第76話 崩れない一線
旧測量路で100体近い大型魔物の群れを退けた翌日、エイルたちは第2基準標の再設置を終え、そのまま北西へ伸びる古い道を辿って第3基準標を目指していた。
昨日の戦闘痕はかなり後方へ離れたはずなのに、昼を過ぎた頃になっても《振動感知》へはときおり遠い地面の揺れが入り、あの群れが完全に散ったわけではないことを教えている。
ただ、追ってきている様子はなかった。
ハインも無理に討伐範囲を広げず、予定通り測量を優先しており、リヴィアは朝から何度も立ち止まっては古い地図と現在の地形を見比べながら、新しい線を書き足していた。
「この辺、6年前より地面が下がってる」
斜面の途中でリヴィアが言った。
「昨日の群れのせいですか?」
「それだけじゃないと思う。地面の割れ方が古いし、もっと前から少しずつ沈んでる」
エイルも足元へ《振動感知》を流してみると、表面から数メートル下に密度の違う層があり、そのさらに下では小さな空洞がいくつも連なっていることが分かった。
「下に空洞があります。かなり広いかもしれません」
「場所、分かる?」
「大体なら」
「後で印を付けたい」
リヴィアは当然のように答え、すぐ地図へ何か書き込む。
こういう時の彼女は、周囲で何が起きていても地形の変化を見逃さない。
戦闘中には弓を使い、必要なら剣も抜くが、本当に好きなのは戦うことではなく、誰も正確に知らない土地へ線を引くことなのだろう。
エイルにはその感覚がよく分かった。
自分も地図の空白を見ると、そこへ何があるのか確かめずにはいられない。
「終わったら、この空洞も見たいですね」
「今の任務が終わったらね」
「先に言われた」
「もう分かってきたから」
リヴィアが少し笑う。
その横顔を見ながら、エイルは初日に比べて随分話しやすくなったと思った。
灰金色の髪を首元でまとめ、薄い緑色の目で地図と地形を行き来する姿は、軍人というより旅を続ける記録者に近い。整った顔立ちではあるものの、本人は容姿を気にしている様子がなく、頬に土が付いていても測量が終わるまでそのままにしているところまで、少しエイルと似ていた。
そんなことを考えていた時だった。
《危機感知》が急に強く反応した。
エイルは足を止める。
さっきまで遠くにあった揺れとは違う。
もっと近い。
しかも、前方。
「何か来る」
独り言ではなく周囲へ伝えるため、エイルはすぐ声を上げた。
「前方から大きな集団が来ます。魔物じゃなく、人です」
ハインが振り返る。
「数は?」
「多いです。50以上……もっといるかもしれません」
「走ってる?」
「かなり急いでます」
隊列が一度止まり、数分後には前方の木々の間から最初の人影が現れた。
軍装。
ただし、ハインたちとは違う紋章が付いている。
西部方面隊の別部隊らしい。
先頭を走っていた兵士は、こちらを見るなり手を上げた。
「味方か!」
「第4測量護衛小隊だ!」
ハインが答える。
次々と人が現れる。
兵士だけではない。
測量員。
荷物を背負った作業員。
腕を吊った負傷者。
さらに後ろからは、小さな荷車まで2台続いていた。
最終的にその場へ集まった人数は82名。
うち戦える兵士は34名ほどで、残りは測量員、補給要員、負傷者だった。
指揮官らしい男は左腕を血の滲んだ布で固定しながら、ハインの前へ来る。
「西部方面隊第7前進観測所所属、カルド少尉だ。北西の仮設観測所が襲撃を受けた」
「何に?」
「分からん」
即答だった。
「記録にない。地中から出てきた大型個体が最初に柵を破壊して、その直後から小型が大量に出た。3時間近く持ちこたえたが、北側の崖まで崩れ始めたから放棄した」
「追われてるのか?」
「間違いなく」
その言葉とほぼ同時に、エイルの《振動感知》へ新しい揺れが入った。
地面の下。
多数。
さっきまで感じていた遠い揺れとはまったく違う。
「来てます」
エイルが声を出す。
カルドが振り返る。
「もうか?」
