第82話 砦の下を通るもの
夜間に飛来した未確認の飛行種を撃退した翌朝、第3前進砦では日の出とほぼ同時に、回収された死体の調査が始まっていた。
砦中央の資材置き場へ運ばれた個体は全部で9体あり、残る数体は防壁の外へ墜落した際に損傷が激しくなったため、比較的原形を留めているものだけが並べられている。
近くで見ると、昨夜の暗闇で受けた印象以上に奇妙な生物だった。
胴体は大型犬ほどの太さしかなく、胸部から後方へ向かって細く絞られ、その先には身体と同程度の長さを持つ尾が伸びている。翼を構成するのは鳥のような羽毛ではなく、肩から伸びた5本の細長い骨と、その間を繋ぐ薄い皮膜であり、畳んだ状態では身体へ巻き付くように収まっていた。
頭部は胴体に比べてかなり小さく、眼球らしいものは左右にあるものの、黒い膜の奥へ埋もれていてほとんど動かない。その代わりに顔の前方へ細長い嘴状器官が伸びており、側面には針穴ほどの小孔が数十個並んでいる。
軍の調査員がその小孔を細い針で確認すると、内部には空洞が複雑に走っていた。
「空気を拾ってるんでしょうか」
エイルが尋ねると、調査員は首を傾けながら嘴の断面を見た。
「可能性は高いが、それだけじゃないな。内部に薄い魔力膜が残ってるから、音と魔力の揺れを同時に拾ってたのかもしれん。それと、こいつらの魔力が探知しにくかった理由も少し分かってきた」
胸部を開いた個体には、通常の魔物なら魔力核に当たる位置へ、小さな器官が3つ並んでいた。
中央の核を左右から薄い袋状の器官が挟み込んでおり、それぞれの表面には細かな筋が網目のように走っている。
「魔力を外へ漏らさないよう、体内で反対方向の揺れをぶつけてるらしい。完全に消してるわけじゃないが、普通の魔力探知だと周囲の雑音に紛れる」
「だから攻撃する直前まで分からなかったんですね」
「そういうことだろう。ただ――」
調査員はそこでエイルを見る。
「それを空気の動きと危険感知だけで拾った奴については、こっちから説明できることがない」
「近かったので」
「昨日からその説明を何回聞いたと思ってるんだ」
横で記録を取っていた測量兵が苦笑する。
昨夜以降、似たようなやり取りは何度も起きていた。
軍の魔術兵には探知できない。
見張り塔からも目視できない。
それにもかかわらず、エイルだけは最初の個体が落ちる前から防壁上の兵士へ退避を叫び、その後も姿を見せるより先に飛行種の進路へ移動していた。
それを目撃した兵士たちの間では、戦闘能力よりむしろ「何がどこまで見えているのか分からない」という話の方が広がり始めている。
「それにしても、色々いるな」
エイルは並んだ魔物を見ながら呟いた。
地中を進む6脚種。
巨大な掘削個体。
魔力を隠して空から襲う飛行種。
どれも名前すら正式には決まっていない。
西へ進み始めてから、魔物の強さを等級で考える機会もほとんどなくなっていた。
外見を見て。
動きを見る。
危険なら対処する。
最近はそれで済んでしまう。
その感覚が少しずつ普通になっていることには、エイル自身もまだ深く考えていなかった。
◇
飛行種の調査がひと段落した頃、砦へ新しい一隊が到着した。
西部方面軍の本隊から送られてきた増援で、兵士は40名ほど。その中央には通常の部隊兵とは装備の異なる数名が混じっており、そのうち先頭を歩いていた長身の男が、門を通るなりバルガス中佐のもとへ向かった。
年齢は30歳前後。
背には長さ2メートルを越える金属槍を背負い、防具は一般兵より軽いものの、胸部と肩だけを厚く守る実戦向けの構造になっている。
ハインによれば、西部方面軍には部隊指揮とは別に、個人戦闘能力を定期演習と実戦記録から評価する《戦技席次》という制度があり、彼は現在その第18位に位置するらしい。
名前はジーク・ハウゼン。
この地方では《穿槍》という呼び名も通っているという。
「軍にもそういう順位があるんですね」
エイルが言うと、隣で聞いていたリヴィアが頷いた。
「方面軍ごとにあるよ。上の人たちは国の合同演習にも呼ばれるし、年に1回くらい席次の入れ替え戦もある」
「面白そうですね」
「やっぱりそこは興味あるんだ」
「強い人とは戦ってみたいので」
「地図以外にもちゃんと興味あったんだね」
「僕を何だと思ってるんですか」
