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第86話 追いつかない装備

 レグノアへ到着した翌朝、エイルは宿の一室で長剣を膝の上へ置き、窓から差し込む光へ刃を傾けながら、久しぶりに時間を掛けて状態を確認していた。


 昨日までも野営のたびに最低限の手入れはしていたが、油を引き、汚れを落とし、目立つ刃こぼれがないかを見る程度で、本格的な点検まではできていない。


 改めて見ると、思っていたより損傷は増えていた。


 刃の中央から先端へかけて細かな欠けが3ヶ所あり、特に40メートル級の未知個体へ何度も突き立てた部分には、爪で引っ掻いたような浅い傷が何本も残っている。刀身そのものが大きく曲がっているわけではないものの、柄を固定して刃先を正面から確認すると、ごく僅かに中心線から外れているようにも見えた。


「やっぱり少し歪んでるな」


 さらに気になるのは内部だった。


 再鍛造されたこの剣には、《衝撃》や圧縮した魔力を通すための魔力路が組み込まれている。


 グレイグが作った時点では、以前の剣で問題になっていた局所的な過熱もほとんど起きなくなり、《振動感知》まで刀身を通して使えるようになっていた。


 ただ、今のエイルが使っている《衝撃》は、その頃とは出力も用途も違う。


 敵の内部へ何度も撃ち込むだけではなく、刀身を通して《震圧》を分岐させ、巨大個体の体内へ20ヶ所近い衝撃点を同時に作った。


 あれはさすがに負荷が大きかったらしい。


 魔力を薄く流すと、柄元から中ほどまでは滑らかに通るものの、先端寄りの一部だけ流れがほんの少し乱れる。


「折れてないだけすごいか」


 グレイグなら、そういう使い方をするなと言いそうだった。


 もっとも、作った本人も「お前がどこまで強くなるか分からん以上、絶対に壊れないとは言わん」と言っていたので、いつかこうなることは想定していたのだろう。


 長剣を鞘へ戻したあと、今度は自分の装備へ目を落とす。


 こちらはさらに分かりやすかった。


 戦闘用のロングコートには、左腕から脇腹へかけて複数の裂け目が残っている。簡単な縫い合わせは自分でもしていたが、内側の補強布まで切れている場所があり、左肩に仕込まれていた薄い防護材も一部が割れていた。


