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第80話 震圧

 開拓集落から住民160名を退避させた一行は、その日のうちに第3前進砦まで戻ることを諦め、街道沿いに残っていた古い中継所跡を利用して短い休息を取ることになった。


 中継所といっても、現在残っているのは屋根の半分が落ちた石造りの建物と、小さな井戸、それに荷車を止められる程度の平地だけである。それでも周囲を林に囲まれた開拓集落より視界が広く、南東へ続く街道も確認できるため、避難民を一時的に休ませる場所としては悪くなかった。


 住民の多くは朝から動き続けている。


 特に高齢者や小さな子供は疲労が強く、砦まで無理に進ませれば、魔物ではなく移動そのもので動けなくなる者が出る可能性があった。


 ハインたち軍人が周囲へ簡易警戒線を作る間、エイルは中継所の外れに腰を下ろし、新しく覚えた《警戒圏》の感覚を確かめていた。


 今までの《近域感知》は、自分を中心として周囲の動きや魔力を細かく拾う技能だった。


 一方の《警戒圏》は、少し性質が違う。


 自分から全方向を探し続けるのではなく、《危機感知》《振動感知》《魔力感知》《近域感知》から入ってくる大量の情報を薄く繋ぎ、その中で不自然な変化だけを先に浮かび上がらせる。


 誰かが背後から歩いてくる程度では強く反応しない。


 しかし急激に速度を上げたもの、突然こちらへ向きを変えた魔力、地中から近づく振動、隠れていた敵意などがあれば、エイルが1つずつ探していなくても意識の端へ引っ掛かる。


 まだLv.1であるため範囲も精度も十分ではないものの、これまで常時行っていた情報整理を技能側が補助してくれるだけで、感知へ使う集中力は明らかに減っていた。


「これ、育ったら寝てても分かるようになるかもな」


 独り言を漏らしながら、エイルは右肩へ薄く《自己治癒》を流した。


 今日の戦闘で負担を掛けた筋肉も、すでに強い痛みはない。


 意識的に魔力を集中させなくても《自己治癒》が小さな損傷へ反応する時間が増えており、回復技能の方も少しずつ自動化へ近づいている。


 そんな状態でしばらく休んでいた時、《警戒圏》の中に小さな違和感が生まれた。


 敵意ではない。


 振動でもない。


 正確には、まだ危険そのものが起きていない。


 それなのに《危機感知》がごく薄く反応し、同時に街道の北側を歩いていた子供の姿を見た瞬間、エイルの頭へ複数の動きが重なるような感覚が走った。


 子供が井戸へ近づく。


 その直後、地面が沈む。


 近くにいた母親が手を伸ばす。


 間に合わない。


 そこまでが実際に見えたわけではない。


 ただ、「そうなれば危険になる」という感覚だけが、今までの《危機感知》より少し具体的な形で浮かんだ。


 エイルは考えるより先に立ち上がった。


「そこ、少し離れてください」


 井戸の近くにいた親子が振り返る。


「え?」


「地面が少し変です」


 母親が子供の手を引いて離れた数秒後、井戸から5メートルほど離れた場所の土が僅かに沈んだ。


 大きな崩落ではない。


 表面が20センチほど落ち込み、その中央へ細い亀裂が入っただけだった。


 それでも、さっき子供がいた位置とほとんど重なっている。


 近くにいた測量兵が驚いて駆け寄った。


「今の、振動を拾ったのか?」


「いや……」


 エイル自身にも少し分からなかった。


 《振動感知》へ意識を向け直すと、確かに地面の下には小さな空洞があり、その天井部分が弱くなっている。


 ただ、崩れる前にその変化を明確な振動として拾った覚えはない。


「危なそうだと思っただけです」


「崩れる前に?」


「はい」


 測量兵が微妙な顔をする。


 そこへ地図を持ったリヴィアも来た。


「また何か増えた?」


「《警戒圏》は増えましたけど、それとは少し違う気がします」


「どう違うの?」


「今までは危険が近づいたら分かってたんですけど、今のは……まだ起きてないのに、そのまま進んだら危ない感じがしたというか」


 リヴィアはすぐには答えなかった。


「それって、先が分かったってこと?」


「そこまでは見えてないです。何か起きそうだと思っただけで」


「十分変だと思うけど」


 エイルも否定はできなかった。


 今のところは偶然かもしれない。


 ただ、《危機感知》が高くなり、《警戒圏》によって情報を常時整理できるようになったことで、現在の状況から次に起こりそうな危険まで無意識に拾い始めている可能性はある。


