事を言われた。

 今後の事は入院している間にいろいろと決めていけばいいかなと教えられた。



 母さんに何があった?

 一緒に生活してて何も気付いてあげれなかった。

 ほんとはしんどかったのかな……。

 辛いのを我慢してたのかな……。


 母さんが目を覚ましたら、話せる様だったら、話聞かなきゃ……。


 母さんは仕事途中に倒れていたところを同僚の人に見つけてもらって救急搬送されたらしい。

 幸い発見が早かったので最悪の事は免れたが、あまりいい状況ではなかった。

 病室に入りまだ眠っている母さんを見た。

 母さん、ここ最近楽しそうだったのにな。

 父さんと離婚してから自分の時間を大事にしていたのにな。

 それまでの母より生き生きしていて、俺も離婚も悪くはなかったんだと思っていた。

 なのにさ、今日から昨日までの様にはできないって……。

 それを、俺が母さんに言うの……?

 どう伝えるの……。

 母さんが眠っている間、考える……。



 答えを見出せぬまま母が目を覚ました。


「母さん、大丈夫?」



「……司? ……母さん……どうしたの……?」



「仕事中に倒れちゃったんだよ。 手術したからまだ起き上がれないよ。 横になってて」



「……司、仕事は……?」



「俺の事はいいから、ゆっくり休んでて。 もう少し寝たら? 俺、ここにいるから」



「……ちょっと寝るね……」


 母がまた寝た事を確認して、ロビーに降りた。

 ガランとした誰もいない待合室。

 夜遅い時間になったが実咲に電話をかけた。


「司? お母さん、どう? 大丈夫?」


 実咲の声にいつもの自分に戻った気がした。


「うん……とりあえず大丈夫みたい。 けど、今までと同じ生活はできないんだって……」



「助けが必要になるって事?」



「ある程度は自分でできるんだって。 けど、心臓に負担がかかる事は極力避けなきゃいけないらしくて安静にしてないとダメみたい……」



「そっかーー……。 私に何ができる事ある? 何でも言ってくれていいよ」



「大丈夫だよ。 落ち着くまでしばらくは会えないと思うけど……」



「お母さんの事の方が大事だから、私の事は気にしないで……。 会社も休むの?」



「今日は遅いから明日朝一で電話する。 2日くらい休みもらえるのかな……? 聞いてみないとわからないけど……。 実咲にもまた連絡するから」


 実咲の声に安心した。


 けれど、この時はあまりわかっていなかった。

 そこまで考える余裕もなかったという方が正解かも知れない。

 母が倒れた事で生活が一変する事を理解したつもりが理解できていなかった。

 それがどういう事かに気付いた時、俺は落胆した……。

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