 右腿にも大型個体との戦闘で入った傷があり、表地だけでなく内側の革まで削れている。


 軽装甲も無傷ではない。


 胸部はまだ問題ないが、左脇の革板へ深い亀裂が入り、膝当ても片方が少し歪んでいた。


 靴底に至っては、《衝撃》による急加速と《高密度強化》を使った踏み込みを繰り返したせいで、踵側がかなり削れている。


「全部か……」


 さすがに笑うしかなかった。


 身体の傷は《自己治癒》で回復する。


 しかし装備は勝手には直らない。


 しかも本人の身体だけが急速に成長しているため、以前なら十分だった負荷が、今では装備側にとって危険な領域へ入り始めていた。


 エイルは昨日ギルドで教えてもらった店の場所を思い出し、今日は西へ出るのをやめた。


     ◇


 紹介された鍛冶工房は、レグノアの軍施設に近い職人区画にあった。


 表通りに並ぶ一般的な武器屋とは違い、店先には完成品の剣や槍がほとんど置かれておらず、代わりに折れた武器、ひしゃげた盾、欠けた甲冑などがいくつも吊るされている。


 看板には《鉄環工房》とだけ書かれていた。


 中へ入ると、熱と金属の匂いが一気に押し寄せてくる。


 炉は3基。


 作業台は5つ。


 奥では若い職人たちが軍用槍の穂先をまとめて整備しており、その中央で、片腕を金属製の義手にした大柄な男が鎚を振っていた。


「冒険者ギルドから紹介されました」


 エイルが声を掛けると、男は鎚を置いて振り返った。


「武器か、防具か」


「両方です」


「見せろ」


 年齢は50歳前後だろう。


 頭髪はかなり短く刈り込まれ、右頬には火傷の跡が残っている。


 名前はドルガン。


 ギルド職員によれば、もともとは西部方面軍付きの武具整備班に所属しており、現在も軍の上位戦闘員が使う装備を何人分か預かっている職人らしい。


 エイルが長剣を差し出すと、ドルガンは最初の数秒だけ何気なく見ていた。


 しかし鞘から抜いたところで、表情が変わった。


「これ、どこで打った」


「ローデンのグレイグです」


「《赤炉》か」


「知ってるんですか?」


「知らん鍛冶屋の方が少ない」


 ドルガンは剣を作業台へ置き、柄元、刀身、峰、刃先を順番に確認していく。


 途中から小さな魔力灯まで持ち出し、刃へ横から光を当てた。


「再鍛造だな。古い芯を残してる」


「はい」


「深層系の甲殻も混ぜてるな。こっちは深鉱石か。馬鹿みたいに贅沢な組み方してやがる」


「そんなにですか?」


「普通ならこの量の素材があれば、上物を3本は作れる。それを1本へ詰めてる」


 褒めているのか呆れているのか分からない。


 ドルガンはそのまま刀身を軽く弾き、返ってきた音を聞いたあと、今度は魔力を薄く流した。


 数秒後、眉間に皺が寄る。


「何をした」


「何がですか?」


「この剣に」


「普通に使ってました」


「普通の使い方で内部路がこんな焼け方するか」


 焼けていると言っても、外から見える焦げではない。


 魔力路の一部が負荷によって荒れているという意味らしい。


 エイルは少し考えた。


「《衝撃》を通してました」


「それは見れば分かる。どの程度だ」


「巨大な魔物の中で分岐させたり、《震圧》を通したりしてました」


「分岐?」


「1ヶ所から何ヶ所かに」


「何ヶ所だ」


「最後は20くらいです」


 ドルガンの動きが止まった。


「20?」


「多分、そのくらい」


「刀身の中へ20本別々に魔力を通したのか?」


「途中までは1本で、相手の体内に入ってから分けました」


「……それでも入口は全部ここだろうが」


 ドルガンが剣の中ほどを指で叩く。


 どうやら、自分が思っている以上に無茶だったらしい。


「あと、かなり圧縮してます」


「それを先に言え」


「すみません」


「謝るところじゃない。剣が可哀想だ」


 武器に同情された。


     ◇


 そこからの点検はかなり細かかった。


 刃こぼれ自体は深くない。


 僅かな歪みも修正可能。


 問題は内部の魔力伝導路で、今のうちに補修しておけば性能を戻せるが、このまま高出力の《衝撃》を使い続ければ、いずれ一部が焼き切れる可能性があるという。


「折れるより先に、力が通らなくなると思った方がいい。外見は無事でも、中身だけ死ぬ」


「直せますか?」


「今の損傷ならな。ただし完全に分解して打ち直すのは俺の仕事じゃない。これは《赤炉》の剣だ。癖まで含めて作った本人が1番分かってる」


 ドルガンは長剣を横から眺めながら続ける。


「俺がやるのは歪みの修正、刃の研ぎ直し、内部路の応急補強までだ。それでしばらくは問題なく使える。ただ――」


「ただ?」


「お前が今以上に出力を上げるなら、次は剣の方を変える必要がある」


 エイルは長剣を見る。


 この剣へ変わってから、それほど長い時間は経っていない。


 以前なら十分すぎる性能だった。


 深層循環獣との戦いで武器の限界を痛感し、グレイグが大幅に強化してくれたものだ。


 それが今は、もう追いつかなくなり始めている。


「そんなに早いものなんですか?」


「普通は違う」


 ドルガンが即答した。


「普通の使い手なら、一生使える可能性もある。少なくとも今の構造なら、A級が何年使っても簡単にはへたらん」


「じゃあ僕の使い方が悪い?」


「それもある」


「やっぱり」


「だが、それだけじゃない」


 ドルガンは剣を置くと、今度はエイルの手を見る。


「お前、最近急に強くなってないか」


 思ったより直接的に聞かれた。


「まあ……結構」


「筋力も魔力出力も?」


「上がってます」


「どの程度」


 エイルは正確な数値を話すか少し迷った。


 冒険者ギルドでも普段から全ステータスを人へ見せているわけではない。


「A級になった時よりは、かなり」


「なら原因はそれだ。武器ってのは、使い手の力を受ける道具でもある。振る速度が倍になって、叩き込む力が倍になって、通す魔力まで倍以上になれば、同じ剣でも消耗は一気に増える」


