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第93話 持ち帰ったもの

 管理棟へ入ったエイルが最初に案内されたのは、普段なら迷宮調査隊の打ち合わせに使われているらしい広い会議室だった。


 長机が3列に並び、壁には《グラウゼン旧鉱迷宮》の全体図が掛けられている。第1層から第6層までは細部まで描かれている一方、第7層から先は空白が急激に増え、昨夜から封鎖された北側新通路には赤い印が何本も追加されていた。


 エイルが地図を眺めている間にも、軍人とギルド職員が入れ替わりで部屋へ入り、最終的には8人ほどが席へ着いた。


 正面に座ったのは、この迷宮を管理する冒険者ギルド支部の副支部長、《マルク・ハイネ》という40代ほどの男だった。


 その隣には軍の迷宮監督官。


 さらに鉱山技師、魔力計測官、素材査定員までいる。


「先に確認しておく」


 マルクは机の上へ紙束を置きながら、疲れたように額を揉んだ。


「君が昨日、第6層の地図外区画からさらに深部へ侵入し、地下に存在する人工施設へ到達した。そしてその内部で、施設へ接続していた大型生物を討伐した。その結果、昨夜まで上昇していた迷宮内部の魔力圧が急速に安定した。ここまでは間違いないか?」


「多分そうです。ただ、魔力圧が下がったのが本当に僕が倒した個体のせいかは分かりません」


「その慎重さはありがたいが、時刻がほぼ一致している」


 横にいた魔力計測官が資料を開く。


「23時18分、深層方向の魔力圧が観測上限付近まで上昇。23時26分に最大値を記録し、23時31分から急減しています。君が大型個体を倒したのは?」


「正確には見ていません。ただ、たぶんその辺りです」


「……十分だ」


 数人が顔を見合わせる。


 エイルは少し気になって、壁の地図へ視線を戻した。


「第7層で崩落が起きたのは、それより前ですか?」


「3日前から増えていた。昨夜になって一気に悪化した」


「じゃあ、あの個体だけが最初の原因ではないと思います」


 会議室の空気が少し変わった。


 マルクが身を乗り出す。


「理由を聞こう」


「施設の表示に《上層迷宮核との接続》って出ていました。それと、僕が倒した個体は施設に後から入り込んで、循環路を使っていた感じでした。施設そのものは、迷宮ができる前からあったはずです」


