第33話 次の地図
地図屋へ入ると、店主の老人は椅子に座ったままエイルを見た。
「帰ってきたか」
「昨日です」
「今度は北西だったな」
「アルネアまで行ってきました」
「どうだった」
「地図より道が多かったです」
老人はそれだけで大体察したらしく、面白そうに笑った。
「そりゃ古い鉱山だ。掘った奴の数だけ道がある」
「距離まで変わりましたけど」
「……何?」
さすがにそこは聞き返された。
エイルは旧西坑で起きたことを簡単に話した。同じ坑道なのに往路と復路で長さが変わったこと、本来なら遠く離れている第二採掘区へ短い経路で出たこと。
老人はしばらく黙ったあと、棚に並んだ古地図へ目を向けた。
「昔の坑夫が、酒場で似たような話をしてたな」
「記録はあります?」
「まともな地図には残らん。測るたびに数字が変わる場所なんぞ、地図屋からすりゃ最悪だからな」
「面白いのに」
「お前は使う側だから言えるんだ」
それもそうだった。
エイルは店先で見た地図を指す。
「それより、あの南の地図を見たいです」
「リューデ湖か」
老人が壁から地図を外し、机へ広げた。
ローデンから南へ一本の街道が伸び、その途中には三つの町といくつかの村がある。さらに進むと大きな湖へ出て、周囲には複数の街が点在していた。
「大きいですね」
「端から端まで歩けば二日じゃ足りん。船も多い」
「船」
エイルは湖上に引かれた航路を見る。
今まで歩いてきた道とは違う。
「対岸にも行ける?」
「当たり前だ。東岸のリューデンが一番大きな街で、南岸には漁師町、西には古い水上遺跡がある」
指が湖の西側へ移る。
そこだけ地図の線が複雑だった。
島。
浅瀬。
細い水路。
いくつかの場所には、何も書かれていない。
「ここは?」
「葦原だ。季節で水位が変わるから、道を書いてもすぐ役に立たなくなる」
「地図が作りにくい?」
「かなりな。土地勘のない奴が小舟で入ると普通に迷う」
エイルは少しだけその場所を見つめた。
「行きたい顔するな」
「まだ何も言ってません」
「もう分かる」
老人は地図のさらに南を指した。
「湖を越えて進めば、もっと大きな街道へ繋がる。東へ行けば王都方面、西なら別の国境路だ」
「その先の地図もあります?」
「あるが、今日は買うのか?」
「見るだけでも」
「お前に見せると増えるんだよ」
「何がです?」
「行きたい場所が」
否定できなかった。
◇
結局、エイルはリューデ湖地方の地図を一枚買った。
今すぐ向かうと決めたわけではない。
それでも、自分が今まで持っていた地図はローデンから北西側へ偏っていたので、南に何があるのか知っておきたかった。
店を出たあとも地図を開きたい気持ちはあったが、通りの真ん中でやるのは邪魔になる。
宿へ戻ろうとしたところで、ギルドの方から歩いてきたミレイと目が合った。
「あ、ちょうどよかったです」
「僕に用事?」
「はい。昨日の第四層の報告について、確認が一つ」
エイルはそのままギルドへ戻ることになった。
「何かありました?」
「青晶洞の第四層で見つけた鉱脈、覚えていますよね」
「青い魔力反応の?」
「今日、採掘担当が確認しました。青鋼を含む鉱脈だったそうです」
足が止まりかけた。
「青鋼?」
「純度はまだ分かりませんが、少なくとも反応は出ています。これまで第四層では小規模な青鋼鉱脈が何度か見つかっているので、それほど珍しいことではないそうです」
珍しくない。
エイルにとってはかなり重要だった。
「採れるんですか?」
「そう聞くと思いました」
ミレイが一枚の依頼票を見せる。
【青晶洞第四層・青鋼鉱脈試掘調査】
内容は、発見された鉱脈から指定量だけ採掘し、品質と広がりを確認するものだった。
討伐依頼ではない。
ただし第四層なのでD級以上が対象になっている。
「これ、僕が受けても?」
「発見者なので優先権があります。採掘技能も持っていますよね」
「あります」