「かなり速い。地中を通ってます」
ハインは迷わなかった。
「第7隊はそのまま南東へ退避! 負傷者と非戦闘員を中央へまとめろ! 第4隊は後衛に入る!」
命令が飛び、100名近い人間が一斉に動き始める。
しかし人数が多い。
負傷者もいる。
荷車もある。
昨日のように19名だけなら素早く動けても、今回はそうはいかない。
リヴィアが地図を開いた。
「この先、700メートルくらいで道が細くなる。左が斜面、右が崖だから、そこで追いつかれたらまずい」
「別の道は?」
「ない。少なくとも地図には」
エイルは周囲へ感知を広げる。
進行方向。
地形。
地面の硬さ。
そして、後方から近づいてくる多数の反応。
まだ姿は見えない。
それでも速い。
このまま全員で移動すれば、狭い道へ入る直前に追いつかれる。
「ハインさん」
「何だ?」
「先に全員行かせてください」
ハインの目が細くなる。
「お前は?」
「少し残ります」
「1人でか?」
「狭い道で追いつかれる方が危ないので、ここで数を減らした方がいいと思います」
昨日なら、ハインも即座に止めていたかもしれない。
しかし今は、エイルが何をできるか多少理解している。
それでも簡単には頷かなかった。
「相手の数も強さも分からん」
「だから、無理ならすぐ下がります」
「お前の『無理なら下がる』も信用しにくくなってきたんだが」
「それは……気をつけます」
ハインは少しだけ顔をしかめたが、後方の振動がさらに強くなっている以上、長く話している時間はない。
そこでリヴィアが地図から顔を上げた。
「私が残る」
「駄目です」
エイルの返事は早かった。
リヴィアが眉を寄せる。
「即答?」
「地図を持って先導できる人が必要です。ここから先の細い道で82人増えた状態を案内できるの、リヴィアさんですよね」
「それはそうだけど」
「なら先に行ってください」
「でも1人で残る必要はない」
「人数が増えると守る場所も増えるので、1人の方がやりやすいです」
その言葉を聞き、ハインが昨日の戦闘を思い出したように黙った。
エイルが大人数を嫌っているわけではない。
ただ、自分以外の位置を気にする必要がなくなれば、その分だけ《衝撃》の範囲も身体強化の出力も上げられる。
深層循環獣と戦った時と同じだった。
「5分だ」
ハインが言った。
「5分止めて、必ず追いつけ。それ以上は認めない」
「分かりました」
「絶対だからな」
「はい」
今度は素直に返した。
リヴィアはまだ何か言いたそうだったが、結局地図を巻き、南東へ向かう列の先頭へ走っていく。
少し離れたところで1度だけ振り返った。
黒いロングコート。
黒銀の長剣。
100人近い退避者の背後へ、エイルだけが残る。
その姿を見ていたのはリヴィアだけではなかった。
負傷した兵士。
測量員。
カルド少尉。
何人もの人間が、走りながら後ろを見ている。
「……本当に1人なのか?」
誰かの声が聞こえた。
エイルは答えず、全員が十分離れるまで後方へ意識を向けた。
◇
地面が膨らんだ。
最初の1体が出てくる。
体長は4メートルほど。
細長い胴体の左右から6本の脚が伸び、頭部には口しかない。灰色の硬い皮膚の上には黒い板状の殻が不規則に重なっており、地中を掘り進むためか前脚だけが異様に太かった。
続いて2体。
5体。
その後ろから、小型個体が一気に地面を破って現れる。
数える必要はなかった。
少なくとも100以上。
さらに地中には、最初の大型より遥かに大きい反応が1つ残っている。
「結構いるな」
エイルは長剣を抜いた。
黒銀の刀身へ青黒い筋が浮かぶ。
最初の大型個体が地面を蹴った。
速い。
ただし、昨日の大型魔物ほど重くはない。
エイルは正面へ踏み込み、太い前脚を長剣の腹で外側へ流すと、そのまま首に近い部分へ刃を入れた。
硬い殻。
完全には抜けない。
そこで《振動感知》を流しながら内部の空間を探り、刃を数センチ押し込んだところで圧縮した《衝撃》を放つ。