 もしそうなら、もっと先では。


 そこで考えるのをやめた。


 まだ使えるとも分かっていない能力を想像しても仕方がない。


     ◇


 休息を終え、一行が再び第3前進砦へ向かって歩き始めたのは、日が傾き始める少し前だった。


 砦まで残り数時間。


 足の遅い住民もいるため、到着は夜になる可能性が高いが、中継所に留まるより軍の防壁がある場所まで進んだ方が安全だという判断だった。


 隊列は長い。


 前方に軍の先導隊。


 中央へ避難民と荷車をまとめ、左右を兵士と冒険者が守る。


 最後尾にも護衛を置き、エイルは固定位置を持たず、隊列全体を見られる中ほどを中心に移動していた。


 《警戒圏》を使い始めてから、こうした大人数の護衛は以前よりかなり楽になっている。


 自分の周囲だけを見る必要がない。


 前方で誰かが急に走れば分かる。


 後方で馬が怯えれば分かる。


 地面の下へ生物が入れば、《振動感知》から《警戒圏》へ異常として流れ込む。


 それでも、2キロ近く離れた巨大反応だけは別だった。


 大きすぎる。


 今も地中深くを動いている。


 しかも進行方向が少しずつ変わっていた。


「……こっちへ寄ってるな」


 エイルが小さく呟いた。


 すぐ近くを歩いていたリヴィアが反応する。


「大きいの?」


「はい。南へ行くと思ってたけど、少し東へ曲がってます」


「こっちの街道?」


「まだ分かりません」


 地図を開く。


 現在地から南東へ進む街道の途中には、乾季になるとほとんど水がなくなる幅広い川跡がある。


 橋はない。


 普段は浅い水と石の間を荷車ごと通れるため、道そのものが川底を横断している。


「このまま進んだら、川跡で重なるかもしれない」


 リヴィアが言った。


 エイルも同じことを考えていた。


 街道を外れて迂回するなら、避難民を連れた状態ではかなり時間が掛かる。


 しかし巨大反応が本当に川跡へ向かっていると決まったわけではない。


 ハインへ状況を伝えると、隊列の速度を少し上げながら、川跡へ到着する前にもう1度判断することになった。


 ところが、その判断を待つ必要はなかった。


 さらに30分ほど進んだところで、《警戒圏》が一気に強く反応した。


 同時に《振動感知》へ大量の細かな反応が流れ込む。


「止まってください!」


 エイルが声を上げると、すでに何度も探知の正確さを見ている兵士たちは理由を聞くより先に隊列を止めた。


 ハインがすぐこちらへ来る。


「どこだ?」


「前です。川跡の周りにかなりいる」


「昨日の地中種か?」


「多分。でも数が……」


 エイルは感知を集中した。


 100では済まない。


 地中。


 川底。


 両岸。


 細かい反応が複雑に重なっている。


「200以上いると思います」


 周囲の空気が変わった。


 しかし、それだけでは終わらない。


 その中央付近へ、例の巨大反応が近づいている。


「大きいのも来てます。今までで1番近い」


「迂回する」


 ハインが即座に決断した。


 正しい。


 避難民160名を抱えた状態で、正体不明の群れへ突っ込む理由はない。


 ただ、リヴィアが地図を見る。


「ここから西へ外れると、崖沿いを戻って4時間以上掛かる。東は湿地に入るから荷車が通れない」


「それでも戦うよりはましだ」


「問題は時間です」


 エイルが言った。


 巨大反応の速度が上がった。


 しかも他の小型反応まで、一斉にこちらへ向きを変えている。


 何かに気づかれた。


「もう来てます。迂回を始めても追いつかれます」


 ハインの表情が厳しくなる。


「距離は?」


「小さいのは700メートルくらい。大きいのはもっと後ろですけど、かなり速い」


 住民を走らせることはできない。


 なら迎撃しかない。


     ◇


 川跡へ着いた時には、すでに向こう岸の地面が何度も隆起していた。


 乾いた川床は幅100メートル以上あり、中央部には浅い水が細く流れているだけで、ほとんどが丸石と砂で埋まっている。


 その反対側。


 地面から小型地中種が次々に現れ始めていた。


 以前見た個体と同じ系統ではあるが、この辺りのものは少し違う。


 全長は2メートル前後で、6本ある脚が他地域の個体より長く、地上へ出ると胴体を高く持ち上げて走る。背中の硬質板も大きく、中央へ向かうほど棘のように尖っているため、横から見れば細長い獣の背へ鋸状の突起を並べたような姿だった。


