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第26話 古い鉱山町

 翌朝、小屋を出たエイルは、昨夜書き足した地図を確認してから旧街道を西へ進んだ。


 道は昨日よりさらに細くなり、かつて馬車が行き交っていたとは思えないほど草に覆われている。ところどころに残る石畳や道標がなければ、ただの山道だと思って通り過ぎてもおかしくなかった。


 それでも人の痕跡は途切れていない。


 新しい靴跡に混じって、荷を背負った獣らしい蹄の跡もある。アルネアからベルクへ向かったものだろう。


 朝から二時間ほど歩いたところで、木々の切れ間から初めて人工物が見えた。


「……あれか」


 山の斜面へ張り付くように、石造りの建物が並んでいる。


 遠目にも空き家が多いのは分かった。屋根の落ちた建物や、窓を板で塞いだ家が目立つ一方で、煙突から煙が上がっている場所もあり、完全に廃れた町ではない。


 町の奥には切り開かれた山肌が広がり、その斜面へ黒い穴がいくつも口を開けていた。


 坑道。


 地図で見ていたアルネアが、ようやく目の前に現れた。


 エイルは少し歩調を速めた。


     ◇


 町の入口に門はなかった。


 代わりに、古い石柱が二本立っている。


【鉱山都市アルネア】


 そう刻まれているものの、《都市》の文字には蔦が絡み、片方の石柱は上半分が欠けていた。


「昔は大きかったんだな」


 中へ入ると、その名残は至るところに残っていた。


 道幅はベルクより広く、荷馬車を何台も並べられそうな広場まである。倉庫らしい巨大な石造建築も並んでいるが、今も使われているのは一部だけで、大半の扉には錆びた鎖が巻かれていた。