外殻の内側で鈍い破裂音が響いた。
大型個体が崩れる。
その脇から小型が6体同時に来た。
エイルは後ろへ下がらず、右脚へ《高密度強化》を集めて前へ出る。
1体目の頭部を斬り、返す刃で2体目の脚を断ち、3体目が飛び掛かってきたところで足元から小さな《衝撃》を上へ放つ。
身体が浮いた。
空中で姿勢を失った個体へ長剣を横薙ぎに通し、その斬撃の終わりに4体目まで巻き込む。
残り2体は左右へ分かれた。
《近域感知》には両方入っている。
左へ身体をずらしながら右の個体へ《衝撃》を飛ばし、胸部を内側へ陥没させる。
同時に左から来た個体の顎へ柄頭を叩き込み、頭が上がったところへ刃を突き入れる。
止まらない。
後続が来る。
それでもエイルの足は後ろへ下がらなかった。
むしろ前へ出る。
敵をここへ集める。
退避者へ流れる隙を作らない。
【《剣術 Lv.30 → Lv.31》】
【《近域感知 Lv.22 → Lv.23》】
視界の外まで分かる。
地面の下も。
左右も。
後方へ抜けようとする個体まで。
エイルは長剣を振りながら、1体も自分の背後へ通さないよう位置を少しずつ変えていった。
◇
その頃、退避する隊列では誰も完全には安心できていなかった。
後ろから地鳴りのような音が聞こえる。
ただし、昨日とは違う。
魔物の群れが走る振動だけではない。
数秒おきに、もっと重い衝撃が混じっている。
リヴィアは先頭で地図を確認しながら進んでいたが、3度目の大きな音が響いたところで、とうとう振り返った。
木々に遮られてエイルの姿はもう見えない。
それでも鳥の群れが一斉に飛び立つ。
遠くの枝が揺れる。
「……5分」
自分へ言い聞かせるように呟く。
ハインが横へ並んだ。
「信じろ」
「隊長が言う?」
「俺だって戻りたい」
「じゃあ」
「でも戻ったら、あいつがまた『全力出せない』って言うだろ」
リヴィアは返事をしなかった。
昨日の戦闘だけでも十分異常だった。
100体近い大型魔物へ地面越しに《衝撃》を通し、群れの前半分をまとめて転ばせ、そのまま大型個体まで正面から止めた。
それでも、あれは周囲に兵士がいた。
今は1人。
だから危険なはずなのに。
同時に、1人だからこそ昨日より強く戦えるのだろうと分かってしまう。
◇
エイルは自分の周囲に倒れた魔物が増えていくのを確認しながら、敵の流れが少し変わったことに気づいた。
最初はただ直線的に突っ込んできていた。
今は左右へ広がろうとしている。
後ろへ抜けるつもりだ。
「そうはいかないな」
エイルは長剣を地面へ突き立てた。
昨日と同じ。
ただし、昨日より狭く。
深く。
前方だけではなく、左右へ逃げようとする個体の足元まで含めて地中へ魔力を広げる。
《魔力圧縮》で密度を落とさず、距離だけを伸ばす。
そこで《振動感知》が地中にいるさらに大きな反応を拾った。
来る。
エイルは発動を少し待った。
地面が持ち上がる。
巨大な頭部が出た。
さっきまでの大型個体よりさらに大きく、全長は10メートルを越えている。
前半身だけで人間の背丈を遥かに上回り、黒い板殻が幾重にも重なった頭部には、左右へ割れた巨大な顎が付いていた。
それが地上へ身体を出した瞬間。
エイルは地中へ流していた《衝撃》を解放した。
低音が走る。
地面が大きく揺れた。
左右へ広がろうとしていた小型個体がまとめて姿勢を崩し、地中から出たばかりの巨大個体も、足元そのものを突き上げられて身体を傾ける。
エイルはすでに走っていた。
《高密度強化》を両脚へ。
足元へ《衝撃》。
1段。
さらに2段目。
速度が一気に上がる。
巨大個体が顎を開いた。
正面から何かを吐く。
《危機感知》が強く反応するより早く、《近域感知》が口内へ集まる魔力を拾っていた。
エイルは進路を僅かにずらす。
次の瞬間、灰色の泥のような液体が一直線に吐き出され、背後の木をまとめて腐食させた。
「当たると面倒そうだな」
なら、撃たせない。