 頭部には目がない代わりに、口の周囲から細長い感覚器官が束になって伸び、それらを地面や空気へ向けながら獲物の振動を探している。


 さらに群れの中には、身体の太い4メートル級も混じっている。


 こちらは前脚が極端に発達し、地面へ突き立てるたび石が跳ねるほど強い。


 数が多い。


 左右にも広がっている。


 今までのように1体ずつ倒していては、どこかが抜ける。


 エイルはそれを見た瞬間、以前から感じていた自分の不足をはっきり理解した。


 単体なら強い。


 大型でも倒せる。


 数十体程度なら、感知しながら動けば対応できる。


 しかし200体以上を同時に止めるなら、剣と単発の《衝撃》だけでは効率が悪すぎる。


「全員、川のこっち側で待機! 盾持ちは前へ出るな!」


 ハインが兵を並べようとする。


 エイルは川床を見る。


 広い。


 人間はまだこちら側。


 敵は向こうから来る。


 間には100メートル近い何もない空間がある。


 ここなら。


「ハインさん」


「何だ?」


「川床には誰も入れないでください」


「お前は?」


「少し試したいことがあります」


 ハインは嫌な予感がした顔をした。


「その言い方、本当に嫌なんだが」


「今までみたいに1体ずつ倒すより、多分こっちの方が速いです」


「何をする?」


「《衝撃》を広げます」


 今までも地面へ広げたことはある。


 ただし、それは足場を崩して転ばせるためのものだった。


 今回は違う。


 ただ揺らすだけでは足りない。


 範囲の中にいる敵そのものへ、同時に力を通す。


 エイルは川床へ下りた。


 背後には軍と避難民がいる。


 前方では、数百の魔物が走り始めている。


 耳障りな鳴き声ではなかった。


 細い脚が大量の石を蹴り、硬質板が互いに擦れ、そのすべてが重なって川底全体をざらついた音で満たしている。


 エイルは長剣を地面へ突き立てた。


 《振動感知》を広げる。


 川底は都合がいい。


 砂だけではない。


 無数の石が接触し、その下には硬い岩盤が続いているため、《衝撃》を伝える経路を作りやすい。


 これまでなら1ヶ所へ魔力を入れ、その地点から波を広げていた。


 今回は途中で分ける。


 10ヶ所。


 20ヶ所。


 もっと。


 地面を伝わる自分の魔力を《魔力操作》で分岐させ、《魔力圧縮》によってそれぞれの密度を落とさないよう維持する。


 難しい。


 1本なら簡単だった魔力路が、数十へ増えた瞬間に互いへ干渉し始める。


 それでも、《警戒圏》によって周囲の敵を自分で1体ずつ追う必要がなくなっている。


 その分だけ、制御へ集中できる。


「……まだ足りない」


 独り言を漏らし、さらに広げる。


 魔物の先頭が残り50メートル。


 30メートル。


 20メートル。


 背後の兵士たちは、エイルが何をしているのか分からない。


 ただ、誰も川床へ入らなかった。


 これまで何度も、エイルの言葉が敵の出現より先に正しかったことを見てきたからだ。


 先頭の魔物が10メートルまで迫る。


 そこでエイルは長剣の柄を握り直した。


「ここから先は、通さない」


 圧縮した魔力を解放する。


 最初に鳴ったのは、1つの大きな爆音ではなかった。


 川床の数十ヶ所から、ほぼ同時に低い衝撃音が重なった。


 岩盤を通った振動が丸石を持ち上げ、前方一帯の地面が一瞬だけ浮き上がる。


