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第63話 刃の奥で放つ

 旧採石訓練場で初めて《衝撃》の出力制限を外した翌朝、エイルは宿の部屋で長剣を手入れしながら、昨日岩壁へ開けた大きな陥没を思い出していた。


 これまで《衝撃》は、足元へ使えば加速に、地面へ流せば相手の体勢崩しに、剣を通せば硬い外殻の内側を傷つけるために使ってきた。昨日試したように周囲を気にせず真正面へ撃てば、岩壁そのものを数メートル単位で砕くほどの威力まで出せることも分かったが、その使い方は強力である一方、仲間が近くにいる戦場や崩落の危険がある地下では簡単に使えない。


 なら、同じ量の力をもっと狭い場所へ閉じ込められないか。


 もともと守衛機を倒した時にも、長剣の先から《衝撃》を内部へ流したことはある。しかし、あれは刺した直後に必要な量だけを送り込んだだけであり、昨日岩壁へ撃ったほどの魔力を、一度限界近くまで圧縮したうえで敵の内部へ直接放てばどうなるのかまでは試したことがなかった。


 エイルは膝の上へ置いた長剣の刀身を見る。


 グレイグが打ったこの剣には、青鋼を利用した魔力の通り道と、それを支える魔鉄が組み込まれている。最初から《衝撃》を使うエイルに合わせた構造ではあるものの、だからといって剣そのものへ際限なく魔力を溜め込めるわけではない。


 無理をすれば、敵より先に剣が駄目になる。


「……溜める場所を変えた方がいいのかな」


 剣の中へ全部を押し込むのではなく、自分の身体側で圧縮した状態を維持し、刀身は最後に敵へ運ぶ通路として使う。


 そうすれば、剣へ掛かる負担を抑えながら、刺した瞬間に圧縮した《衝撃》だけを流せるかもしれない。


 考えているうちに試したくなったため、朝食を済ませたエイルは昨日と同じ旧採石訓練場へ向かった。


     ◇


「昨日あれだけ撃って、今日はもっと危ないこと思いついたのか?」


 話を聞いたグランの第一声がそれだった。


「危ないかどうか確かめに来たんです」


「その言い方する奴が一番危ないんだよ」


 今日もグランは領軍の能力確認に協力しており、ヴァルトも一緒だった。カイルは学院で潜水班の準備をしているため来ていないが、代わりに領軍の魔導技師が二人と、武器の状態を見るための鍛冶職人まで呼ばれることになった。


 エイルが考えた使い方を説明すると、最初に反応したのは魔導技師だった。


「剣の中へ限界まで魔力を溜めるのは勧めません。魔力伝導路が耐えても、放出直前の圧力が一ヶ所へ集中すれば刀身そのものが歪む可能性があります」


「やっぱりそうですよね」


「ただ、あなたが言った後半の方法なら理屈は通ります。圧縮する場所を自分の魔力回路側へ置き、刀身には放出の瞬間だけ通すのであれば、剣に長時間負荷を掛けずに済みます」


