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母の宝物

 あの同期の飲み会は大当たり。

 営業全員、木村さんに大感謝だった。


 あの飲み会の後から明らかにみんな変わった。

 今までなら、お疲れさまです、か、会釈のみだったのが、会えばサラッとでも何か話す様になった。

 特に用もないのに話して……みたいな事が多くなった。

 技術部の3人にも相談を持ちかけやすくなった。


 相手を知ると知らないとでは全く世界が変わってくる。

 何で今までしてこなかったんだろう……。

 ……まぁ、新人の頃は飲み会を開くまでの余力は残ってなかったよな……。


 やっぱりいろんな人と話すべきだ。

 積極的に話す事も大事なんだなと思った。



 ある日、仕事も終わり帰ろうと通用口に降りると窓川さんが立っていた。


「あ、お疲れさま。 どうしたの?」



「お疲れさまです。 今、雨が少しマシになるのを待ってる……」


 結構な雨が降っているが傘を忘れたらしい。

 駐車場まで少しあるので雨が今よりマシになるのを待っていた。


「ちょっと待ってて」


 俺は営業車に置いているビニール傘を取りに行った。


「はい、これ」



「え! いいの?」



「俺、自分の持ってるし、ビニール傘だけどよかったら……」



「ありがとう」


 俺と窓川さんは駐車場まで一緒に歩き出した。

 雨は変わらず強く足元はどうしても濡れる。


「スーツの裾、大丈夫?」


 窓川さんが気にして言ってくれた。


「あぁーー、大丈夫。 クリーニング出すから」



「営業さんってやっぱりスーツたくさん持ってるの?」



「最初は2着で着回してたけど、身なりも大事だから少しずつどんどん増やした感じかな。 今は5着と下だけを2本持ってる」



「その上、シャツやネクタイもでしょ?」



「そうだねーー」



「大変だねーー。 私は制服だけだから」



「でも女の子は毎朝大変じゃない? 化粧とか髪型とか……。 服装だってあるでしょ? みんなちゃんとしてるよねーー。 俺は通勤はスーツでいいし、化粧もないから簡単なもんだよ。 男はそんなに時間かからないから」



「ちゃんとする人はちゃんとするよね。 私は適当だけど……」


 そう言って笑っていたけど、適当に思った事はない……。


「窓川さん、適当じゃないんじゃない? いつもちゃんとしてるでしょ! 今、通勤服でしょ? 適当には見えないよーー」



「そう?」



「という俺の見解です」



「ありがとう」


 雨で足元も悪い。

 駐車場までいつもより少し時間がかかったと思うが、窓川さんと話しながら来たせいかもう着いたという感覚だった。


「じゃあ、また明日ね。 傘、ありがとう。 乾かして返すね!」



「ビニール傘だしかまわないよ。 気にしないで。 そのまま車の置き傘にしといてもいいよ」



「ちゃんと、返すよ。 週末挟むから月曜日に持ってくるね」



「ほんと気にしないで。 じゃあ、お疲れさまーー」



「お疲れさまーー。 気を付けてね」


 別れた駐車場。

 もっと話したかったな……。

 ふと、そう思った。




 週末の休みは家でゆっくりしていた。



「あれ? 今日はどこも行かないの?」


 母にそう言われた。

 最近母は、断捨離と言ってはその日に断捨離する場所を決め掃除をしていた。


「特に行きたいとこもないし……」



「そうなんだーー。 じゃあ一緒に断捨離、手伝ってよ」



「えーー。 何するの?」



「今日は本棚!」


 母は専業主婦の頃、本を読むのが趣味で家にはたくさんの本があった。

 父と離婚してからは仕事を始め、同じ職場の人とごはんに行ったり、旅行したり、本を読む事以外に時間を使う事が増え、本を読む事が減ってしまった。



「これはね、母さんの宝物なんだけど、ずっと置いておく訳にもいかないから。 大事なものだけ置いてあとは捨てようと思ってね」


 古い本棚を眺めてそう言った。

 仕事ばかりの父で母にとってこの本たちは1人の時間を埋めた友達みたいなものだった。



「いいの?」



「いいの、いいの! 今は眺めるだけになってたから。 母さんの決心が鈍る前にやっちゃおう! 手伝って」


 母は1冊ずつ手に取り俺に渡した。

 ある程度の高さになったら紐で縛る。


 懐かしそうに本を眺める母は、当時の事を思い出している様だった。

 眺めては埃を払い、俺に渡す……。


 結局、3冊だけ残し、それ以外は処分する事になった。



「え! 3冊だけ!? ほんとにいいの?」



「この3冊だけにするわ」


 潔い……。 潔過ぎる……。

 俺ならこんなにある宝物を厳選して3冊なんてとても無理だ……。



「こんなにたくさんある中のその選ばれた3冊ってどんな厳選理由だったの?



「え? まぁ、何となく?」


 何となく!?

 そんな理由!?

 その理由にびっくりした。


 母がいいならそれでいい。



「今日から君たちの場所はここね!」


 母はその3冊をいつもいるリビングの片隅に置いた。



「司のおかげで今日の断捨離が早く終わったわ。 ありがとう」


 母は満足げだった。

 そしてガランとした本棚をどうするか、それをまた考えていた。

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