表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/76

第29話 短すぎる道

 翌朝、出張所へ入ると、ナージャの前にはすでに一人の男が立っていた。


 三十歳前後だろうか。日に焼けた肌に短い黒髪、革鎧の上から腰袋をいくつも提げ、背中には長柄の採掘槌を背負っている。


 剣も腰にあるが、使い込まれているのは明らかに槌の方だった。


「来たね。こいつが昨日話した案内役だ」


「案内役って言い方はやめろ。俺も確認に行くんだろ」


 男はそう返してからエイルを見る。


「マルク。C級。生まれも育ちもアルネアで、旧西坑にはガキの頃から入ってる」


「エイルです。よろしくお願いします」


「例の道を見つけた新人か」


「多分、それです」


「多分で知らない坑道増やすなよ」


 第一声から少しドールに似ていた。


 ナージャが机へ三枚の地図を広げる。


 現在の探索図。


 二十四年前の坑道図。


 そして昨日エイルが書いた地図。


「今日はこの未記録坑道を再確認する。マルクには距離と方角、それから古い設備の見分けを頼むよ」


「分かった」


「エイルは昨日と同じ経路を辿って。途中で違いがあったら、その時点で止まる」


「道が変わってる可能性もあるから?」


「そういうこと」


 マルクがエイルの地図を手に取り、未記録坑道の部分を眺めた。


「距離までちゃんと取ってるな」


「測距具があるので」


「それでも短すぎる。ここから旧運搬路に出るなら、山を半分くらい無視してるぞ」


「僕もそう思いました」


「だから確かめるんだよ」


 マルクは地図を返すと、背負っていた槌の位置を直した。


「行くぞ。中で昼飯食うことになる」


     ◇


 旧西坑へ入ってから第一旧広場までは、昨日と同じだった。


 エイルが先に歩き、マルクは少し後ろから壁や古い設備を確認している。


「ここの線路、まだ残ってるんですね」


「主坑道だからな。昔は一日何十台も鉱車が走ってたらしい」


「マルクさんが子供の頃には?」


「もう西坑はほぼ死んでたよ。ただ、入るなって言われると入りたくなる年頃だった」


「分かります」


「お前の場合、今もだろ」


 否定しにくかった。


 第一旧広場から北支道へ入り、昨日見つけた岩穿獣(ロックボーラー)の親子がいた場所まで進む。


 今日は姿がなかった。


 床には岩を削った跡だけが残っている。


「ここからです」


 エイルが脇道を示す。


 古図なら短い採掘跡で終わる場所だが、その奥には昨日と同じ隙間が開いていた。


 マルクが中を覗き込む。


「こんなのあったか?」


「知りませんでした?」


「少なくとも俺が通った記憶はないな。ここ自体、ほとんど誰も使わんけど」


 二人で奥へ入る。


 エイルは昨日と同じ地点から距離を測り始めた。


 マルクも歩数を数えている。


 曲がり角。


 緩い下り。


 古い木材。


【西五】


 昨日と何も変わっていない。


「これです」


 マルクが木材を持ち上げ、裏まで確認する。


「西第五支坑の印で間違いない。ただ、ここにあるのはおかしい」


「運ばれてきた可能性は?」


「ある。ただな」


 マルクが木材の根元を指した。


 岩へ腐った木片が食い込んでいる。


「これ、折れた支柱の一部だ。置いてあるんじゃなくて、ここに立ってた」


「じゃあ元からここに?」


「少なくとも、最近誰かが持ってきたわけじゃない」


 昨日より一つ、可能性が減った。


 そのまま進む。


 しばらくして道が広がり、古い線路へ出た。


 マルクの足が止まった。


「……おい」


「これです」


「見りゃ分かる」


 しゃがみ込み、線路の幅を測る。


 次に壁の削り方を見て、錆びた固定具を一つ外した。


「旧運搬路だ」


「第二採掘区の?」


「この型は西坑の奥で使ってた。南坑や浅層のものとは幅が違う」


 マルクの表情から軽さが消えていた。


「距離は?」


「入口からここまで、昨日とほぼ同じです」


「俺の歩測でも大差ない。多少ずれても、この位置に出る距離じゃねえ」


 エイルは古図を広げ、現在地と思われる場所を指した。


 本来ならここから第二採掘区の旧運搬路まで、まだかなりの距離がある。


「直線で抜けた道が昔あった可能性は?」


「それでも足りん。そもそも山の中を通ってるんだぞ。高低差も合わない」


 マルクは近くの壁へ手を当て、しばらく考えてから言った。


「昨日、魔力溜まりの話は聞いたか?」


「地形に影響してる場所があるって」


「ここがそうかもしれん」


「空間が縮んでる?」


「そんな綺麗な話かは知らねえ。ただ、この山じゃ昔から変な話がある。歩いた時間と坑道図の距離が合わないとか、一本隣の坑道から出てきたと思ったら全然違う採掘区だったとか」