そんな話をしている間に、ジークはバルガス中佐との打ち合わせを終え、ハインたちのところへ歩いてきた。
「第4測量護衛小隊のハインだな。報告は読んだ」
「到着が早かったな」
「夜襲の報告が入った時点で出た。状況が状況だからな」
ジークの視線が、ハインからエイルへ移る。
「それで、そっちが例のA級か」
「エイル・アーネットです」
「ジークだ。お前の話は移動中に嫌というほど聞いた」
「何を聞いたんですか?」
「話した奴によって内容が違う。地面を割ったとか、200体を1人で止めたとか、見えない飛行魔物を先回りして全部落としたとか、500キロの訓練石を片手で持ち上げたとかだな」
「最後のは戦闘と関係ないですよ」
「そこが気になるのか」
ジークは少し笑ったものの、噂だけで相手を判断する様子はなく、その後はすぐ現在の地中反応について質問へ移った。
エイルも北側と南西側に残る2つの巨大反応について説明する。
「今も分かるか?」
「北側はまだ遠ざかってます。南西の方は……」
そこで言葉が止まった。
《振動感知》へ、今までとは違う揺れが入ったからだ。
小さい。
しかし深い。
そして、あまりにも近い。
エイルは足元を見る。
「まずいな」
ハインの表情が即座に変わった。
「何だ?」
「南西にいた大きいの、こっちへ来てます」
「距離は?」
エイルは答える前に感知を深くした。
砦の周囲では人間が大量に動いているため、地表近くの振動は雑音だらけだったが、その下にある岩盤へ意識を通せば、巨大な何かが土と石を押し退ける周期的な振動がはっきり分かる。
しかも先ほどまでと違い、進行方向がほぼ直線だった。
「1キロ切ってます。かなり深いけど、速い」
ジークが眉を上げる。
「1キロ?」
「もっと近づいてます」
「地振計は?」
近くにいた測量兵がすぐ器具へ向かう。
しかし設置には時間が掛かる。
エイルはさらに集中した。
巨大反応の現在位置。
地層。
砦の地下に広がる岩盤。
このまま進めば。
《警戒圏》が反応した。
それと同時に、頭の中へ嫌な流れが走る。
地面が沈む。
外壁の西側が傾く。
兵舎の1棟が崩れる。
人が逃げる。
全部が映像として見えたわけではない。
ただ、今ある情報がその先へ伸びた時、最も危険な結果だけが一瞬で形を持った。
「砦の下を通る」
エイルが言った。
「何だと?」
「このままだと西側の防壁の真下か、その少し内側を通ります。地面の下に空洞も多いから、多分かなり沈みます」
バルガス中佐まで指揮所から出てくる。
「確実か?」
「確実とは言えません。でも、今の進路ならかなり危ないです」
「地振計、反応確認!」
測量兵の声が上がった。
「南西から大振幅! 接近しています!」
ジークが器具を見る。
続いてエイルを見る。
「……先に分かるって話、本当だったのか」
ハインが苦笑した。
「今さらだぞ」
◇
砦内ではすぐに西側区画の避難が始まった。
住民160名の多くは東側の兵舎へ移され、倉庫からも人間だけが離れる。
問題は、防壁そのものだった。
第3前進砦は山裾の狭い街道を守るために作られている。
西壁が大きく崩れれば、避難民を後方へ送る前に砦の防衛能力が落ち、周囲に増えている地中種へ侵入路を与えることになる。
「地中へ攻撃できないのか?」
ジークが尋ねる。
「できます。ただ、ここから撃つと砦の下まで壊す可能性があります」
「なら外へ出て迎える?」
「それも難しいです。かなり深いので、僕が上に立っても出てくるとは限らない」
エイルは地図を見る。
砦から南西へ600メートルほど離れた場所に、岩だらけの採石跡がある。
現在は使われていない。
人もいない。
地盤も砦周辺より硬い。
「この辺、誰もいませんよね」
リヴィアが地図を覗き込む。
「旧採石場なら無人。崩れても街道にはほとんど影響しないと思う」
「なら、そっちへ曲げられるかもしれない」
ハインが眉を寄せた。
「曲げる?」
「地中種って振動をかなり拾ってます。今まで戦ったやつも、足音や《衝撃》に反応して進路を変えてたので、大きいのも同じなら――」
「お前が向こうで地面を鳴らして、砦から引き離すのか」
「試す価値はあると思います」
周囲が少し静かになった。
ジークがエイルを見る。
「相手は、まだ地上へ出てすらいないんだぞ」
