第79話 地底の脈動
第7前進観測所から回収した記録を抱えた一行は、その日のうちに第3前進砦へ戻ることを諦め、軍用路から南へ少し外れた岩棚で夜を越した。
地中を移動する未知種が増えている状況では、目で周囲を見張るだけでは十分ではないため、兵士と冒険者が交代で警戒を続ける一方、エイルも眠る直前まで《振動感知》を薄く地面へ流し、夜中に目を覚ますたび、周囲の地層を移動する反応が増えていないかを確かめてから再び身体を休めていた。
朝まで大規模な襲撃はなかったものの、それで状況が良くなったわけではない。
夜の間にリヴィアと測量兵たちが観測所から回収した金属記録板を整理した結果、この一帯で起きている地中振動は少なくとも3か月前から段階的に強まっており、最初は1日に数回だった小さな揺れが、1か月前には数時間おきへ変わり、直近10日では互いに重なるほど短い間隔で記録されるようになっていた。
「しかも、振動源が1ヶ所じゃない」
朝食を終えたあと、岩の上へ地図を広げたリヴィアは、記録板から転記した複数の印を指で結びながら、昨夜判明した内容をハインたちへ説明していた。
「最初は観測所の北西にあるこの辺りが中心だったけど、約20日前から南側でも似た振動が増えてる。昨日私たちが通った軍用路の下も、すでに活動範囲へ入ってると考えた方がいい」
「地中種が巣を広げているということか?」
ハインが尋ねると、リヴィアはすぐには頷かなかった。
「それなら説明しやすいけど、記録されてる振幅が大きすぎる時がある。昨日見た12メートル級が地中を進んでも、たぶんここまでは出ない」
「もっと大きい個体がいる?」
「それもあり得る」
エイルは少し離れた場所で話を聞きながら、昨夜から何度か気になっていた反応へもう1度意識を向けた。
足元から《振動感知》を流し、地表近くを動く小さな振動を拾ったあと、その下にある硬い岩盤へ魔力を薄く沿わせる。
浅い層には細い空洞が無数にあり、昨日まで戦った小型地中種が掘ったと思われる通路も多い。
さらに深いところへ感覚を伸ばしていくと、いくつかの通路が途中から1本の大きな空間へ合流しており、その向こう側に、昨日からほとんど位置を変えていない大きな反応が残っている。
ただ、その反応だけを見ていると分かりにくいものがあった。
周囲で別の振動が多すぎる。
エイルは一度目を閉じ、《魔力感知》まで地中へ重ねた。
振動では動きを探し、魔力では生物らしい反応を分ける。
同時に《近域感知》を身体の周囲へ残し、目を閉じたままでも近くの兵士やリヴィアの動きが分かる状態を維持する。
少しずつ情報が分かれた。
「……大きいの、1体じゃないな」
思わず漏れた言葉に、地図を囲んでいた全員がこちらを見る。
「何がですか?」
リヴィアが尋ねる。
エイルは目を開けた。
「昨日、観測所の下に大きい反応があるって言いましたよね。あれとは別に、もっと南にも2つあります」
ハインの表情が変わる。
「今分かったのか?」
「昨日も何かある感じはしてたんですけど、小さいのが多くて分けられませんでした。今なら、北西に1つ、ここから南西に1つ、さらに南へかなり離れたところにもう1つあります」
「距離は?」
「北西のは1キロもないと思います。南西は……2キロくらい。南のはもっと遠いです」
沈黙が落ちた。
エイルは何かおかしなことを言ったかと思い、地図の上へ視線を戻した。
「正確じゃないですよ。地面の状態でも変わるので」
「いや、そこじゃない」
ハインが額へ手を当てる。
隣にいた軍の測量兵も、エイルと地図を交互に見ている。
「2キロ先の地下反応って、どうやって分かるんだ?」
「深いところの大きい振動なら、地面を伝ってくるので」
「それを生き物だと分けてる?」
「魔力も一緒に見てます」
測量兵の顔がさらに引きつった。
「同時に?」
「はい」
リヴィアはしばらく黙っていたが、やがて自分の荷物から円筒形の測量器を取り出した。
「少し試していい?」
「何をですか?」
「今エイルが言った南西の反応。軍の地振計で拾えるか確認したい」
「いいですよ」