 グランが腕を組みながら聞いている。


「つまり、こいつ自身が弓で、剣は矢みたいなもんか?」


「少し違いますが、考え方としては近いでしょう。問題は、圧縮した魔力を放出せず身体の中へ留められるかです」


「やってみます」


「即答するな」


 ヴァルトが横から止めたものの、試験そのものは禁止されなかった。


 最初に用意されたのは、厚い木材を何枚も重ねた訓練標的だった。


 エイルは長剣を抜き、標的から数メートル離れて構える。


「まずいつもの内部衝撃を見せろ」


 グランに言われ、普通に踏み込む。


 長剣を木材へ突き刺し、刃が三十センチほど入ったところで《衝撃》を流した。


 鈍い音とともに、表面にはそれほど大きな変化が出ないまま、奥側の木板が何枚か割れる。


「今のは報告通りだな」


「いつもならこのくらいです」


「じゃあ次、少し増やせ。ただし剣に溜めるなよ」


「はい」


 エイルは剣を抜き、呼吸を整えた。


 魔力を集める。


 昨日は腕から外へ放つために集めたが、今日はその流れを身体の中で止める。


 右腕へ。


 そこから肩。


 さらに胸の内側へ。


 集めた魔力が外へ出ようとするのを、《魔力操作》で押さえる。


 難しい。


 ただ量を増やすだけなら簡単なのに、狭い場所へ集めたまま形を崩さず維持しようとすると、少しでも集中が乱れた瞬間に魔力が全身へ広がろうとする。


「無理なら一回解け」


 魔導技師の声が聞こえる。


「まだ大丈夫です」


 エイルはさらに少し圧を上げる。


 身体の中に、これまでなかった感覚が生まれた。


 魔力を動かすのではなく、押し込む。


 同じ量でも、より小さく。


 さらに狭く。


 そこで状態板が反応した。


【技能《魔力圧縮 Lv.1》を獲得しました】


「……取れた」


「何が?」


 ヴァルトが聞く。


「新しい技能です。《魔力圧縮》」


「今ここでか?」


「はい」


「もう驚くの疲れてきたな」


 グランが小さく笑う。


 エイルは集中を切らさず、圧縮した魔力を右腕側へ移した。


 今度はさっきより維持しやすい。


 長剣を構え、標的へ踏み込む。


 刺す。


 刃が木材へ入った瞬間、圧縮していた魔力を刀身の青鋼へ流す。


 放出する場所は。


 剣先よりさらに奥。


 木材の内部。


 エイルは《衝撃》を解放した。


 表面では、低い音が一度鳴っただけだった。


 しかし次の瞬間、標的の背面が大きく膨らみ、重ねてあった木板が内側からまとめて吹き飛んだ。


 前面の穴は剣一本分しかない。


 その奥だけが、拳どころではない大きさで抉れている。


 グランが標的の横へ回った。


「……嫌な壊れ方するな、これ」


「外はあまり壊れてないですね」


「そこを嬉しそうに言うな。人間にやったら中身だけなくなるぞ」


 ヴァルトも背面を確認しながら顔をしかめる。


「昨日の広いやつと真逆だな。向こうは外から全部持っていくが、これは刺した先だけだ」


「仲間が近くにいても使いやすいと思います」


「そういう意味じゃ理にかなってる。ただし、絶対に模擬戦で使うな」


「使いませんよ」


「念のためだ」


     ◇


 次に用意された標的は、領軍が大型魔物を想定して作った複合装甲だった。


 外側に厚い鉄板、その内側へ硬い魔物の甲殻、さらに奥には肉の代わりとして高密度の粘性素材が詰め込まれている。


「普通の剣なら、まず鉄板で止まる」


 グランが表面を叩く。


「身体強化ありなら、お前は多分かなり入れられる。ただ、狙いはこれを斬ることじゃない。剣先だけ中へ通して、奥を壊せるか確認する」


「分かりました」


 エイルは一度長剣を握り直した。


 今度は最初から《魔力圧縮》を使う。


 一度覚えた直後なのに、さっきより明らかに集めやすい。


 魔力を胸の内側でまとめ、外へ漏れないよう小さく押し込んでいく。


 量は先ほどの倍近い。


 それでも維持できる。


【《魔力圧縮 Lv.1 → Lv.2》】


 技能が上がる。


 さらに身体強化を脚と背中へ流し、剣を突き込むための姿勢を作った。


 狙うのは一点。


 大きく振らない。


 踏み込む。


 長剣の先端が鉄板へ当たる。


 硬い抵抗が返ってきた瞬間、脚から腰、背中、肩へ力を繋ぎ、そのまま身体ごと押し込んだ。


 金属が歪む。


 刃先が抜ける。


 内側の甲殻へ当たる。


 さらに押す。


 青鋼の刀身が硬い素材を割り、剣先がようやく内部の粘性層へ届いた。


 ここで止める。


 圧縮していた魔力を、一気に刀身へ流す。


 昨日のように外へ撃てば、周囲までまとめて吹き飛ばす量。


 今は、剣先の先にある狭い空間だけへ向ける。


「《衝撃(インパクト)》」


 低い音が響いた。


 鉄板は飛ばない。


 甲殻も表面から見れば大きく変わっていない。


 ところが標的の内部から、何かが潰れるような重い音が連続して聞こえ、数秒後には背面の厚い鉄板が内側から大きく膨らんだ。


 固定金具が二つ飛ぶ。


 グランたちが標的へ近づき、裏側を開ける。


 内部に詰められていた粘性素材は、剣が届いた位置を中心にほとんど形を失っていた。


 単純に穴が開いているのではない。


 内部から全方向へ衝撃を受け、広い範囲が押し潰されている。


「外殻を全部斬る必要がないな」


 グランの声から、さっきまでの軽さが消えた。


「剣先が中へ入れば、その先は硬さ関係なしで壊せる」


「多分、もっと狭くできます」


「もう次考えてるのか」


「今、少し広がりすぎました。圧縮したまま放出範囲も狭くすれば、もっと深いところへ集中できると思います」


 魔導技師が標的内部を確認しながら頷く。


「可能でしょう。ただし、同じ魔力量をさらに狭い場所へ押し込むなら反作用も大きくなります。今は標的が受けていますが、生物の内部で行えば、刀身側へ戻る衝撃も増えるはずです」


