↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/152

第99話 一桁席次

 ガルム・レイヴァンが片手で戦斧を肩へ戻した時、第12席ローディ・エルガンはすでに次の攻撃へ移っていた。


 最初の《砕城打(ブレイク・ハンマー)》を真正面から弾かれた程度で動揺する相手ではないらしく、横へ逸らされた戦槌の重量をそのまま回転へ変え、大きく踏み込みながら反対側から振り返す。


 先ほどより速い。


 しかも今度はガルム本人を狙っていない。


 戦槌が地面へ叩き込まれる直前、ローディの両腕から流れた魔力が柄を通って先端へ集中した。


「《震砕波(クラック・ウェイブ)》!」


 着弾。


 試合場の石床を伝って、扇状に衝撃が走る。


 表面が爆発するように割れ、ガルムの足元まで亀裂が一気に伸びた。


 単純な地面への攻撃ではない。


 直接受けることを避けても、足場そのものを崩して姿勢を奪う技能らしい。


 エイルは無意識に《振動感知》を薄く広げた。


 観客席から試合場まで距離はあるが、地面を伝わる大きな振動なら十分拾える。


「広げてるだけじゃないな」


 最初の着弾地点から均等に衝撃が散っていない。


 ガルムが立っている方向だけ、明らかに強い。


 《震圧》とは違う。


 ローディ自身が細かく経路を操作している様子もないため、技能そのものにある程度の指向性が組み込まれているのだろう。


 ガルムの足元が割れる。


 右足が沈む。


 そこへローディが突っ込んだ。


 戦槌を低く構え、今度は横薙ぎ。


 足場を崩した直後に、回避しづらい広い攻撃を重ねる。


 エイルなら《衝界》で足元の振動を別方向へ逃がすか、最初から跳ぶ。


 ガルムはどちらもしなかった。


 沈んだ右足を、そのまま地面へ踏み込む。


 さらに深く。


 石が砕けた。


 しかし身体は沈まない。


 むしろ割れた床へ足を固定するように踏ん張り、襲ってきた戦槌へ戦斧を両手で合わせる。


 激突。


 今度は横から弾くのではなく、正面から受けた。


 戦槌と戦斧の間で空気が弾け、ガルムの服が大きく揺れる。


 それでも後ろへ動かない。


 第12席ローディの方が僅かに顔を歪めた。


「また……」


 エイルが呟く。


 《身体強化》は使っている。


 先ほどとは違い、ガルムの身体には明確に魔力が巡っている。


 しかし特殊な技能を発動している様子はない。


 戦槌側は《震砕波》から連続した攻撃であり、ローディ自身も《身体強化》を使っている。


 それをガルムは、ほぼ正面から押し止めている。


 しかも。


「力の掛け方が違う」


 エイルは自分がグランと力比べした時を思い出した。


 あの時は、自分の方が圧倒的に筋力が高かった。


 だから真正面から押した。


 ガルムも力は強い。


 だが、それだけではない。


 戦斧を持つ手。


 肘。


 肩。


 腰。


 踏み込んだ脚。


 全身が一直線に繋がっている。


 ローディの戦槌が作る力へ、身体の最も強い部分を正確に合わせていた。


 わずかなズレすらない。


 だから大きな力を、そのまま大きな力で受けても身体が崩れない。


「……膂力の使い方そのものが上手いんだ」


 今までエイルは、筋力が高ければ高いほどできることが増えると考えていた。


 間違ってはいない。


 だが、同じ力でも使い方がある。


 その当たり前のことを、一桁席次の男は目の前で見せていた。


     ◇


 ローディが一度戦槌を引いた。


 距離を取る。


 ガルムは追わない。


 右足を割れた床から抜き、戦斧を肩へ戻す。


 その動きに隙があるように見えて、ローディは入らなかった。


 先ほどまでの攻防だけで、何かを警戒している。


 観客席の軍人たちから声が上がった。


「第12席、正面は無理だぞ!」


「回せ!」


 応援というより、半分は戦術談義になっている。


 ローディ本人も同じ判断らしい。


 今度は正面から踏み込まない。


 戦槌を片手へ持ち替えた。


 エイルの目が僅かに動く。


 あの重量を片手で。


 ただし、ガルムと違って純粋な膂力だけではない。


 ローディの右腕へ魔力が集中している。


 《身体強化》を局所的に寄せたのだろう。


 空いた左手を地面へ向ける。


 魔力。


「《岩杭(ストーン・スパイク)》!」


 ガルムの左側から、石の杭が3本突き出した。


 土魔術。


 それだけなら強者相手には大きな脅威にならない。


 しかし目的は攻撃ではなかった。


 右側へ逃げ道を限定する。


 同時にローディが左から回り込み、片手の戦槌を小さく振る。


 大振りしない。


 肩。


 脇腹。


 脚。


 次々に狙いを変え、ガルムへ防御を強制していく。


「戦槌なのに、細かい」


 エイルは思わず感心する。


 大きく振る武器だと思っていた。


 しかし第12席ともなれば、当然そんな単純ではない。


 握る位置を変え、遠心力を殺し、必要な場面だけ《身体強化》を腕へ集めることで、重い武器を短剣のように細かく動かしている。


 しかも、土魔術まで混ぜる。


 ローディの公開技能が新しく表示された。


【《槌術 Lv.58》】


【《身体強化 Lv.52》】


【《土魔術 Lv.37》】


