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第100話 穿槍

 午後最初の公開戦が始まる頃には、午前中よりも観客席の人数が増えていた。


 戦技席次の入れ替え戦は軍内部の評価制度であるものの、年に数回だけ行われる公開戦には冒険者や騎士も入場できる。特に今回は翌日から合同演習が控えているため、他地域から来た参加者たちも席次持ちの戦いを見に集まっているらしい。


 エイルは午前中と同じ参加者用の前列へ座り、試合場を見下ろした。


 中央には、すでに2人が立っている。


 第18席、《穿槍》ジーク・ハウゼン。


 向かいにいるのは第23席の挑戦者、ベルト・ガーシュ。


 ベルトはジークより一回り小柄だが、それでも180センチを越えている。武器は長剣と左腕へ固定した小型盾で、装備も軽い。


 公開されている主要技能が掲示板へ表示された。


【戦技席次 第23位 ベルト・ガーシュ】


【《剣術 Lv.44》】


【《盾術 Lv.35》】


【《身体強化 Lv.40》】


【《歩法 Lv.41》】


【《危機感知 Lv.27》】


 対してジーク。


【戦技席次 第18位 ジーク・ハウゼン】


【《槍術 Lv.49》】


【《身体強化 Lv.42》】


【《歩法 Lv.38》】


【《魔力操作 Lv.36》】


 これだけなら、数値上の差はそれほど大きくない。


 むしろ《歩法》だけならベルトの方が高い。


 午前中にジークが言っていたことを、エイルは思い出した。


『俺の戦い方は《槍術》だけじゃない』


 では何があるのか。


 今日は最初から見るつもりだった。


「両者、構え!」


 審判の声が響く。


 ベルトは盾を前へ出し、長剣をやや後ろへ置いた。


 ジークは長槍を両手で持つ。


 ただし、穂先を相手へ向けていない。


 地面から僅かに浮かせた低い位置。


 そこから自然に前へ伸びているだけだった。


 構えというより、立っている途中で槍を持っているようにさえ見える。


「始め!」


 先に動いたのはベルトだった。


 《身体強化》が全身へ巡り、《歩法》によって最初の3歩だけ速度が跳ね上がる。


 速い。


 午前中の戦いを見たあとでも、席次持ちの踏み込みは明らかに別格だった。


 しかし、ジークは下がらない。


 槍を持つ右手だけが動く。


 低い位置にあった穂先が、いつの間にかベルトの胸へ向いていた。


 突く。


 それだけ。


 ベルトは盾を入れた。


 金属音が鳴る。


 穂先が盾面を滑った。


 受けた。


 ように見えた。


 次の瞬間、ベルトが大きく身体を捻る。


「っ!」


 槍が盾の外側へ流れた直後、穂先だけが軌道を変えていた。


 真っ直ぐ進んでいたはずの槍先が、盾の端を回り込むように内側へ入っている。


 ベルトは辛うじて長剣で弾いた。


「今の……」


 エイルが目を細める。


 槍そのものが曲がったわけではない。


 ジークが盾へ接触した瞬間に握る場所を僅かに変え、槍の後端を横へ動かした。


 先端ではほんの数センチ。


 しかし長い槍では、その小さな操作が穂先側で大きな角度になる。


「槍の長さを、弱点じゃなく操作幅にしてるのか」


 長い武器は懐へ入られると弱い。


 それは間違っていない。


 だが、長いからこそ柄側の僅かな動きで、穂先を大きく変えられる。


 ベルトが再び踏み込んだ。


 今度は盾で槍を弾くのではなく、盾を斜めに構えたまま距離を詰める。


 穂先が当たっても流す構え。


 長剣は身体の後ろ。


 槍を越えた瞬間に斬るつもりなのだろう。


 ジークが一度突く。


 盾。


 流される。


 ベルトが前へ。


 さらに1歩。


 槍の有効距離を抜ける。


 そこでジークが左手を離した。


「え?」


 片手。


 槍の中ほどを右手だけで握り、身体の横へ引く。


 長い柄が回転する。


 穂先ではなく、石突き側がベルトの脇腹へ飛んだ。


 小型盾では間に合わない。


 ベルトが剣の腹を入れる。


 衝突。


 その瞬間には、ジークの左手が再び槍を掴んでいた。


 回転を止めない。


 石突きが弾かれた反動を使い、反対側から穂先が戻る。


 ベルトは大きく後退した。


「……速い」


 槍を突く技能ではない。