「だから倒す必要はないです。向こうへ行ってくれればいい」
「失敗したら?」
「その時は戻って、砦の外側から止めます」
あまりにも自然に言うので、ジークが一瞬返答を失った。
バルガス中佐は地図とエイルを交互に見たあと、短く決断した。
「やれ。ただしジーク、ハイン、それぞれ部隊を西壁と南門へ配置しろ。エイルの誘導が失敗した場合は即座に防衛へ移る」
「了解」
「分かりました」
エイルは長剣を確かめ、南門へ向かった。
後ろからリヴィアが追いついてくる。
「私も採石場の位置まで案内する」
「途中までで大丈夫ですよ」
「場所を知ってるのは私。そこまで行ったら戻る」
「それならお願いします」
門を出る直前、リヴィアが少しだけ足を止めた。
「エイル」
「何ですか?」
「今度は砦の下にいる何かを、自分1人に向けようとしてるって分かってる?」
「砦に向かうよりはいいと思います」
「そういう答えになると思った」
それでも止めなかった。
◇
旧採石場までは走れば数分だった。
途中でリヴィアが安全な高所へ戻り、最後の300メートルをエイルだけが進む。
採石場は山肌を半円形に削った広い空間で、地面には切り出されなかった巨大な岩塊がいくつも残り、周囲の崖には古い採掘跡が段状に刻まれている。
ここなら多少地面を崩しても問題ない。
エイルは中央へ立つ。
《振動感知》を深く伸ばす。
巨大反応は砦まで残り500メートルほど。
まだ進路は変わっていない。
「まず軽く」
長剣を地面へ差し込む。
《衝撃》を岩盤へ流した。
低い音が地面の奥へ消えていく。
すぐには変わらない。
もう1度。
今度は少し強く。
《魔力圧縮》で細くした力を深い地層へ送り、そこで広げる。
数秒後。
巨大反応が僅かに止まった。
「拾ったな」
エイルは感知を切らず、さらに3度目を放った。
今度は一定間隔。
生き物が歩いているように、あえて規則性を持たせる。
巨大反応が動く。
進行方向が数度だけ変わった。
砦から。
こちらへ。
エイルの口元が僅かに緩む。
「いけそうだ」
◇
第3前進砦の西壁では、数十人の兵士が地面の揺れを感じながら待機していた。
最初に聞こえたのは、かなり遠い低音だった。
1度。
少し間を置いて、もう1度。
その後も一定の間隔で地面の底から響いてくる。
「あれがエイルか?」
ジークが尋ねる。
ハインは採石場の方向を見る。
「多分な」
「戦ってもいないのに、あの音なのか」
「《地鳴り》って呼ばれ始めた理由が分かるだろ」
そこへ測量兵から報告が飛んだ。
「巨大反応、進路変更!」
全員が地振計へ集まる。
「南西から南へ……違う、採石場側へ曲がっています!」
ジークが思わず防壁の外を見る。
姿は何も見えない。
しかし地面の下で、砦へ向かっていた巨大な何かが明らかに別方向へ移動し始めている。
そして、その先では何度も低い衝撃音が続いていた。
「……本当に引っ張ってるのか」
近くにいた兵士が呟く。
別の兵士が、少し遅れて言った。
「砦を囮にしてるんじゃない」
誰も返事をしない。
「自分を砦より目立たせて、あれを引き剥がしてるんだ」
今度は誰も笑わなかった。
◇
採石場では、《衝撃》の強さを上げるたびに巨大反応がエイルへ近づいていた。
残り300メートル。
200。
150。
ここまで来ると、地面そのものの揺れが強い。
岩塊の上に積もった砂が落ち、周囲の崖から小石が転がり始める。
エイルは長剣を抜いた。
地中の反応は、これまで戦った20メートル級よりさらに大きい。
身体の全体像までは分からないものの、振動の発生位置が長く、少なくとも30メートル近い範囲が同時に動いている。
「……さすがに大きいな」
それでも不思議と、逃げたいとは思わなかった。
強さが分からない。
名前もない。
何級なのかも知らない。
ただ、砦からは離れた。
ここからなら、多少大きく戦っても誰かを巻き込む心配がない。
それだけで、エイルにとっては十分だった。
巨大反応が採石場の地下へ入る。
その瞬間、《警戒圏》が強く反応した。
現在の振動。
地面の傾き。
地下空洞。
自分の位置。
それらが一瞬で重なり、頭の中へ複数の危険な結果が浮かぶ。
ここに立てば、真下から出る。
左へ走れば崖が崩れる。
後ろへ下がれば、巨大な何かが横から地面を割る。