「それ、結構有名なんですか?」


「鉱夫の与太話扱いだよ。酒場なら山ほど聞ける」


 マルクは立ち上がった。


「でも、これは笑えんな」


 実際の線路がある。


 西第五支坑の支柱もある。


 二人で距離を測っても同じ結果になる。


 少なくともエイル一人の測定ミスではなかった。


     ◇


「奥は昨日どこまで行った?」


「この先に《第二》って文字がありました。そこから先で大きな気配がしたので戻りました」


「正解」


 マルクは即答した。


「今日は?」


「行かないんですか?」


「確認はする。ただし、気配の正体が面倒そうなら即戻る」


「分かりました」


 線路に沿って左へ進む。


 昨日と同じく緩い下りが続き、壁には古い採掘痕が増えていった。


 エイルは《気配感知》を広げすぎないよう範囲を絞り、《危機感知》にも意識を残す。


 やがて、欠けた文字が現れた。


【第二――】


 マルクが灯火を近づけ、表面の汚れを払う。


「第二運搬路。間違いない」


「じゃあ第二採掘区に繋がってる?」


「少なくとも昔はな」


 その先で通路が広くなった。


 線路は二手へ分かれ、左はさらに下へ、右は岩壁の向こうへ消えている。


 中央には倒れた鉱車が三台。


 古いが、形は残っていた。


 エイルは周囲を見る。


 昨日感じた大きな気配。


 今はまだ遠い。


「左です」


「分かるのか?」


「一ついます。大きいです」


「距離は?」


「百歩以上。正確には分かりません」


 マルクは無理に近づこうとはしなかった。


「右を見てから戻るぞ」


「はい」


 右側の線路を進むと、二十歩ほどで壁が崩れていた。


 完全な閉塞ではなく、人一人が通れる程度の隙間が残っている。


 その奥から冷たい風が吹いていた。


「また道がある」


「嬉しそうに言うな」


 マルクが先に隙間へ灯火を差し込む。


 向こう側は広い空間らしい。


 二人で抜けると、そこには巨大な採掘跡が広がっていた。


 天井まで十メートル以上。


 壁面には何段もの掘削跡があり、崩れた木組みや鉱車の残骸が斜面の下へ散らばっている。


 そして中央。


 岩肌に、黒灰色の筋が何本も走っていた。


 エイルは無意識に足を止める。


「……あれ」


 背負い袋から、ドールにもらった魔鉄の見本を取り出した。


 色。


 青みを帯びた細い筋。


 《魔力感知》を向ける。


 壁の一部から、見本とよく似た重い反応が返ってくる。


「魔鉄?」


「多分な」


 マルクが近くまで進み、採掘槌で表面を軽く叩いた。


 剥がれた小片を拾い、灯火へかざす。


「混じってる。ただ、純度は高くない」


「採れます?」


「見本程度ならな。ここが本当に第二採掘区なら、もっと奥に良質な鉱脈があったはずだ」


 エイルはそれでも嬉しかった。


 アルネアへ来た目的の一つが、目の前にある。


 マルクから採掘していい場所を教わり、岩肌へ槌を入れる。


 最初の一撃は浅い。


 角度を変え、亀裂へ合わせて二度目。


 三度目で拳ほどの塊が剥がれた。


【《採掘》Lv.2 → Lv.3】


「上がった」


「何が?」


「《採掘》です」


「お前、採掘技能まだ二だったのか?」


「今三になりました」


「その状態で魔鉄探しに来たのかよ」


「だから練習してます」


 マルクは何とも言えない顔をした。


 採れた塊には不純物が多く、そのまま武器に使えるようなものではない。それでもドールへ見せる見本としては十分だった。


「もう一個だけ――」


 エイルが次の場所を探そうとした時だった。


 《危機感知》が強く跳ねる。


「マルクさん」


「ああ」


 今度はマルクも気づいたらしい。


 遠くで、低い音が響いている。


 ゴッ。


 少し間を空けて。


 ゴッ。


 岩を叩いているような音。


 ただし、一撃ごとに床へ僅かな振動が伝わってくる。


 エイルは《気配感知》へ集中した。


 先ほどの大きな気配が動いている。


「近づいてます」


「どっちから?」


「さっきの左側。多分、この広場へ繋がってます」


 マルクはすぐに槌を背負い直した。


「戻るぞ」


「戦わない?」


「正体も知らん相手と、逃げ道の怪しい場所でやり合う理由がない」


「それはそうですね」


 エイルも採掘した塊を袋へ入れ、入口へ向かう。


 だが、隙間まで戻ったところで音が変わった。


 ゴッ、ではない。


 岩が連続して崩れる。


 次の瞬間、広場の左奥で壁が砕けた。


 大量の石片が床へ落ち、その向こうから巨大な影が姿を現す。


 エイルとマルクが同時に足を止めた。


 岩のような灰色の皮膚。


 四本の太い腕。


 人間の倍近い巨体。


 額から、黒い鉱石のような角が一本伸びている。


「……坑砕鬼(マインオーガ)


