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第98話 殺さないための力

 ローデンを出てからの3日間、エイルは珍しく本当に寄り道をしなかった。


 街道の脇に見覚えのない獣道を見つけても入り込まず、遠くの森から強めの魔力反応を感じても進路を変えず、地図へ印だけ付けてそのまま西へ向かう。


 合同演習まで残された時間を考えれば当然なのだが、それでも何度か足を止めかけた。


「終わったら行けばいいか」


 自分へ言い聞かせるように呟き、そのたび街道へ戻る。


 新しくなった剣の感触を確かめる時間だけは十分に取った。


 歩きながら少量の魔力を流し、内部の経路を1本から5本、さらに10本へ分けて戻す。


 鞘から抜かなくても感覚は分かる。


 以前の剣なら、自分で細かく制御しなければ複数経路が互いに干渉し始めたが、今の剣は魔力を分けた状態そのものを維持してくれる。


 そのおかげでエイルは、分けることよりも「分けたあと何をするか」へ集中できた。


 30本。


 そこから特定の3本だけを太くする。


 残りは細く保つ。


 中央で8本を束ね、途中でまた分ける。


 歩きながらそんなことを繰り返しているうちに、以前ならかなり集中しなければできなかった操作が、少しずつ普通になっていった。


 そして、その普通になりつつある使い方について、エイルはまだ深く考えていなかった。


     ◇


 レグノアへ到着したのは、合同演習開始の前日だった。


 街へ入った瞬間から、以前とは明らかに人の数が違う。


 軍装の兵士。


 王都騎士団の紋章を付けた騎士。


 普段は別地域で活動しているらしい冒険者。


 それらを目当てに集まった商人や見物人まで増え、主要通りには臨時の屋台まで並んでいる。


 北門へ向かう荷馬車も多い。


 明日から使われる《西部第2演習場》へ、食料や資材を運んでいるらしい。


 エイルは人混みを抜け、そのまま《鉄環工房》へ向かった。


 扉を開ける。


「こんにちは」


「遅い」


 いきなりドルガンに言われた。


「演習、明日からですよね」


「だからだ」


 金属義手の男は、エイルの腰へ下がった剣を見てすぐ作業を止めた。


「できたのか」


「はい」


「見せろ」


 鞘ごと渡す。


 ドルガンは剣を抜き、刀身を見た。


 その時点では特に何も言わない。


 柄から少量の魔力を流し、内部構造を確認したところで、表情が変わった。


「……やりやがったな、あの爺」


「グレイグさんですか?」


「他に誰がいる」


 さらに魔力を流す。


 内部の分岐。


 中継点。


 峰側へ組み込まれた《響殻》。


 先端寄りの収束経路。


 確認するほど、ドルガンの口元が僅かに上がっていく。


「いい」


「ですよね」


「お前が言うな」


 そこへ奥からマルナも出てきた。


「帰ってきたの?」


「はい」


「コート見せて」


「先に剣を――」


「剣はドルガン。布と軽装甲は私」


 有無を言わせてもらえなかった。


 結局その場でロングコートを脱ぎ、軽装甲も外す。


 マルナは前回直した部分を順番に確認していったが、巨大侵食体の結晶片で裂けた肩を見たところで手が止まった。


「これ、3日前に私が直したところよね」


「そのあとダンジョンに潜ったので」


「知ってる」


 声が冷たい。


 エイルは黙った。


「循環繊維は?」


