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第45話 潜るための身体

 翌朝、エイルが学院の水中訓練施設へ着くと、昨日とは違う装備が水槽の脇に並べられていた。


 薄い訓練着の上から着ける革製の胸当て、腰に巻く重り、短い縄、そして顔の半分を覆う透明な水中眼鏡。どれも実戦用ほど頑丈ではないらしいが、昨日のようにほとんど身一つで潜るのとは明らかに違う。


「今日は装備ありだ」


 カイルが重りを一つ持ち上げる。


「昨日、浮きすぎて下へ潜るのに苦労してただろ。これで少し楽になる」


「重くした方が潜りやすい?」


「沈むだけならな。ただし、今度は浮いて戻るのが大変になる」


「なるほど」


「あと、昨日みたいに《衝撃》で無理やり上がろうとする前に普通に泳げ」


「分かってます」


「昨日のお前を見てると、一応言っとかないとな」


 エイルは腰へ重りを着けてみた。


 地上ではそれほど重くない。


 だが、これを身につけたまま泳ぐとなれば話は違うのだろう。


 水中眼鏡も初めて使う。


「目、開けなくていいんですね」


「湖の中で裸眼のまま見続けたら痛むぞ。水も綺麗とは限らん」


「昨日ほとんど見えませんでした」


「あれだけ湖底を荒らせば当然だ」


 装備を整え、まず昨日と同じ五メートルの水槽へ入る。


 水へ身体を沈めた瞬間、違いが分かった。


 昨日なら肩まで浸かったところで身体が僅かに浮こうとしていたのに、今日は腰の重りが下へ引く。


「おお」


「喜ぶな。底まで行って戻ってこい」


 大きく息を吸い、潜る。


 昨日より速い。


 無理に水を掻かなくても身体が沈んでいく。


 代わりに、途中で止まりたいと思ってもすぐには止まれない。


 底へ近づく。


 昨日ならそこへ辿り着くだけで息をかなり使っていたが、今日はまだ余裕がある。


 足が底へ触れた。


 そのまま上へ向きを変える。


「……っ」


 今度は遅い。


 重りが邪魔をする。


 強く蹴れば上がれるが、力を使いすぎると息も早く苦しくなる。


 昨日覚えた《水泳》の感覚を使い、腕で水を押しながら一定の速度で上がる。


 水面へ顔を出した。


「どうだ?」


「潜るのは楽。戻る方が大変です」


「それが分かれば最初は十分」


 カイルは腰の重りを指した。


「水中探索じゃ、浮きすぎても沈みすぎても駄目だ。装備、武器、荷物まで含めて、自分がどのくらいの力で上下するか覚えろ」


「人によって違う?」


「体格も装備も違うからな。潜水専門の連中は、自分用に重さまで調整してる」


 エイルはもう一度潜った。


 今度は底へ着く直前から身体を横へ向ける。


 沈む力を完全に止めようとせず、前へ進む力に変える。


 一回目より滑らかだった。


     ◇


 三十分もすると、単に潜って浮かぶ訓練から、水中を横へ進む練習へ変わった。


 水槽の中には輪がいくつも沈められている。


 深さも位置も違う。


 一つ目を潜る。


 少し浮上。


 二つ目。


 方向転換。


 三つ目は底近く。


 最初は身体を曲げるたびに速度が落ちた。


 水を押しすぎてしまう。


 地上なら足を置けば方向を変えられるが、水中には踏む場所がない。


 だから全身を使う。


 肩を向け。


 腰を回し。


 最後に脚で押す。


「手だけで曲がろうとするな!」


 水面からカイルの声が聞こえる。


 エイルは一度浮上し、息を整えた。


「腰から?」


「身体全部だ。水の中じゃ、お前の身体そのものが舵になる」


「剣と少し似てる」


「何が?」


「腕だけで振るより身体ごと使った方がいいところ」


「まあ、好きに覚えろ。合ってりゃそれでいい」


 再び潜る。


 今度は剣を振る時のように、次の方向まで考えて身体を動かす。


 一つ目。


 二つ目。


 前より速い。


 三つ目を抜けたところで、視界に表示が浮かんだ。


【《水泳 Lv.3 → Lv.4》】


 昨日習得したばかりなのに、もう四。


 驚きはしたが、動きを止めない。


 さらに一周。


 もう一周。


【《水泳 Lv.4 → Lv.5》】


