第62話 抑えていた力
深層巨大個体が初めて姿を見せてから三日間、地下街の深部へ向かう調査は完全に停止された。
何もしなかったわけではなく、むしろ北岸、西岸、地下街入口の三ヶ所では、それまで以上に多くの人間が動いている。西部保守口の開通によって物資を運び込めるようになったため、地下側には簡易的な救護所や補給所が設置され、中央街路には一定間隔で退避方向を示す標識まで打ち込まれた。
それと並行して、深層巨大個体の移動も観測され続けている。
幸いなことに、あれが西部保守口や北岸の縦穴へ真っ直ぐ向かってくることはなかった。
ただし、動いていないわけでもない。
一日に数度、地下深部から地上でも分かる程度の弱い揺れが発生し、そのたびに地下街に棲む魔物の群れが別区画へ移動している。学院側が地上観測と地下の記録を重ねた結果、深層巨大個体は一定の縄張りを巡回しているのではないか、という仮説が出始めていた。
「問題は、縄張りの範囲が分からないことだ」
三日目の朝、エイルは冒険者ギルドの会議室でガレスから説明を受けていた。
机には地下街の地図が広げられ、その深部には赤い印が四ヶ所追加されている。いずれも、この三日間で巨大個体の振動が最も強く観測された場所だった。
「今のところ、この辺りを動いてるらしい。ただ、こいつが何をきっかけに移動してるのか分からん以上、奥へ調査班を入れるのはまだ危険だ」
「食べ物を探してるとか?」
「それなら多少は分かりやすいんだがな。問題は、周辺の魔物を襲った痕跡がほとんど見つかってないことだ」
ガレスが赤い印の一つを指で叩いた。
「岩甲牙獣はあいつから逃げる。だが、巨大個体がそいつらを追ってる形跡はない。何かを食ってるのか、それとも別の理由で動いてるのか、それすら不明だ」
「遺構と関係してる可能性は?」
「学院はそっちを疑ってる。あの巨大個体が動いた時だけ、一部の水門や循環設備にも変化が出るらしい」
エイルは地図のさらに下へ視線を向けた。
自分が《振動感知》で拾った時も、巨大個体の身体の一部は地面へ深く触れているように感じられた。
単に大きな四足獣が歩いているだけでは説明できない振動もある。
「しばらく調査は休みですか?」
「深部はな。ただ、お前には別の話がある」
ガレスは机の脇へ置いていた紙を一枚取り、エイルへ渡した。
「今日の午後、領軍の訓練場へ行け」
「依頼ですか?」
「半分はな。深層巨大個体へ対処する戦力を決めるため、今リューデン周辺にいる冒険者や軍人の能力を確認してる。お前も対象に入った」
「僕、C級になったばかりですけど」
「だから何度も言ってるが、今は等級だけ見てない」
ガレスは少し呆れたように息を吐く。
「それと、今回の確認役にはB級が来る」
「B級?」
「ああ。たまたま南の街道護衛でリューデンへ来てた奴だが、大型魔物の討伐経験が多い。俺より戦力評価には向いてる」
エイルは少し興味を持った。
C級なら何人か見てきたが、B級冒険者とまともに話す機会はまだない。
「戦うんですか?」
「模擬戦もあるだろうが、それだけじゃない。特にお前の場合、《衝撃》の出力を一度ちゃんと測りたいそうだ」
「出力?」
「今まで、全力で使ったことあるか?」
聞かれて、エイルは少し考えた。
戦闘では何度も強く使っている。
深湖甲獣。
守衛機。
岩甲牙獣。
剣へ通した内部衝撃なら、かなりの魔力を込めたこともある。
それでも。
「……多分、ないです」
「だろうな」
ガレスは最初からそう答えると思っていたらしい。
「街中、船、水中、坑道、地下遺跡、お前が《衝撃》を使ってきた場所は、ほとんど周りに人か壊したくない物がある。自分で気づいてるか知らんが、お前はかなり細かく出力を抑えてるぞ」
言われてみれば、その通りだった。
敵を倒すために必要なだけ使う。
足場を壊さない。
船体へ余計な衝撃を通さない。
水中なら味方を巻き込まない。
地下街なら天井や壁を崩さない。
