第75話 地鳴り
旧測量路へ入ってから6日目の朝、空は低い雲に覆われ、山間を抜ける風には湿った土と冷たい石の匂いが混じっていた。
道はすでに道と呼べる形をほとんど失っている。
6年前の地図では幅のある測量路として記録されていた場所も、今では片側が崩れて斜面へ落ち、残った部分へ木の根と苔が食い込んでいるため、隊列は自然と細く伸びていた。
先頭ではリヴィアと2人の測量兵が地形を確認し、その少し後ろをハインと護衛兵が進む。
エイルは中列よりやや前へ位置し、薄く広げた《振動感知》と《魔力感知》で周囲を見ながら歩いていた。
昨日までに遭遇した魔物は、ほとんどが記録にないものだった。
灰色の長腕種。
地中を進む無眼の長体種。
黒い大型飛行種。
夜間には、木々の間から複数の赤い眼だけを見せる小型魔物にも囲まれたが、こちらから近づかなければ襲ってこなかったため、そのまま夜営地を移している。
何が強く、何が弱いのか。
どれが珍しいのか。
それすら分からない。
最初の頃は、その曖昧さを意識していたエイルも、数日歩くうちに少しずつ考え方が変わっていた。
襲ってこないなら放っておく。
襲ってくるなら動きを見る。
危険なら避ける。
倒せるなら倒す。
分類がなくても、それだけなら変わらない。
「前方、少し開ける」
リヴィアが振り返らずに告げた。
木々が途切れた先には、山の斜面を横切るように細長い草地が広がっている。
古い地図では第2基準標が置かれていた場所だったが、現在は石柱らしきものも見当たらない。
「崩れたか?」
ハインが尋ねる。
「多分。位置はこの辺りで合ってるけど、斜面そのものが昔より下がってる」
リヴィアは地図を片手に周囲を見回しながら、草地の端へ向かって歩いていく。
エイルも何となく地面へ意識を向けた。
少し変だった。
風で草が揺れている。
兵士たちの足音もある。
その下に。
もっと低い振動が混じっている。
遠い。
しかし1つではない。
「止まってください」
エイルが言うと、ハインはすぐ隊列を止めた。
「何かいるか?」
「地面の下じゃないです。かなり遠くから、同じような揺れが何度も来てます」
「数は?」
「まだ分かりません。かなり多いと思います」
リヴィアも地図を畳み、片膝をついて地面へ手を置いた。
数秒後、表情が僅かに変わる。
「私にも分かる。北西側から来てる」
風向きとは違う。
草原の向こうには低い丘があり、そのさらに奥は岩の多い谷へ続いている。
ハインが兵士へ偵察を命じようとした時、丘の上に黒い影が1つ現れた。
続いて2つ。
5つ。
10。
そこから先は数える意味がなくなった。
4足。
全身が黒褐色の硬い毛に覆われ、肩の辺りから太い骨角のようなものが左右へ突き出している。
大きさにはかなり差があるが、小さいものでも大型の牛ほどあり、後方にいる個体の中には背丈が3メートルを越えて見えるものまで混じっていた。
丘の上へ現れた群れが、一斉にこちらを向く。
「記録は?」
ハインの声が低くなる。
測量兵が急いで資料を確認するが、すぐ首を横へ振った。
「一致なし!」
「数は?」
リヴィアが丘へ視線を固定したまま答える。
「見えてるだけで70以上。後ろにもまだいる」
その言葉が終わるより先に、最前列の個体が丘を駆け下り始めた。
後続も続く。
地面が震える。
最初にエイルが拾っていた振動とは比較にならないほど強い揺れが、草地全体を通して足元へ響き始めた。
「後退! 森へ戻る!」
ハインが即座に指示を出す。
判断は正しい。
開けた場所で70体以上の大型魔物を正面から受ける理由はない。
