【第十夜】
これで最後です。
十日間の航海を終え、アメリアとバーレントが下船する寄港地に到着した。昼過ぎに到着したので、アメリアとバーレントは午前中の間に荷物をすべてまとめていた。
「長いと思いましたけど、あっという間でしたねー」
「確かにな。いろいろあったが……」
確かに、いろいろあった。あんな事件に巻き込まれるとは思わなかった。
しかし、乗船当初、仲が悪いわけではなかったがよそよそしかったアメリアとバーレントがここまで仲良くなれたのは事件のおかげのような気もする。
「でもまあ、なんだかんだで楽しかったです」
アメリアはバーレントを見上げて微笑んだ。バーレントも「そうだな」と微笑む。ほら。当初はバーレントのこんな笑顔を見られるとも思わなかったんだ。
これからクイーン・ベアトリクス号を下り、汽車で王都の新居に戻る予定だ。海を行くよりも、汽車で王都に向かった方が早く到着する。ちなみに。
ディアンナもこの寄港地で下されるそうだ。本当ならコーレイン公爵領まで船で行く予定だったようだが、怪我のことがあるためにこの寄港地の病院でしばらく入院するらしい。と、エレンが教えてくれた。彼女とフィリベルトもここで足止めだ。ローデヴェイクも下船するらしい。
ハウトスミット侯爵夫妻はこのまま船で王都に戻るらしい。というか、クルーズ船はひと月半をかけてこの国を一周するため、あとひと月は船に乗っていると言うことなのだろうか……。
荷物は先に船員におろしてもらい、貴重品だけ小さなカバンに入れて持っている。下船する際、バーレントに手を差し出されてアメリアは微笑んでその手を取った。
「至らないところも多いが、よろしくな」
「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いいたします」
ニコリと微笑みあい、二人は再び挨拶を交わす。クイーン・ベアトリクス号に乗船したときも似たような会話をしたが、その時とは違う感情が込められていた。
バーレントに手を引かれ、アメリアは下船した。豪華客船での旅も、これでおしまいだ。
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少し、その後のことを記しておきたいと思う。まず、バーレントに散々『確信犯』と言われていたディアンナ・コーレイン女公爵であるが、無事に回復して領地に帰ることができたようだ。六年後、三十歳の時に爵位を甥であるフィリベルトに譲り、自身は同じく爵位を弟に譲ったローデヴェイク・レーンデルスと結婚したと聞いた。そのまま、他国に移り住んで、今は研究員をしているらしい。
ディアンナの義姉であるエレンは、フィリベルトが爵位を継いだ後もフィリベルトの元で暮らしているようだ。まあ、当然であろう。
さらに、ハウトスミット侯爵夫妻。この夫妻は、よくわからないのだが、離婚には至っていないようであるが、夫婦関係が破綻しているらしい。どちらかに問題がある、と言うと、夫であるヘルブラントに問題がある気がするのだが(実際、性格には問題がある)、ヒルデの方が問題らしい。散財が激しいだとか、多くの情夫がいるだとか、そんな噂があるが、アメリアもディアンナとほど親しくないので、詳しいことはわからない。さわらぬ神にたたりなし、ではないが、触れないのが一番いいのではないかと思っている。
で、先ほどちらっと出てきたローデヴェイク。彼は本気でディアンナを愛していたようだ。六年の歳月を経て、身分を捨てて結婚したのだから。まあ、あの二人は身分なんてなくても生きて行けそうな感じだったが。研究員であるディアンナに対し、ローデヴェイクは他国で翻訳家をしているらしい。その関係で、通訳もしているとか。なんと言うか、移住した、と言うより、活動拠点が他国にうつった、と言う感じのような気もする。
それにしても、ディアンナの「女の人の方が好き」発言だが、あれは本当に冗談だったのだろうか……。ローデヴェイクと結婚したと聞いたから、少なくとも本物ではないのだろうな、とアメリアは思った。
さて。そんなアメリアとバーレントの夫婦は、王都で相変わらず暮らしている。バーレントは小さな診療所を開き、近所の人たちが診察にやってくることもある。アメリアもアメリアで、作家活動を続けていた。
「……お前、今度は何を書き始めたんだ?」
「ミステリー」
「……」
分厚い法律書(全三巻)を手に取り、バーレントにそうツッコまれたこともあった。基本的に童話が専門であるが、息抜きに大衆小説を書くことも増えた。そろそろ資料として集めた本を何とかしなければ、家の床が抜ける、という苦情も来ている。
そんなバーレントも、夜遅くになって家に帰ってくることがある。いや、診療所は家と隣接しているから、見に行こうと思えば様子を見に行くこともできるのだけど。
「今日は遅かったわね。夕食できてるよ」
「ああ……トビアスが包丁で指を切ったとやってきた後に、マフダ婆さんが階段から落ちて足の骨を折ったとやってきて、最後にロヴィーが高熱を出して運ばれてきた」
「……ご、ご苦労様」
ちなみに、トビアスは近所の少年で、マフダはやっぱり近所に住むおばあさん。ロヴィーは隣に住んでいる図書館司書の青年だ。診療時間外になっても、診療所の扉をたたく人は多いのだ。
「っていうか、バーレントは何が専門の医者なんだっけ」
「外科だな」
そう言えば、新婚だったころに聞いたことがある気がした。
「そう言えば、アメリア。今度は芸術関連の本を大量注文したらしいな」
バーレントに指摘され、アメリアはびくっとした。以前、民俗学の本を大量に集めたばかりだった。
「いらなくなった本は整理して捨てるか図書館にでも寄贈しろよ」
決して、バーレントはダメだとは言わない。しかし、本が多すぎて床が抜ける! とは言われている。
「そうだけど……またつかうかもしれないし」
「捨てられない人間の典型だな……」
そう言ってバーレントはスープをすすった。そこに、子供の泣き声が響く。
「あああああっ。起きたぁ!」
半年前に生まれたアメリアとバーレントの子パウルはよく泣く。基本的に家にいるアメリアが面倒を見ることが多いが、暇があればバーレントも構っている。
ちなみに、半年前、パウルを取り上げたのはバーレントだったりする。助産師の手配が間に合わなかったのである。この時も、アメリアは「バーレントって何が専門だったっけ?」と聞いたものだ。懐かしい。
寝かせていたパウルを抱き上げて、バーレントがあやしている。アメリアも柔らかい頬を突っつき、「おむつかな」とつぶやく。そのままバーレントからパウルを受け取った。
「いつも悪いな」
「いえいえ、こちらこそ」
アメリアも夫を振り回している自覚がある。とりあえず、本はちゃんと整理しようと思った。
確かに、妥協でした結婚であるが、お見合いも捨てたものではないと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
無事に完結することができました。ありがとうございます。
というか、最初からそんな気はしていたのですが、推理……要素が少なかったですね。素直に文学か恋愛にしておくべきだったのでしょうか。
とにかく、おつきあいくださり、ありがとうございました!