いつの間にか、それが普通になっていた。
「今日は壊していい場所を用意してある。だから一回、自分がどこまで出せるのか見てこい」
◇
午後に向かったのは、リューデン市街から少し離れた領軍の旧採石訓練場だった。
切り立った岩壁に囲まれた広い窪地で、周囲に建物はなく、現在は大型魔法や攻城兵器の試験に使われているらしい。
エイルが到着すると、カイルとヴァルトがすでに待っていた。
さらに、その二人から少し離れた場所に、見覚えのない大男が立っている。
年齢は四十前後だろうか。
短く刈った赤褐色の髪に、厚い革鎧、その背中にはエイルの長剣よりさらに大きな両手剣があった。
「お前がエイルか」
「はい」
「ギルドから聞いてる。俺はグラン。B級冒険者だ」
「よろしくお願いします」
「丁寧だな。もっと生意気なの想像してた」
「何でですか?」
「最近の報告だけ読んだら、十六でC級になって大型魔物を力で押し返してる奴だぞ。自信過剰な若造だと思うだろ」
「本人はこんなもんだ」
ヴァルトが横から言う。
「妙なところで無茶するが、自分が一番強いとは思ってない」
「それはいい」
グランはエイルを上から下まで見たあと、背中の両手剣を地面へ下ろした。
「今日はまず身体能力を見る。その後で技能だ。深層にいる奴と戦わせるためじゃないから安心しろ」
「まだ行かないんですか?」
「行きたそうな顔するな」
ヴァルトとカイルが同時にため息をついた。
◇
最初に行われたのは、以前学院でやったものより大きな重量物を使った確認だった。
領軍が攻城訓練に使う石製の重りへ金属枠を取り付け、重量を段階的に増やしていく。
五百キロ。
エイルは《身体強化》なしで持ち上げた。
以前なら四百キロでも背中へ負担があったが、今は腰より高い位置まで持ち上げても余裕が残っている。
「七百」
グランが追加を指示する。
さすがに重量感は増したものの、脚と腰を使えば持ち上がる。
「身体強化なしだよな?」
「はい」
「八百」
今度は腕と背中へはっきり負荷が掛かった。
それでも床から浮く。
グランがそこで止めた。
「一回降ろせ。次は身体強化ありで六百から」
「軽くなりません?」
「最初から限界試したら、伸びてる最中のお前が何やるか分からん」
カイルが横で頷いている。
エイルは少し不満だったが、言われた通り六百キロへ戻した。
脚、腰、背中、肩へ《身体強化》を繋ぐ。
持ち上げる。
ほとんど抵抗を感じない。
七百。
八百。
九百。
一トン。
そこまで来て、ようやく全身へ重さが掛かる。
しかし、まだ持ち上がった。
グランの表情が少しずつ変わっていく。
「……一トンを上げたC級は何人か知ってるが、お前、身体強化覚えて一週間経ってないんだよな」
「まだ数日です」
「数日でそこまで馴染む技能じゃねえぞ」
「エイルにその手の話しても無駄だ」
カイルが言う。
「昨日できなかったことを今日普通にやる」
「それは聞いてたが、数字で見ると気持ち悪いな」
「本人の前ですよ」
「褒めてる」
「そうは聞こえません」
最後は一・二トンまで増やしたところで、グランが強制的に終了させた。
エイルとしてはもう少し試せそうだったが、今日は筋力の限界測定だけが目的ではない。
◇
次に移ったのは、採石場の一番奥にある岩壁だった。
高さ二十メートルほどの壁面へ、攻城魔法用の大きな標的が描かれている。
「ここから三十メートル離れろ」
グランに言われ、エイルは指定された位置へ立った。
「《衝撃》だけ使う。剣はなしだ」
「どこまで出しますか?」
「最初は普段、敵へ撃つくらい」
エイルは右手を岩壁へ向けた。
普段。
そう言われても少し難しい。
《衝撃》は使い方によって出力がまったく違う。
足場をずらす程度なら小さいし、魔物の内部へ入れる場合は範囲を極端に狭くする。
「大型魔物を押すくらいでいいですか?」
「それでやれ」
魔力を集める。
岩壁へ向かって放つ。
《衝撃》が空気を押し、標的の中央へぶつかった。