エイルは巨大個体の右側へ入り込み、前脚を足場にして一気に背中へ駆け上がった。
板状の甲殻が足元で動く。
隙間。
そこへ長剣を突き込む。
硬い。
深層循環獣ほどではないが、簡単には入らない。
それでも今のエイルは、そこで止まらなかった。
《高密度強化》を背中から肩、両腕へ移し、《魔力圧縮》で強化魔力そのものをさらに密度の高い状態へ押し込む。
筋肉が膨張するような感覚。
骨へ負荷が掛かる。
以前なら長く維持できなかった出力だ。
今は《自己治癒》が微細な損傷へ薄く反応し始める。
押す。
黒銀の刃が沈む。
刀身の半分近くまで入ったところで《振動感知》を流すと、巨大な魔力反応が頭部の奥から胸部へ繋がっているのが分かった。
エイルはそこへ《衝撃》を通した。
1度。
まだ動く。
2度目。
巨大個体の身体が大きく跳ねた。
しかし倒れない。
むしろ背中を激しく揺らし、エイルを振り落とそうとする。
「なら、もう少し深く」
長剣を抜かない。
さらに押し込む。
圧縮。
今度は《衝撃》を細くするのではなく、剣先から内部へ入った瞬間に広げる。
【《魔力圧縮 Lv.27 → Lv.29》】
【《衝撃 Lv.36 → Lv.38》】
解放。
巨大個体の胸部が内側から大きく膨れ、板状の殻の隙間から灰色の液体が噴き出した。
前脚が崩れる。
エイルは倒れ込む巨体から飛び降り、着地と同時に長剣を抜いた。
そこへ小型が数十体残っている。
巨大個体が倒れても逃げない。
むしろ一斉にエイルへ向かってくる。
「まだ来るのか」
エイルは少し息を吐いた。
疲れてはいない。
魔力もまだある。
なら問題ない。
長剣を構え直す。
敵の群れが殺到する。
エイルは最初の1体へ踏み込みながら、次の20体近い動きまで《近域感知》で拾っていた。
斬る。
避ける。
流す。
内部へ《衝撃》。
足元を崩す。
死角へ回った個体には振り返らず、後方へ圧縮した衝撃を放つ。
右から5体。
左から3体。
正面に7体。
それでも刃が止まらない。
敵が多いほど、むしろ動きは単純になった。
自分へ向かってくる。
背後へ通さない。
それだけでいい。
黒いコートの裾が何度も翻り、黒銀の刃が灰色の群れの間を通るたび、1体ずつ確実に動きが止まっていく。
やがて、最後の数体が逃げ始めた。
エイルは追わなかった。
5分。
多分、まだ経っていない。
◇
退避隊列が細い道へ入る直前、背後から何かが高速で近づいてくる振動をハインが感じ、兵士たちが一斉に武器を構えた。
ただし《危機感知》を持つ者はいない。
何が来るか分からない。
リヴィアが弓を上げる。
木々の奥から黒い影が飛び出した。
エイルだった。
黒いコートには泥と灰色の体液が付着し、黒銀の長剣にも血が残っている。
それでも歩き方は普通だった。
「……追いつきました」
エイルが言う。
ハインはしばらく言葉が出なかった。
「5分……経ってないぞ」
「思ったより早く終わったので」
「何体いた?」
「途中から数えてません」
「でかいのは?」
「1体いました」
「倒したのか?」
「はい」
あまりにも普通に答えるため、周囲の兵士たちの方が反応に困っている。
カルド少尉が後方を見る。
「追手は?」
「しばらく来ないと思います。逃げたのは何体かいますけど、こっちへ向かってないです」
「……1人で止めた?」
「そのために残ったので」
エイル自身には、それ以上説明することがなかった。
追ってきた。
止めた。
大きい個体が出たから倒した。
ただそれだけだ。
しかし周囲にいた100人近い人間にとっては違った。
さっきまで観測所を放棄するほどの数に追われ、負傷者と非戦闘員を抱えたまま逃げていた。
その追手を。
16歳のA級冒険者が1人で残り。
数分後には、何事もなかったように追いついてきた。
誰かが小さく息を呑んだ。
別の兵士が、昨日聞いた呼び名を口にする。
「……《地鳴り》」
今度は笑う者はいなかった。
◇
リヴィアはエイルへ近づくと、最初に顔ではなく左腕を見た。