 エイルは荷物から折り畳んだ地図を取り出した。


 この数日間、自分で書き足したものだ。


 第6層の地図外通路。


 巨大鉱晶獣がいた空洞。


 そこからさらに下へ続く人工区画。


 《第3深鉱循環区》。


 そして最深部で確認した円形空間まで、歩いた経路がかなり細かく記入されている。


 地図を受け取った鉱山技師が、途中から何も言わなくなった。


「この精度で、いつ記録した?」


「歩きながらです」


「測量器具は?」


「持ってません」


「距離は?」


「歩数と感覚です。あと《振動感知》で壁の位置が分かるので」


「……そうか」


 技師はそれ以上聞かなかった。


 どうやら納得したわけではないらしい。


     ◇


 報告には1時間以上掛かった。


 施設内にあった文字。


 再稼働時の表示。


 人型の自動守備機構。


 侵入していた変質魔物。


 最後に縦穴から上がってきた巨大個体。


 エイルが覚えている内容を順番に話し、そのたびに複数人から質問が飛んだ。


 特に反応が大きかったのは、人型守備機構だった。


「完全な人工兵器だったのか?」


「多分。ただ、生物じゃないとは思います」


「魔導人形の類か?」


「今の魔導人形よりずっと動きが細かかったです。僕の攻撃を見たあと、最後の1体は戦い方も変えました」


「学習機構……?」


 監督官が小さく呟く。


 そこでエイルは、回収していた関節部品と背中の加速器官を机へ置いた。


 金属部品を見た瞬間、技師が椅子から立った。


「触っても?」


「どうぞ」


 慎重に持ち上げ、角度を変えながら観察する。


 別の技師も寄ってきた。


「継ぎ目がない……」


「いや、ある。ここだ。ただし接合じゃない。魔力を流した時だけ固定強度が変わる構造になっている」


「この細線は?」


「分かりません。でもかなり丈夫でした」


 エイルが回収した半透明の金属繊維束まで出すと、会議の目的が一瞬ずれた。


 技師たちが完全に素材へ夢中になってしまったからだ。


 マルクが咳払いする。


「それは後でやれ」


「しかし副支部長、これは――」


「後だ」


「……はい」


 名残惜しそうに部品が机へ戻された。


 エイルは少し笑いそうになった。


 グレイグと似た反応だった。


     ◇


「次に、その大型個体についてだ」


 軍の監督官が話を戻す。


「大きさは30メートル以上」


「はい」


「施設側の魔力供給を受け、広範囲の圧力攻撃と12本以上の脚による近接攻撃を使用。身体内部に複数の魔力器官を持ち、施設との接続を切るまで継続的に魔力を補給していた」