ただ、隊列が後ろへ向きを変え始めたところで、エイルの《危機感知》が別方向から強く反応した。
左。
森の中。
「そっちも来てます!」
エイルが声を上げる。
ほぼ同時に左側の木々が大きく揺れ、別の群れが斜面下から姿を現した。
20。
30。
丘側の群れより少ない。
しかし退路へ向かっている。
挟まれる。
ハインもすぐ理解した。
「円陣! 測量兵と治療術師を中央へ! 冒険者は外周!」
兵士たちの動きは速かった。
盾を持つ者が外へ出て、槍兵がその隙間へ並ぶ。
リヴィアも短弓を取り、中央へ下がるのではなく測量兵たちの前へ立った。
「リヴィア、中央へ!」
「斥候も護衛要員です!」
「無理するな!」
「隊長にだけは言われたくない!」
短いやり取りの間にも、魔物の群れは近づいてくる。
その足音が重なり、草地全体が震えていた。
エイルは丘側を見る。
次に森側。
合計100前後。
正確な数はもう分からない。
それでも、不思議と怖さは薄かった。
多い。
確かに多い。
ただ、深層循環獣の前に1人で残った時とは違う。
あの巨体と比べれば、1体ずつは小さい。
問題は数だけだった。
「エイル!」
ハインが呼ぶ。
「無理に前へ出るな! 左右どちらかが崩れそうなら補助に回れ!」
「分かりました」
返事をしながら、エイルは黒銀の長剣を抜いた。
腰から抜かれた刀身へ曇天の光が薄く走り、内部の青黒い筋が一瞬だけ浮かぶ。
黒いロングコートの裾が風に揺れた。
近くにいた若い兵士が、その姿を一瞬だけ見た。
暗灰色の髪。
淡い青灰色の目。
年齢だけなら、自分たちより明らかに若い。
それなのに、100体近い魔物を前にしているとは思えないほど表情が変わっていない。
「……本当に16なのかよ」
小さな呟きは、エイルにも聞こえていた。
答える暇はなかった。
◇
最初に衝突したのは森側だった。
巨体を低く沈めた魔物が木々を押し退けながら突っ込み、最前列の盾へ骨角を叩き込む。
重い衝撃が響き、B級の盾役が数歩後ろへ押された。
「重っ……!」
続く2体目が同じ場所へ入ろうとする。
エイルは横から踏み込んだ。
《身体強化》を全身へ広く使う必要はない。
右脚。
腰。
肩。
斬撃へ使う場所だけに《高密度強化》を流し、突進してくる魔物の首元へ黒銀の刃を斜めに合わせる。
正面から止めない。
速度を利用する。
骨角の内側を抜けた刃が首の硬毛を裂き、そのまま深く入った。
さらに剣を引く動作へ合わせて《衝撃》を内部へ流すと、魔物は突進の勢いを残したまま横へ崩れ、後ろから来ていた3体目の進路まで塞いだ。
「右へずらしてください!」
盾役がすぐ反応し、倒れた巨体を盾で押して狭い通路を作る。
エイルはそこへ入ってきた3体目の頭部を避け、顎の下へ長剣を突き上げた。
外からは浅い。
内部へ《衝撃》。
止まる。
次。
4体目。
5体目。
エイルはその場へ留まらず、円陣の外周を滑るように移動しながら、崩れそうな場所だけを潰していった。
槍兵が1体を受け止めきれず姿勢を崩せば、その魔物の前脚へ細い《衝撃》を当てて踏み込みをずらす。
弓兵を狙って横へ抜けた個体がいれば、足元へ飛ばした衝撃で身体の向きを変え、その隙へ兵士の槍を入れさせる。
自分ですべて倒す必要はない。
ただ、全体の流れを崩させない。
数十人を守りながら戦うなら、その方が速い。
【《近域感知 Lv.19 → Lv.20》】
【《魔力操作 Lv.28 → Lv.29》】
外周を走りながら拾う情報量が増える。
右では盾兵がまだ耐えられる。
左奥の槍兵は次で姿勢を崩す。
中央へ入ろうとする個体が1体。
上。
何か飛んでくる。
エイルが顔を上げた。
丘側の大型個体が、走りながら前脚で地面を掻き上げている。