 マルクの声が低くなった。


「知ってるんですか?」


「旧西坑の奥に出る。B級寄りのC級指定だ」


 自分より二段上。


 エイルは坑砕鬼を見る。


 向こうもこちらに気づいた。


 四本の腕がゆっくりと持ち上がる。


「走るぞ」


 マルクが言った。


 エイルも迷わなかった。


 二人は隙間を抜け、旧運搬路へ戻る。


 直後、背後で轟音が響いた。


 岩壁ごと殴ったらしい。


 坑道が揺れる。


「これ、追ってきます?」


「来るだろうな!」


 足音が近づく。


 速さはそこまでではない。


 ただ、狭い坑道であの巨体に追いつかれれば面倒だった。


 エイルは前を走りながら周囲を見る。


 線路。


 下り。


 倒れた鉱車。


「マルクさん、あの鉱車使えます?」


「何に!」


「塞ぎます」


 返事を待たず、倒れていた鉱車へ走る。


 錆びてはいるが、車輪は線路の近くに残っている。


 一台を起こすには重い。


 それでも今のエイルなら動かせる。


「おい、力――」


 マルクが何か言う間に、エイルは鉱車の縁を掴んで持ち上げた。


 以前なら到底無理だった重さだ。


 自分でも少し驚く。


 だが今は考えている時間がない。


 車輪を線路へ戻し、下り方向へ押す。


 動き始めた鉱車へ《衝撃》を重ねると、速度を増して坑砕鬼の方へ走っていった。


 曲がり角の向こうで衝突音。


 咆哮。


「止まった?」


「数秒だろ!」


「十分です」


 二人は走る。


 西第五支坑の支柱。


 未記録坑道。


 昨日通った分岐。


 迷いはない。


 エイルが前を行き、マルクが後ろを確認する。


 やがて追跡音が遠くなり、岩穿獣のいた広間まで戻ったところで、二人はようやく歩調を落とした。


「……お前」


 マルクが息を整えながらエイルを見る。


「何です?」


「あの鉱車、普通に起こしたよな」


「重かったですよ」


「そういう話じゃねえ」


「《衝撃》も使いました」


「起こす時は使ってなかっただろ」


 見られていた。


「最近、筋力上がったので」


「最近で済ませる上がり方じゃなかったぞ」


 エイルは答えに困り、結局肩をすくめた。


「僕もそう思います」


「自覚あるのが一番怖えよ」


     ◇


 坑外へ戻った頃には、昼を少し過ぎていた。


 ナージャは二人の報告を聞き、机へ広げた地図を長い間見つめていた。


「二人で測っても距離は同じ」


「ほぼな」


 マルクが答える。


「しかも第二運搬路の設備まで残ってた。あの道は本当に第二採掘区近くへ繋がってる可能性が高い」


「空間異常か」


「俺はそう見る。普通の抜け道じゃ説明できん」


 ナージャはエイルが採ってきた魔鉄混じりの鉱石も確認する。


「これが出た場所は?」


「大きな採掘広場です。そこに坑砕鬼もいました」


「そいつが問題だね」


 地図へ赤い印が付けられる。


「坑砕鬼が居座ってるなら、あの経路はD級向け探索から外す。次に奥へ行くならC級以上を含む調査になる」