「そんな感じでした」


「君は単独で討伐した」


「はい」


 そこで妙な沈黙が落ちた。


 エイルは何か説明が足りなかったかと思ったが、マルクが先に口を開いた。


「エイル。今のレベルはいくつだ?」


 少し迷った。


 ただ、ここまで戦闘内容を全部話したあとで隠す意味もあまりない。


「104です」


 監督官の手が止まる。


 副支部長も無言になる。


 最初に反応したのは素材査定員だった。


「……A級昇格時は?」


「41でした」


「何日前だ」


「正確には数えてませんけど、そんなに前じゃないです」


 部屋が静かになった。


 エイル本人も数字だけ並べるとおかしいと思う。


 Lv41。


 そこからLv104。


 西へ来てからの時間を考えれば、普通の成長速度とは比較にならない。


「何をしたらそうなる」


 監督官が思わず聞いた。


「色々戦いました」


「それは報告を聞けば分かる」


 少し困った。


 《越境》についてまで説明するつもりはない。


 固有技能を持っていること自体は登録時の情報に含まれていても、その細かな性質まで他人へ公開する義務はない。


「成長しやすい体質みたいなものだと思ってください」


「体質で63レベル上がるか?」


「僕に聞かれても」


 エイルとしても本当にそうだった。


     ◇


 報告が一段落したところで、今度は素材査定へ移った。


 エイルが今回の探索で持ち帰ったものは、机1つでは収まりきらなかった。


 高純度《脈晶鉄》。


 《鳴殻甲獣》から採った《響殻》。


 背中に結晶を持つ8脚種の収束結晶。


 巨大鉱晶獣の中心結晶。


 網状の柔軟器官。


 施設守備機構の関節部品と魔力繊維。


 さらに最深部の巨大侵食体から回収した圧力器官、循環繊維、黒い結晶核。


 査定員は最初こそ1つずつ資料と照合していたが、途中から資料を閉じた。


「分からないものの方が多い」


「やっぱり?」


「やっぱり、ではない」


 少し怒られた。


「《響殻》と《脈晶鉄》までは既知素材だ。《脈晶鉄》もこの純度ならかなり高価だが、まだ値段を付けられる。問題はその後だ」


 巨大鉱晶獣から採った中心結晶を持ち上げる。


 1メートル近いものから特に密度の高い部分だけ切り出したため、それでも両腕で抱えるほど大きい。


「これだけでも、普通の魔晶素材とは性質が違う。魔力を複数経路へ分散し、条件によって再収束する。加工できる職人がいるかどうかから調べる必要がある」


「グレイグなら?」


「《赤炉》か」


「はい」


 査定員は少し考えた。


「可能性はある。ただ、あの男でも一度見ないと何とも言えないだろう」


 次に循環繊維。


 魔力を流せば硬化し、抜けば柔軟性を取り戻す。


「こちらは防具職人が欲しがるだろう。問題は生体由来なのか人工由来なのかすら判別できないことだ」


「巨大な魔物から取ったので、生体だと思います」


「その魔物が古代施設を食って身体へ取り込んでいたんだろう?」


「はい」


「なら余計に分からん」


 もっともだった。


 最後に黒い結晶核。


 査定用の魔力を流した瞬間、表面の細い溝へ魔力が集まり、内部で一度圧縮されたあと複数方向へ分かれた。


 査定員がすぐ手を離す。


「……これを武器へ入れるつもりか?」


「使えるなら」


「何を撃つ気だ」


「《衝界》です」


「知らない技能だ」


「最近変わりました」


「最近?」


「《衝撃》が上位化して」


 査定員は数秒黙った。


「もういい。職人本人に説明しろ」


「そうします」


     ◇


 最終的に、売却する素材と持ち帰る素材を分けることになった。


 一般的な鉱石や余分な爪、魔石類はギルドへ売却。


 装備更新へ使えそうな希少素材はすべてエイルが保持する。


 金額についてはかなり大きくなったが、エイルが一番気にしたのは荷物が減ったことだった。


 これならローデンまで移動できる。


 査定が終わる頃には昼をかなり過ぎていた。


 会議室の外へ出ようとしたところで、マルクに呼び止められる。


「もう1つある」


「まだですか?」


「迷宮の話じゃない」


 差し出されたのは、西部方面軍の封書だった。


 以前受け取ったものより厚い。


「合同演習の正式参加証だ。君が迷宮へ潜っている間に届いた」


 エイルは封を開く。


 開催までは約2週間半。


 場所はレグノア北部にある《西部第2演習場》。


 初日は《戦技席次》の公開入れ替え戦。


 その後2日間を使い、軍、王国騎士団、冒険者ギルド合同の実戦形式演習が行われる。


 参加者名簿も一部だけ添えられていた。


 すでに知っている名前がある。


《戦技席次第18位 ジーク・ハウゼン》


 その下には第14位、第11位、第9位と続き、今回の公開戦には一桁席次も複数参加すると書かれている。


 さらに騎士団側。


 そして冒険者枠。


 エイルの目が1ヶ所で止まった。


《S級冒険者 レオン・ヴァルハルト》


 名前の横には、小さく別記がある。


《固有技能保有者》


「固有技能……」


 エイルが口にすると、マルクが頷いた。


「有名な男だ。S級の中でも戦闘特化で、今回の合同演習では冒険者側の監督役に近い」


「どんな技能なんですか?」


「本人が公開している範囲なら《戦脈》」


 エイルが顔を上げる。


「戦闘が続くほど、相手の動きへ適応する固有技能だと言われている。正確な効果は本人と中央ギルドしか知らんが、長期戦になるほど厄介になるらしい」


 初めてだった。


 エイル以外の固有技能を、噂ではなく実在する人物のものとして聞くのは。


「珍しいんですよね」


「珍しい。A級を何百人集めても、1人いるかどうかという話ではない。もっと少ない地域もある」


「でもS級にはそれなりにいる?」


「それなり、というほどでもない」


 マルクは首を振った。


「S級でも固有技能を持たない者の方が多い。それでも頂点に近づくほど、持っている者と遭遇する確率が高くなるのは確かだ。固有技能があるから上へ行ったのか、上へ行くほどの人間だから固有技能が生まれたのかは知らんがな」