 そこへ第2波。


 第3波。


 今度は単純な地面の揺れではなく、それぞれの地点から放たれた《衝撃》が範囲内で重なり、走っていた小型種の腹部や脚へ別方向から同時に力を叩き込んだ。


 先頭の数十体がまとめて崩れた。


 その後ろも止まらない。


 しかし次の瞬間、別の場所で衝撃が起こり、そこへ踏み込んだ個体が横へ弾かれる。


 さらに奥でも低音が続く。


 まるで川床全体がエイルの攻撃範囲へ変わったように、魔物が進む場所だけを選んで何度も衝撃が噴き上がる。


 1体を狙わない。


 地面を通った魔力へ入ってきた振動を拾い、その地点へ反射的に《衝撃》を返す。


 《振動感知》と《衝撃》を繋げる。


 踏み込んだ。


 そこへ撃つ。


 別の場所へ移った。


 そこへ次を重ねる。


 エイル自身が剣を振っていないのに、前方数十メートルの魔物が次々に足を失い、身体を弾かれ、内側から衝撃を受けて倒れていく。


 背後で誰かが声を失った。


「……何だ、あれ」


 兵士の呟きへ答えられる者はいなかった。


     ◇


【《衝撃 Lv.42 → Lv.44》】


【《振動感知 Lv.26 → Lv.28》】


【《魔力操作 Lv.33 → Lv.35》】


【《魔力圧縮 Lv.31 → Lv.33》】


【広範囲における複数衝撃点の並列制御を確認しました】


 表示が続く。


【技能《震圧 Lv.1》を獲得しました】


 新しい技能が成立した瞬間、それまで手作業で分けていた魔力路が少しだけ安定した。


 《震圧》。


 自分を中心に単純な爆発を起こす技能ではない。


 地面や物体へ通した《衝撃》を複数地点へ分岐させ、一定範囲を連続して制圧する。


 今の段階では地面のように振動を伝えられる媒体が必要で、敵味方が入り混じった場所では危険すぎて使えない。


 しかし、今のように自分の前方すべてが敵なら話は別だった。


 エイルは長剣を地面から抜いた。


 もう剣を刺し続けなくても、一度作った範囲の感覚が残っている。


 右足を踏み込む。


 その衝撃へ魔力を重ねる。


 前方20メートルで3ヶ所が鳴った。


 さらに歩く。


 次の範囲へ繋げる。


 魔物の群れが、エイルへ近づくほど崩れていく。


 兵士たちが戦う必要すらない。


 200を越えていた反応が、急速に減っていった。


 その時、《警戒圏》が今までで最も強く反応した。


 危険は正面。


 しかし、まだ見えていない。


 エイルの意識へ、奇妙な感覚が再び走る。


 このまま前へ進めば、右側から何かが出る。


 左へ避ければ、後ろへ攻撃が抜ける。


 なら、その前に止める。


 確定した未来を見たわけではない。


 ただ複数の危険な流れが一瞬だけ重なり、その中で最も悪いものだけが鮮明になった。


 エイルは理由を考えず、川床の右側へ《震圧》を集中した。


 直後。


 地面が大きく割れた。


 巨大な頭部が川底から現れる。


     ◇


 これまで見た地中種とは、明らかに体格が違った。


 地上へ現れた頭部だけで高さが4メートル近くあり、その後ろから引き出される胴体は横幅も広い。


 全身が出れば20メートル近くあるかもしれない。


 基本的な形は同じ6脚種に見えるものの、頭部は細長くなく、岩を潰したように低く平たい。正面には目の代わりに小さな穴が横一列へ並び、その下では円形に近い巨大な口が開閉している。