「では問題ありません。ただし、採掘したものを全部持ち帰れるわけではありませんよ。調査用の試料はギルドへ提出です」
「余った分は?」
「品質次第ですが、規定量を超えて採れた場合は買い取りか、採掘報酬として一部を受け取れる契約にできます」
「受け取る方で」
「まだ量も分からないのに早いですね」
「欲しいので」
ミレイが依頼票を裏返し、追加条件を書き込んだ。
「では明日から受注できます」
「今日じゃないんですか?」
「調査用の道具を準備するので明日です」
「分かりました」
一日くらいなら待てる。
多分。
「それと、第四層は前回より奥へ行く必要はありません。鉱脈の調査が目的ですから」
「はい」
今回は本当にそのつもりだった。
◇
ギルドを出たところで、エイルは少し考えた。
アルネアで魔鉄を見つけた。
三角狼の角もある。
そして、足りなかった青鋼の候補まで見つかった。
偶然だけではない。
第四層の鉱脈を見つけたのは自分で、黒青脈まで行ったのも自分だ。旅先で見つけたものが少しずつ繋がり、ようやく一本の剣へ近づいている。
宿へ戻る前に《赤炉》へ寄った。
「青鋼、見つかりそうです」
店へ入ってすぐ伝えると、グレイグは作業中の手を止めなかった。
「どこだ」
「青晶洞の第四層。前に見つけた鉱脈が青鋼だったみたいです」
「試掘か?」
「明日行きます」
「やっぱり行くんじゃねえか」
「昨日は行きませんでしたよ」
「一日しか空いてねえ」
グレイグは槌を置き、棚から青鋼短剣を見比べるための小さな金属片を出した。
「採れたら持ってこい。見た目が同じでも質が違えば使えん」
「どのくらい必要です?」
「精錬後でこれくらい」
指で示された量は、思っていたほど多くなかった。
「それだけ?」
「青鋼だけで剣を作るわけじゃねえからな。芯の中に通り道を作る程度なら十分だ」
「じゃあ採れる可能性ありそうですね」
「そう簡単に純度のいい部分が出りゃな」
グレイグはそこで、作業台の隅に置いてあった紙をエイルへ投げた。
昨日測った内容を元にした剣の簡単な設計図だった。
全長は今の長剣より少し長く、刀身も僅かに厚い。
重心は前寄り。
ただし、極端に重い剣ではない。
「これが?」
「今の案だ」
エイルは紙を眺める。
「長くなってる」
「腕の長さと踏み込みを見たら、このくらいまで伸ばしても邪魔にならん。《衝撃》で距離を詰めるなら、少しでも間合いがある方がいい」
柄も今より僅かに長い。
両手で振る時に余裕を持たせるためらしい。
「重さは?」
「今の一・二倍くらいを想定してる」
「それなら大丈夫だと思います」
「今のお前ならな」
最後の一言が妙に強かった。
「完成する頃には?」
「知らん。だから余裕を持たせる」
グレイグは設計図を指で叩いた。
「最初はこれでいく。使って合わなくなったら直す。それを繰り返せばいい」
エイルはもう一度紙を見る。
まだただの線。
名前もない。
刀身もない。
それでも、今まで使ってきた長剣とは違う。
最初から自分のために作られる剣だった。
「これ、もらっていいです?」
「何に使う」
「持っておきたいです」
「好きにしろ」
設計図を折らないよう地図筒へ入れた。
◇
宿へ戻ったあと、エイルは机に二枚の紙を並べた。
一枚は新しく買ったリューデ湖地方の地図。
もう一枚は、これから作る長剣の設計図。
片方は次に行くかもしれない場所。
片方は、これから一緒に旅をするかもしれない武器。
どちらもまだ決まっていない。
それがいい。
エイルは先に地図を見る。
南へ伸びる街道。
大きな湖。
船。
水上遺跡。
さらに遠くへ続く道。
次に設計図を見る。
黒青脈の魔鉄。
三角狼の角。
まだ手元にない青鋼。
「明日は青晶洞か」
青鋼が十分に採れれば、グレイグは最初の長剣を打ち始められる。
そのあと。
剣が完成するまでの時間を使って、次にどこへ向かうか考えればいい。
南でもいい。
アルネアの先でもいい。
もっと別の場所でもいい。
地図は、もうローデンの周りだけではなくなっていた。