土ではない。
岩だ。
斜面に露出していた石塊を骨角で跳ね上げ、そのままこちらへ飛ばしている。
直径1メートル近い岩が、円陣中央へ向かって落ちてくる。
「上!」
リヴィアの声が飛ぶ。
兵士たちが見上げる。
避ければ陣形が崩れる。
中央には測量兵と治療術師がいる。
エイルは左手を上げた。
圧縮。
ただし細くするのではない。
広げる。
飛来する岩の正面へ、面として《衝撃》を叩き込む。
空中で岩が砕けた。
細かな破片が雨のように散る。
しかしそれだけでは終わらず、後ろからさらに2つ飛んでくる。
「投げる個体がいるのか」
エイルは丘側を見る。
先頭の小型個体の後ろ。
肩が特に大きく、骨角も太い個体が数体混じっている。
あれが地面の石を飛ばしている。
近くの兵士たちを守りながら、あの位置まで行くには少し遠い。
なら。
先に群れそのものを止める。
◇
エイルは円陣の外周から数歩前へ出た。
「エイル!」
ハインが呼ぶ。
「少しだけ前を空けます!」
「何する気だ!」
「まとめて止めます!」
説明はそれだけにして、エイルは長剣を逆手気味に持ち替え、切っ先を地面へ向けた。
今まで《衝撃》は敵へ直接当てることが多かった。
あるいは足元へ使い、自分を加速させる。
しかし《振動感知》を地面へ流すようになってから、地中を通る力の広がり方もかなり分かるようになっている。
さらに《魔力圧縮》がLv.24まで上がった今なら、ただ強く撃つだけではなく、どの深さで広げるかも以前より細かく調整できる。
エイルは刀身を地面へ浅く突き立てた。
黒銀の刃を通して、魔力を地中へ入れる。
前方。
広く。
深すぎれば届かない。
浅すぎれば表面だけが砕ける。
走ってくる魔物の足へ最も影響する位置。
「このくらいか」
圧縮した魔力を地面の下へ送り込み、前方数十メートルへ薄く広げる。
次の瞬間。
《衝撃》を解放した。
爆発ではなかった。
草地の下から、低く重い音が走った。
エイルの足元から前方へ向かって地面が波のように揺れ、細かな土と石が跳ね上がる。
走っていた最前列の魔物が一斉に足を取られた。
1体が転ぶ。
その後ろがぶつかる。
さらに後続が避けきれず横へ崩れ、丘側から押し寄せていた巨大な群れの前半分が一気に乱れた。
地面を通った低音は草原だけでは止まらず、周囲の森へまで響いていく。
兵士たちの足元にも僅かな揺れが届いた。
ただ、円陣の位置だけはほとんど崩れていない。
前方へ広げる方向を絞っていたからだ。
【《衝撃 Lv.32 → Lv.34》】
【《魔力圧縮 Lv.24 → Lv.25》】
【《振動感知 Lv.18 → Lv.20》】
エイルは長剣を地面から抜いた。
「……思ったより通ったな」
丘側の群れは止まっている。
今しかない。
「前方、押し返せ!」
ハインが叫んだ。
軍の槍兵たちが一斉に前へ出る。
倒れた魔物へ追撃を入れ、まだ立っている個体には弓兵が矢を放つ。
隊列の空気が変わった。
さっきまで押し込まれていた側が、今度はこちらから前へ出ている。
エイルも動いた。
《高密度強化》を両脚へ流し、地面を蹴る。
黒いコートが後ろへ大きく流れた。
倒れた魔物の間を抜け、最初の1体の首へ剣を入れる。
次の個体は骨角を横から振るってきたが、その内側へ踏み込み、刀身の腹で角を滑らせながら胸部へ肩からぶつかった。
体格差は圧倒的だった。
それでも《高密度強化》を体幹へ集めた瞬間、押し負けたのは魔物の方だった。
巨体が横へ傾く。
エイルはそこへ足を掛け、背中を駆け上がる。
周囲より1回り大きな個体が岩を跳ね上げようとしていた。
距離は10メートルほど。