地面へ3本の金属脚を刺し、中央の感応石を固定する。
軍が地中振動を調べるために使う器具で、観測所に置かれていた大型装置ほど精密ではないものの、通常の人間には感じ取れない微振動まで増幅して針へ表示できるらしい。
測量兵2人も手伝い、周囲の歩行を止めてから計測を始める。
針はしばらく小さく揺れていた。
風による木々の振動。
遠くを歩く動物。
地面へ座る兵士の動き。
そうした細かな揺れを測量兵が1つずつ除外していく。
5分ほど経ったところで、ようやく針が僅かに大きく動いた。
「来た」
測量兵が記録紙へ印を付ける。
さらに待つ。
約40秒後、もう1度。
リヴィアが針と方位盤を確認したあと、ゆっくりエイルを見る。
「南西側から周期振動。距離は機材だけじゃ出せないけど、方向は合ってる」
「じゃあ、さっきのですよね」
「たぶん」
リヴィアはそこで言葉を切り、今度は少し呆れたように続けた。
「この機械、地面へ固定して周囲を静かにして、3人で5分見てやっと拾ったんだけど」
「僕はずっと地面に触ってるようなものなので」
「歩きながらでしょ?」
「歩いてても分かります」
「剣を振ってても?」
「近いものなら」
「人と話しながらでも?」
「薄くなら」
質問が続くたび、周囲の軍人たちの顔がおかしくなっていく。
昨日までエイルの戦闘力について驚いていた者たちも、探知の方は「少し感覚が鋭い」程度に思っていたらしい。
実際には、エイル自身が戦闘中に当たり前のように使いすぎていたため、周囲からは何をどこまで捉えているのか分かりにくかった。
「お前、それ戦闘能力より軍が欲しがる奴だぞ」
ハインが言った。
「そうなんですか?」
「地中の敵を2キロ先から拾えて、近づけば正確な位置まで分かって、さらに地上の敵も同時に見られる斥候が何人いると思う?」
「分かりません」
「俺も知らん。少なくとも会ったことはない」
ハインが即答すると、測量兵たちも揃って頷いた。
リヴィアだけは少し考えたあと、エイルの腰にある地図筒を見ながら小さく笑う。
「地図好きが変な方向に育ったね」
「役に立つならいいと思います」
「役に立ちすぎるって話をしてる」
◇
探知できた3つの大型反応の位置を地図へ書き込んだことで、帰路は当初の予定から少し変更された。
最短距離で第3前進砦へ向かうと南西の反応へ近づきすぎる可能性があるため、東へ迂回して比較的硬い岩盤の上を通る道へ移る。
問題は、その道が例の開拓集落へ通じていることだった。
バルガス中佐が話していた約160人の集落である。
「南西の大きい反応、どっちへ動いてるか分かる?」
歩き始めてから1時間ほど経った頃、リヴィアが尋ねた。
「少しずつ南です」
「速さは?」
「かなり遅いです。止まってる時間の方が長い」
「集落方面だな」
地図を見ると、その進行方向の先に開拓集落がある。
まだ距離はある。
ただ、地中を移動する個体がどこで加速するのか分からない。
さらに厄介なのは、大型反応の周囲に多数の小さな振動が集まり始めていることだった。
「小さいのも一緒に動いてる?」
「増えてます。さっきよりかなり」
ハインはその時点で速度を上げる判断をした。
集落へ先に着けるなら、避難準備だけでも進められる。
昼休憩を短くし、隊列は東回りの道を急いだ。
しかし午後に入って間もなく、前方から1人の騎馬兵が現れた。
馬は泡を吹き、騎手の軍装も泥だらけになっている。
昨日、第3前進砦から開拓集落へ送られた伝令だった。
「第4小隊か!」
騎馬兵はハインを見つけると、馬から降りるより先に叫んだ。
「集落南側で地割れが発生! 今朝から家畜が逃げ始め、昼前には地中から小型個体が出た! 住民の避難を始めてるが、街道側にも穴が増えてる!」
「負傷者は?」
「今のところ3名、死者なし! ただ、村長が全員の退避には最低でも1時間必要だと!」
エイルは話を聞きながら、地中の反応へ集中した。
南西にいた巨大反応。
さっきまで遅かった。
今は違う。
「速度が上がった」
ハインとリヴィアが同時にこちらを見る。
「どれくらい?」
「かなり速いです。小さいのも一緒に来てる」
