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第34話 青鋼の脈

 翌朝、エイルが冒険者ギルドへ着くと、ミレイはすでに試掘用の道具を受付の横へ揃えていた。


 普段使っている採掘槌とは別に、細い鑿が三本、採取した場所を区別するための革袋、それから鉱脈の位置を書き込む調査用紙がある。


「今回は普通の採掘依頼とは少し違います。鉱脈の価値を調べるための試掘なので、一ヶ所から大量に取るのではなく、三地点から少量ずつ採取してください」


「三地点?」


「表層、中央部、できれば端の部分です。青鋼の含有量が場所によって違うかもしれませんから」


 エイルは説明を聞きながら調査用紙を確認した。


 第四層で自分が印を付けた場所を中心に、昨日の調査班が簡単な範囲を描き加えている。壁面に見えていた青い筋は横へ六メートルほど続いていたらしく、さらに岩の奥にも反応があるらしい。


「昨日の人たちは掘らなかったんですか?」


「表面を少し削って青鋼の反応を確認したところまでです。本格的に掘ると鉱脈を傷める可能性があるので、採掘技能を持つ人に任せることになりました」


「それで僕?」


「発見者で、D級で、《採掘》も持っているので条件は満たしています」


 アルネアへ行く前なら《採掘》はLv.2だったが、黒青脈を掘ったことで今はLv.4まで上がっている。鉱山へ寄った経験が、思わぬところで役に立った。


「採った青鋼は?」


「調査分を除いて、余剰が出た場合は三割まで現物報酬を選べます」


「現物でお願いします」


「まだ採れると決まってませんよ」


「採れた時の話です」


「はいはい」


 ミレイは慣れた様子で現物報酬に印を付けた。


「それから、昨日の調査では鉱脈周辺に大型魔物は確認されていません。ただ、第四層なので油断はしないでください」


「分かりました」


 依頼票と道具を受け取り、エイルは青晶洞へ向かった。


     ◇


 第一層から第三層までは、ほとんど足を止めずに進めた。


 以前のように急いでいるわけではないが、道を知っているうえ、浅い階層の魔物なら《気配感知》で先に位置を拾って避けられる。襲ってきた場合も長い戦闘にはならず、第三層で出会った鉱喰蟹二体だけを仕留めて第四層へ降りた。


 そこでエイルは、少し歩いてから自分の変化に気づいた。


「前より近く感じるな」


 第四層までの距離が短くなったわけではない。


 歩く速度が上がっているのだ。


 身体能力だけでなく、《地形把握》によって無駄な足運びが減り、段差や岩場でも自然に歩きやすい場所を選べるようになった。戦闘のために覚えた《衝撃》も、今では小さな段差を越える時や急な下りで速度を殺す時に使える。