 エイルは今度こそ水面へ上がった。


「……早い」


「何がだ?」


「上達するのが」


 技能の具体値までは言わない。


 カイルはそんなエイルをしばらく見てから、腕を組んだ。


「俺もそれを言おうと思ってた」


「昨日も言ってましたね」


「昨日よりひどい。今朝一回目に潜った時と、今でもう違う」


「教え方がいいんじゃ?」


「そういう誤魔化し方覚えたのか」


「本当に分かりやすいですよ」


「そこは礼として受け取っとくが……」


 カイルは水槽を指した。


「次、深い方へ行くぞ」


「十五メートル?」


「まだ十だ」


「十でも十分深いです」


「昨日なら止めた。今日なら一回やってみてもいい」


 一日で倍。


 普通なのかどうかは分からない。


 カイルの表情を見る限り、普通ではなさそうだった。


     ◇


 十メートル水槽は、上から見るだけでも昨日までとは違った。


 底が遠い。


 水中眼鏡を着けていても、下へ行くほど光が弱くなっている。


「一気に底を目指すな」


 カイルが言う。


「耳が痛くなったらすぐ止まれ。息が足りないと思った時点で戻る。底へ着くことが目的じゃない」


「はい」


「あと、《衝撃》は禁止」


「全部?」


「最初はな。自力で潜れない深さへ技能で入ると、戻る時に詰む」


 昨日、自分が湖でやったことに近い。


 落ちてから何とかしただけで、あれを自分からやるのは確かに危ない。


 息を吸う。


 潜る。


 最初の数メートルは問題ない。


 そこから耳へ圧力が掛かり始めた。


 教えられた通りに調整する。


 さらに下。


 五メートルを越える。


 昨日の水槽なら、もう底だった。


 今日はまだ下に青い空間が続いている。


 六。


 七。


 息はある。


 身体も動く。


 ただ、少しずつ胸が苦しくなる。


 八メートル付近で止まった。


 底はもう見えている。


 あと少し。


 行けそうだった。


 けれど、カイルから言われたことを思い出す。


 底へ着くことが目的ではない。


 エイルは身体を反転させた。


 上へ。


 重りがあるため、戻りは遅い。


 途中から息が欲しくなった。


 焦らない。


 腕。


 脚。


 一定の動き。


 水面が近づく。


 顔を出した瞬間、大きく息を吸う。


「八くらいか」


 カイルが言った。


「分かるんです?」


「上から見りゃな」


「もう一回なら底まで行けそうです」


「十分休んでからだ」


 エイルは水槽の縁へ上がる。


 悔しいとは思わない。


 むしろ、昨日五メートルで精一杯だったことを考えれば、かなり違う。


 休みながら状態板は開かなかった。


 今は数字を見るより、身体で覚える方がよかった。


     ◇


 二度目で、底へ着いた。


 十メートル。


 石の床へ手を触れ、すぐに戻る。


 今度は水面へ出ても、最初ほど息は乱れなかった。


 カイルが小さく頷く。


「午前はそこまで」


「まだいけます」


「だから止める。できる奴ほど休ませるのも仕事だ」


「教官って大変ですね」


「お前みたいなのがいるとな」


 水槽から上がり、腰の重りを外す。


 身体が急に軽くなった。


 昼まで少し時間があるため、施設脇の休憩所で持ってきたパンを食べる。


 そこへ、灰色の学院外套を着た学生が数人入ってきた。


 フィンたちではない。


 剣を下げた男子学生が三人と、杖を持った女子学生が一人。


 エイルは特に気にせず食事を続けていたが、向こうはそうではなかったらしい。


「お前、昨日の冒険者?」


 一人が声を掛けてきた。


 金髪を短く整えた少年だった。


 年齢はエイルより一つか二つ上だろう。


「昨日?」


「北岸」


「いたけど」


「水の上走ったって奴」


 やはりそこなのか。


「少しだけです」


「どんな技能?」


「《衝撃》」


「《衝撃》で水上移動?」


 金髪の少年が笑う。


 馬鹿にするというより、信じていない顔だった。


「そんな使い方聞いたことないぞ」


「僕は使いました」


「見間違いじゃなく?」


「自分でやったので見間違いではないと思います」