 エイルは赤い印を見た。


「僕は?」


「D級」


「知ってます」


「なら分かるだろ」


「一緒なら行けます?」


 ナージャがマルクを見る。


 マルクは少し考えてから答えた。


「俺だけじゃ足りん。坑砕鬼を倒すなら、もう一人前衛が欲しい」


「倒さず抜けるなら?」


「それなら可能性はあるが、奥で帰路を塞がれたら終わる」


 エイルもそれには同意した。


 坑道は地上と違う。


 敵を避けても、帰り道が同じなら再び会うことになる。


「じゃあ、次は人を増やす?」


「そうなるね」


 ナージャは報告書を閉じた。


「それまでに、あの空間異常について古い記録も探してみる。第二採掘区まで本当に繋がってるなら、アルネアにとっても大きい発見だよ」


 エイルは頷いた。


 魔鉄は見つかった。


 まだ質は低い。


 本当に欲しいものは、もっと奥にあるかもしれない。


 しかも、その奥へ続く道そのものが普通ではない。


 出張所を出たあと、エイルは採掘した鉱石を持ってドールの店へ向かった。


     ◇


 ドールは鉱石を見ると、何も言わずに小さな槌で端を割った。


 断面を削り、魔力を流してから鼻を鳴らす。


「西坑の魔鉄だな」


「使えます?」


「これ単体じゃ不純物が多すぎる。精錬すりゃ少量は取れるが、お前の剣に使うにはまだ足りん」


「やっぱり奥ですか」


「第二採掘区まで行けたならな」


 エイルは少し笑った。


「かなり近くまで行きました」


「何?」


 今日の話をすると、ドールは最初こそ黙って聞いていたが、第二運搬路と採掘広場の話で表情を変えた。


「その広場、壁が段になってただろ」


「なってました」


「中央に古い鉱車の残骸があったか」


「何台か」


 ドールが椅子から立ち、店の奥へ向かった。


 古い帳面を一冊持って戻ってくる。


「俺がガキの頃に親父からもらった採掘記録だ」


 開かれたページには粗い図が描かれていた。


 大きな採掘広場。


 複数の線路。


 壁面に何段もの採掘跡。


 エイルが今日見た場所とよく似ている。


「ここです」


「なら第二採掘区の外縁まで行ってる」


「本当に?」


「ああ」


 ドールの指が図のさらに奥へ動く。


「質のいい魔鉄が出てたのは、その先だ」


 そこには一本の坑道が描かれ、終点近くに小さな文字がある。


【黒青脈】


「黒青脈?」


「昔の呼び名だ。アルネアで一番質のいい魔鉄が出た鉱脈の一つ」


 エイルはその文字を見る。


 欲しかった素材。


 それが、ようやく具体的な場所を持った。


「これ、写していいですか?」


「勝手にしろ。ただし」


 ドールがエイルを見る。


「坑砕鬼を越えなきゃ行けんぞ」


「はい」


「嬉しそうだな」


「場所が分かったので」


 強い魔物がいることより。


 その向こうに道があることの方が。


 今は大きかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