【《魔力操作 Lv.45》】


 エイルの視線が止まる。


「《槌術》58……」


 高い。


 自分の《剣術》55より上。


 しかも《身体強化》も52。


 技術だけではない。


 基礎技能そのものが相当高い。


 そのローディが、攻め続けている。


 それでもガルムは崩れない。


 戦斧の刃。


 柄。


 石突き。


 時には腕。


 肩。


 ローディの戦槌が通ろうとする場所へ、最小限の動きだけを差し込んでいる。


 やがてエイルは違和感に気づいた。


「斧、ほとんど振ってない」


 ガルムは《斧術 Lv.61》。


 なのに、ここまでまともな斬撃を1回も出していない。


 受ける。


 逸らす。


 押す。


 相手の武器へ柄をぶつける。


 それだけ。


 だが。


「全部、《斧術》なのか」


 斧術だから斧で斬る。


 そうではない。


 戦斧という武器をどう扱うか、そのすべてが技能の中に含まれている。


 《剣術》も同じ。


 斬撃だけではない。


 受け。


 流し。


 構え。


 足運び。


 間合い。


 柄。


 鍔。


 身体との繋ぎ方。


 技能Lvが高いということは、その一つひとつが積み重なっているということなのかもしれない。


     ◇


 ローディの攻撃速度がさらに上がった。


 戦槌を片手で操作しながら、空いた左手で小規模な土魔術を連発する。


 石杭。


 足元の隆起。


 小さな壁。


 直接倒す威力ではない。


 すべてガルムの移動先を削るための魔術だ。


 正面。


 右。


 左。


 逃げられる場所が少しずつ消える。


 そして、ガルムの背後へ高さ2メートルほどの石壁が形成された。


 ローディの目が変わる。


 戦槌を両手へ戻す。


 魔力が一気に増えた。


「《崩城槌フォール・クラッシャー》!」


 先ほどまでとは比べものにならない。


 頭上から振り下ろされる戦槌へ大量の魔力が集中し、槌頭の周囲に圧縮された空気が歪んで見える。


 後ろは石壁。


 左右にも障害。


 避けるなら前へ出るしかない。


 そこも戦槌の間合い。


 エイルの《警戒圏》まで反応した。


 観客席にいるだけなのに。


「これ、かなり――」


 強い。


 そう言おうとした。


 その瞬間。


 ガルムが初めて、戦斧を振った。


 大きく引かない。


 腰の横。


 そこから斜め上へ。


 魔力反応はある。


 《身体強化》。


 それだけ。


 少なくともエイルには、別の技能が発動したようには見えなかった。


 それでも。


 戦斧が戦槌へ当たった瞬間。


 音が消えたように感じた。


 次に聞こえたのは、ローディの戦槌が遥か上空へ弾き上げられた音だった。


「――は?」


 エイルだけではない。


 観客席の何人かが同時に声を漏らす。


 ローディの両腕が上がる。


 完全に防御が開いた。


 ガルムは戦斧を止めない。


 弾き上げた軌道をそのまま円へ変え、頭上を通して反対側へ落とす。


 巨大な刃がローディの肩口へ向かう。


 寸前。


 止まった。


 刃と肩の間は、指2本ほど。


 試合場が静まり返る。


「そこまで!」


 審判の声が響いた。


 第9席。


 ガルム・レイヴァンの勝利。


     ◇


 歓声が遅れて爆発した。


 ガルムは戦斧を肩へ戻し、ローディへ手を差し出す。


「最後のは良かった」


「止めたくせに言うな」


「重かった」


「それもさっき聞いた」


 ローディが苦笑しながら手を取る。


 負けた側にも大きな拍手が送られていた。


 エイルはまだ最後の一撃を思い返していた。


 速さだけなら見えた。


 軌道も見えた。


 それでも、なぜあれほど一方的に戦槌を弾けたのかが完全には分からない。


「筋力差?」


 それだけではない気がする。


 公開されていたガルムの《身体強化》は57。


 高い。


 《斧術》61。


 それも高い。


 基礎能力値も当然かなりあるのだろう。


 しかしローディも第12席。


 一撃へ全身と技能を乗せていた。


 それを真下から近い角度で弾き返すには、単なる腕力差だけでは説明しきれないように思える。


 先ほど声を掛けてきた軍人が、少し離れたところで笑っていた。


「分かったか?」


 エイルはそちらを見る。


「何がです?」


「斧だけ見てると見失うって話だ」


「まだ分かってません」


「正直だな」


「最後、何したんですか?」


 軍人は少し考えた。


「第9席本人が正式に教えてるわけじゃないから、軍内でも解釈は分かれる。ただな」


 試合場を見る。


「ガルム少佐は、相手が力を出す瞬間を見るのが異常に上手い」


「瞬間?」


「筋肉が張る。足が踏み込む。魔力が集まる。武器へ重量が乗る。その全部が揃って、初めて最大の一撃になる」


 エイルは黙って聞く。


「なら、その全部が揃う直前に横から崩せばいい」


「……言うのは簡単ですね」


「そういうことだ」


 軍人が笑った。


「第9席の強さは斧が大きいことじゃない。力が強いことだけでもない。《斧術》61まで積み上げて、自分の膂力を一番効く瞬間へ入れられる。だから、下手に大技を使う方があの人には危ない」