 一つずつは小さな違いでも、長い距離を歩けばかなりの差になる。


 旅をするうえでは、こういう強さの方が役に立つことも多い。


 第四層へ入ると、《魔力感知》の範囲を意識して狭めた。


 以前は濃すぎる周囲の魔力に感覚を乱されたが、今は必要な方向だけ拾えばいいことを知っている。


 鉱脈までは、前回自分で付けた地図の印を辿れば迷わなかった。


 通路を二つ曲がり、小さな広間を越える。


 その先の壁に、青い筋が見えた。


「ここだ」


 青鋼短剣を抜く。


 壁へ近づけると、短剣を通じて魔力の輪郭が少し鮮明になった。


 アルネアの魔鉄とは感触がまるで違う。黒青脈の魔鉄は流れてきた魔力を受け止めるような重さがあったが、青鋼は水路のように素直に通す。


 この二つを合わせる。


 グレイグが考えている芯の意味も、以前より理解できるようになっていた。


     ◇


 最初に掘るのは、昨日すでに表面を削られていた場所にした。


 エイルは青い筋そのものへ槌を当てず、少し外側へ鑿を入れる。アルネアでマルクから教わった通り、周囲の岩を先に剥がして鉱石を露出させる。


 一撃。


 二撃。


 以前ならもっと強く叩いていた。


 今は岩の亀裂を見ながら、必要な場所へ必要な力だけを加える。


 四度目で岩がまとまって剥がれ、その内側から青みを帯びた金属が現れた。


「思ったよりあるな」


 拳の半分ほど。


 まだ岩石も混じっているが、青鋼らしい部分ははっきり見える。


 指定された革袋へ入れ、採取地点を記録する。


 次は鉱脈の中央。


 ここは表面に出ている青い筋が細かったものの、《魔力感知》ではむしろ奥の反応が強い。


 エイルは壁へ手を当てた。


 青鋼短剣の柄を岩肌へ軽く触れさせ、ごく小さな《衝撃》を流す。


 返ってきた振動へ意識を集中した。


「……奥に固いところがある」


 目で見える亀裂とは違う。


 岩の中。


 十数センチほど奥に、周囲より密度の高い部分がある。


 もう一度、少し位置をずらして《衝撃》を流すと、今度は反応の広がりまで薄く分かった。


 エイルは調査用紙に簡単な形を書き込み、そこを避けるように周囲から鑿を入れていった。


 時間はかかったが、やがて大きめの塊が外れる。


 その断面を見て、思わず笑った。


「こっちの方が濃い」


 青鋼の部分が明らかに多い。


 適当に表面だけ掘っていたら見つからなかっただろう。


 視界に表示が浮かぶ。


【《採掘》Lv.4 → Lv.5】


 さらに続けて、見覚えのない文字が現れた。


【技能《振動感知 Lv.1》を獲得しました】


「……出た」


 状態板を開き、説明を確認する。


【《振動感知 Lv.1》】


【接触物を伝わる振動から、周辺の動きや内部構造を感知する】


 以前から何度も試していたものだ。


 青晶洞の床へ《衝撃》を流した時。


 アルネアで埋められた壁の向こうを調べた時。


 坑道の空洞を探した時。


 それらが、ようやく一つの技能になったらしい。


「これはかなり使えそうだな」


 今は触れている岩の内部がなんとなく分かる程度だが、伸びれば地面を通して周囲の動きを拾えるかもしれない。


 魔物の気配。


 壁の向こう。


 足元。


 《危機感知》《気配感知》《魔力感知》とは、また別の感覚になる。


 エイルはもう一度壁へ小さく《衝撃》を流してみた。


 先ほどより分かりやすい。


 岩の中で振動が広がり、密度の違う場所へ当たって戻ってくる。


 便利だった。


 かなり。


 ただ、楽しくなって試し続けている場合ではない。


「三ヶ所目を取らないと」


 依頼へ意識を戻した。


     ◇


 鉱脈の端を探して壁沿いに移動している途中、《振動感知》が先に何かを拾った。


 足元。


 細かな震え。


 エイルは歩みを止める。


 《気配感知》にはまだ何もない。


 《危機感知》も弱い。


 それでも床から伝わる振動が少しずつ近づいている。


「壁の中?」


 青鋼短剣を壁へ当てる。


 今度は自分から《衝撃》を流さなくても分かった。


 何かが岩の向こうを動いている。


 大きさまでは分からないが、かなり速い。


 エイルは採掘道具をしまい、長剣へ手を伸ばした。


 直後、鉱脈から数メートル離れた壁が内側から弾けた。


 岩片が飛び散る。


 エイルは外套で顔を庇いながら横へ退く。


 開いた穴から姿を現したのは、体長二メートルほどの細長い魔物だった。


 無数の脚を持つ虫型で、全身を青黒い甲殻に覆われている。頭部から伸びた二本の顎は鉱石を噛み砕くためか厚く、口元には青い金属片が付着していた。


「これ、青鋼を食べてたのか?」


 魔物は答えず、身体を曲げるとそのままエイルへ突進した。


 速いが、予兆は分かる。


 床を伝う脚の震えが、動き出すより先に《振動感知》へ入ってくる。


 エイルは正面から受けずに進路を外し、すれ違いざまに長剣を甲殻へ走らせた。