鈍い音とともに表面の岩が割れ、半径一メートルほどの範囲が浅く陥没する。
グランが壁を見た。
「今ので魔力、どれくらい使った?」
「少しです」
「その答え、一番困るな」
「本当に少しなので」
ヴァルトが苦笑する。
「こいつは具体的な数字言わんぞ。状態隠してるからな」
「冒険者としては正しいけど、評価する側には面倒だな」
次は倍程度。
今度は岩壁の陥没がさらに深くなり、周囲へ細い亀裂が広がった。
それでもエイルには余裕がある。
「もう一段」
三度目。
空気を打つ音そのものが変わり、岩壁から大きな石片が剥がれ落ちる。
グランは少し黙ったあと、標的ではなくエイルの方を見る。
「まだ抑えてるな」
「……分かりますか?」
「分かる。魔力の集め方が綺麗すぎる」
「綺麗?」
「壊したい範囲を決めて、そこから外へ逃げないよう無意識にまとめてる。普段ずっとそう使ってるんだろ」
エイルは自分の右手を見る。
確かに。
今も岩壁の外へ衝撃が広がらないよう、自然に魔力を絞っていた。
「次は、それをやめろ」
「広げるんですか?」
「広げてもいいし、一点へ全部入れてもいい。ただし、周りのことを考えるな。ここには俺たちしかいないし、全員十分離れる」
カイルとヴァルトがさらに後ろへ移動する。
グランもエイルから二十メートルほど横へ離れた。
「岩壁は壊していい。地面も多少なら構わん」
「本当に?」
「そのための場所だ」
エイルは標的へ向き直った。
周囲に仲間はいない。
船もない。
崩したくない遺跡もない。
敵の内部だけへ通す必要もない。
ただ前へ。
出せるだけ出していい。
そう考えた瞬間、自分が今までどれだけ《衝撃》を抑えていたのか、初めて少し分かった。
魔力を集める。
いつもなら途中で止める量を越えても、まだ身体の中にはかなり残っている。
さらに集めると、右腕から肩へ重い圧力が掛かり始めた。
それでもまだいける。
魔力操作で流れを整えながら、出力そのものを上げていく。
「……まだ増えるのか」
遠くでヴァルトの声がした。
エイルは答えない。
集中していた。
今までなら。
この辺りで止めている。
もう少し。
さらに。
右手の前で空気が歪んだ。
地面に落ちていた小石が僅かに震える。
「エイル、撃て!」
グランの声が響く。
エイルは右手を前へ押し出した。
「《衝撃》」
放った瞬間、これまで使ってきたものとはまるで感触が違った。
空気を押すというより、前方にあるものすべてへ巨大な力の塊を叩き込む。
轟音が採石場へ響いた。
標的が消える。
岩壁の中央が大きく陥没し、そこから蜘蛛の巣状の亀裂が一気に広がったかと思うと、数メートル四方の岩盤がまとめて内側へ砕け、その一部が後方へ吹き飛ぶ。
遅れて地面が揺れた。
細かな石片が採石場へ降り注ぎ、土煙が壁面を覆う。
エイルも腕を下ろさず、その向こうを見ていた。
煙が薄くなる。
岩壁には。
大きな穴が開いていた。
完全に貫通したわけではない。
ただ、奥行きだけでも数メートルは抉れている。
「……」
しばらく誰も喋らなかった。
エイルが最初に口を開く。
「思ったより出ました」
「お前、本当にそれだけか?」
グランが岩壁とエイルを交互に見る。
「魔力は?」
「まだあります」
「どれくらい?」
「半分より多いと思います」
今度はグランだけでなく、カイルとヴァルトまで黙った。
「もう一回いける?」
「多分」
「やめとけ」
グランは即答した。
「今日は測定だ。採石場の壁全部なくす日じゃねえ」
「そこまではならないと思います」
「その『思います』を信用できる材料が今消えた」
カイルが岩壁へ歩いていき、陥没した部分を見上げる。
「水中でこれやったらどうなる?」
「多分、かなり広がるので味方がいたら使えないです」
「地下街なら?」
「周りの建物とか天井まで危ないと思います」
「つまり普段は、これを出せるのに出してないってことか」
「必要ないので」
エイルは自然に答えた。