「集落まで?」
エイルは地図を見る。
距離を正確に測る時間はない。
ただ、振動が少しずつ強くなっている。
「このままだと、1時間より先に着くと思います」
伝令の顔から血の気が引いた。
ハインは即座に命令を出し、荷物の一部をその場へ残して集落へ急行することを決めた。
◇
開拓集落へ到着した時、すでに住民たちは南東の街道へ向かって移動を始めていた。
集落は低い木柵で囲まれ、内部には30棟ほどの木造家屋と共同倉庫、家畜小屋、小さな診療所がある。
急な避難命令だったこともあり、人々は最低限の荷物しか持っていなかった。
子供を抱く者。
老人の手を引く者。
荷車へ怪我人や水を積み込む者。
軍人の指示を聞きながらも、周囲では不安そうな声が絶えない。
エイルたちが到着すると、先に派遣されていた兵士たちがすぐハインの指揮下へ入った。
「現在124名が街道へ出ています! 残りは西側区画と家畜小屋周辺です!」
「家畜は捨てろ! 人を先に出せ!」
ハインが指示を飛ばす。
エイルは集落中央へ立ち、周囲の感知を広げた。
地上には住民と兵士が大量にいる。
その足音と荷車の振動が重なり、《振動感知》だけなら地下の情報を拾いにくい。
だから《魔力感知》を重ねる。
人間の魔力。
家畜。
地中種。
大きな反応。
それぞれを分ける。
「北西から小型が来ます。今は30くらい、その後ろにも増えてます」
近くの兵士が驚いて振り返る。
地面にはまだ何も見えない。
「どこだ?」
エイルが位置を示す。
「柵の外、あの大きい木の辺りから北へ広がってます。あと西側にも10以上」
ハインは迷わず兵を配置した。
エイルが言った地点から距離を取って槍兵を並べ、住民の避難路を南東側だけへ絞る。
「大きいのは?」
リヴィアが聞く。
「まだ遠いけど来てます」
「何分?」
「……15分もないかもしれない」
その言葉を聞いた周囲の軍人が動きを速めた。
まだ住民は30人以上残っている。
足の悪い老人。
寝たきりに近い怪我人。
小さな子供たち。
普通に歩かせるだけでも時間が掛かる。
その時だった。
エイルが指した北西の地面が膨らんだ。
兵士たちが息を呑む。
直後、地面を突き破って小型地中種が飛び出した。
「本当に来た……」
誰かの声が漏れる。
1体だけではない。
その後ろから次々に現れる。
ただ、兵士たちはすでに槍を構えていた。
最初の数体を正面から迎撃する。
エイルはそこへ入らず、別方向を見た。
「西、8秒くらいで来ます!」
西側の兵士が一斉に向きを変える。
「8秒?」
誰かが聞き返す。
7秒ほど経ったところで土が割れ、今度は柵のすぐ外から6脚の影が飛び出した。
「……冗談だろ」
兵士の呟きが聞こえる。
エイルはすでに次を探していた。
「診療所の裏にも来る。3体です!」
そこにはまだ老人を運ぶ2人の住民がいた。
兵士が間に合わない。
エイルは走った。
地面が盛り上がる。
最初の個体が顔を出すより早く、エイルは足元へ《衝撃》を流した。
低い音が地中を走り、出ようとしていた3体の軌道そのものがずれる。
土を破って現れた1体は身体を横倒しにしながら飛び出し、その隙にエイルの長剣が首元へ入る。
内部へ《衝撃》を通すと、周囲の地面まで鈍く震えた。
残る2体も位置は分かっている。
1体へ剣を入れながら、もう1体が地面から出る場所へ左手を向け、圧縮した《衝撃》を先に放つ。
地面が膨らんだ直後、その内側から重い音が響き、魔物は半身だけを地上へ出したところで動きを止めた。
「その人たちを街道へ!」
エイルが声を掛けると、近くにいた兵士が老人を背負い、住民2人と一緒に走り出した。
◇
それから数分間、集落の至る場所で地面が割れた。
しかし被害はほとんど出なかった。
理由は単純だった。
地面が割れるより先に、エイルが全部知らせたからだ。
「倉庫の右、12メートル先に2体来ます!」
兵士が移動する。
その地点から魔物が出る。
「北柵の中央は下がってください。下に大きいのがいます!」
兵士が退く。
数秒後、柵ごと地面が沈む。
「街道側は今のところいません。避難はそのまま進めてください!」