「持ってきました」


 巨大侵食体から採取した銀灰色の繊維束を渡す。


 マルナが少量の魔力を流すと、柔らかかった繊維が一瞬で硬くなる。


 流れを止めれば元へ戻った。


「……これはいい」


「使えそうですか?」


「使えるどころじゃない。どれくらいある?」


「全部ならこれくらいです」


「全部は使わない。今のコートを芯から作り直す必要があるから、今回は肩、脇、背中、腰、それと靴へ回す」


 マルナがすぐに作業計画を考え始める。


 その横でドルガンは剣の確認を続けていた。


「エイル」


「はい」


「《衝界》、今どこまでできる」


「分ける数ですか?」


「それもだが、実戦で何やってる」


 エイルは少し考える。


「普通に斬って、そのまま中へ通したり」


「どこへ」


「相手によります。魔力器官とか、関節とか、臓器とか」


 ドルガンの手が止まった。


「他は」


「硬い相手なら外側を壊さずに内部へ通して、何本かに分けます」


「何本」


「この前は50くらいです」


 マルナまで振り返った。


「50?」


「はい」


「それ、50回攻撃するって意味?」


「違います。1回入れて、中で分けます」


 沈黙。


 エイルは2人を見比べた。


「何ですか?」


 ドルガンが剣を作業台へ置いた。


「お前、自分が何やってるか分かってるか」


「《衝界》ですけど」


「技能名聞いてんじゃねえ」


 少し怒られた。


「鎧着た人間がいるとする」


「はい」


「その鎧を斬れなかったらどうする」


「今なら鎧を通して中へ――」


 そこまで言ったところで、ドルガンの顔を見て止まる。


「……駄目です?」


「駄目に決まってるだろ」


「敵ならいいんじゃないですか?」


「実戦ならな」


 ドルガンが剣の柄を指で叩く。


「だが、お前が言ってるのは『鎧が硬いから鎧を壊さず、中にいる人間の肺と心臓と魔力路だけまとめて潰す』って話だぞ」


「そこまで狙わなくても」


「狙えるんだろ」


「狙えます」


「だからだよ」


 エイルは黙った。


 言われてみればそうだった。


 巨大鉱晶獣。


 深鉱循環区の侵食体。


 40メートル級の未知個体。


 最近戦った相手は、表面が異常に硬いものが多かった。


 そのたびに、外側を突破するより内部へ力を通した方が効率的だと考えた。


 骨。


 臓器。


 魔力器官。


 関節。


 必要な場所だけを選んで破壊する。


 魔物相手なら、それでよかった。


 むしろ素材を傷つけずに倒せるので便利ですらあった。


 しかし、人間へ使えば意味が変わる。


 鎧を着ている。


 盾で受ける。


 剣で防ぐ。


 普通なら、それらが防御になる。


 《衝界》は、その防御を経路として利用できる。


「……防いでも駄目なのか」


 エイルが呟いた。


「今気づいたの?」


 マルナが呆れた顔をする。


「相手の鎧へ剣を当てるだけで、その内側へ衝撃を通せるんでしょ?」


「はい」


「盾は?」


「通せると思います」


「武器越しは?」


「今の剣なら多分」


「最悪じゃない」


 はっきり言われた。


「そんなにですか」


「そんなに」


 ドルガンが腕を組む。


「鎧を貫く攻撃なら、まだ鎧を厚くする意味がある。盾を割る攻撃なら、より丈夫な盾を用意する意味がある。だが、お前のそれは下手すると|防御そのものを入口にする《・・・・・・・・・・》」