敵一体を倒すためなら、その敵だけに届けばいい。
わざわざ周囲まで吹き飛ばす理由はない。
しかし。
もし。
周りに誰もいなかったら。
守らなければならない建物もなく。
自分一人で。
目の前の敵だけを倒せばいい状況なら。
もっと自由に使える。
【《衝撃 Lv.20 → Lv.22》】
視界へ表示が浮かんだ。
続いて《魔力操作》も上がる。
【《魔力操作 Lv.17 → Lv.19》】
ただ一度、出力制限を外しただけで二段ずつ伸びた。
エイルはそれを確認しながら、再び岩壁を見る。
今の一撃ですら。
撃った瞬間に、まだ改善できる場所がいくつも分かった。
魔力を集める速度。
腕への負荷の逃がし方。
放つ直前の圧縮。
範囲を広げるか。
もっと一点へ絞るか。
一度使ったことで。
次はもう。
今より上手くできる。
◇
「模擬戦はやめる」
グランが突然そう言った。
「え?」
「何でですか?」
エイルとヴァルトの声が重なる。
「今の見た後で近接模擬戦やって、こいつが何か試したくなったら嫌だ」
「人に《衝撃》は撃ちませんよ」
「分かってる。ただ、お前は戦ってる途中で新しい使い方覚えるタイプだろ」
否定できない。
「代わりに俺が剣だけ見る。技能は身体強化までだ」
「分かりました」
グランは両手剣を抜いた。
刃は潰されていない。
真剣。
エイルも長剣を抜く。
「本気で斬らないですよね?」
「それはこっちの台詞だ。俺はB級だぞ」
「分かってます」
「……何でちょっと嬉しそうなんだ」
グランの構えは、ヴァルトとはまったく違った。
受け流す剣ではない。
正面から相手の攻撃を叩き潰し、そのまま押し切るための両手剣。
「来い」
エイルは身体強化を使わず踏み込んだ。
最初の一撃。
グランの両手剣とぶつかる。
これまで戦った人間とは、明らかに重さが違った。
エイルの剣が押し返される。
すぐに力を抜いて横へ流し、二撃目へ繋げる。
グランの剣が追ってくる。
速い。
体格から想像するより遥かに速い。
エイルは長剣の根元で受け、身体ごと外へ回った。
「いい反応だ」
グランが踏み込む。
重い横薙ぎ。
今度は《身体強化》を使った。
脚から背中へ魔力を通し、長剣を正面から合わせる。
金属音が響く。
エイルの足が半歩滑る。
グランの足は動かない。
「やっぱりB級は強いですね」
「戦いながら普通に喋るな」
グランが笑う。
次の一撃。
エイルは受けない。
紙一重で身体を沈め、そのまま懐へ入る。
長剣を振る空間がない。
なら柄。
グランの脇腹へ寸前で止める。
同時に。
グランの膝がエイルの腹の前で止まっていた。
「相打ちか」
「僕の方が少し早かったと思います」
「俺の膝の方が近かった」
「じゃあもう一回」
「急に負けず嫌い出すな」
そこから何度も剣を合わせた。
正面の力では、身体強化を使ってもグランの方がまだ上だった。
速度はエイル。
技術はグランの経験が勝る場面も多い。
それでも、十度、二十度と打ち合ううちに差が変わっていく。
最初は押し返された剣を。
次は止める。
さらに次は。
少しだけ押し戻す。
グランの表情が変わった。
「お前……今、途中で強くなってないか?」
「多分、身体強化の使い方が良くなりました」
「戦ってる最中に?」
「はい」
「聞いてはいたが、実際やられると気持ち悪いな」
グランが一度距離を取った。
「じゃあ、これ止めてみろ」
両手剣を大きく引く。
これまでより明らかに力が入っている。
エイルも長剣を両手で構え、《身体強化》を全身へ回した。
グランが踏み込む。
剣が来る。
真正面。
受ける。
激しい金属音が響き、エイルの腕へ重い衝撃が入った。
足元の土が僅かに沈む。
それでも。
今回は下がらなかった。
剣同士がその場で止まる。
グランが押す。
エイルも押す。
最初は均衡していた。
数秒後。
エイルの剣が。
少しずつ。
前へ出る。
「……は?」
グランの腕が押し戻される。
エイルは自分でも驚いた。