それらの中で、1ヶ所だけ危険の薄い場所があった。
エイルは迷わず右へ走った。
3秒後。
さっきまで立っていた地面が爆発したように持ち上がった。
巨大な頭部が現れる。
◇
最初に見えたのは、幅4メートル近い平たい頭部だった。
岩を削ることに特化しているのか、その正面には鼻も目も見当たらず、代わりに左右へ広がる4枚の硬質板が重なり、大きな楔のような形を作っている。
頭部の下には円形の口があり、直径だけでも2メートル以上ある。その内側へは何重もの短い歯が螺旋状に並び、中心部には岩や土を砕いたものを吸い込むためと思われる太い管状器官が脈打っていた。
地中から続いて現れた胴体は、巨大な百足と大蜥蜴を混ぜたような輪郭を持っている。
ただし脚は無数にあるわけではない。
前半身に4対、後半身に3対、合計14本の太い脚があり、その先端は爪ではなく幅広い鑿のような形になっていた。
最も目立つのは背中で、丸みを帯びた巨大な甲殻が何枚も瓦のように重なり、その1枚だけでも人間数人が並べるほど大きい。甲殻の隙間には柔らかな組織が見えるものの、その奥を流れる魔力は非常に濃く、体内へ何本もの太い魔力路が走っていることが《魔力感知》にも伝わってくる。
全身が地上へ出たわけではない。
それでも露出した部分だけで20メートルを越えており、後半身はまだ地中へ残っている。
「全部出たら、もっとあるな」
巨大個体はエイルを視覚で見ている様子がなかった。
代わりに、地面へ触れている14本の脚が細かく動き、周囲の振動を探っている。
さっきまで誘導に使っていた《衝撃》。
その発生源を追ってきた。
そして今、最も大きな振動源は。
エイル自身だった。
巨大個体が頭部をこちらへ向ける。
「ちゃんと来たな」
その直後、前脚が地面へ突き刺さった。
攻撃ではない。
掘る。
《警戒圏》へ複数の危険が走る。
エイルは前へ出た。
巨大個体の身体が地面へ沈み始めるより早く、《震圧》をその周囲へ集中する。
複数地点から地面を突き上げるように《衝撃》を放つと、巨大個体の前脚が何本か浮き、潜りかけていた身体が再び地上へ押し戻された。
低い衝撃音が採石場全体へ響く。
巨大個体も反撃するように頭部を地面へ叩き付けた。
岩盤が大きく割れ、エイルの足元まで波のような揺れが届く。
それでも《振動感知》によって揺れの中心が分かっているため、最も強い場所から半歩ずれるだけで姿勢は崩れなかった。
エイルは距離を詰める。
巨大個体の横から前脚が振り上げられた。
幅だけで人間の身体を覆えるほど大きな掘削肢が迫るが、《警戒圏》には振り上げられるより前から軌道が浮いている。
さらに、その先に別の可能性まで薄く見えた。
右へ避けた場合、次の脚が来る。
後ろなら頭部が地面を削って突っ込む。
懐へ入れば、一瞬だけ攻撃が途切れる。
エイルは最後を選んだ。
巨大な脚が頭上を通る。
懐へ滑り込む。
長剣を振り上げ、甲殻と甲殻の間へ叩き込んだ。
硬い抵抗。
それでも刃は入る。
以前の剣なら、この時点で内部の伝導路へ大きな負荷が掛かっていただろう。
今の剣は圧縮魔力を受け止める。
エイルは刃を深く押し込み、《振動感知》を体内へ流した。
大きい。
臓器の位置も、これまでの個体とはかなり違う。
ただ、中心部へ向かう太い魔力路が何本か集まっている場所がある。
「そこまで届けば――」
巨大個体が身体を捻った。
エイルは長剣を抜き、地面へ飛び降りる。
倒す必要はない。
目的はすでに果たしている。
砦から十分離れた。
ここからさらに山側へ追い込めれば、今すぐ戻る可能性も下げられる。
なら、相手の進みたい方向そのものを作ればいい。
◇
エイルは巨大個体から距離を取りながら、《震圧》を地面へ広げた。
ただし攻撃として全周へ放つのではない。
砦へ戻る北東側だけを強く。
南西側は弱く。
巨大個体が嫌う強い振動の壁を片側へ作り、反対側には誘導に使っていた一定周期の《衝撃》を流す。
最初は反応しなかった。
そこで強さを変える。
北東側へ1度、大きく。
巨大個体が身体を反らす。
南西側へ3度、規則的に。
頭部がそちらへ向く。
「やっぱり分かってるな」
エイルはさらに位置を変えた。
自分自身も南西へ移動しながら《衝撃》を使い、巨大個体の感覚へ「そちらに大きな振動源がいる」と思わせる。
