【第九夜】
いろいろとケチがついてしまったが、そう言えばアメリアとバーレントは新婚旅行に来ていたのだった。明日には降りる予定の寄港地に到着する。その寄港地から、今度は汽車で王都に戻る予定なのだ。
「いろいろと事件に巻き込まれたな……」
アメリアと同じく、豪華客船の旅最終二日目にして新婚旅行であることを思い出したらしいバーレントが言った。アメリアは小首を傾げて彼を見上げる。
「私は結構楽しかったですけどね!」
事件に巻き込まれるなど、そうそう体験できることではない。貴重な経験だった。まあ、これは無事だったから言えることではあるけど。
「お前、何気にメンタルが強いよな」
「そうかもしれません」
何度も言うが、アメリアは興味がないことに関してはほとんど気にしないのだ。そう言う意味で、メンタルは強いかもしれない。ただ、死者が出てしまったのは悲しいことだと思う。
せっかく客船に乗っているのだ。ついでに新婚旅行なのだ。今日一日は遊ぶことにした。
船内のショッピングモールを歩く。この界隈でイレーナ殺人事件があったのだが、その場所は今封鎖されている。
周囲には楽しげに買い物をする人々。昨日、殺人事件の犯人が捕まったからだろうか。まあ、殺人犯がうろついているというのに乗客たちは平和そうであったけど。だから、みんなは、自分が関わっていなければ基本的にどうでもいいのかもしれない。情報が伏せられていた、と言うのもあるかもしれない。
やはり、この国でも一、二を争う豪華客船だ。高価な衣服や宝飾品、食べ物、果ては家具まで売っている。客人層も金持ちが多いからか、がんがん買い物をしている人が目立つ。ちなみに、買ったものを家まで届けてくれるサービスもあるらしい。
せっかくだから、好きなものを買っていいぞ、とバーレントに言われたアメリアなのだが、ここで問題が発生した。
「……特にほしいものがない……」
「……お前」
バーレントがかわいそうなものを見るような目でアメリアを見た。そんな目で見られるのは心外である。
ほしいものがない。何とも平和的な問題ではないか。
「仕方ないじゃないですか。ほしいな~って思うものはあるんですけど、よく考えたらいらないな~って思うものが多くて」
「意外と現実的だな」
バーレントはそう言って苦笑した。彼は続ける。
「女というのは高価なものを何でも欲しがるものだと思っていた」
「あ、バーレント、それは偏見」
確かにそう言う人もいるが、世の中のすべての女性がそんな人であるわけではない。アメリアはどちらかと言うと物欲のない方の人間だ。
「バーレントの過去の女性遍歴が気になりますね~。変な女性に引っかかったんでしょう」
アメリアが何気なく言うと、バーレントはびくっとした。あ、本当に引っかかったのか。
まあ、確かにこの顔と医者と言う職業で恋人がいなかったわけがないだろうし、変な女に引っかかりそうな条件ではある。一緒になって気が付いたのだが、彼はあまり恋愛ごとに興味がなかったようなのだ。だから、付き合わないかと言われて了承するのだ。何も考えず。そもそも、アメリアとの結婚を決めた時もほぼ即決だった。
「……決断力があるのは、いいと思うんですけどねぇ」
そう言いながら、アメリアは高価なテディベアを手に取った。赤ちゃんくらいの大きさがあるそのテディベアは高いだけあり、触り心地がよかった。なでなでとなでてやる。
「それ、買うか?」
「ええっ?」
驚いた声を上げながらも、アメリアはテディベアの感触を楽しむ。
「気に入ったんだろう?」
「まあ……」
ぬいぐるみはいくつか持っていたことがあるが、抱きしめられるような大きなものは持っていなかった。
「でも」
アメリアが言いよどむと、バーレントは苦笑して言った。
「土産だと思えばいいだろう。旅行の思い出だ」
「なるほど!」
確かに、そう思えば手が伸びやすい。旅行のお土産マジックである。
早速テディベアを買ってもらったアメリアであるが、これを持ったまま移動するのは結構恥ずかしい。だが、せっかくのなので抱っこして部屋に戻る。
「別に他にもほしいものがあったら買っていいんだぞ」
「バーレント、なんか私に甘くありません?」
娘を甘やかすがごとくの甘さだ。どうしたのだろうか。もっとお堅いイメージがあったのが……。いや、この旅行で第一印象は崩れまくっているけど。むしろ、すでに崩壊して更地に戻ったと言ってもいい。そこから再び建物を建設している感じ。リフォームではなく立替だ。