 口の縁には短く太い歯が何重にも生え、内側にはさらに4枚の硬質板があり、閉じると獲物を噛むというより中央へ押し潰す構造になっていた。


 前脚は左右に2本ずつ、合計4本が特に大きい。


 それぞれの先端が幅広い刃のように平たく、地面へ振り下ろされるたびに岩が削られる。


 後ろの2脚は移動用らしく太さは劣るものの、それでも人間の胴より太い。


 背面にはこれまでの板状甲殻とは違い、何枚もの岩盤を直接貼り付けたような厚い殻が重なり、その隙間から淡い魔力が漏れていた。


「あれか」


 ずっと地中で感じていた巨大反応。


 少なくとも、その1つだった。


 巨大個体が頭部を持ち上げる。


 小さな穴が一斉にエイルへ向く。


 視覚ではない。


 振動を捉えている。


 なら、人が大量にいる後方も分かっている可能性が高い。


 巨大個体が川床へ前脚を叩き込んだ。


 地面が大きく揺れる。


 今度はこちらが地鳴りを受ける側だった。


 川底の石が跳ね、背後の避難民から悲鳴が上がる。


 しかし、エイルの《警戒圏》には次の危険がすでに浮かんでいた。


 もう1度同じことをする。


 次はさらに強い。


 それを受ければ後ろの隊列まで崩れる。


「なら、先に止めればいい」


 エイルは長剣を構えた。


 巨大個体が前脚を持ち上げる。


 その足元へ《震圧》を集中する。


 広げない。


 複数の衝撃点を、同じ場所へ重ねる。


 1つ目。


 2つ目。


 3つ目。


 前脚が地面へ届くより先に、足元の岩盤が下から連続して突き上げられた。


 巨体が傾く。


 そこへエイルが走る。


 小型種はまだ周囲に残っているが、《震圧》の範囲へ入った個体は走り出す前に崩れるため、今は足を止める理由にならない。


 巨大個体までの距離が縮まる。


 前脚が横薙ぎに来る。


 《警戒圏》の中で、複数の危険な軌道が一瞬だけ浮かぶ。


 後ろへ避ければ次の脚が来る。


 左なら顎。


 右側の内側だけが薄い。


 エイルはそこへ入った。


 自分でも、なぜそこが最も安全だと分かったのか完全には説明できない。


 ただ身体は迷わなかった。


 巨大な前脚が背後を通り過ぎる。


 その下から懐へ入り、《高密度強化》を両脚から体幹、肩、腕へ流しながら、甲殻の境目へ長剣を叩き込んだ。


 硬い。


 今までの個体より明らかに厚い。


 それでも新しい長剣は止まらない。


 圧縮した魔力を刀身へ流し、刃をさらに沈める。


 《振動感知》が内部へ入る。


 骨。


 筋肉。


 大きな空洞。


 その奥に、強く脈打つ魔力器官。


「見つけた」


 エイルは剣を抜かず、《衝撃》を通した。


 低く重い音が巨体の内側から響く。


 巨大個体が暴れる。


 それでもエイルは剣から手を離さず、2度目を重ねる。


 さらに《震圧》を地面から腹部の真下へ集中させた。


 外と内。


 両側から。


 同時に衝撃を入れる。


 巨体の腹部が持ち上がった。


 前脚が空を掻く。


 そこへ3度目の内部衝撃を叩き込むと、巨大個体の身体が大きく痙攣し、そのまま川底へ横倒しになった。


 倒れた衝撃で大量の丸石が跳ね、水面が大きく揺れる。


 しかしエイルはすでに後方を見ていた。


 避難民は無事。


 兵士も崩れていない。


 小型種の残りも《震圧》の範囲から外へ逃げ始めている。


 追わなくていい。


 守れたなら、それで十分だった。


     ◇


 川床を渡り終えた頃には、日はかなり低くなっていた。


 住民160名に新しい負傷者はいない。


 軍側にも大きな被害はなく、直接戦闘へ参加したのは結局エイルがほとんどだった。


 ハインは川の向こうに倒れている巨大個体を眺めたあと、エイルへ視線を戻す。


「お前、さっき何体相手にしてた?」


「分かりません。200よりは多かったと思います」


「それを聞いてるんじゃなくて……いや、もういい」


 途中で諦めた。


 測量兵の方はさらに別のところを気にしていた。


「範囲攻撃まで増えたのか?」


「今覚えました」


「今?」


「まとめて《衝撃》を使ってたら《震圧》って技能になりました」


 兵士が両手で顔を覆った。


「何で現地で必要になった技能をその場で覚えるんだよ……」


「僕に言われても」


 リヴィアは少し離れた場所から川床を眺めていた。


 エイルが《震圧》を使った範囲には、何本もの細い亀裂と陥没が残り、その中に大量の魔物が倒れている。


「これが《地鳴り》って呼ばれてる人に範囲攻撃を持たせた結果か」


「名前と技能は関係ないですよ」


「今後はもっと関係あるように聞こえると思う」


 否定しにくい。


 その時、エイルの視界へ新しい表示が浮かんだ。


【Lv.56 → Lv.60】


【《衝撃 Lv.44 → Lv.46》】


【《震圧 Lv.1 → Lv.4》】


【《振動感知 Lv.28 → Lv.30》】


【《魔力操作 Lv.35 → Lv.37》】


【《魔力圧縮 Lv.33 → Lv.35》】


【《警戒圏 Lv.1 → Lv.3》】


 さらに、少し遅れてもう1つ。


【危険発生前の複数軌道予測を確認しました】


【関連技能の成長により、派生条件が進行します】


 技能名は出ない。


 まだ何かを得たわけでもない。


 それでもエイルは、巨大個体の攻撃を避けた時に感じたものを思い出した。


 右へ行けば危ない。


 左も危ない。


 その中で、1ヶ所だけ通れる場所が分かった。


 未来が見えたわけではない。


 今ある情報から、その少し先に起こり得る結果を拾っただけなのかもしれない。


「……面白いな」


「今度は何?」


 リヴィアが警戒した顔で尋ねる。


「まだ何でもないです」


「その言い方、最近かなり信用できない」


 エイルは少し笑った。


 範囲をまとめて制圧する《震圧》。


 そして、まだ形になっていない新しい感覚。


 地中深くには巨大反応があと2つ残っている。


 西境の空白へ入ってから、強くなる速度はさらに上がっていた。


 ただ本人にとっては、それ以上に、できることがまた増えたことの方が面白かった。


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