 エイルは封書へ視線を戻した。


 《戦脈》。


 自分の《越境》とは違う。


 戦闘中に適応する能力。


 少し似ている部分もあるかもしれないが、エイルの場合は戦闘が終わったあとも成長が残る。


「面白そうだな」


「戦いたいのか?」


「できるなら」


 マルクが少し呆れたように笑った。


「Lv104で深層から戻ってきた直後にそれを言うなら、たぶん相手も嫌がらんだろう」


     ◇


 その日の夕方。


 エイルは迷宮近くの宿へ戻り、久しぶりに長時間湯へ浸かった。


 身体の傷は《自己治癒》のおかげでかなり塞がっている。


 深かった左肩も、すでに日常動作にはほとんど影響しない。


 問題は装備だった。


 洗浄したロングコートを広げる。


 3日前に修理したとは思えない。


 左肩。


 右脇。


 裾。


 背中。


 細かな裂けまで含めれば10ヶ所近く損傷している。


 軽装甲も同様。


 靴底にはまた削れが増え、右足側には小さな亀裂まで入っていた。


 そして長剣。


 エイルは最も時間を掛けて確認した。


 刃こぼれは4ヶ所。


 先端付近の細い歪み。


 内部魔力路には2ヶ所、流れが僅かに乱れる部分がある。


 まだ戦える。


 だが、次に同じ規模の相手と戦えばどうなるかは分からない。


 ドルガンの言葉を思い出す。


『次は剣の方を変える必要がある』


「もう次だな」


 今度は迷わなかった。


 本格的に作り直す。


 剣だけではない。


 コート。


 軽装甲。


 靴。


 今の身体能力と《衝界》へ合わせて、装備全体を更新する。


 そのための素材も揃い始めている。


 あとは、それを形にできる人間のところへ持っていく。


     ◇


 翌朝。


 エイルはレグノアの《鉄環工房》へ向かった。


 工房へ入った瞬間、ドルガンがこちらを見た。


 数秒。


 何も言わない。


 まずロングコートを見る。


 次に靴。


 最後に腰の長剣。


 顔が少しずつ険しくなる。


「お前」


「はい」


「3日前に直したよな」


「はい」


「何した」


「ダンジョンに潜ってました」


「それは聞けば分かる」


 エイルは鞘から長剣を抜いた。


 ドルガンは刃を見て、深く息を吐く。


「見せろ」


 渡す。


 外側。


 内部。


 魔力路。


 数分かけて確認したあと、ドルガンは剣を作業台へ置いた。


「もう応急補修じゃ駄目だ」


「僕もそう思います」


「珍しく話が早いな」


 それからエイルが持ち帰った素材を順番に並べていく。


 最初は《脈晶鉄》。


 ドルガンは頷いただけだった。


 次に《響殻》。


 少し目が変わった。


 巨大鉱晶獣の中心結晶を置いたところで、作業していた他の職人まで近づいてきた。


 施設守備機構の魔力繊維。


 循環繊維。


 圧力器官。


 最後に黒い結晶核。


 工房が静かになった。


「……どこ行ってた」


「グラウゼンの下です」


「第何層だ」


「分かりません」


「何でだ」


「地図になかったので」


 ドルガンが額を押さえた。


 それから黒い結晶核を手に取り、少量の魔力を流す。


 内部で圧縮。


 分岐。


 再収束。


 その変化を感じた瞬間、職人の目つきが完全に変わった。


「お前の新しい技能、さっき《衝界》って言ったな」


「はい」


「具体的に何が変わった」


 エイルは少し考えてから説明した。


「《衝撃》を出すだけじゃなくて、どこに通して、どこで広げて、どこで止めるかを細かく決められる感じです。相手から受けた衝撃も、一部なら別の場所へ流せます」


「最大で何本に分けた」


「50くらい」


「今は?」


「もっといけると思います」


 ドルガンは黙った。


「《魔力圧縮》は?」


「Lv62です」


「……剣術」


「51」


「《衝界》」


「27」


「レベル」


「104」


 ドルガンがゆっくり顔を上げた。


「3日前はいくつだった」


「79くらいだったと思います」


「帰れ」


「え?」


「《赤炉》のところへ帰れ」


 追い出されたのかと思った。


 しかしドルガンはすぐ続ける。


「この剣は俺が直す段階を越えた。素材もそうだ。ここから先は、元の芯を残すか捨てるか、構造から決め直す必要がある」


 作業台の長剣を軽く叩く。


「グレイグに持っていけ。あいつがこの剣を作った。なら次もあいつに決めさせろ」


「ドルガンさんは?」


「防具側なら手を貸せる。マルナとも話す。だが剣だけは《赤炉》へ戻せ」


 そして、並んだ素材を見る。


「全部持っていけ。1つも売るな」


「分かりました」


「あと伝えろ」


「何を?」


 ドルガンは少しだけ笑った。


「『お前の客、もう前の剣じゃ足りねえぞ』ってな」


     ◇


 工房を出たエイルは、そのまま宿へ戻らず街の南門へ向かった。


 合同演習まで約2週間半。


 ローデンへ戻り、装備更新の相談をしてから再び西へ来る時間はある。


 完成までどれくらい掛かるかは分からない。


 場合によっては演習へ間に合わない可能性もある。


 それでも今の装備で無理に参加するより、新しい身体と新しい技能へ合わせて一度作り直した方がいい。


 何より。


 少し楽しみだった。


 初めてグレイグに剣を頼んだ時とは、持っていくものがまるで違う。


 自分で倒した強敵から採った素材。


 地図にない深層で見つけた鉱石。


 古い施設から回収した未知の機構。


 そして、それらを使う本人もLv104まで伸びている。


 南門を出たところで、エイルは腰の長剣へ軽く触れた。


「もう少しだけ頑張ってくれ」


 ローデンまで持てばいい。


 その先では、この剣もまた次の形へ変わる。


 そして装備が追いついた頃には、自分の成長がどこまで進んでいるのか。


 それはエイル自身にも分からなかった。


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