「いや、すでに結婚しているが、甘やかしたくなってな」
「」
アメリアはぽかんとバーレントを見上げた。つまり、娘に対する甘やかし方ではなく、恋人に対する甘やかし方と言うことなのだろうか。夫婦だけど。
少しおかしくなったアメリアは笑ってバーレントの腕にしがみついた。
「特にほしいものはないですけど、おなかがすきました。甘いものが食べたいです」
そう言って甘えて見せると、バーレントは見たことがないほど優しい顔で笑い、「そうか」と答えた。
△
そんなわけで海を見渡せるカフェテラスに来たのだが、そこには思いがけない人物がいた。
「やあ」
じっと見つめていたら、気づかれた。当然か。かなり銀髪が短くなったディアンナがそこに座っていた。彼女は一人のようである。エレンやローデヴェイクもいない。
っていうか。
「病室に居なくていいんですか?」
「けが人はおとなしく寝ていてください」
アメリアもバーレントも口々に言う。バーレントの言葉がやや鋭いのは、やはりアメリアが巻き込まれたことに対する嫌味だろうか。
「病室に引きこっているだけでは気がめいるからね。せっかくの船旅だ。少しくらい楽しまないと」
くしくも、アメリアたちと同じ考えであったらしい。まあ、気持ちはわかるが、それでもディアンナがけが人であることに変わりはないのだが。
ディアンナが座っているテーブルの隣のテーブルでケーキとコーヒーを注文した。運ばれてきたチョコレートケーキを見て、アメリアは頬をほころばせて早速食べ始める。そんな彼女の様子を、バーレントは微笑ましげに見ていた。
一方のディアンナは後ろの席でラブコメっている夫婦などいないかのようなふるまいだ。端的に言うと、足を組んで雑誌を読んでいた。その様子も無駄に絵になっている。
「ディアンナ様。聞いてもいいですか?」
アメリアは体ごと振り返り、斜め後ろにいるディアンナを見る。ディアンナは顔を上げずに「なんだい」と言った。アメリアは質問を口にする。
「なんで自分を刺した犯人をかばったりしたんですか」
ディアンナはそこで顔をあげた。
「かばっていると思う?」
「かばっていないと、このおかしな状況に説明がつきません」
アメリアのきっぱりした言葉に、ディアンナは笑った。バーレントはあきらめているのか、コーヒーを飲みながら耳だけ傾けている。
「おかしいかい?」
「だって、刺されたってところからしておかしいでしょ」
何度も言うが、殺すなら射殺すればいいのだ。
だが、例えばアメリアのように銃の使い方がわからない人ならどうだろうか。アメリアはディアンナの愛銃であるというメーデルを見せてもらったが、使い方がわからなかった。まあ、安全装置がどうの~と言うのはわかるが、実際にはできない。それに、たとえ撃てたとしても、狙ったところには当たらないだろうし、衝撃にも耐えられないだろう。
「察しがいいねぇ。でも、犯人の名前は言わないよ」
「聞きませんよ。ディアンナ様が言いたくないなら。言わないだろうし」
ケロッとしてアメリアが言った。ディアンナは微笑み、「そうだね」と相槌を打った。
「私はただ、理由を聞いてみたかっただけです」
それを言ったらほとんど犯人を言っているようなものだが、ディアンナもアメリアが自分を刺した犯人をわかっていると察しているのだろう。そうだねぇ、と少し考えるそぶりを見せた。人差し指を唇に当てて微笑む。
「私が、どちらかと言うと女の人の方が好きだから、かな」
「」
「……」
ニコッと微笑むディアンナに対し、アメリアは絶句、バーレントは胡乱気な視線を彼女に向けた。まあ、それくらいでひるむディアンナではないのだが。
「まあ、冗談だよ」
「……そうですか」
冗談だと言ったにもかかわらず、アメリアにはディアンナがほぼ本気で言ったような気がしてならなかった。
その後、ディアンナは彼女を探しにやってきたエレンとフィリベルトに連行されて医務室に戻って行った。
「あれ、本気だったんですかね」
「どうだろうな……」
ディアンナのぶっ飛んだ発言のおかげで、疑問も吹き飛んだアメリアであった。
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この話も次で最終話。