「怪我してる」
「少しだけです」
コートの袖が1ヶ所裂け、その下に浅い傷がある。
巨大個体の背中から降りる時に、板殻の端で切ったらしい。
「それも治る技能で?」
「もう動いてます」
「見せて」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫かどうかは見てから決める」
言い方が軍医に少し似ていた。
エイルが仕方なく袖を少し上げると、傷はすでに出血が止まり、縁が僅かに閉じ始めている。
リヴィアが目を細めた。
「本当に治ってる」
「便利ですよ」
「便利で済ませていい技能じゃない気がする」
「まだ小さい傷くらいです」
「『まだ』って言った?」
エイルは少し考えた。
「そのうちもっと治せるかもしれないので」
「やっぱりそういう人なんだ」
何が「そういう人」なのか分からなかったが、リヴィアは少し呆れたあと、小さく笑った。
それからエイルの後ろを見た。
100人近い人間。
全員が無事に細い道へ入っている。
「ありがとう」
さっきまでの軽いやり取りとは違う声だった。
「私も、測量兵も、あの人たちも、全員通れた」
エイルは少しだけ目を瞬く。
「僕が残った方が楽だっただけですよ」
「それでも」
リヴィアはそこで言葉を切り、もう1度エイルを見る。
黒いコート。
乱れた暗灰色の髪。
淡い青灰色の目。
戦った直後なのに、本人は自分がしたことを特別だと思っていない。
「……そういうところまで含めて、たぶん噂になるんだろうね」
「やめてほしいんですけど」
「無理だと思う」
リヴィアは即答した。
◇
その日の夕方、2つの測量隊は安全な高台へ到着し、合同で夜営することになった。
カルド少尉の報告によれば、襲撃された第7前進観測所には地図、記録板、測量器具の一部が残されたままであり、軍は後日奪還部隊を出す可能性が高いらしい。
ただし、今すぐ戻ることはしない。
負傷者を安全な場所まで送るのが先だ。
焚き火の周辺では、昼間の出来事が何度も話題になっていた。
エイル自身はその輪から少し離れ、長剣の手入れをしている。
新しく打ち直された刀身には目立った歪みがない。
巨大個体の甲殻へ深く入れ、《衝撃》を複数回通しても、以前の剣のような熱の残り方がほとんどなかった。
「やっぱりかなり強くなってるな」
剣のことだった。
しかし、近くを通った兵士はエイル自身の話だと思ったらしく、妙な顔をして去っていった。
エイルは気づかなかった。
【Lv.53 → Lv.56】
【《剣術 Lv.31 → Lv.33》】
【《衝撃 Lv.38 → Lv.40》】
【《身体強化 Lv.29 → Lv.31》】
【《魔力操作 Lv.31 → Lv.33》】
【《近域感知 Lv.23 → Lv.25》】
【《魔力圧縮 Lv.29 → Lv.31》】
【《高密度強化 Lv.12 → Lv.14》】
【《自己治癒 Lv.16 → Lv.18》】
視界へ並んだ表示を確認しても、以前ほど強い驚きはない。
むしろ、また伸びたという感覚の方が近い。
敵がどれほど強かったのかは分からない。
軍の観測所を放棄させた存在でも、この西境では危険度が決まっていない。
巨大個体が特別だったのか。
大量にいた小型が厄介だったのか。
それすら後で調べなければ分からない。
だからエイルの中には、今日も「強敵を倒した」という実感があまり残っていなかった。
ただ、大勢を無事に通せた。
それだけは良かったと思う。
焚き火の向こうでは、《地鳴り》という呼び名を使う兵士が昨日より増えていた。
まだ軍全体に知られているわけでもない。
国中に名が広がったわけでもない。
それでも、この場にいた100人近い人間の多くは、黒いコートの少年がたった1人で後方へ残り、追ってきた群れを止めて戻ってきた姿を忘れないだろう。
そしてエイル本人だけが、そのことよりも明日進む地図の先を気にしていた。