 その説明なら分かりやすい。


 自分の身体だけを見ると、成長は嬉しい。


 しかし装備側から見れば、昨日まで使っていた人間が急に別人のような力で振るい始めていることになる。


「今後も同じ速度で伸びるなら、武器を壊さない使い方も覚えろ」


「出力を下げる?」


「それも1つだが、単純に弱く振れと言ってるんじゃない。必要な瞬間だけ最大を通せ。今のお前は剣が耐えるからって、伝導路へ常に高密度の魔力を流しすぎてる」


 心当たりはあった。


 《魔力圧縮》が高くなってから、戦闘中は刀身へかなり濃い魔力を通している。


 大型個体と戦う時には、そこから《振動感知》まで重ねるため、剣を武器というより自分の感覚器官の延長のように使っていた。


「魔力を使ってない時は抜いた方がいいですか?」


「完全に切る必要はない。ただ、常時流す密度を半分以下に落としても、お前なら十分扱えるはずだ。それと《衝撃》を撃つ瞬間だけ通路を太くする練習をしろ」


 武器の修理へ来たつもりだったが、戦い方の話になっている。


 それでもエイルには役立つ話だった。


     ◇


 コートと軽装甲については、同じ通りにある装備職人へ回された。


 ドルガンから紹介状代わりの金属札を渡され、数軒隣の工房へ入ると、今度は40代ほどの女性職人がエイルの装備を見るなり深いため息をついた。


「これ、何と戦ったの?」


「大きい魔物です」


「どのくらい」


「40メートルくらい」


「聞かなきゃよかった」


 職人の名前はマルナ。


 軍の斥候や軽装兵向けの防具を多く扱っているらしい。


 まず戦闘用コートを広げ、裂けた外布だけでなく、内側に縫い込まれた補強部分まで順番に確認していく。


「左肩は中まで切れてる。脇腹も衝撃を受けたね。ここは表だけじゃなくて内部の衝撃吸収材が潰れてる」


「直ります?」


「直す。ただ、元の作りがいいから修理できるってだけで、このまま縫って終わりにはできないよ」


 右腿の部分も開かれた。


 こちらは爪か甲殻へ擦ったらしく、表地が広く削れ、内側の革へ斜めの切り傷が残っている。


 マルナはさらに靴を見て、今度は顔をしかめた。


「こっちは酷い」


「穴は空いてないですよ」


「穴が空く直前まで削れてるの」


 靴底を横から見せられる。


 確かに踵側が薄くなっており、片方は中の補強層が見え始めていた。


「何をしたら3週間でこうなるの?」


「走ったり、跳んだり」


「普通に?」


 エイルは少し迷った。


「足元で《衝撃》を使って加速してます」


「なるほどね」


 納得されてしまった。


「なら底材を変えた方がいい。今のまま修理しても、同じ使い方を続けたらまたすぐ削れる」


「重くなりますか?」


「少し。でも今の脚力なら気にならないでしょう」


 どうしてそう判断したのか分からなかったが、マルナはエイルの足運びを見ただけである程度分かるらしい。


 軽装甲も補修だけではなく、左脇と膝部分の構造を少し変えることになった。


 防御力を上げるために金属を増やすのではない。


 むしろ身体の成長によって動きが速くなっているため、硬い部分を増やしすぎると可動域の邪魔になる。


 現在のエイルには、攻撃を完全に受け止める装備より、致命傷だけを避けながら動きを妨げない防具の方が合うという。


「ところで」


 マルナが採寸しながら尋ねる。


「これ作った時より身体大きくなってない?」


「少しは」


「少しじゃないと思う」


 肩幅や腕周りを測り直す。


 以前より筋肉が増えた自覚はあったが、旅の途中で毎日見ている自分の身体なので、そこまで大きな変化として意識していなかった。


 しかし職人から見ると、元のコートに残っている調整跡と現在の体格が明らかに合わないらしい。


「このまま伸びるなら、次の大改修では寸法からやり直しだね」


「装備まで成長についてこないんだな」


「普通は人間の方が装備へ合わせる期間が長いんだけどね」


 また普通ではないと言われた。


     ◇


 剣の補修には2日。


 コートと軽装甲、靴には3日掛かることになった。


 さすがに装備なしで空白地へ戻る気はなかったため、エイルはその間レグノアへ滞在することにした。


 時間が空いたので、最初の日はギルドの訓練施設を借りた。


 長剣は工房へ預けているため、貸し出し用の訓練剣を使う。


 ただし本物と重さが違いすぎて、普通に振るだけではほとんど練習にならなかった。


 そこで武器を持たず、《身体強化》と《高密度強化》の制御へ時間を使う。


 今までは高出力を作ることへ意識が向いていた。


 これからは必要な部位へ、必要な量だけ。


 脚全体ではなく、踏み込みの瞬間だけ足首からふくらはぎへ。


 斬撃なら肩から腕へ常時流すのではなく、剣へ力が乗る直前にだけ密度を上げる。