 硬い。


 刃は表面へ傷を付けただけで弾かれた。


 虫型の魔物は壁へぶつかる直前に身体を折り曲げ、何十本もの脚を使ってほとんど速度を落とさず方向を変えた。


「曲がるのも速いな」


 再び来る。


 今度は目だけで追わず、床から伝わる振動も使った。


 前脚が地面を掴む位置。


 身体が曲がる方向。


 突進へ入る直前だけ、一斉に脚の動きが揃う。


 見えている情報と足元から来る情報が重なり、最初より動き出しが分かりやすい。


 エイルは半歩だけ横へ出た。


 顎が外套の端を掠める。


 長剣で背中を狙わず、今度は脚の付け根へ刃を入れた。


 一本が切れる。


 魔物が身体を捻ったため、そのまま距離を取る。


 甲殻を無理に斬る必要はない。


 脚の付け根。


 身体の節。


 顎の内側。


 硬い外側に覆われていても、動く以上は柔らかい部分がある。


 三度目の突進を避けながら、前側の脚を二本落とした。


 魔物の旋回が僅かに遅くなる。


 そこへ小さな《衝撃》を横から当てると、体勢を戻しきれず壁へ激突した。


 エイルはすぐに踏み込み、身体の節へ長剣を差し込む。


 刃は入った。


 しかし浅い。


 魔物が暴れ、後方の脚がエイルの脇腹を蹴る。


 身体を捻って直撃は避けたものの、外套の下を硬い脚先が掠めた。


「っ……!」


 革防具の表面が裂ける。


 エイルは数歩下がり、傷を確かめるより先に魔物を見る。


 まだ動ける。


 こちらも問題ない。


 虫型の魔物が再び壁際を這うように走り始めた。


 今度は正面から来ない。


 壁を登る。


 天井。


「そこも行けるのか」


 真上へ移動した。


 《気配感知》では位置が分かる。


 《危機感知》も反応している。


 さらに、脚が天井を踏む細かな振動まで青鋼の多い岩壁を通して返ってきた。


 落ちてくる直前。


 振動が止まる。


 エイルはその場から前へ出た。


 背後へ魔物が落下し、大きな顎が床を砕く。


 振り返るより早く、エイルは足元へ《衝撃》を入れて身体を反転させた。


 狙うのは、さっき傷を付けた節。


 長剣を入れ、刃を通して魔力を送る。


 甲殻へ広く散らすのではなく、節の奥へ集中させる。


「《衝撃(インパクト)》!」


 鈍い破裂音とともに、魔物の身体が中央から大きく折れた。


 完全には切れていないが、前半分と後半分の動きが噛み合わなくなる。


 ここまで崩れれば十分だった。


 エイルは暴れる顎を外から避け、頭部と胴の境目へ長剣を深く突き込んだ。


 魔物は何度か脚を地面へ打ちつけたあと、徐々に動きを止めた。


「……初めて見るな」


 息を整えながら周囲を確認する。


 戦闘音で別の魔物が寄ってくる気配はない。


 エイルは資料袋から簡易魔物録を出した。


 第四層で確認されている魔物を探し、似た絵を見つける。


【青殻百足】


 青晶や青鋼など、魔力を多く含む鉱石を食べる虫型魔物。通常は第四層から第五層の岩中に生息し、採掘音に反応して出現する場合がある。


「採掘音か」


 自分で呼び出したらしい。


 先に資料をもっとよく読んでおけばよかった。


 ただ、そのおかげで新しい《振動感知》を実戦で使えたとも言える。


 エイルは青殻百足の魔石と硬い顎の一部を回収し、裂けた革防具を応急処置してから採掘へ戻った。


     ◇


 三ヶ所目は鉱脈の端から取った。


 中央ほど青鋼は多くなかったが、調査用としては十分だろう。


 採掘地点を記録し、最後に《振動感知》と《魔力感知》を併用しながら鉱脈の広がりを簡単に調べる。


 表面に見えている範囲より、奥へ斜め下に伸びている。


 それを調査用紙へ書き加えたところで、今回の目的は終わった。


 帰る前に状態板を開く。


【エイル・アーネット】


【Lv.23】


【生命 126】

【魔力 136】

【筋力 88】

【耐久 86】

【敏捷 137】

【器用 129】

【感知 184】


【技能】


《剣術 Lv.8》

《危機感知 Lv.12》

《野営 Lv.5》

《追跡 Lv.4》

《解体 Lv.5》

《採取 Lv.2》

《採掘 Lv.5》

《衝撃 Lv.11》

《魔力操作 Lv.10》

《気配感知 Lv.4》

《魔力感知 Lv.9》

《地図作成 Lv.4》

《罠察知 Lv.2》

《地形把握 Lv.3》

《振動感知 Lv.1》


【固有技能】


《越境 Lv.4》


「……四?」


 エイルの視線が一番下で止まった。


 坑砕鬼を倒した時にも変わらなかった《越境》が、いつの間にか上がっている。


 説明を開く。


【《越境 Lv.4》】


【自己の能力を上回る困難、未到達の領域、未習熟の技術を克服した際、成長に補正を得る】


【境界を越えた経験の一部を蓄積し、以後の成長効率へ反映する】


 エイルは二行目を何度か読み直した。


「成長効率……」