 長い棒状武器として、前後両方を使っている。


 グランの大剣。


 午前中のガルムの戦斧。


 片腕の老人の木剣。


 武器が違っても、上手い人間ほど「刃だけ」で戦っていない。


     ◇


 ベルトは3メートルほど距離を取り、盾の位置を少し下げた。


 最初の攻防だけで、正面から槍を突破する難しさを理解したらしい。


 今度は左右へ動く。


 《歩法》41。


 その数字通り、横方向への切り返しが鋭い。


 右。


 左。


 正面。


 途中で踏み込みを止める。


 ジークの槍が反応しない。


 ベルトがさらに速く動く。


 ここでエイルは気づいた。


「ジークさん、穂先で追ってない」


 相手が右へ行っても。


 左へ振っても。


 槍先は大きく動かない。


 ジーク自身の身体が少しずつ回転し、常にベルトを正面付近へ置いているだけだ。


 長い槍を相手へ合わせて振り回せば、当然その分だけ隙ができる。


 だから槍を動かさない。


 自分が動く。


 ベルトが左へ大きく踏み込んだ。


 次の瞬間、逆。


 《歩法》による急な切り返し。


 ジークの正面から外れる。


 初めて側面へ入った。


「取った!」


 ベルトが長剣を振る。


 ジークは槍を戻せない。


 少なくとも、普通なら。


 ジークの右足が地面を踏んだ。


 踏み込みではない。


 その場で腰を回す。


 槍を持つ両腕はほとんど動かないまま、身体の回転だけで柄が横へ滑った。


 ベルトの長剣へ当たる。


 刃ではなく柄。


 それだけで軌道が外れる。


 さらにジークが前へ出る。


 槍の間合いを取るのではない。


 逆に、相手の懐へ。


 肩がベルトへぶつかった。


「ぐっ!」


 ベルトが後ろへ押される。


 そこへ槍の後端が足元へ入った。


 石突きで足首を引っ掛ける。


 体勢が崩れた。


 ジークはすぐに槍を持ち替え、穂先を喉元へ向ける。


 しかし。


 ベルトも速かった。


 倒れながら盾を地面へ突き、腕力だけで身体を横へ跳ねさせる。


 穂先が空を切る。


 そのまま転がり、立ち上がった。


 観客席から歓声が上がる。


「今の避けるんだ」


 エイルも少し驚いた。


 第23席。


 やはり弱くない。


 むしろ、これほどの人間が23位なのだ。


 軍の層の厚さが少しずつ分かってきた。


     ◇


 ベルトの呼吸が僅かに荒くなっている。


 一方、ジークはほとんど変わらない。


 槍を構え直す。


 低い位置。


 最初と同じ。


「やっぱりそれ、嫌いだな」


 ベルトが苦笑した。


「何がだ?」


「どこからでも来る」


「槍だからな」


「普通の槍はあんな使い方しない」


「俺はする」


 短いやり取り。


 ベルトが息を吐く。


 その直後。


 魔力の流れが変わった。


 《身体強化》。


 ただし先ほどまでより薄い。


 代わりに脚へ集中している。


 さらに盾。


 盾の縁へ魔力が集まり始める。


 新しい技能。


「《滑盾(スライド・ガード)》!」


 ベルトが突っ込んだ。


 盾へ当たったジークの槍が、今度は弾かれない。


 盾面を滑る。


 意図的に。


 槍を受けた力を横へ逃がしながら、そのまま自分の前進へ変えている。


「僕の《衝界》と考え方ちょっと似てる」


 もちろん仕組みは違う。


 ベルトは衝撃そのものを操作していない。


 盾の角度。


 魔力。


 踏み込み。


 それらを組み合わせて、受けた力を進行方向から外している。


 1回。


 2回。


 ジークの突きを連続で流す。


 距離が縮む。


 3メートル。


 2メートル。


 槍にとって危険な距離へ。


 ジークが3度目を突く。


 ベルトが盾を合わせる。


 その瞬間。


「《穿点(ピンポイント)》」


 ジークの声は小さかった。


 槍が盾へ触れる。


 ベルトが流そうとする。


 流れない。


 盾の中央ではない。


 縁でもない。


 わずかに中心から外れた1点へ、槍の力が集中していた。


 《滑盾》が衝撃を横へ逃がすより早く、その支点そのものを押される。


 盾が大きく傾いた。


「っ!」


 ベルトの左腕が開く。


 ジークが槍を引く。


 通常なら、もう一度突くために距離が必要になる。


