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第58話 空白の先で待つもの

 第二降下班が地下街から持ち帰った地図は、その日の夜だけで三度書き直されることになった。


 入口から四百五十メートルほどまで伸びた中央街路、第三循環炉へ繋がる巨大門、左右へ分岐する複数の路地、さらに西側で見つかった上向きの坂道まで現在のリューデ湖周辺図へ重ねた結果、学院側が最初に立てていた予想より地下施設そのものが遥かに広い可能性が出てきたからだ。


 特に注目されたのは、西側へ伸びる坂道だった。


 崩落した先から水の振動が届いているだけなら、単なる地下水脈という可能性もある。しかし、古い記録に残っている西部水上遺跡の位置と方角を照らし合わせると、地下街から伸びる経路の先がかなり近い場所へ向かっていた。


「もしこれが繋がってるなら、北岸から潜らなくても地下街へ入れる道が西側にあるかもしれない」


 仮設本部の地図台を囲みながら、フィンが定規で二つの地点を結ぶ。


「もちろん直線で繋がってるとは限らないけど、方角はかなり近いよ」


「西部水上遺跡は湖面から見えるんでしたよね」


「水位が低い時だけ一部が出る。今は上の方しか見えないけど、学院の記録だと下にも石造構造が続いてるはず」


 リサが別の古地図を横へ並べた。


「それと、もう一つ面白いのが東側。地下街の中央街路が今のところ南東寄りに伸びていて、エイルが感じてる大きな振動も少し東側でしょう?」


「はい。今まで進んだ距離だと、正面より少し右にあります」


「このまま伸びるなら、四十年前に金属音が報告された東湖域へ近づいていく」


 北岸の遺構。


 西部水上遺跡。


 東湖域の異常音。


 最初はそれぞれ別の場所だと思われていたものが、地下街を中心に少しずつ一本の構造として繋がり始めている。


 エイルは地図を見ながら、自分の中で道が増えていく感覚を楽しんでいた。


「明日は西側を調べるんですか?」


「そのつもりだったんだけど」


 フィンが少し困った顔をする。


「エイルには別の仕事が入った」


「別?」


「中央街路側の先行確認」


 後ろからレイアの声がした。


 振り返ると、軍の報告書を数枚持った彼女が本部へ入ってくる。


「今日見つかった岩甲牙獣について、入口周辺の魔物としては危険度が高すぎるという判断になった。あの個体が一体だけなら問題ないが、同種が群れを作っているなら測量班をそのまま奥へ出すのは危険だから、明日は小規模の戦闘班で先に中央街路を確認する」


「僕もそこへ?」


「ああ。今日はほとんど一人で倒したそうだな」


「最初はみんなで止めてましたよ」


「報告書には、最後の十秒くらいしか戦闘らしい戦闘になっていないと書いてある」


「十秒よりは少し長かったかもしれません」


「そこを訂正しても評価はあまり変わらない」


 レイアは苦笑しながら、地図上の中央街路を指した。


「今回は調査班を連れていかない。軍から三人、ギルドからエイルを含めて三人、合計六人で五百メートル以降を確認する。危険な群れがいれば規模を把握し、排除可能なら排除するが、大型反応へ直接近づくことは禁止だ」