骨角が地面へ入るより先に、エイルは倒れかけた魔物の背を蹴り、《衝撃》を足元へ重ねて跳んだ。
一気に間合いが消える。
大型個体が頭を上げた。
骨角が迫る。
エイルは空中で長剣を斜めに構え、正面から骨角へ刃を合わせた。
硬い。
それでも今の長剣は弾かれない。
接触の瞬間に両腕へ《高密度強化》を集め、さらに刃へ圧縮魔力を通す。
骨角へ亀裂が入った。
そのまま振り抜く。
太い角の半分が飛んだ。
着地したエイルは、相手が痛みで頭を上げた隙に首元へ入り、黒銀の長剣を深く突き込んだ。
《振動感知》で内部を探す。
大きな血流。
魔力の集中。
そこへ圧縮した《衝撃》を通す。
巨体が大きく震え、その場へ崩れた。
後方にいた同型の大型個体が2体、同時にこちらへ向きを変える。
エイルも向き直った。
もう怖さはなかった。
1体目が正面。
2体目が右から回る。
《近域感知》には両方入っている。
エイルは正面の突進を僅かに引きつけ、最後の1歩で横へずれると、通り過ぎる首筋へ刃を入れた。
右から来た個体はそのまま身体ごとぶつかろうとしてくる。
避けてもいい。
ただ、今なら。
エイルは長剣を片手へ持ち替え、空いた左手を相手の額へ当てた。
《身体強化》。
《魔力圧縮》。
《高密度強化》。
左腕だけへ重ねる。
衝突。
足元の地面が沈んだ。
それでもエイルは飛ばされなかった。
3メートル近い巨体が前へ進めず、首から上だけが大きく沈む。
周囲で見ていた兵士たちの動きが一瞬止まった。
「……止めた?」
誰かが呟いた。
エイルはそのまま左手を離し、長剣を両手へ戻す。
「重いけど、これならいけるな」
首の下。
斬る。
内部へ《衝撃》。
大型個体が崩れる。
その頃には、最初に100体近く見えていた群れの動きは完全に乱れていた。
数体が森へ逃げ始める。
それを見た周囲の個体も、次第に後ろへ下がり始めた。
軍は追わない。
ハインが即座に停止を命じ、兵士たちは負傷者の確認へ移った。
戦場に残ったのは大量の足跡と、倒れた魔物。
そして、エイルが最初の《衝撃》を地面へ通した場所から前方へ伸びる、長い地割れだった。
◇
幸い、重傷者はいなかった。
盾兵2名が腕を痛め、槍兵1名が転倒時に肩を傷めた程度で、中央にいた測量兵と治療術師は無傷だった。
100体近い大型魔物に挟まれた状況から考えれば、被害はかなり軽い。
エイル自身も無傷ではない。
大型個体を受け止めた時に左手首へ負担が掛かり、腕の筋肉にも軽い損傷が残っている。
ただ、《自己治癒》を流しておけば数時間でかなり引くだろう。
【《自己治癒 Lv.14 → Lv.15》】
負傷者の応急処置が終わったあと、エイルは地面にできた亀裂の前へ立っていた。
想定より広い。
草地を横切るように数十メートル先まで細かな割れ目が続いている。
「やりすぎたな」
背後から声がした。
リヴィアだった。
「少し」
「少し?」
「止めるだけのつもりだった」
「森の鳥まで全部飛んでいったけど」
「そこまでは考えてなかった」
エイルが地割れを見る。
リヴィアも隣へ並んだ。
彼女の頬には土埃が付いており、結んでいた灰金の髪も少し崩れている。
戦闘中に弓を使っていたらしく、左手の指には弦の跡が残っていた。
「さっきの、何?」
「《衝撃》を地面の中に広げただけです」
「だけであれになるの?」
「前はあそこまで広がらなかったと思う」
「自分の技能なのに?」
「最近、伸びるのが速くて」
リヴィアは何とも言えない顔をしたあと、地割れからエイルへ視線を移す。
黒いコートには土埃が付き、裾の一部には魔物の血が飛んでいる。