 しかし引き切らない。


 途中で握りを滑らせた。


 槍の有効長が一気に短くなる。


 腰を入れる。


 短くなった槍を、ほとんど短槍のように突き出す。


 ベルトの胸元。


 止まった。


 審判が手を上げる。


「そこまで!」


 第18席、ジーク・ハウゼン。


 防衛成功。


     ◇


 観客席から拍手が上がる。


 ベルトは一度天を仰ぎ、それから盾を下ろした。


「やっぱ最後それか」


「今日は早めだったな」


「盾持ち相手に楽しそうに使うな」


「相性いいからな」


 2人は笑って握手を交わす。


 エイルは最後に使われた技能を思い返していた。


 《穿点(ピンポイント)》。


 名前からして、ジークの派生技能だろう。


 単純に威力を上げる突きではない。


 むしろ出力はそれほど大きく見えなかった。


 違うのは、力を入れる場所。


 狙った1点へ。


 盾を破壊するのではない。


 防御技能が成立するために必要な場所だけを崩した。


「……これもそうか」


 午前中のガルム。


 片腕の老人。


 ヴェラ。


 そしてジーク。


 強い人間ほど、何でも大きな力で潰そうとはしない。


 必要な場所へ入れる。


 エイルの《衝界》も、結果的には同じ方向へ進んでいる。


 ただし自分の場合、その「必要な場所」を相手の身体内部まで選べてしまう。


 昨日、安全管理官から何度も使用制限を受けた理由を改めて理解した。


 ジークの《穿点》が盾の支点ではなく、その先にある腕の骨へ直接届くなら。


 さらに枝分かれして、肩と肘と胸へ同時に入るなら。


 それはもう模擬戦で使う技ではない。


「僕の、やっぱり結構危ないな」


 今更ながら自覚が深まる。


     ◇


 試合を終えたジークが、しばらくして観客席側へ戻ってきた。


「どうだった?」


「面白かったです」


「それだけ?」


「《穿点》」


「そこ見るか」


「盾を壊す技能じゃないですよね」


 ジークが少し目を細めた。


「分かった?」


「盾の力を流す場所を潰してたように見えました」


「大体合ってる」


 ジークは自分の槍を横へ置き、空いた席へ座る。


「俺は昔、硬い盾を見ると全部貫こうとしてた」


「今は違う?」


「無理だからな」


 あっさり言う。


「上へ行けば行くほど、盾も鎧も硬くなる。魔術障壁もある。全部ぶち抜くなんて効率悪すぎる」


「それで《穿点》?」


「最初は技能じゃなかった。ただ、相手が盾で受ける時に、一番崩れやすい場所を狙ってただけだ」


 何百回。


 何千回。


 繰り返した。


 そのうち技術として定着し、さらに技能として形になったらしい。


「今はLvいくつです?」


「公開してない」


「駄目ですか」


「そこまで教えたら、明日以降対戦相手に怒られる」


 確かに合同演習では敵側になる可能性がある。


「派生技能って、そうやって生まれるんですね」


「全部じゃないだろうけどな。少なくとも俺のはそうだ」


 エイルは少し考えた。


 自分の《衝界》も、ある日突然何もないところから生まれたわけではない。


 《衝撃》を足へ使う。


 地面へ通す。


 内部へ入れる。


 細くする。


 分ける。


 止める。


 何度も用途を広げ続け、巨大鉱晶獣の結晶網を利用した戦いの中で上位化した。


 技能は数値だけではない。


 使い方を積み上げた先に、別の形がある。


     ◇


「ところで」


 ジークがエイルの腰を見る。


「剣、変わったな」


「昨日完成しました」


「見せてもらっていい?」


「抜くだけなら」


 鞘から出す。


 ジークが手に取った。


「重いな」


「前より少し」


「少し?」


 片手で持ち上げ、何度か軽く動かす。


「普通の片手剣よりかなり重いぞ」


「僕だとこれくらいの方が使いやすいです」


「そうだった。お前、力おかしいんだったな」


 返された。


「明日、それ使う?」


「はい。ただ《衝界》は制限されました」


「制限?」


 エイルは昨日の話を簡単に説明する。


 内部への伝達禁止。


 装甲、盾、武器を経由した人体攻撃も禁止。


 頭部。


 関節。


 その他、安全管理官が危険と判断する用途。


 途中からジークの表情が変わっていった。