 今まで《魔力操作》でできていたことを、さらに短い時間で切り替える。


 何度も繰り返していると、《越境》Lv.6の影響なのか、ほんの数時間でも感覚が変わっていく。


 午前中には意識して切り替えていた強化が、夕方になる頃には身体の動作へ連動し始めていた。


【《身体強化 Lv.40 → Lv.42》】


【《高密度強化 Lv.27 → Lv.29》】


【《魔力操作 Lv.49 → Lv.51》】


 エイルは表示を眺めながら、水を飲む。


「やっぱり速いな」


 17日間の空白地探索でLv79まで上がった。


 《越境》がLv.6になって以降、戦闘だけではなく、こうした地味な反復でも技能が以前より明らかに伸びている。


 しかも今は、単に技能Lvが増えるだけではない。


 覚えたもの同士が繋がる速度まで上がっていた。


 《自己治癒》によって身体の負担が早く抜ける。


 その分だけ《高密度強化》を何度も練習できる。


 《魔力操作》が上がれば、剣へ流す魔力を細かく調整できるようになる。


 その結果、《衝撃》をより高出力で使っても武器への無駄な負荷を減らせる。


 成長が別の成長を呼んでいる。


 以前から始まっていた循環が、《越境》Lv.6になってさらに速くなっていた。


     ◇


 3日後。


 完成した装備を受け取りに行くと、最初にドルガンから剣を返された。


 大きな外見の変化はない。


 刃の欠けは消え、僅かにずれていた刀身も真っ直ぐへ戻っている。


 魔力を流す。


 今度は先端まで淀みなく通った。


「内部路へ補助線を2本追加した」


 ドルガンが説明する。


「《赤炉》の設計を大きく変えない範囲でな。高密度の魔力を流した時、一ヶ所へ負荷が集中しにくくしてある」


「前より強くなった?」


「少しは。ただし勘違いするな。お前の最大出力へ合わせて作り直したわけじゃない」


 釘を刺された。


「今の使い方ならしばらく耐える。だが、《衝撃》の上位技能とやらが今よりさらに強くなったら、保証はしない」


「上位化の話、しましたっけ」


「初日にした」


「そうでした」


「人の話を聞け」


 長剣を振ってみる。


 重さもバランスも変わらない。


 ただ、魔力を通した時の反応が以前より滑らかで、《振動感知》を重ねても伝導路へ引っ掛かる感じがなかった。


 さらにドルガンから言われた通り、常時流す魔力を意識して薄くする。


 それでも剣の存在は十分に感じられる。


 今まで必要以上に力を入れていたらしい。


「悪くないな」


「剣が、だろ」


「はい」


「なら大事に使え」


 そのあとマルナの工房へ寄る。


 修理されたロングコートは、裂けた部分がほとんど分からなくなっていた。


 左肩と脇腹には新しい補強材が入っているが、外側から見れば大きく目立たない。以前より身体へ沿う部分が調整され、腕を上げても肩周りへ引っ掛かりがないよう寸法も少し変えられていた。


 軽装甲は左脇の板が交換され、膝周りは動きを妨げない形へ変更されている。


 靴底には以前より弾力のある魔獣革と薄い金属繊維が重ねられ、《衝撃》による急加速でも削れにくくしたらしい。


「それでも壊すなら次はもっと高い素材ね」


「気をつけます」


「気をつける人の壊し方じゃなかったけど」


 そこは否定できなかった。


     ◇


 すべての装備を戻し、エイルは久しぶりに街の外へ出た。


 ただし、このまま再び3週間も空白地へ潜るつもりはない。


 合同演習まで残り約3週間。


 その間にもう少し西を見てから、レグノアへ戻れば十分間に合う。


 門を出てしばらく歩いたところで、エイルは新しく補修された長剣を抜き、軽く《衝撃》を通した。


 以前なら無意識にかなり濃い魔力を流していたが、今回は必要な瞬間だけ圧縮する。


 短く。


 深く。


 刀身を通った力が、ほとんど無駄なく剣先まで届いた。


【《魔力操作 Lv.51 → Lv.52》】


 たったそれだけでも伸びる。


 エイルは表示を消した。


 身体は強くなっている。


 技能も伸びている。


 《越境》がLv.6へ上がったことで、その速度は以前よりさらに速い。


 その一方で、装備は勝手に強くならない。


 剣も。


 コートも。


 靴も。


 自分が伸び続ければ、いつか必ず置いていく。


「次にグレイグのところへ戻った時、また怒られそうだな」


 想像すると少しだけ笑えた。


 それでも歩みを止めるつもりはない。


 自分の成長へ装備が追いつかないなら、また強くすればいい。


 新しい素材を探すのも、旅の理由になる。


 エイルは補修されたコートの襟を整えると、地図にまだ線の少ない西へ向かって歩き始めた。


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