 一方で、中央通りには食堂や道具屋が営業しており、革袋を担いだ男たちや、採掘槌を腰に下げた冒険者も歩いている。


 静かではある。


 死んではいない。


 そんな町だった。


 エイルは通りの端で立ち止まり、地図と周囲を見比べた。


 出張所は中央広場の北側。


 宿は一軒。


 鍛冶屋は二軒記載されているが、片方には閉鎖の印がある。


 まずはギルドへ向かうことにした。


     ◇


 アルネア冒険者ギルド出張所は、看板がなければ普通の石造家屋にしか見えなかった。


 中へ入ってもローデンほどの賑わいはなく、掲示板一枚と受付、素材査定用の小さな台がある程度だ。


 受付にいたのは、白髪交じりの短髪をした四十代ほどの女性だった。


「見ない顔だね」


「今日着きました。ローデンから来たエイルです」


 冒険者証を出す。


 女性はDの文字を確認してから、端末代わりの魔道具へ通した。


「ローデン支部……ああ、あんたか」


「僕?」


「妙に昇格の早い新人がこっちへ来るって連絡は入ってるよ」


「そんな連絡まで来るんですね」


「D級以上が別支部の管轄へ長く入るならな。私はナージャ、ここの責任者みたいなもんだ」


「よろしくお願いします」


「で、何しに来た?」


 早い。


 エイルは嫌いではなかった。


「町を見たかったのと、古坑道に興味があります。あと魔鉄が残ってるかもしれないって聞きました」


「なるほど。観光じゃないね」


「観光も少しします」


「この町で?」


 ナージャは少し笑い、受付の横から一枚の地図を出した。


 アルネア周辺の坑道配置図。


 ベルクでもらった古地図よりずっと新しく、危険区域が色分けされている。


「今入れる坑道は大きく三つ。東坑道は今も採掘に使われてるから、冒険者が勝手に入るのは禁止。南坑道は浅い部分だけ採取依頼に使われてる」


「西側は?」


「旧西坑」


 ナージャの指が町の西へ動く。


「十年以上前に本格採掘を止めてから、魔物が住み着いた。今はD級以上の探索区域になってる」


 エイルの目が止まった。


「迷宮化してるんですか?」


「一部だけな。元々あった坑道に魔力溜まりができて、奥ほど地形がおかしくなってる。青晶洞みたいに全部が迷宮ってわけじゃない」


「地図は?」


「浅いところなら売る。奥は古すぎて信用できない」


「未調査?」


「未調査というより、何度調べても合わない場所がある」


 エイルは少し身を乗り出した。


「道が変わる?」


「そういう報告もあるし、昔の坑道図そのものが間違ってる可能性もある。崩落で繋がった場所もあるから、原因は一つじゃないだろうね」


 面白そうだった。


 顔に出たらしく、ナージャが先に釘を刺す。


「言っとくけど、今日着いてそのまま奥まで行くなよ。まず町で情報を集めな」


「今日は入りません」


「ならよし」


 一度で終わった。


「魔鉄については?」


 エイルが尋ねる。


「普通の魔鉄なら、南坑でも微量は出る。ただ、武器に使える量を自分で掘るつもりなら期待しすぎない方がいい」


「昔はもっと採れたんですよね」


「西坑のさらに奥でな」


 ナージャは地図の一部を指した。


 現在の探索図では線が途中で切れている。


「ここから先に《第二採掘区》って場所があった。魔鉄と青銀がよく出たらしいが、今はまともな道が残ってない」


「誰も行ってない?」


「行った奴はいる。ただ、採算が合わない。魔物を倒して崩落を越えて、やっと着いた先に使える鉱脈が残ってる保証もないからね」


「なるほど」


 エイルにはむしろ、それが気になった。


 金になる場所なら、とっくに誰かが掘っている。


 グレイグも同じことを言っていた。


 なら。


 人が行かない理由のある場所ほど、何かが残っている可能性もある。


「まず南坑を見てみます」


「それが無難だね。ちょうど採取依頼も出てる」


 掲示板を見る。


【南坑道・赤銅苔採取】


【南坑道・鉱脈標識更新】


【坑道内・小型魔物間引き】


 その中で、エイルの目が止まった。


【旧標識再調査】


【南坑道第三分岐以降に残る旧採掘標識の確認】


【坑道図との照合、崩落箇所の記録】


「これ」


「好きそうだと思った」


「受けられます?」


「D級なら問題ない」


「お願いします」


 迷わず決めた。


     ◇


 手続きを終えたあと、エイルは町の鍛冶屋へ向かった。


 営業している方の店は中央通りから少し外れた場所にあり、店先には農具や採掘用の槌が多く並んでいる。武器専門というより、鉱山町の何でも屋に近い。


 中では、背の低い老人が斧の刃を研いでいた。


「武器なら壁」


 入った瞬間に言われる。


「買いに来たんじゃなくて、素材のことを聞きたいです」


「なら金」


「聞くだけで?」


「冗談だ」


 表情が変わらないので分かりにくかった。


 老人は砥石を止め、エイルの長剣と青鋼短剣へ目を向ける。


「どっちだ」


「長剣を作ろうと思ってます。今のは仮で、旅しながら素材を集めて打ち直していく予定です」


「誰が打つ」


「ローデンの《赤炉》のグレイグさん」


 老人の眉が僅かに動いた。


「グレイグか」


「知ってます?」


「昔ここにいた」


「え?」


 予想していなかった。


「若い頃な。あいつがまだ口より槌を動かしてた時代だ」


「今も槌は動かしてますよ」


「なら少しはましになったか」


 どうやらそれなりに親しいらしい。


「魔鉄を探してるのも、グレイグに言われたのか」


「候補として。青鋼と合わせて芯に使える素材が欲しくて」


「だったら、その辺の魔鉄じゃ足りん」


 老人は壁際へ歩き、小さな金属片を一つ持ってきた。


 黒に近い灰色。


 表面に細い青い筋がある。


「これが昔、西坑で採れた魔鉄だ」


 エイルが受け取る。


 重い。


 しかも、《魔力感知》を使わなくても内部に何かあるのが薄く分かる。


「普通の鉄と全然違う」


「魔力を流してみろ」


 少しだけ流す。


 青鋼短剣ほど滑らかではない。


 その代わり。


 魔力を入れても金属そのものが安定している。


「……受け止める感じがする」


「それが売りだ。通すなら青鋼、耐えるならこっち。昔は両方使った武器もあった」


 エイルは金属片を見つめた。


 まさにグレイグが話していた構成だった。


「これ、まだ採れます?」


「浅い鉱脈はほぼ死んだ」


「深い方は?」


「知らん」


 老人はあっさり答えた。


「二十年以上、まともに掘ってない場所のことを俺に聞くな」


「旧西坑の第二採掘区?」


「そこまで知ってるなら話が早い。残ってるとしたら、その辺だろうな」


 やはり。


「行くつもりか」


「すぐじゃないです。まず南坑を見ます」


「そうしろ。坑道を知らん奴が古坑へ一人で入ると、魔物より先に道で死ぬ」


 エイルは頷いた。


 それから金属片を返そうとして、老人が手を出さないことに気づく。


「これは?」


「持ってけ」


「いいんですか?」


「見本だ。見つけた時に同じものか判断できんだろ」


「ありがとうございます」


「礼なら本物を掘ってから言え。最近の若い冒険者は、黒い石見つけりゃ全部魔鉄だと思って持ってくる」


 エイルは少し笑いながら、金属片を小さな革袋へしまった。


「名前、聞いてませんでした」


「ドールだ」


「グレイグさんに会ったら、ここに来たって伝えていいですか?」


「やめろ。面倒なのが戻ってくる」


「仲悪いんですか?」


「悪かったら素材の話なんぞしてやらん」


 なるほど。


 それ以上は聞かないことにした。


     ◇


 夕方。


 宿へ入る前に、エイルは町の西側を歩いた。


 旧西坑へ続く道の入口には柵があり、その先は山へ向かって緩く上っている。


 遠くにいくつもの坑口が見えた。


 閉鎖されたもの。


 崩れたもの。


 今も冒険者が出入りしているもの。


 さらに山の上には、昔使われていた巻き上げ機の骨組みまで残っている。


 かつては大勢の鉱夫がここを行き交っていたのだろう。


 今は風の音の方が大きい。


「……かなり広いな」


 青晶洞とは違う。


 自然に生まれた迷宮ではなく、人間が山を掘り進めた結果として作られた場所だ。


 そこへ崩落と魔物と迷宮化が重なり、昔の地図がそのままでは使えなくなった。


 明日行くのは南坑。


 まずそこで坑道の歩き方を覚える。


 その後。


 旧西坑。


 第二採掘区。


 魔鉄。


 そして、アルネアのさらに先には二十三年前から記録の途切れた山道もある。


 町へ着いたばかりなのに、また行きたい場所が増えていた。


 エイルは宿へ戻り、部屋の机に二枚の地図を並べた。


 一枚は現在の坑道図。


 もう一枚はベルクでもらった二十四年前の配置図。


 重ねてみると、かなり違う。


 現在の地図では消えている道が、古地図には何本も残っていた。


 逆に、新しい地図にしかない通路もある。


「まずはここか」


 明日の依頼場所である南坑第三分岐へ指を置く。


 そこから先にも、古地図では一本の道が伸びている。


 現在の地図では。


 途中で終わっていた。


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