 やはり。


 気のせいではなかった。


 最近、技能が上がるまでの間隔が短いと感じていた理由。


 一つ覚えたことが別の技能へ繋がり、初めて試したことでも以前より早く形になる理由。


 《越境》は、難しいことを達成した時に大きな成長を与えるだけではない。


 越えるたび。


 次に越えるための成長まで、速くしている。


 最初の頃なら、一度の強敵を倒した時だけ大きく伸びた。


 今は探索でも、採掘でも、魔力操作でも、自分が今までできなかったことへ手を伸ばすたびに伸び方が変わっている。


「……これ、どこまで行くんだろう」


 少しだけ怖さもあった。


 けれど、それ以上に。


 この力なら。


 今の自分では行けない場所へ行けるようになる。


 それだけは確かだった。


 エイルは状態板を閉じた。


 考えるのは帰ってからでもいい。


     ◇


 ローデンへ戻った頃には、夕方になっていた。


 ギルドで三つの試料を提出すると、採掘担当の職員がその場で簡易鑑定を行った。


 表層部は中程度。


 端はやや低い。


 中央から採ったものだけ、職員の反応が変わった。


「これ、かなり含有率が高いですね」


「武器に使えます?」


「精錬次第ですが、十分使えると思います。少なくとも一般流通の青鋼より質は上ですよ」


 エイルは少し身を乗り出す。


「余剰分は?」


「現物報酬を選んでますね。中央試料と同じ地点から採った分のうち、規定量を超えたこちらがエイルさんの取り分です」


 渡された革袋はそれほど大きくない。


 中には拳一つ分ほどの青鋼混じりの鉱石が入っていた。


「これで足りるかな」


「何に使うんです?」


「長剣です」


「一本作るには少なすぎますよ」


「全部青鋼にはしないので」


 グレイグが必要だと言っていたのは、芯の中へ魔力の通り道を作る分だけだ。


 それなら可能性はある。


 調査報酬と青殻百足の素材代も受け取ったが、エイルの意識はほとんど革袋に向いていた。


     ◇


 《赤炉》へ着くと、グレイグは店を閉める準備を始めていた。


「採れました」


「そうか」


「もっと反応してくださいよ」


「質を見るまで何も言えん」


 革袋を渡す。


 グレイグは中身を作業台へ出し、表面を削った。


 次に小さな破片だけを割り取り、炉の近くにある器具で熱しながら魔力を流す。


 待っている間、エイルは黙っていた。


 しばらくして。


「……これならいける」


「本当ですか?」


「ああ。量もぎりぎり足りる」


 グレイグが青鋼を置く。


 棚から黒青脈の魔鉄を出し、その隣には三角狼の角が入った箱も置かれた。


 三つ。


 別々の場所で手に入れた素材が、同じ作業台へ並ぶ。


「じゃあ」


「打つぞ」


 グレイグはあっさり言った。


「いつから?」


「明日から精錬に入る。魔鉄と青鋼を別々に処理して、芯材を作るところからだ」


「見てもいいです?」


「邪魔しなきゃな」


「見ます」


「即答すんな」


 それでも追い出されはしなかった。


 グレイグは以前描いた設計図を作業台へ広げ、青鋼の量に合わせて中央の線を少し修正する。


「予定より青鋼の質がいい。通り道を細くできる分、魔鉄側を厚く残せる」


「強くなる?」


「強さって言い方は雑だが、《衝撃》を通した時の余裕は増えるはずだ。少なくとも今の剣みたいに、何十回か使っただけで中から傷むような作りにはしねえ」


「何十回どころじゃないですけど」


「だから傷んでんだよ」


 エイルは黙った。


 反論できない。


「明日、今の剣も置いてけ。細かい寸法を最後に取る」


「じゃあ僕の剣なくなりますけど」


「青鋼短剣あるだろ」


「長剣じゃない」


「一日二日くらい戦わずにいろ」


「……努力します」


「努力が要るのかよ」


 グレイグが呆れた顔をする。


 それでも。


 ようやくだ。


 鎧猪を斬った普通の長剣から始まり、青晶洞で青鋼短剣を拾い、三角狼の角を手に入れ、アルネアの旧西坑で黒青脈の魔鉄を掘った。


 そして今日。


 最初に見つけた青鋼の鉱脈から、自分で最後の素材を採ってきた。


 一本の剣になるまで。


 思っていたより色々な場所を歩いた。


「グレイグさん」


「あ?」


「楽しみです」


「まだ鉄の塊だぞ」


「それでも」


 グレイグは一瞬だけ黙り、設計図へ目を戻した。


「なら明日は朝から来い」


「はい」


「寝坊すんなよ」


「しません」


 店を出る。


 外はもう暗くなり始めていた。


 腰にはまだ、これまで使ってきた長剣がある。


 明日。


 これを一度グレイグへ預ける。


 そして。


 その次に腰へ下げる長剣は。


 初めて。


 最初からエイルのために作られた剣になる。


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