地中にいる魔物はまだ姿を見せていない。
それでもエイルの言葉を聞いた軍人たちは、もはや疑わず動くようになっていた。
リヴィアも途中から地図へ印を付けることを諦め、避難する住民の誘導へ回っている。
その横を走り抜けた時、彼女が思わず声を上げた。
「エイル、今いくつ見てるの?」
「近いのだけなら40くらいです!」
「40体を同時に?」
「地中だから動きが分かりやすいです!」
「普通は地中にいる時点で何も分からないの!」
返事をする余裕はなかった。
今度は北側から大型が2体近づいている。
さらに遠く。
巨大反応も止まらない。
避難済みは151人。
残り9人。
リヴィアが数えている。
最後に残っているのは、西端の家屋から運び出している負傷者たちだった。
そこへ、最大の危険が重なった。
「西側、全員離れて!」
エイルが今までより大きな声を出した。
兵士たちが反射的に下がる。
住民を運んでいた4人だけがまだ近い。
エイルは迷わずその間へ入った。
直後、西側の地面が大きく隆起する。
今までの小型とは違う。
土が数メートルの高さまで持ち上がり、家屋の一角が根元から傾いた。
その下から現れたのは、全長10メートル近い大型地中種だった。
前半身が太く、背中には何層もの甲殻が重なり、頭部の半分ほどを占める口が左右へ大きく開いている。口の内側には短い歯が輪状に並び、そのさらに奥に灰色の液体を溜める筒状の器官が見えた。
大型個体が地上へ出た瞬間、頭部を避難中の住民へ向ける。
エイルが前へ出た。
背後にはまだ人がいる。
避ける選択肢はない。
大型個体の口から灰色の液体が放たれるより先に、エイルは長剣を地面へ突き立て、《魔力圧縮》で狭くまとめた《衝撃》を地下から真上へ叩き込んだ。
大型個体の前半身が跳ねた。
狙いが上へ逸れ、吐き出された液体が人のいない家屋の屋根を掠めて飛んでいく。
エイルはすでに長剣を抜いていた。
《高密度強化》を脚へ集め、跳ね上がった巨大個体の懐へ一気に入る。
太い前脚が落ちてくるものの、エイルは踏み込みの方向を僅かに変えて軌道の内側へ潜り込み、そのまま甲殻の薄い首下へ黒銀の刃を深く押し込んだ。
そこで《振動感知》を通し、内部の魔力器官の位置を拾う。
圧縮した《衝撃》を刀身から送り込むと、大型個体の身体が内側から揺れ、周囲へ腹の底へ響くような重い音が広がった。
まだ倒れない。
エイルは剣を抜かず、さらに一段魔力を圧縮した。
今度の衝撃は先ほどより深く入り、地面と家屋の窓まで同時に震わせるほどの低音を残して、大型個体の前脚から力を奪った。
巨体が横へ倒れる。
その向こうでは、住民を運んでいた兵士たちが街道へ走り始めていた。
「全員出た!」
リヴィアの声が響く。
エイルは大型個体から剣を抜きながら、集落全体へ感知を広げた。
人間の反応はもう残っていない。
軍人も撤退を始めている。
そこでようやく、エイルは自分が守っていた位置から後ろへ下がった。
◇
南東街道へ住民全員を送り出したあと、ハインは兵士たちを段階的に後退させた。
小型地中種はまだ集落周辺へ出続けている。
しかし住民さえいなければ、無理にすべてを倒す必要はない。
最後尾へ回ったエイルは、追ってくる個体だけを《衝撃》で止めながら、少しずつ集落から距離を取った。
低い衝撃音が1度鳴るたびに、小型種が地面へ崩れる。
別方向から地中を進んでくる個体がいれば、姿を現す前に足元へ衝撃を送り、進路そのものを外へずらす。
それが何度も続くうち、避難している住民たちまで後方から響く音の意味を理解し始めていた。
「あの音がしてる間は、追ってこない」
荷車へ乗せられた老人が言った。
近くを歩く兵士が答える。
「後ろでA級が止めてる」
「1人で?」
「……ああ」
その言葉を聞いた住民が振り返ろうとしたが、兵士は前を向くよう促した。
見る必要はない。
聞こえている。
道の遥か後方で、何度も大地が低く鳴っている。
そのたびに追手の気配が遠ざかっていく。
◇
集落から1キロ以上離れたところで、ようやく完全な人数確認が行われた。
住民160名。