「剣が壊れますか?」


「先にあなたの手首や肩が耐えられなくなる可能性もあります」


「身体強化で受ければ?」


「……それを今から試そうとしないでください」


 先に止められた。


 エイルは少しだけ残念だったが、今日は剣そのものの確認も必要なので素直に従った。


     ◇


 鍛冶職人が長剣を細かく調べた結果、今の二回程度では刀身に目立つ損傷は出ていなかった。


 魔力伝導路にも異常はなく、三角角獣の角根を利用した負荷緩衝部分も機能している。


「ただし、剣だからな」


 職人は鞘へ戻す前に念を押した。


「魔導砲じゃない。今の使い方を何十回も連続でやれば、どこかに歪みが溜まる可能性はあるし、出力を上げるなら毎回状態を見るくらいでちょうどいい」


「分かりました」


「それと、この剣を作った奴はいい仕事してる。下手な剣なら二発目で魔力の通り道が焼けてるぞ」


「ローデンのグレイグさんです」


「《赤炉》か。なら納得した」


 知られている名前らしい。


 エイルは少し嬉しくなりながら長剣を受け取った。


「もう一回だけ試していいですか?」


「剣の状態だけなら問題ないが、出力は上げるな」


「狭くするだけです」


 グランが嫌な顔をした。


「お前の『だけ』は最近信用してない」


「魔力量は同じです」


「なら一回だけだぞ」


 新しい標的が置かれる。


 今度は先ほどより小さいが、内部に厚い粘性素材を詰めた円柱型だった。


 エイルは《魔力圧縮》を使い、先ほどと同じ程度の魔力を集める。


 ただし放出時に広げない。


 一点。


 剣先のさらに先へ、細い杭を打ち込むような感覚で流す。


 長剣を突き刺す。


 刀身が半分ほど入る。


 そこから魔力を通す。


 放つ直前、《魔力操作》と《魔力圧縮》を同時に強く意識した。


【《魔力圧縮 Lv.2 → Lv.3》】


 圧縮した《衝撃》が剣先から解放される。


 今回は大きな音すらしなかった。


 標的の表面も、剣を刺した穴以外はほとんど変わらない。


「失敗?」


 ヴァルトが言いかけた。


 エイルは首を振った。


「多分、入ってます」


 標的を開く。


 全員が中を見る。


 剣先の延長線上。


 粘性素材の中心だけに、細長い空洞ができていた。


 入口は狭い。


 しかし内部へ進むほど空洞が大きくなり、最深部では拳数個分の範囲が完全に失われている。


 グランがしばらく黙った。


「これ、甲殻の分厚い大型相手だと相当まずいな」


「剣が少しでも入れば使えます」


「首とか胸の隙間へ刺したら?」


「中へ届きますね」


「聞かなきゃよかった」


 ヴァルトも標的を見ながら腕を組んだ。


「名前付けるのか?」


「技にですか?」


「ここまで使い方違うなら、戦闘中に区別したくなるだろ」


 エイルは少し考えたものの、すぐには浮かばなかった。


「まだいいです。もっと使い方が変わるかもしれないので」


「それもそうか。昨日まで全力放出すら試してなかった奴だしな」


 同じ《衝撃》でも、使い方はすでにかなり分かれている。


 外へ広く放ち、巨大な力そのもので吹き飛ばす。


 足元へ小さく使い、身体を加速させる。


 地面や水へ流して、相手の姿勢や流れを崩す。


 剣を通して内部へ送り込む。


 そして今日、その内部へ送る力そのものを圧縮できるようになった。


 エイルは長剣を見ながら、この技能がまだ自分の考えているよりずっと先まで変えられる気がしていた。


     ◇


 午後からは《魔力圧縮》を剣以外へ使う訓練も行われた。


 最初に試したのは身体強化だった。


 全身へ広く魔力を流すのではなく、踏み込む瞬間だけ右脚へ少し圧縮した魔力を通し、その直後に腰と背中へ繋げる。


 単純に出力を上げるより反応が速い。


 ただし、一ヶ所だけ強くしすぎると身体全体の動きが乱れるため、圧縮した魔力をどの程度まで局所へ置くか調整が必要だった。


 何度か踏み込みを繰り返したところで、グランが途中から距離を取るようになった。


「何で離れるんですか?」


「お前の一歩目、さっきから地面抉れ始めてる」


 振り返る。


 確かに、蹴った場所だけ浅く土が沈んでいた。


「もう少し弱くします」


「弱くする方向を覚えたのは成長だな」


「最初からできますよ」


 さらに《衝撃》そのものの圧縮も試した。