 エイルは最後の一撃を思い返す。


 ローディは《崩城槌》を出した。


 最大威力。


 だからこそ、力の流れも大きくなった。


 ガルムはそこへ入れた。


「僕、似たようなこと昨日教わったな」


 片腕の老人。


 相手が剣を最大速度まで振る前に、根元へ入る。


 考え方は同じだった。


 規模が違うだけ。


「技能Lvが高いって、こういうことなのか」


 数字が61だから強い。


 それだけではない。


 61になるまで斧を使い続けた過程で、どう力を通せばいいのか、どこで受ければいいのか、何を見ればいいのかが身体へ蓄積している。


 それこそが、今の自分に足りない部分なのかもしれない。


     ◇


 公開戦はその後も続いた。


 第14席の双剣使い。


 第11席の魔術剣士。


 第7席の弓兵。


 戦う人間が変わるたび、戦場の形まで変わった。


 第14席の女は、左右の剣へ別々の技能を乗せていた。


 右は攻撃。


 左は受け流し。


 しかし途中から役割を反転させる。


 相手が右剣を警戒した瞬間、左から決定打が飛ぶ。


 公開技能。


【《双剣術 Lv.59》】


【《歩法 Lv.51》】


【《身体強化 Lv.45》】


【《近域感知 Lv.33》】


 技能発動時には、初めて聞く名も出た。


「《交叉閃(クロス・リッパー)》!」


 左右の剣が別角度から同時に入り、受けた相手の武器を挟み込むように押さえ、そのまま身体の外側へ抜ける。


 ただの2連斬りではない。


 相手の防御ごと開く技能だった。


 第11席はさらに複雑だった。


 《剣術》だけなら48。


 ガルムよりかなり低い。


 しかし。


【《雷魔術 Lv.54》】


【《魔力操作 Lv.60》】


【《並列詠唱 Lv.41》】


 剣を振りながら魔術を使う。


 しかも1つではない。


 身体の周囲へ小さな雷球を3つ維持しながら、剣へ別の魔力を流し、さらに次の魔術を構築している。


 エイルにはできない。


 《魔力操作》そのものは自分の方が高い。


 それでも、同時に別系統の術式を維持する技術は持っていない。


「すごいな」


 素直に声が出た。


 そして第7席。


 弓兵。


 この戦いは、それまでとはさらに違った。


 相手が剣士なのに、一度も20メートル以内へ入らせなかった。


 走る。


 撃つ。


 地面へ矢を刺す。


 魔力を通す。


 刺さった矢を起点に、別角度から小さな魔力弾が飛ぶ。


 普通の射撃だけではない。


 戦場へ先に矢を置き、その後で使う。


 公開技能の中に知らないものがあった。


【《弓術 Lv.67》】


【《歩法 Lv.56》】


【《遠見 Lv.58》】


【《軌道演算 Lv.43》】


 そして新しい技能。


「《連環射(チェイン・ボルト)》!」


 最初に放った1本が避けられる。


 だが、地面へ刺さっていた4本の矢から同時に魔力が走り、逃げた先を囲う。


 相手はそこで初めて足を止めた。


 その瞬間に本命が来る。


 胸元。


 寸止め。


 決着。


 エイルはしばらく言葉が出なかった。


「……弓って、あんなことできるんだ」


 今まで弓は遠距離攻撃の武器だと思っていた。


 間違いではない。


 でも、それだけではなかった。


 矢を置く。


 相手を動かす。


 次の場所を限定する。


 最後に撃つ。


 戦場全体を使っている。


     ◇


 昼休憩へ入った頃には、エイルの頭の中は見たことのない戦い方で埋まっていた。


 参加者用の食事を受け取り、端の長椅子へ座る。


 食べながらも、視線は試合場へ向いていた。