ただ。
止めない。
脚へさらに力を入れ、腰から背中へ繋げる。
グランが一歩下がった。
そこでエイルはすぐ力を抜いた。
「今、押せました」
「嬉しそうに言うな」
グランは両手剣を下ろし、腕を軽く振った。
「最後、何か別の技能使ったか?」
「身体強化だけです」
「出力上がった?」
「戦ってる途中で少し使いやすくなりました」
視界の端へ表示が浮かぶ。
【《身体強化 Lv.13 → Lv.15》】
グランはその数字を見ることはできない。
それでも、起きたことは理解しているようだった。
「……ガレスが早めに見とけって言った意味分かったわ」
「何がですか?」
「お前は今強いことより、明日の強さが読めない方が厄介だ」
◇
訓練が終わった後、グランは深層巨大個体についても意見を求められていた。
北岸の仮設本部へ戻り、学院の描いた推定図と、中央調査班の証言を一通り確認する。
「実物見てない以上、等級は付けられん」
グランは最初にそう断った。
「ただ、岩甲牙獣の群れが戦いもせず逃げてる時点で、最低でもA級討伐対象を想定して動いた方がいい。体格が証言通りなら、単純な大型種じゃなく災害指定まで考える」
「B級複数では?」
レイアが聞く。
「相性次第だ。大型ほど鈍いとは限らんし、地下じゃこっちが使える戦術も減る。しかも遺構を崩されたら魔物を倒しても全員埋まる」
グランはそこでエイルを見た。
「こいつの《衝撃》も、地下じゃ全開にできない」
レイアの眉が僅かに動く。
「全開?」
「今日見た。報告にある使い方と全然違うぞ。あいつ、普段かなり抑えてる」
「どの程度?」
「採石場の岩壁を一発で数メートル抉った。それでも魔力は半分以上残ってるらしい」
会議室が少し静かになった。
エイルは自分の話なので黙って聞いていた。
「ただし、地下街であれをやれば?」
「場所によりますけど、近くに人がいたら使いたくないです。壁や天井も危ないと思います」
「だろうな」
グランは地図を指した。
「だから深部へ行くなら、こいつが強いから何とかなる、で編成を組むな。強い奴ほど、守るものが多い場所じゃ使える力が減る」
その言葉はエイルにも残った。
今日。
初めて周囲を気にせず《衝撃》を放った。
今までより。
ずっと強かった。
それでも、地下街へ戻れば同じことはできない。
仲間がいる。
研究者がいる。
崩したくない道がある。
なら、そこで使える範囲の力で戦うしかない。
◇
会議が終わったあと、エイルは本部の外へ出た。
夕方のリューデ湖は穏やかで、数日前に巨大な魔物が湖底から現れたとは思えないほど水面が静かだった。
エイルは自分の右手を開き、今日の《衝撃》を思い出す。
あれだけ出しても。
まだ終わりではなかった。
一度使ったことで、もっと圧縮できる感覚も分かった。
魔力操作も上がった。
次に同じ条件で撃てば。
さらに強くなる。
「何してる?」
後ろからグランが出てきた。
「今日の《衝撃》思い出してました」
「もう次の撃ち方考えてるのか?」
「少し」
「やっぱりか」
グランは湖を見ながら、しばらく黙っていた。
「一つだけ覚えとけ。強い一発を持ってても、仲間が近くにいたら撃てないことはある」
「はい」
「そういう時は、撃てない自分が弱いわけじゃない。守る相手がいるってだけだ」
エイルは少しだけグランを見る。
「急に真面目ですね」
「俺だってたまには真面目なこと言う」
「すみません」
「そこ謝るな」
グランは笑ったあと、先に戻っていった。
エイルはもう一度湖を見る。
地下深部には、自分より明らかに強い何かがいる。
そして今の自分には、その相手へ使える力と、使えない力がある。
それでも焦りはなかった。
今日また一つ、自分がどこまで出せるのかを知った。
それなら次は、その力をもっと上手く扱えるようになればいい。
深部へ再び向かう日まで、まだ少し時間がある。
その間にも、自分は止まらず強くなれるのだから。