 エイルの表情が少し変わった。


 そこまで言われると、確かに分かる。


 相手が防ぐ。


 接触する。


 その瞬間には経路ができる。


 しかも今の《衝界》なら、そこから複数へ分けられる。


 右腕。


 肩。


 肺。


 心臓。


 脚。


 魔力路。


 全部を同時に狙うことも、理論上は可能だった。


「……対人では使わない方がいいですね」


「実戦なら使え」


 ドルガンの答えは早かった。


「殺す必要がある相手ならな。手加減してこっちが死ぬのが一番馬鹿らしい。ただ、明日からお前が行くのは演習だ」


「はい」


「間違っても人間の内臓で試すな」


「しませんよ」


「お前、さっきまで危険性分かってなかっただろ」


 反論できなかった。


     ◇


 その日の午後。


 装備の調整をマルナへ預けたあと、エイルはドルガンに連れられて軍の演習受付へ向かった。


 正式参加者は、使用する武器や主要技能を事前登録する必要がある。


 普通の冒険者なら武器種、魔術系統、大規模攻撃の有無を記入する程度らしい。


 エイルの用紙だけ、途中から項目が増えた。


「《衝界》?」


 受付を担当していた軍人が資料を確認する。


「《衝撃》の上位技能です」


「効果は」


「衝撃の伝わる経路を変えられます」


「具体的には?」


 エイルはドルガンを見る。


 ドルガンが無言で顎を動かした。


 ちゃんと言えという意味らしい。


「接触した物体の中へ衝撃を通して、途中で分岐させたり、止めたり、別の場所へ集めたりできます」


 軍人の筆が止まる。


「生体内部も?」


「できます」


「装甲越しは?」


「できます」


「盾越し」


「多分できます」


「武器越し」


「それも」


 軍人が顔を上げた。


「対人使用経験は?」


「ほとんどないです」


「ほとんど?」


「人間相手に内部破壊として使ったことはありません」


「それなら最初からそう言ってくれ」


 少し安心された。


 ただし、説明を聞いた軍人はすぐに上官を呼んだ。


 さらに別の担当者まで来る。


 最終的に4人に囲まれた。


「何か大事になってません?」


「お前のせいだ」


 ドルガンに言われる。


 やがて演習安全管理を担当する中年の軍人が、エイルの向かいへ座った。


「エイル・アーネット。A級冒険者。合同演習への招待枠だな」


「はい」


「君の能力について、使用制限を決める」


「分かりました」


「まず、人間の身体内部へ直接衝撃を流す行為は禁止」


「はい」


「装着中の鎧、盾、武器を経由して身体へ通すのも同じだ」


「分かりました」


「関節破壊も禁止」


「外から普通に狙うのも?」


「模擬武器で通常の範囲なら構わん。《衝界》で内部からやるな」


「はい」


「頭部への伝達も禁止」


 次々に増えていく。


 エイルは素直に聞いた。


「じゃあ、《衝界》は何に使っていいんですか?」


 安全管理官が少し考えた。


「移動補助、地面への伝達、武器への負荷軽減、相手を直接傷つけない範囲の衝撃逸らし。そのほかは現場判定だ」


「かなり減りましたね」


「当たり前だ」


 ドルガンと安全管理官が同時に言った。


 少し面白かった。


     ◇


「1つ確認したい」


 安全管理官が続ける。


「君は《衝界》を、人体へ入れずに止められるか?」


「できます」


「どの程度の精度で?」


「鎧の表面だけ、とかでもできます」


「布1枚の厚みは?」


「多分」


「多分では困る」


 もっともだった。


 そのまま演習場脇の試験区画へ移動することになった。


 用意されたのは、訓練用の胸当てを装着した人体模型。


 胸当ての外側には魔力を受ける測定板。


 内側には薄い紙。


 さらにその奥へ衝撃検知用の小型魔道具が並べられている。


「条件は単純だ」


 安全管理官が説明する。


「胸当てへ《衝界》を入れる。ただし、その内側へは一切通すな」


「分かりました」


 エイルは剣を抜いた。


 新しい剣を使う必要はないと言われたが、実際の演習ではこれを使うため、そのまま試験する。


 刃を胸当てへ軽く当てた。


 《衝界》。


 表面。


 金属の中。


 そこから先へは送らない。


 止める。


 胸当てだけが低く震えた。


 安全管理官が内側の紙を見る。


 変化なし。


 検知器も反応していない。


「もう一度。今度は外側だけ左右へ分けろ」


 エイルは2方向へ流す。


 成功。


「4本」


 成功。


「8本」


 問題ない。


「16」