 後ろの一人が小さく笑った。


 金髪の少年は少し気分を害したらしい。


「俺は剣士科三年のライネル。学院の水上実技も取ってる」


「エイルです」


「それで?」


「何が?」


「どこの流派?」


「流派?」


「剣だよ」


「特にないです」


「師匠は?」


「いません」


 今度は明確に眉を寄せた。


「それで北岸調査に入ったのか?」


「ギルドの依頼だったので」


「D級なんだろ」


「はい」


「昨日の深湖甲獣、B級相当だって話だぞ」


「そうらしいですね」


 エイルには、会話がどこへ向かっているのか分からなかった。


 すると女子学生がライネルの腕を軽く引く。


「もういいじゃない。昼休み終わるよ」


「いや、気になるだろ。昨日から学院中で話になってるんだぞ」


 ライネルはエイルを見る。


「ギルドの冒険者って、実績があれば理論も基礎も関係ないって感じ?」


「人によるんじゃないですか」


「お前は?」


「僕は知らないことがあれば覚えます」


 エイルは水槽を指した。


「だから今練習してます」


 言い返されたと思ったのか、ライネルの表情が僅かに硬くなった。


「午前から見てたけど、泳ぎも初心者だったじゃん」


「昨日からなので」


「昨日?」


「はい」


「……それで十メートル潜ってた?」


 今度は後ろの学生まで反応した。


 エイルは少しまずかったかもしれないと思った。


 具体的な技能値を話してはいない。


 ただ、訓練期間まで言えば十分妙に聞こえるらしい。


「潜れただけです」


「普通、潜水実習の初日に十メートルまで行かないけど」


「そうなんですか?」


「知らないでやってたのかよ」


 ライネルは呆れたように言った。


 しかし、その目からさっきまでの軽い侮りが少し消えていた。


「……まあいい。次の水上実技、外部参加なら一緒になるかもしれない」


「そうですか」


「その時、本当に動けるか見せてもらう」


「必要なら」


「何だよ、その言い方」


「まだ水中では弱いので」


 エイルとしては事実を言っただけだった。


 昨日は落水して危うく溺れかけた。


 今日ようやく十メートル潜れた程度。


 得意とは言えない。


 なのにライネルは少し黙り、結局「行くぞ」と仲間を連れて離れていった。


 入れ替わりに戻ってきたカイルが、その背中を見送る。


「何か言われたか?」


「ちょっと話しただけです」


「ライネルか。腕は悪くないが、学院育ちなのを誇りにしすぎるところがある」


「強いんですか?」


「学生の中ではな」


 それなら、いつか見る機会もあるだろう。


 エイルは残ったパンを食べた。


     ◇


 午後からは、ついに装備を着けたままの訓練になった。


 革鎧は外したままだが、腰へ短剣の模擬武器を着け、背中には小さな荷袋。


 それだけで水中の動きが変わる。


 荷物が水を受ける。


 腰の武器が方向転換のたびに遅れてついてくる。


「旅装全部だともっと重い?」


「重いし、水を吸うものもある。だから実際に潜る時は専用装備へ替える」


「長剣は?」


「持っていくなら背負うか、腰へ固定方法を変える。普段通りじゃ引っかかるぞ」


 水中で長剣を抜く動作まで想像してみる。


 確かに今の帯では使いづらそうだ。


 湖底調査に参加するなら、その辺りも準備がいる。


 今度は水槽の底へ、小さな障害物が組まれていた。


 倒れた柱。


 狭い隙間。


 低い天井。


「遺跡を想定してる?」


「そうだ。水中遺跡じゃ、広い場所だけ泳げるとは限らん。狭いところで身体を反転させる練習もする」


 潜る。


 柱の間を抜ける。


 地上なら簡単に通れる幅でも、水中では身体の向きを変えるだけで難しい。


 荷袋をぶつける。


 戻る。


 角度を変える。


 次は通れた。


 同じ場所をもう一度。


 今度は最初から身体を横にし、片腕を先へ出して抜ける。


【《水泳 Lv.5 → Lv.6》】


 表示。


 さらに。


【技能《水中行動 Lv.1》を獲得しました】


 エイルは水中眼鏡の奥で目を見開いた。


 水面へ戻ってから説明を見る。