「分かりました」


「本当に分かってる顔だな、今は」


「前から分かってましたよ」


「前は分かった上で行きたそうな顔をしてた」


 近くで聞いていたフィンが笑い、エイルは少しだけ肩をすくめた。


     ◇


 翌朝、中央街路の先行確認へ参加した六人の中には、昨日一緒だった大盾使いのC級冒険者もいた。


 名前はボルクというらしく、三十歳を少し越えたくらいの大柄な男で、背丈だけならエイルより頭一つ以上高い。


「昨日はちゃんと名乗る暇なかったな」


 縦穴へ向かう船の上で、ボルクが手を差し出してきた。


「ボルクだ。C級になって七年、だいたい遺跡と護衛で食ってる」


「エイルです。よろしくお願いします」


「知ってるよ。むしろ最近、お前の名前知らない奴の方が少ないんじゃないか」


「そんなにですか?」


「リューデンの中だけならな。外へ出ればまだ誰も知らんだろうが、その方が旅するには楽かもしれんぞ」


 もう一人のギルド側参加者は、短い二本の曲刀を使う女性冒険者だった。


「セナ。私もC級だけど、ボルクほど長くはない。地下遺跡は慣れてるから、狭い場所は任せて」


「よろしくお願いします」


「昨日の話、どこまで本当?」


「昨日?」


「岩甲牙獣を正面から止めたってやつ」


「止めましたよ」


「盾なしで?」


「剣で」


 セナはしばらくエイルを見てから、ボルクへ視線を移した。


「本当なんだ」


「俺が受けた直後にやられたから、嫌でも覚えてる」


「それで何で本人が一番普通なの?」


「俺に聞くな」


 エイルは二人の会話を聞きながら、潜水装備の固定を確認した。


     ◇


 地下街へ到達するまでの移動は、もう訓練に近い感覚すら薄れ始めていた。


 湖底まで潜り、第一空洞から中央導水路へ入り、縦穴を八十メートル近く下降する一連の経路を、エイルは周囲の警戒を続けながらほとんど迷いなく進んでいく。


 途中で水流が変化する場所も、装備が引っかかりやすい金属枠も覚えているため、自分だけではなく後ろを進む者が危なくなりそうな位置まで先に分かるようになっていた。


 昨日までは水中行動そのものが新しい技能だったはずなのに、今では軍の潜水員と同じ隊列の中にいても、動きに遅れが出ない。


 むしろ縦穴中ほどでセナが流れを読み違え、壁側へ押された時には、エイルが先に進路を変えて腕を掴み、そのまま中央へ引き戻した。


 水を抜け、地下街の床へ降りたあと、セナは呼吸具を外しながらエイルを見る。


「助かったけど、今の私、装備込みで百キロ近かったよ」


「水中だったからもっと軽かったと思います」


「そういうことにしとく」


 ボルクが横で笑った。


「こいつと力の話すると、自分の方がおかしい気がしてくるぞ」


 エイルは何も言わず、長剣を背中から外して腰側の位置へ移した。


 地下街では普通に歩けるため、水中用の背負い方よりこちらの方が抜きやすい。


     ◇


 昨日地図化された範囲を越えると、中央街路の幅は少しずつ狭くなっていった。


 それでも馬車が数台並べる程度の広さはあり、左右の建物も以前より高く、三階から四階ほどの構造物が増えている。


 途中から石畳には細い金属線が何本も埋め込まれ、壁の青緑色の結晶も間隔が短くなっていた。


「中心部に近づいてるのかもしれないな」


 軍兵の一人が言う。


「建物も変わってる」


 エイルも同じことを感じていた。


 これまで見た区画は水路や設備を管理する作業区域に近かったが、今いる場所には広い入口を持つ建物が多く、内部に複数の階層がある。


 ただし、人が暮らしていた痕跡はほとんど見つからない。


 家具。


 食器。


 寝具。


 そういったものがない。


「やっぱり街というより、施設なんでしょうか」


「俺もそんな気がしてきた」


 ボルクが壁際の古い金属板を見る。


「人が住む場所にしちゃ生活臭がなさすぎる」


「でも、これだけの規模を誰かが使ってたなら、どこかに人がいた場所はあると思う」


 セナが答える。


 エイルは話を聞きながら、周囲へ《振動感知》を伸ばし続けた。


 五十メートル。


 百メートル。


 さらに外側。