 エイルは少し集中した。


 胸当ての金属内部だけへ16本。


 それぞれを別方向へ走らせ、端へ到達する前に止める。


 内側へ1本も漏らさない。


 成功した。


「……制御そのものはかなり高いな」


 安全管理官が言う。


「内部破壊する方が簡単です」


「それを言うな」


 また怒られた。


     ◇


 次の試験では、鎧を壊さず相手だけを押す方法を試した。


 これが少し難しかった。


 鎧の内部へ流してはいけない。


 しかし接触した瞬間の衝撃そのものは、相手を後退させるために使いたい。


 エイルは最初、胸当て表面へ広く衝撃を入れた。


 模型が後ろへ動く。


 ただし内側の検知器にも僅かな反応が出た。


「失敗だ」


「これくらいでも?」


「肋骨なら問題ない可能性はある。だが心臓へ近い。演習基準では不可」


 もう一度。


 今度は鎧そのものへ力を入れるのではなく、接触した瞬間の反作用を外側へ逃がす。


 模型がほとんど動かない。


「弱いな」


「ですね」


 3回目。


 エイルは考え方を変えた。


 内部へ入れない。


 なら。


 相手へ向かって押すのではなく、鎧全体を面として動かす。


 胸当ての表面へ入れた力を中心へ集めず、左右上下へ広く分散し、その全体を同じ方向へ押す。


 模型が大きく後ろへ動いた。


 検知器は。


「反応なし」


 安全管理官が眉を上げる。


「今のは?」


「中へ通さず、鎧全体を押しました」


「もう一回」


 繰り返す。


 同じ。


「……それなら使っていい」


「分かりました」


 少し面白い。


 今まで《衝界》は、どうすれば効率よく相手を壊せるかという方向へ伸ばしてきた。


 今は逆だ。


 どうすれば相手の身体を傷つけず、外側だけへ力を作用させられるか。


 殺すためではなく。


 殺さないための制御。


 同じ技能なのに、考えることが全く違う。


     ◇


 試験は夕方まで続いた。


 剣同士を接触させ、相手の武器だけを弾く。


 盾の表面で衝撃を止める。


 地面へ流して足元を揺らすものの、相手の脚そのものへは通さない。


 自分が受けた打撃を足元へ逃がす。


 相手へ向かって返さず、横へ捨てる。


 特に最後の制御は難しかった。


 今までなら受けた力を利用して返すことばかり考えていたが、演習ではそのまま返せば相手を傷つける可能性がある。


 だから捨てる。


 誰もいない方向へ。


 地面へ。


 空中へ。


 何度も繰り返す。


【《衝界 Lv.30 → Lv.32》】


【《魔力操作 Lv.74 → Lv.76》】


 表示が浮かぶ。


 エイルは少し驚いた。


 敵を倒していない。


 高出力も使っていない。


 それでも伸びた。


「また上がったな」


 自分にしか見えない表示を確認しながら、剣を下ろす。


 《越境》Lv.6になって以降、本当にこういう成長が増えた。


 新しい使い方。


 今までとは逆の発想。


 それを自分のものにするだけで、技能が大きく動く。


 そしてエイルは、今日の訓練が意外と気に入っていた。


 壊せるかどうかなら、今まで何度も試してきた。


 壊さずにどこまで制御できるか。


 そちらの方が、今は難しい。


 難しいなら、やる意味がある。


     ◇


 日が沈む少し前、マルナの工房へ戻ると、ロングコートと軽装甲の改修が終わっていた。


 完全な新造ではない。


 ただし内側には循環繊維が走り、肩、脇、背中、腰の可動部へ薄く組み込まれている。


 着る。


 以前より少し重い。


 それでも動きづらさはない。


「魔力を流してみて」


 言われた通りにする。


 肩。


 背中。


 腰。


 循環繊維が僅かに硬化する。


 完全に固定されるわけではない。


 身体の動きへ合わせて必要な場所だけ支えられている感覚がある。


「高出力を使う時、関節へ負荷が掛かるでしょ」


「はい」


「その瞬間だけ魔力を多く流せば、外側から支えられる。特に肩と腰はかなり違うはず」


 靴にも同じ素材が入っている。


 足首。


 踵。


 土踏まず。


 急加速や急停止で潰れやすかった部分が補強されていた。


「これなら長持ちしそうです」


「あなたが言うと信用できない」


「今回は大丈夫ですよ」


「何を根拠に?」


 答えられなかった。


     ◇


 翌朝。


 《西部第2演習場》。


 レグノア北部の広大な平地は、普段とは全く違う景色になっていた。


 観客席。


 軍旗。


 王国騎士団の紋章。


 冒険者ギルドの旗。