やがて巨体が動いた。
砦ではない。
採石場の奥。
さらに山側。
大地を削りながら、ゆっくりとそちらへ進み始める。
エイルも追う。
大きな攻撃はしない。
必要な方向へだけ振動を置き続ける。
巨大個体が別方向へ曲がろうとすれば《震圧》で地面を揺らし、望む方向へ動けば一定周期の《衝撃》を先へ送る。
戦っているというより、巨大な魔物そのものを地形の上で動かしていた。
【《振動感知 Lv.30 → Lv.32》】
【《衝撃 Lv.47 → Lv.49》】
【《震圧 Lv.4 → Lv.7》】
【《魔力操作 Lv.37 → Lv.39》】
【《警戒圏 Lv.6 → Lv.7》】
さらに表示が続く。
【《衝撃》による内部破壊・遠隔射出・移動補助・振動伝播・広域制圧・誘導制御を確認しました】
【《衝撃》の上位化条件が進行しています】
エイルは走りながら表示を見た。
「上位化?」
まだ進化は起きない。
ただ、今までバラバラに増やしてきた使い方が、1つの技能の中で何か別の形へまとまり始めているらしい。
単純に押すだけだった《衝撃》は、もうずっと前から単純な技能ではなくなっている。
敵の内部へ通し。
剣を介して送り。
足元へ使って加速し。
空中で身体を動かし。
離れた敵へ撃ち。
地中へ広げ。
《震圧》として範囲を制圧し。
今は巨大な魔物を戦わずに誘導している。
進化するとしても、不思議ではなかった。
◇
巨大個体を採石場からさらに1キロほど山側へ誘導したところで、エイルは追うのをやめた。
反応は砦から遠ざかり続けている。
ここから先は岩盤が厚く、人の住む場所もない。
少なくとも今夜中に砦へ戻る可能性は低いだろう。
エイルはそこで初めて《震圧》を止め、長剣を鞘へ戻した。
静かになった山の中で、自分が使った《衝撃》の余韻だけが地面から僅かに返ってくる。
「倒さなくても何とかなるんだな」
新しい発見だった。
強くなれば、敵を倒す方法が増える。
そう思っていた。
しかし実際には、できることが増えれば「倒さずに守る方法」まで増えるらしい。
エイルは少しだけそのことを気に入りながら、砦へ戻った。
◇
南門が見えてきた頃には、すでに採石場で起きたことが砦内へ伝わっていた。
地振計によって巨大反応の進路変更が継続して確認されていたためである。
エイルが門を通ると、最初に待っていたのはリヴィアだった。
「反応、山側へ抜けた」
「こっちでも分かったんですね」
「分かったのは機械で追えるようになってから。エイルは、もっと前から全部分かってたんでしょ」
「近かったので」
「もうそれは禁止にしたい」
リヴィアの後ろにはハインとジークもいる。
ジークはしばらくエイルを見たあと、採石場の方向へ視線を向けた。
「戦技席次の連中にも探知に特化した奴はいるが、今のはさすがに聞いたことがない」
「そんなにですか?」
「砦へ来る1キロ先の地下個体を先に見つけて、進路を読んで、地面を鳴らして自分の方へ引き寄せ、そのまま1キロ以上誘導したんだぞ」
ジークはそこで一度言葉を切った。
「しかも、お前は倒してないから大したことをしてないと思ってる顔をしてる」
エイルは少し考える。
「砦が崩れなかったなら、それでいいかなとは思ってます」
「ほらな」
ハインが笑った。
その少し後ろでは、西壁を守っていた兵士たちがこちらを見ていた。
彼らが実際に見たのはエイルの戦闘ではない。
遠くで何度も響いた《衝撃》の音と、砦へ向かっていた巨大な地中反応が、その音を追うように少しずつ方向を変えていく様子だけだった。
それでも十分だったらしい。
「《地鳴り》が向こうへ行ったら、地面の揺れまで一緒に向こうへ行ったんだよな」
「呼び名がそのまますぎる」
「でも、もう他に思いつかん」
そんな会話が聞こえる。
エイルは訂正しなかった。
最近は、もう諦め始めている。
ただ、《地鳴り》という呼び名の意味は、最初に草地を揺らした1度の大技から少しずつ変わり始めていた。
剣を振るうたびに響く低い衝撃。
地中へ通る振動。
離れていても居場所が分かるほど何度も続く重音。
そして今回、砦へ向かっていた巨大な魔物さえ、その地鳴りを追って人のいない山へ消えていった。
本人が意図して広めなくても、その呼び名へ結び付く出来事だけが着実に増えていた。