 以前なら感覚がぼやけていた距離まで、今では床や壁を伝う大きな動きなら拾える。


 その中に、複数の足音があった。


「止まってください」


 全員が足を止める。


「正面に七体、右の建物の中に三体います。正面の方が大きいです」


「岩甲牙獣か?」


「多分、近いと思います。歩き方が昨日の個体と似てます」


「十体か」


 ボルクが大盾を下ろす。


「避けられる道は?」


 エイルは右と左へ意識を伸ばす。


「左側から回れます。ただ、その先でも中央街路へ戻るので、完全には避けられないと思います」


「なら先に数を減らした方がいいな」


 軍兵も頷く。


 六人は街路中央ではなく、左側の建物沿いへ移動した。


 そこなら一度に複数の大型個体が横へ並びにくい。


 数十秒後、青緑の灯りの向こうから最初の影が現れた。


 岩甲牙獣。


 昨日とほぼ同じ大きさ。


 その後ろにもう一体。


 さらに奥にもいる。


「七体全部か」


 ボルクが盾を構えた。


「最初の二体を止める。セナは横、軍は後ろの個体を槍で抑えてくれ。エイルは――」


「三体目まで僕がやります」


 ボルクが一瞬こちらを見る。


「三体?」


「前の二体を止めてもらえれば、後ろが詰まります。その間に横から入れます」


「できるか?」


「やってみます」


「無理だと思ったらすぐ戻れ」


「はい」


 岩甲牙獣が走り出した。


 石畳へ爪が当たり、重い足音が連続する。


 先頭の二体が並びかけたところでボルクが前へ入り、大盾を斜めに構えて最初の突進を受ける。


 以前なら一体でも押された攻撃。


 今回は身体ごと流すように受けたため、数歩下がりながらも耐える。


 軍兵の槍が二体目の顔を牽制した。


 その瞬間、エイルは動いた。


 《身体強化》を脚、腰、背中へ流し、最初の踏み込みへだけ小さな《衝撃》を重ねる。


 街路が一気に後ろへ流れた。


 先頭の二体の横を抜ける。


 三体目がエイルへ顔を向けた時には、もう剣の間合いだった。


 長剣を横へ振る。


 狙いは首。


 岩甲牙獣が前脚を上げて防ぐ。


 昨日なら、一度受けさせて関節を狙っただろう。


 エイルはそのまま振り抜いた。


 前脚の甲殻へ刃が当たり、硬い抵抗が返ってくる。


 それでも速度を落とさず、腰を回してさらに力を乗せると、甲殻が割れ、前脚ごと刃が首元まで入った。


 岩甲牙獣の巨体が横へ崩れる。


 四体目がすでに迫っている。


 エイルは剣を引き抜きながら半歩だけ後ろへ下がり、振り下ろされた爪を長剣の腹で受けた。


 衝撃は強い。


 それでも押されない。


 むしろ剣を押し上げると、相手の前半身が僅かに浮いた。


 そこへ踏み込み、胸部へ肩からぶつかるように身体を入れる。


 二メートルを超える魔物の巨体が後ろへよろめいた。


 エイルはその隙に剣を下から入れ、顎の下から頭部へ貫いた。


 二体目。


 次が来る。


 五体目は止まらず、そのまま仲間の死体を乗り越えて突進してきた。


 エイルは正面へ立った。


 避ける必要はないと判断したからだ。


 頭部を低くした岩甲牙獣の突進へ、身体強化を全身へ広げた状態で左手を伸ばし、角の根元へ掌を当てる。


 凄まじい力が肩へ入る。


 靴底が石畳を僅かに滑った。


 それでも一歩分も下がらない。


 エイルは右手の長剣を下げたまま、左腕だけで岩甲牙獣の頭を押さえていた。


「……嘘だろ」


 後方からボルクの声が聞こえる。


 エイルは返事をせず、そのまま腰を落とした。


 腕だけで止めているわけではない。


 脚で受け、腰を通し、背中から肩へ力を繋げている。


 そこへ《身体強化》が重なる。


 岩甲牙獣がさらに押す。


 エイルも押す。


 次の瞬間、巨大な頭部が逆へ動いた。


 エイルが一歩進む。


 岩甲牙獣の前脚が滑る。


 さらに一歩踏み込むと、五メートル近い巨体が完全に押し戻された。


 エイルは左手を離し、そのまま長剣を片手で振り上げる。


 刃が首の甲殻へ入り、途中で僅かに止まったため、最後だけ短い《衝撃》を重ねる。


 首が大きく折れ、岩甲牙獣はその場へ倒れた。


 三体。