 軍人たちが午前中の破損箇所を直している。


 そこへ聞き覚えのある声がした。


「エイル?」


 顔を上げる。


 槍を背負った大柄な男。


「ジークさん」


「やっぱり来てたか」


 《穿槍》ジーク・ハウゼン。


 第18席。


 以前、西境で会った時と変わらない。


「見てたか?」


「はい」


「誰が気になった」


「全員です」


「欲張りだな」


 ジークが笑い、隣へ座った。


「特に第9席は面白かったです」


「ガルム少佐か。分かる」


「ジークさんは戦ったことあります?」


「ある」


「勝ちました?」


「聞くな」


「負けたんですね」


「お前、たまに遠慮ないな」


 否定はされなかった。


「何もできなかった?」


「そこまでじゃない。槍は斧より間合いが長いし、俺はガルム少佐より速い。だから何度か届いた」


「何度か」


「全部浅い」


 ジークは自分の手を見る。


「踏み込む瞬間を読まれる。こっちが一番速くなる瞬間は、同時に一番力が前へ流れてる瞬間でもある。それをずらされる」


「やっぱりそこなんですね」


「ただし、勘違いするな」


 エイルが見る。


「ガルム少佐は別に何でも読めるわけじゃない。速すぎれば追いつけないし、知らない技能なら初見で全部対処できるわけでもない」


「じゃあ倒せる?」


「理屈ではな」


 ジークが笑う。


「その理屈を実行できる奴が少ないから第9席なんだ」


 納得した。


     ◇


「午後、俺も出る」


 ジークが言った。


「入れ替え戦?」


「防衛側だ。第23席から挑戦が来てる」


「見ます」


「そうしろ。ついでに1つ教えとく」


「何です?」


「俺の公開されてる《槍術》は49だろ」


「はい」


「それだけ見て、第14席の《双剣術》59より10も低いから、俺の方が武器技能で劣ると思うなよ」


 エイルが少し首を傾げる。


「違うんですか?」


「違わない部分もある」


 曖昧な答え。


「技能Lvは同じ技能なら比較材料になる。だが武器が違えば、上がり方も中身も違う。《弓術》67と《斧術》61を比べて、弓兵の方が近接でも上って話にはならんだろ?」


「それはそうですね」


「それに派生技能がある」


 ジークは背中の槍へ触れる。


「俺の戦い方は《槍術》だけじゃない」


「何かある?」


「見れば分かる」


「またそれですか」


「今日はそれを言う日なんだよ」


 笑われた。


 だが、エイルも少し笑った。


 午後。


 ジークの試合。


 さらに公開戦終了後には、合同演習の参加者説明と班分けがある。


 S級冒険者レオン・ヴァルハルトも、今日中には演習場へ到着する予定だという。


 固有技能《戦脈》。


 それを実際に使うところまで見られるかは分からない。


 しかし、午前中だけでこれだけある。


 エイルは自分の手を見る。


 筋力1526。


 感知2216。


 《剣術》55。


 《魔力操作》76。


 《衝界》32。


 数字だけなら、すでに相当高い。


 それでも今日見た戦いの中には、自分にはまだできないものがいくつもあった。


 その事実が。


 思っていた以上に楽しかった。


 強くなりすぎて、周囲が全部遅く見えるようになる。


 そんな場所には、まだいない。


 それどころか。


 上へ行けば、もっと知らないものがある。


 エイルは食事を終え、立ち上がった。


 午後の公開戦開始を告げる鐘が鳴り始めている。


 次は第18席。


 《穿槍》ジーク・ハウゼン。


 今度こそ、エイルは一つの動きも見落とすつもりがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。