軍関係者。
エイルたち測量護衛隊。
全員がいる。
最初に小型種へ襲われた3名の負傷者を除けば、新しい重傷者も出ていない。
「全員避難完了」
ハインが確認すると、張りつめていた空気が一気に緩んだ。
エイルはその場へ座り込むこともなく、少し離れた地面へ片膝をついていた。
《振動感知》をまだ切っていない。
「エイル?」
リヴィアが近づく。
「まだ何かいる?」
「集落の方にはかなりいます。でも追ってきてないです」
「大きい反応は?」
エイルは少しだけ表情を変えた。
「まだ動いてる」
「さっき倒したやつじゃなくて?」
「違います。もっと深い方です」
リヴィアが地図を開く。
「方向は?」
「集落の真下を通らず、少し北側へずれてます。ただ……さっきより近い」
周囲にいた軍人たちも集まってくる。
その中の1人が、恐る恐る尋ねた。
「それ、今ここから分かってるのか?」
「はい」
「集落、もう1キロ以上後ろだぞ」
「大きいので分かりやすいです」
「だから、その『分かりやすい』がおかしいんだって……」
昨日から何度目か分からない反応だった。
リヴィアは地図を閉じると、少し真面目な顔でエイルを見る。
「今日、私たちが先に地中種の位置を見つけられたこと、1回もなかった」
「僕の方が地中を見る技能に向いてるだけですよ」
「軍の地振計より早くて、専門の測量兵より遠くが分かって、40体以上を同時に追いながら人の位置まで見失わないのは、『向いてる』では済まないと思う」
エイルは返答に困った。
自分にとっては、少しずつ育ててきた技能を重ねているだけだった。
しかし周囲から見ると、その結果はすでに別のものに見え始めている。
「今日、エイルがいなかったら」
リヴィアが避難している住民たちを見る。
「地中から出てくる場所が分からないまま、160人を動かしてた。何人助からなかったか分からないよ」
エイルも同じ方向を見る。
子供を抱く母親。
足を引きずる老人。
荷車へ乗せられた負傷者。
兵士から水を受け取る住民たち。
全員がそこにいる。
「なら、役に立ってよかったです」
エイルはそれだけ答えた。
リヴィアは一瞬だけ黙ったあと、少し困ったように笑った。
「そういう答えになると思った」
◇
休憩を終える直前、エイルの視界へいくつかの表示が浮かんだ。
【《振動感知 Lv.22 → Lv.26》】
【《魔力感知 Lv.22 → Lv.25》】
【《近域感知 Lv.27 → Lv.30》】
【《危機感知 Lv.25 → Lv.27》】
【複数感知技能の常時並列運用が一定領域へ到達しました】
【《近域感知》の派生条件を確認しました】
続いて、新しい表示が現れる。
【技能《警戒圏 Lv.1》を獲得しました】
エイルは少し目を細めた。
意識して使ってみると、《近域感知》より広い範囲へ何かを探しにいく技能ではないらしい。
自分を中心に一定範囲を常時監視し、その中へ入ってきた異常な動き、敵意、急激な魔力変化、地面や空気の不自然な揺れを、複数の感知技能から自動的に拾い上げる。
今まで自分で行っていた情報の選別を、技能側が少し肩代わりしている。
「……これなら、もっと楽に見られるな」
「何か増えた?」
すぐリヴィアに気づかれた。
「探知系の技能が1つ」
「これ以上?」
「多分、今まで使ってたのがまとまった感じです」
リヴィアは数秒何も言わなかった。
「軍には黙っておいた方がいいかもしれない」
「何でですか?」
「本気で欲しがる人が出そうだから」
冗談なのか本気なのか分かりにくい口調だったが、近くにいたハインは否定しなかった。
エイルはそれより、新しく生まれた《警戒圏》を試しながら歩き始める。
地中深くには、まだ正体の分からない巨大な何かが動いている。
開拓集落を襲った魔物たちも、本当にそれと繋がっているのかは分からない。
ただ、以前より遥かに多くのものが見えるようになっていた。
そして今日、160人を避難させる間に誰1人として地中からの奇襲を受けなかったという事実が、エイル自身より先に、周囲の人間へその異常さを理解させ始めていた。