【《水中行動 Lv.1》】


【水中での姿勢制御、移動、装備操作、戦闘動作に補正を得る】


「また増えた」


 小声で言う。


「何が?」


「できること」


「そうか」


 カイルは詳しく聞かなかった。


 ありがたい。


 エイルは模擬短剣を抜く。


「これ、もう振っていいですか?」


「やってみろ。ただし地上みたいに振るなよ」


 水へ潜る。


 短剣を前へ。


 一度振る。


 重い。


 水の抵抗で腕が止まる。


 なら小さく。


 大振りをやめる。


 突く。


 引く。


 刃を立てすぎず、水を切る角度へ変える。


 少しずつ動く。


【《水中行動 Lv.1 → Lv.2》】


 早い。


 もう。


 明らかに。


 今までとは違う。


 技能を得た直後から、その技能を上げるために必要な時間まで短くなっている。


 エイルは動きを続けた。


 突き。


 回避。


 方向転換。


 《衝撃》は使わない。


 まず身体だけ。


 その後で補助する。


 十分ほど。


【《水中行動 Lv.2 → Lv.3》】


 視界に出た表示を見て、エイルは少しだけ動きを止めた。


 昨日覚えた《水泳》が今日六。


 今覚えた《水中行動》が、もう三。


 これは。


 強い敵を倒したからではない。


 訓練しているだけだ。


 それでも。


 伸びている。


 しかも以前よりはっきり速い。


     ◇


 訓練が終わる少し前。


 学院の鐘が三度鳴った。


 普段の時刻を知らせる鐘とは違うらしく、カイルがすぐ顔を上げた。


「何だ?」


 施設の外が騒がしくなる。


 数分後、学院職員が走ってきた。


「カイル教官!」


「どうした」


「軍の潜水班が戻りました!」


「早すぎるだろ」


「負傷者が出ています。二名重傷、一名行方不明!」


 休憩していた学生たちの声が止まった。


 エイルも立ち上がる。


「湖底の穴?」


「そうです」


 職員の顔色が悪い。


「第一空洞へ入った直後に内部崩落。潜水班長の話では、遺構らしき人工壁を確認したところで何かに襲われたと」


「魔物は?」


「不明です。水が濁って、ほとんど見えなかったそうです」


 カイルがすぐ動く。


「負傷者は?」


「軍医療棟へ」


「学院側の潜水教官を集めろ。俺も行く」


 エイルも装備を外し始めた。


「お前は待て」


「でも」


「今日十メートル潜れたばかりだ」


 強い声だった。


「行方不明者がいるからこそ、今のお前を入れられん」


 エイルは手を止める。


 正しい。


 分かっている。


 それでも。


「何か手伝えることは?」


 カイルは少し考えた。


「現地へ行くなら船上までだ。水中には入るな」


「分かりました」


「本当にだぞ」


「はい」


     ◇


 港へ戻る頃には、空気が昨日とはまるで違っていた。


 水上隊の桟橋には軍兵が集まり、負傷者を運んできた船の周囲が封鎖されている。


 船底には、何本もの深い傷が入っていた。


 刃物で削られたような傷ではない。


 何か硬いものが、繰り返し擦った跡。


「エイル!」


 ダリオがいた。


 昨日の三人も揃っている。


「何で学院から来た」


「訓練してたので」


「潜れるようになったか?」


「十メートルなら」


「昨日からだよな?」


「はい」


「……今それ突っ込んでる場合じゃねえか」


 ダリオは湖の方を見る。


「一人残ってる」


「聞きました」


「潜水班の若い兵だ。命綱が途中で切れたらしい」


「切れた?」


「ああ。岩で擦れた感じじゃないらしい」


 誰かが切った。


 あるいは。


 何かが。


 エイルは損傷した船へ近づく。


「触っていいです?」


「何する?」


「傷を見たい」


 許可を取って船腹へ手を当てる。


 《振動感知》では過去の振動までは分からない。


 ただ、傷そのものの形は見える。


 深い。


 細い。


 何本も平行。


「爪?」


「潜水班の話じゃ、長い影を見た奴がいる」


 ダリオが答える。


「湖底鎌蟹とは違う。もっと細いって」