 エイルは息を整えるため一度だけ立ち止まったが、呼吸はほとんど乱れていなかった。


 前方を見ると、残った二体のうち一体は軍兵とセナが抑え、もう一体はボルクの盾へ噛みつこうとしている。


 エイルはすぐそちらへ向かった。


「ボルクさん、少し下がってください」


「何する気だ?」


「正面から入ります」


「またかよ!」


 ボルクが盾を引く。


 岩甲牙獣がその動きに合わせて前へ出る。


 そこへエイルが入った。


 剣を振らない。


 身体強化を右脚へ寄せ、地面を強く踏む。


 肩から。


 ぶつかる。


 岩甲牙獣の巨体が横へ飛んだ。


 数メートル先の石壁へ背中から叩きつけられ、壁面に細い亀裂が走る。


 一瞬、全員の動きが止まった。


 エイルは自分でも少し驚いたが、倒れた個体がまだ生きているのを確認すると、普通に近づいて首へ剣を入れた。


「まだ一体います」


 その声で周囲が我に返る。


 最後の個体はセナと軍兵二人がすでに脚を崩していたため、エイルが加わるまでもなく数秒後には槍と曲刀で仕留められた。


 戦闘が終わり、広場に近い街路へ七体の岩甲牙獣が倒れる。


 エイルは剣についた血を払いながら、刃先に欠けがないか確認した。


「問題なさそうですね」


「お前はそれで終わりなのか?」


 ボルクが大盾を下ろしながら近づいてくる。


「何がですか?」


「五メートルある魔物を肩で吹っ飛ばした感想だよ」


「身体強化を使ったので」


「身体強化使ったC級が全員あれできたら、俺は七年も盾やってねえよ」


 セナも曲刀を拭きながらこちらへ来た。


「途中から一人だけ戦い方おかしかったよ。最初は剣士だったのに、最後ほとんど大型魔物と力比べしてたじゃん」


「力で止められるなら、その方が早い時もあるので」


「数日前まで潜水初心者だった人の台詞じゃないんだけど」


 軍兵たちも苦笑していたが、一人だけ戦闘跡を見ながら真面目な表情をしている。


「昨日の報告より明らかに強くなってるな」


 言われて、エイルは少し考える。


 確かに昨日は、岩甲牙獣一体の前脚を止めるために両手の長剣を使った。


 今日は突進してくる個体を片手で抑え、押し返せた。


 意識して力を隠していたわけではない。


 普通にやった結果が違っている。


【《身体強化 Lv.9 → Lv.11》】


 表示が浮かぶ。


 さらに続く。


【《剣術 Lv.18 → Lv.19》】


【《衝撃 Lv.19 → Lv.20》】


 《身体強化》は昨日覚えたばかりなのに、もう二桁へ入った。


 エイルは表示を見たあと、右手を何度か握る。


 強くなっている。


 それだけではなく、その速度まで明らかに上がっている。


「まだ動けるか?」


 ボルクが聞く。


「大丈夫です」


「疲労は?」


「ほとんどないです」


 ボルクは何か言おうとして、結局やめた。


「なら進むぞ。俺たちの目的は戦いじゃなくて、その先の確認だからな」


 エイルも頷いた。


     ◇


 岩甲牙獣の群れがいた場所を越えてから、魔物の反応は急に減った。


 代わりに、設備から届く魔力が強くなる。


 中央街路の床へ埋め込まれていた金属線は途中から幅の広い帯へ変わり、それが左右の建物や地下へ枝分かれしている。


 エイルが触れてみると、僅かな振動が規則的に流れていた。


「これ、何か運んでます」


「水か?」


「水じゃないです。振動そのものは弱いけど、魔力感知にも引っかかります」


 軍兵の一人が小型測定器を当てる。


「魔力が流れてるな。かなり弱いが、完全には止まってない」


「中央の設備へ繋がってるのかもしれません」


 さらに二百メートルほど進む。


 そこで街路が途切れた。


 正確には、巨大な空間へ出た。


 これまでの街路がそのまま収まるほど広い円形の広場があり、中央には直径二十メートルを超える巨大な柱が立っている。


 柱の表面には幾重にも金属環が巻かれ、その一部がゆっくり回転していた。


 昨日からずっと聞いていた低い振動。


 その一部が、ここから出ている。


「これが大きな反応?」


 セナが声を落とす。


 エイルは首を振った。