暗灰色の髪も戦闘で少し乱れていたが、淡い青灰色の目だけはいつも通り落ち着いていた。
「見た目だけなら、もっと静かな戦い方しそうなのに」
「静かじゃなかったですか?」
「地面が揺れてた」
「それはそうだな」
エイルが少し笑う。
リヴィアも僅かに笑った。
◇
その日の夜、魔物の群れについて正式な分類はできなかった。
死体の一部を持ち帰る予定にはなったものの、既存資料との一致はなく、群れ全体の危険度も判断できない。
それでも1つだけ、兵士たちの間で新しい呼び方が増えていた。
「《地鳴り》」
焚き火の向こうから聞こえ、エイルが顔を上げる。
「何ですか?」
若い槍兵が少し気まずそうに笑った。
「いや、昼のやつ見た奴らが勝手に言ってるだけだ。お前が剣を地面に刺したあと、山まで鳴ってるみたいだったから」
「僕のことですか?」
「他に誰がいるんだよ」
「《湖底の剣士》よりは似合う」
リヴィアが横から言った。
「リヴィアさんまで」
「私は別に広めてない。聞いて、そっちの方が分かりやすいと思っただけ」
ハインも食事をしながら会話を聞いている。
「二つ名なんてそんなもんだ。本人が知らんところで勝手に付く」
「できれば普通に名前で呼んでほしいんですけど」
「そのうち諦めろ」
エイルは少し困ったものの、それ以上否定しても仕方がないと思い、干し肉へ手を伸ばした。
《地鳴り》。
まだこの小隊の中だけで使われ始めた呼び名にすぎない。
ローデンへ戻れば忘れられるかもしれないし、別の土地ではまったく違う名で呼ばれるかもしれない。
ただ、本人が何もしていないつもりでも、戦った痕跡だけは残る。
深層循環獣を倒した湖底。
旧測量路の草地に伸びた地割れ。
黒いコートと黒銀の長剣。
そうした断片が少しずつ誰かの記憶へ残り、エイル本人より先に噂として歩き始めていた。
◇
夜が深くなった頃、エイルは見張り当番の前に1人で状態板を開いた。
【Lv.50 → Lv.53】
【《剣術 Lv.28 → Lv.30》】
【《衝撃 Lv.34 → Lv.36》】
【《身体強化 Lv.27 → Lv.29》】
【《魔力操作 Lv.29 → Lv.31》】
【《振動感知 Lv.20 → Lv.22》】
【《近域感知 Lv.20 → Lv.22》】
【《魔力圧縮 Lv.25 → Lv.27》】
【《高密度強化 Lv.9 → Lv.12》】
【《自己治癒 Lv.15 → Lv.16》】
1日。
それだけで、かなり動いている。
以前なら明らかに異常だと感じていたはずだった。
今も異常だとは分かる。
ただ、驚きは薄れていた。
「また上がったな」
それだけ呟いて状態板を閉じる。
昼間に戦った魔物がどれほど強かったのか、結局分からない。
群れが100体近くいたことも。
大型個体が混じっていたことも。
それがこの地域では珍しいのかどうかさえ判断できない。
だからエイルの中には、「大変な敵を倒した」という感覚より、「数が多かったから少し広く《衝撃》を使った」という印象の方が強く残っていた。
その感覚が、すでに以前の自分から大きくずれていることにはまだ気づいていない。
焚き火の向こうでは兵士たちが交代の準備をしている。
リヴィアは少し離れた場所で地図へ今日の戦闘地点と地形変化を書き込み、エイルが作った地割れまで丁寧に線として残していた。
旧測量路の先には、まだ誰も正確な地図を持っていない空白が続いている。
名前のない魔物も。
強さの分からない敵も。
今日より大きな群れもいるかもしれない。
エイルは黒銀の長剣を膝元へ置き、その先へ進むことを当然のように考えながら、見張りの時間が来るまで静かに休んだ。