 昨日の全力放出と同じ魔力を使うことは禁じられたため、小さな量だけを掌の前で圧縮し、岩へ向かって撃つ。


 通常なら拳大の範囲を砕く威力でも、細く絞ると表面の破壊は小さい代わりに奥へ深く入った。


「遠距離でも似たことできるな」


 グランが岩の穴を覗き込む。


「広い《衝撃》が槌なら、こっちは槍みたいな感じか」


「もっと圧縮したら、剣が届かない相手にも使えそうです」


「だから今日中に全部完成させようとするな」


「考えただけです」


「顔が試す顔してる」


 結局、午後の後半は出力を上げず、圧縮状態を維持する訓練だけになった。


 それでも技能は伸びた。


【《魔力圧縮 Lv.3 → Lv.5》】


【《魔力操作 Lv.19 → Lv.20》】


【《衝撃 Lv.22 → Lv.23》】


 覚えたその日に《魔力圧縮》は五へ届き、《魔力操作》も二十台へ入った。


 エイル自身には、もう一つ大きな変化も分かっていた。


 以前は新しい技能を覚えると、その技能単体の使い方を覚えるだけで時間が掛かっていた。


 今は違う。


 覚えた瞬間から、それを《衝撃》や《身体強化》、剣術へどう組み込むかまで次々に考えられる。


 一つの技能が増えることで、一つだけ強くなるのではなく、今まで持っていた技能すべての使い方が少しずつ広がっていく。


 《越境》が成長効率を上げているという説明を、エイルは以前から知っている。


 ただ、最近になってようやく、その意味が数字以外でも分かるようになってきた。


     ◇


 訓練を終えて北岸の仮設本部へ戻ると、地下街の地図には新しい印が増えていた。


 深層巨大個体を三日間観測した結果、完全ではないものの移動範囲に一定の傾向が見つかったらしい。


「第四区画より南東へ移動した後、数時間は深部北側の反応が弱くなる」


 レイアが地図を指しながら説明する。


「毎回同じ時間ではないが、少なくとも三日とも似た動きが出ている。これを利用して、次の調査で中央圧力制御塔から下り通路の入口まで進む」


「深部調査、再開するんですね」


「ああ。ただし、巨大個体を探しに行くわけじゃない。下り通路の構造確認と、第五区画へ続く経路の確保までだ」


 参加者の一覧もすでに作られている。


 領軍からレイアを含む精鋭六人。


 学院研究者三人。


 冒険者はグラン、ボルク、セナ、そしてエイル。


 これまでより明らかに戦力が厚い。


「グランさんも来るんですね」


「嫌そうに言うなよ」


 後ろにいたグランが笑う。


「A級かもしれない魔物がいる地下へC級だけ放り込むほど、ギルドも雑じゃない」


「嫌じゃないです。B級がどれくらい戦うのか見たかったので」


「お前、そういうとこ本当に遠慮ないな」


「褒めてますよ」


「ならいい」


 レイアが二人の会話を止めるように地図を軽く叩いた。


「今回、一番重要なのは戦力じゃなく退路だ。西部保守口が開いたことで、中央街路から西へ逃げる経路は確保できた。さらに第四区画手前にも物資と負傷者用の中継所を作る。異常が出たら調査を捨てて戻る」


 誰も異論を出さない。


 以前より準備はずっと整っている。


 地下街の地図も増え、退路は二本あり、B級を含む戦闘要員までいる。


 それでも、エイルが深部へ《振動感知》を向けると、あの巨大な反応だけは相変わらず別格だった。


 まだ遠い。


 だからこそ、今は進める。


「出発は?」


「明後日の朝だ。明日は装備と連携の最終確認に使う」


 エイルは頷いた。


 あと一日ある。


 今日覚えた《魔力圧縮》も、まだ試せることが残っている。


 剣へ通す。


 身体強化へ組み込む。


 遠距離へ細く撃つ。


 さらに《振動感知》と組み合わせれば、外から見えない内部のどこへ衝撃を入れるべきかまで探せるかもしれない。


 硬い外殻を持つ敵ほど、外側を全部砕く必要はない。


 剣先が届く場所さえ作れれば、その奥へ自分の最大に近い《衝撃》を直接送り込める。


 エイルは腰の長剣へ手を置きながら、深部へ続く地図を見た。


 暗闇の奥にいる巨大な相手へ、今の技がどこまで通じるのかは分からない。


 ただ、数日前より選べる手段は確実に増えており、その増え方も、もう以前の自分とは比べものにならなかった。


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