「深湖甲獣でもない?」


「大きさが違う」


 正体不明。


 水の中。


 視界不良。


 行方不明者。


 今まで以上に条件が悪い。


 それでも軍は再潜水の準備を始めていた。


 今度は人数を増やすらしい。


「エイル・アーネット」


 声を掛けられる。


 レイアだった。


「昨日ぶりです」


「学院で潜水訓練を始めたそうだな」


「今日で二日目です」


「……二日か」


 僅かに眉が動いた。


「どの程度まで?」


「十メートルまでなら潜れます。装備ありでも少し動けるようになりました」


「水中探知は?」


「まだ実際の湖では試してません」


 そこは誤魔化さない。


 訓練槽と湖底では全く違うはずだ。


「なら、船上から頼みたい」


「何を?」


 レイアが湖底の簡易図を広げる。


 黒い穴。


 第一空洞。


 そこから横へ伸びる人工構造。


 そして。


 途中で線が途切れている。


「再潜水班が入る前に、入口周辺の振動をもう一度見てほしい。昨日より異常が広がっているか確認する」


「できます」


「ただし今日は穴へ近づきすぎない。昨日のような大型種が出たら即撤退だ」


「はい」


 レイアは少し間を置いた。


「それから、行方不明者の探索は我々の仕事だ。君が何か感じても、一人で飛び込むな」


 ダリオが横から大きく頷く。


「聞いたか?」


「聞いてます」


「返事だけはいいんだよな」


「ちゃんと守りますよ」


 多分、と言いかけてやめた。


     ◇


 再び船へ乗る。


 昨日と同じ北岸へ。


 ただし今日は、誰も軽口を叩かなかった。


 軍兵。


 潜水員。


 学院の教官。


 ギルド冒険者。


 それぞれが必要な装備を確認している。


 エイルは船首近くへ座り、甲板へ手を触れた。


 湖の振動。


 船。


 水。


 魚。


 以前より分かる。


 昨日より。


 はっきり。


 そして。


 北岸の穴が近づいた頃。


 エイルの表情が変わった。


「……いる」


 レイアがすぐ振り向く。


「何が?」


「下です」


 昨日感じた小さな魔物ではない。


 もっと細い。


 複数。


 水中を泳いでいるというより。


 壁。


 岩。


 何かに沿って動いている。


「数は?」


「まだ分からない」


 集中する。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 いや。


 もっと。


「少なくとも七」


「大型か?」


「細長いです。大きさは……人より長いくらい」


 潜水員たちの表情が硬くなる。


 船は穴からまだ百メートル以上離れている。


 それでも拾える。


 昨日なら二十メートル程度だと思っていた。


 今日は。


 もっと遠い。


 エイル自身が一番驚いていた。


 《振動感知 Lv.4》。


 そして感知値二百三十一。


 昨日の戦闘を越え。


 今日一日訓練した。


 それだけで。


 また届く範囲が広がっている。


「待って」


 別の振動。


 細長い七つとは違う。


 弱い。


 一定間隔。


 一度。


 少し空いて。


 二度。


 また。


「……これ」


「何だ?」


 エイルは立ち上がった。


 穴の方向を見る。


「人かもしれない」


 レイアの目が鋭くなる。


「根拠は?」


「同じ場所から、一定の間隔で振動が来てる」


 偶然ではない。


 三回。


 止まる。


 また三回。


「何かを叩いてる」


 行方不明になった兵士が。


 まだ。


 生きている可能性がある。


「位置は分かるか!」


「もう少し近づけば!」


 レイアが即座に命じた。


「全船前進! 潜水班準備!」


 船が加速する。


 エイルは甲板から手を離さない。


 振動は続いている。


 三回。


 止まる。


 三回。


 その周囲を。


 細長い何かが。


 ゆっくりと。


 囲み始めていた。


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