「待て」


「はい」


「お前、盾で受けた相手の身体まで通せるの?」


「できます」


「槍で受けたら?」


「槍から手まで繋がってれば、多分そこから腕へ」


「鎧は?」


「中へ」


「……それ、先に言えよ」


「昨日僕も危ないって言われました」


「昨日気づいたのか?」


「魔物相手だと普通だったので」


 ジークが顔を覆った。


「お前、西で何と戦ってたんだ」


「硬いの多かったです」


「答えになってない」


 少しして顔を上げる。


「演習で絶対やるなよ」


「みんな同じこと言いますね」


「当たり前だ!」


 また怒られた。


「でも、外側だけなら使っていいです」


「それでも十分嫌だな……」


 ジークが槍を見る。


「俺が槍で受けても、槍だけ弾けるんだろ?」


「はい」


「地面から足元だけ崩せる?」


「できます」


「俺が突いた衝撃を別方向に流す?」


「できます」


「十分じゃねえか」


 言われてみればそうだった。


 内部破壊を封じられても、《衝界》自体が使えなくなるわけではない。


 むしろ殺さないための使い方を昨日かなり練習した。


「明日当たりたくないな」


 ジークが本気で嫌そうに言う。


「僕は戦いたいです」


「知ってる」


     ◇


 午後の公開戦がすべて終了すると、演習参加者だけが中央広場へ集められた。


 軍。


 騎士団。


 冒険者。


 合計で200人近い。


 見物人は外へ出され、代わりに演習本部の軍人たちが前へ並ぶ。


「これより、明日から2日間実施する軍・王国騎士団・冒険者ギルド合同演習の概要を説明する!」


 大きな声が響く。


 初日は大規模な拠点争奪戦。


 参加者を複数陣営へ分け、広大な森林・丘陵区画へ設けられた5つの拠点を奪い合う。


 単純な全滅戦ではない。


 拠点保持。


 物資運搬。


 負傷者救出。


 偵察。


 指揮官撃破。


 それぞれに点数が設定され、最終得点で勝敗を決める。


 2日目はさらに小規模な混成部隊へ分けた実戦形式。


 途中で想定外の指示も追加されるという。


 エイルは説明を聞きながら少し楽しみになった。


 ただ強い相手を倒せば終わりではない。


 これまで西境で軍と行動した時に近い部分もある。


 違うのは、敵側にも同程度以上の人間がいること。


「続いて、明日の陣営分けを発表する!」


 大きな掲示板へ名前が表示される。


 赤。


 青。


 白。


 3陣営。


 エイルは自分の名前を探した。


 青。


《青陣営》


《エイル・アーネット A級冒険者》


 その少し上。


《ジーク・ハウゼン 戦技席次第18位》


「同じですね」


 隣のジークへ言う。


「助かった」


 本気で安堵された。


「戦えないじゃないですか」


「俺は嬉しい」


 さらに名前を追う。


 第14席の双剣使いは赤。


 第11席の魔術剣士も赤。


 第7席の弓兵は白。


 第9席ガルムは――


「青だ」


 ジークが言った。


 同じ陣営。


 戦う側ではないらしい。


 少し残念だった。


 そして。


 周囲の空気が変わった。


 入口側。


 ざわめきが広がる。


 エイルも振り返った。


 1人の男が歩いてくる。


 年齢は30代前半ほど。


 体格はガルムのように大きくない。


 武器も、腰へ下げた普通の長剣1本だけ。


 軍服でも騎士装備でもなく、暗い色の軽装。


 それなのに。


 歩いてくるだけで、席次持ちの軍人たちまで何人か視線を向けた。


「遅れて悪い」


 男が演習本部へ参加証を渡す。


 担当官が確認する。


「S級冒険者、レオン・ヴァルハルト。参加を確認しました」


 エイルの目が止まる。


 固有技能《戦脈》。


 その持ち主。


 レオンは掲示板を一度見上げ、自分の名前を確認した。


《赤陣営》


 ジークが小さく息を吐いた。


「うわ」


「敵ですね」


「嬉しそうに言うな」


 レオンがこちらを見る。


 正確には。


 エイルを見る。


 一瞬だけ。


 視線が合った。


 そして男は、何かを確かめるように僅かに目を細めた。


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