 中央には複数の試合場が設けられ、その奥には実戦形式演習で使う森林区画や人工障害物まで見える。


 参加者だけでも数百人。


 見物人を含めれば、その何倍もいる。


 エイルは受付でもらった参加証を首から下げ、指定された待機区画へ向かった。


 その途中。


 大きな掲示板の前に人だかりができている。


 《西部方面軍戦技席次・公開入れ替え戦》


 本日の対戦表だった。


 知っている名前を探す。


 すぐに見つかった。


《第18位 ジーク・ハウゼン》


 その下には、公開情報として主な技能まで一部記載されている。


【《槍術 Lv.49》】


【《身体強化 Lv.42》】


【《歩法 Lv.38》】


【《魔力操作 Lv.36》】


 エイルは少し目を見開いた。


「やっぱり高いな」


 さらに上を見る。


 第14位。


 第11位。


 そして。


《戦技席次 第9位 ガルム・レイヴァン》


【《斧術 Lv.61》】


【《身体強化 Lv.57》】


【《闘気操作 Lv.44》】


【《危機感知 Lv.36》】


 知らない技能もある。


 そして《斧術》61。


 エイルの《剣術》55より高い。


「この人、見たいな」


 自然にそう思った。


 すると、近くにいた軍人が笑った。


「第9席目当てか?」


「はい」


「今日は運がいいぞ。ガルム少佐は第12席から挑戦を受ける。公開戦の中じゃかなり注目されてる」


 エイルは対戦表を見る。


 第9位。


 第12位。


 席次が3つしか離れていない。


 普通に考えれば接戦なのだろう。


 開始予定は午前2試合目。


「あと、初めてなら第9席の斧だけ見てると見失うぞ」


 軍人が言った。


「どういう意味ですか?」


「見れば分かる」


 またそれだった。


     ◇


 最初の公開戦が始まる。


 第26席と、第31席からの挑戦者。


 観客席から歓声が上がった。


 エイルは参加者用の前列へ座り、戦場を見る。


 初めてだった。


 救助する必要もない。


 自分が戦う必要もない。


 敵を警戒する必要もない。


 ただ、強い人間同士の戦いだけを最初から最後まで見る。


 だからこそ、今まで見えなかったものが次々に目へ入った。


 身体強化を使う瞬間。


 魔力を抜く瞬間。


 剣の握り。


 呼吸。


 偽の踏み込み。


 技能を発動する前の魔力移動。


 相手の技能を見たあとに変わる構え。


「……面白い」


 小さく呟いた。


 そして1試合目が終わる。


 次。


 場内放送が響いた。


「第12席、ローディ・エルガン!」


 片手に長い戦槌を持った男が入場する。


 続いて。


「戦技席次第9位――《断峰》ガルム・レイヴァン!」


 歓声が一段大きくなった。


 現れたのは、グランよりさらに大きな男だった。


 身長は2メートルを越えている。


 右肩へ担いでいるのは、刃だけで人間の胴ほどある巨大な戦斧。


 しかしエイルが最初に見たのは武器ではなかった。


 足。


 立ち方。


 肩。


 力が入っていない。


 あれだけ巨大な斧を持っているのに、身体のどこにも無駄な緊張が見えない。


「始め!」


 合図。


 第12席ローディが先に動いた。


 《身体強化》。


 さらに戦槌へ魔力が集まる。


「《砕城打(ブレイク・ハンマー)》!」


 地面が沈むほどの踏み込みから、巨大な戦槌が振り抜かれる。


 真正面から受ければ、普通の盾など意味をなさないだろう。


 対するガルムは。


 避けなかった。


 巨大な戦斧を片手で下ろす。


 そして。


 魔力を使わず。


 技能も使わず。


 ただ純粋な膂力だけで、横から戦槌へ斧の柄を叩きつけた。


 轟音。


 ローディの《砕城打(ブレイク・ハンマー)》が、軌道ごと吹き飛んだ。


 エイルの目が大きく開く。


「……あれ」


 自分が昨日グランへやったことと似ている。


 しかし。


 完成度が違う。


 ガルムは力任せに受け止めたのではない。


 相手の戦槌が最も力を出す直前、その軌道へ横から自分の膂力を差し込んだ。


 純粋な力。


 技術。


 タイミング。


 全部が一緒になっている。


 ガルムが戦斧を肩へ戻した。


「重いな」


 第12席を相手に。


 それだけ言う。


 エイルは無意識に前へ身を乗り出していた。


 戦技席次の一桁。


 その戦いは、始まったばかりだった。


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