「違います。これはかなり大きいですけど、最初から感じてたものはもっと奥です」


「これより大きいのか」


 ボルクの表情が少し変わる。


 柱の向こう側には三本の通路が伸びていた。


 一つは北東。


 一つは南。


 最後の一つは、さらに下へ向かって緩やかに傾斜している。


 そしてエイルが感じている巨大振動は、その下り通路のさらに先から届いていた。


 軍兵が地図へ位置を書き込む。


「今日はここまでだな」


「下は見ないんですか?」


「入口だけ確認する。大型反応へ近づくなって命令だ」


「分かってます」


「昔のお前なら『ちょっとだけ』って言いそうだな」


「今は言いませんよ」


 ボルクが笑った。


 一行は円形広場の周囲だけを確認した。


 巨大柱の基部には古代文字が残っており、完全な解読は学院へ持ち帰る必要があるものの、軍兵が持っていた対照表でも一部は読めた。


「中央……圧力……制御?」


 セナが覗き込む。


「中央圧力制御塔、かもしれないな」


「塔っていうより柱だけどな」


 ボルクが上を見る。


「地下じゃ上へ伸ばせないから、こうなったのかもしれん」


 エイルは柱より、その足元へ注目した。


 地下へ何本もの太い構造物が伸びている。


 しかも、そこから街全体へ振動が広がっていた。


 湖の水位。


 北岸の水門。


 地下街。


 西部水上遺跡。


 すべてを繋ぐ設備の一部なのかもしれない。


 ただ、それでも最深部ではない。


 もっと下に何かがある。


     ◇


 帰還前、エイルは円形広場の端で一度だけ石床へ手をついた。


 《振動感知》を限界まで広げる。


 制御塔の振動。


 街路を流れる小さな機構音。


 地下水。


 離れた場所を歩く魔物。


 それらを一つずつ外し、さらに奥へ意識を伸ばす。


 下り通路。


 その先。


 さらに下。


 巨大な反応がある。


 以前より近い。


 それでも距離はまだある。


 ただ、今日は一つだけ新しく分かった。


 動いている。


 単純に機械が回転しているだけではない。


 一定時間ごとに、巨大な質量そのものが僅かに位置を変えている。


 そのたびに地面が震え、湖底まで振動が届いている。


「エイル?」


 セナに呼ばれ、エイルは掌を床から離した。


「どうした?」


「少し分かりました」


「何が?」


「奥の大きい反応、ずっと同じ場所で動いてるわけじゃないです。少しずつ位置が変わってます」


 ボルクの表情から笑みが消えた。


「機械じゃない可能性がある?」


「分かりません。でも、昨日まで思ってたより動き方が大きいです」


 全員が下り通路を見る。


 そこに光はほとんど届かず、古い青緑色の灯りが途中まで並んだ先で暗闇に消えている。


 今のエイルでも、そこにあるものの正体までは見通せない。


 それでも恐怖より先に、もっと強くなれば届くという感覚があった。


 今日だけでも《身体強化》は二段上がり、以前なら強敵だった岩甲牙獣を複数相手にしても余力が残っている。昨日できなかったことが今日は普通になり、今日難しいことも、この先では同じように乗り越えられるかもしれない。


 エイルは長剣の柄へ軽く触れたあと、下り通路から視線を外した。


「戻りましょう」


 先にそう言ったエイルを見て、ボルクが少し意外そうな顔をする。


「行きたくないのか?」


「行きたいですよ。でも、次に来た時の方が今より強いと思うので、その方が奥まで行けます」


 数秒の沈黙のあと、セナが小さく笑った。


「それ、普通の人が言ったら強がりなんだけどね」


「こいつの場合、明日来たら本当に強くなってそうだから困る」


 ボルクも笑い、一行は来た道へ戻り始めた。


 エイルも隊列へ加わりながら、もう一度だけ背後の巨大な制御塔と、そのさらに奥へ続く下り道を振り返った。


 今の自分では、まだ正体さえ掴めないものが待っている。


 だからこそ、そこへ辿り着くまでにどれほど強くなれるのかを考えると、足取りはむしろ軽くなっていた。


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