第24話 ローデンを発つ日
青晶洞から戻ったエイルは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
第四層まで潜ったことで滞在時間は長くなったものの、まだ日は沈み切っていない。受付には仕事帰りの冒険者が増え始めており、素材買取の窓口にも数人が並んでいた。
エイルは先に探索報告を済ませることにした。
「第四層まで行ってきました」
「昨日D級になったばかりでしたよね」
ミレイが書類を受け取りながら言う。
「入れるようになったので」
「理由は分かりますけど、行動が早いんですよね」
呆れられている気はしたが、止められるほどのことはしていない。
エイルは三層で確認した崩落地点や鉱喰蟹、第四層で見つけた青い鉱脈らしき場所を順に説明し、自分で書き足した地図も見せた。
「この青い印は?」
「岩の奥に強い魔力反応がありました。青鋼短剣を使うと、もう少し位置が分かりやすくなります」
「採掘はしていないんですね」
「道具を持ってなかったのもありますけど、何の鉱石か分からなかったので」
「それで正解です。採掘可能区域かどうかの確認も必要ですから」
ミレイは地図を写し取るため別の紙を用意し、第四層の位置を確認していく。
「洞鱗鬼も一体?」
「はい。魔石と爪があります」
「それは買取窓口へ。第四層の単独初回で洞鱗鬼を倒して帰ってくるD級も、そう多くはありませんけど」
「倒すのには時間かかりましたよ」
「時間の問題ではないんですが……まあ、いいです」
途中で諦めたらしい。
報告が終わったところで、ミレイが机の下から別の資料を取り出した。
「そういえば、以前エイルさんが調べた西の旧道について、追加報告が来ています」
「棘狼がいたところ?」
「そこです」
忘れていたわけではない。
ローデンへ来て間もない頃、古い街道跡を調べた時に見つけた道標と、通常ならもっと西にいるはずの棘狼。
あの後は青晶洞へ行く機会が増え、直接調べには戻っていなかった。
「別の調査班が奥まで確認しました。古道そのものは、かつてカルド旧坑道へ繋がっていた道で間違いなかったそうです」
「やっぱり坑道まで続いてたんだ」
「ただ、坑道周辺で最近小規模な地滑りが起きたらしく、棘狼の縄張りが一部潰れていました。東へ移動してきた理由としては、それが一番可能性が高いそうです」
何か巨大な異変が起きていたわけではないらしい。
山が崩れ、生息地を失った魔物が移動し、その結果として普段はいない場所へ現れた。
地図から消えた道にも理由があり、魔物の移動にも理由があった。
「旧坑道は?」
「入口までは確認されていますが、内部の大半は崩落したままです。探索するなら改めて依頼を出すことになるでしょうね」
「今すぐは?」
「予定はありません」
「そうですか」
少しだけ気になる。
けれど、今は他にも行きたい場所がある。
一つ気になるものを見つけるたび、全部その場で追いかけていたら、いつまでも一つの土地から出られない。
いつか戻ってくる理由として残しておけばいい。
「これで、出発前に気になってたことは大体終わったかな」
「本当にアルネアへ行くんですね」
「はい。明日の朝に出ます」
言うと、ミレイの手が一瞬だけ止まった。
それから普段通りに書類を揃える。
「では、これを持っていってください」
渡されたのは数枚の記録だった。
ベルクからアルネアまでの旧街道で直近三か月に報告された魔物、崩落箇所、野営可能地点。それにアルネア出張所の簡単な所在地まで記されている。
「こんなに?」
「D級冒険者が管轄外へ移動する時に渡す資料です。エイルさんだけ特別というわけではありませんよ」
「助かります」
「あと、ベルクまでは知っている道でも、その先は整備状態がかなり落ちます。古地図より現地の情報を優先してください」
「分かりました」
一度の忠告で十分だった。
エイルは資料を地図筒へ収め、受付を離れた。
◇
素材窓口では、洞鱗鬼の魔石と爪に銀貨十六枚の値がついた。
爪は武具にも使えるらしいが、今回は売ることにした。グレイグへ預けた三角狼の角もあり、何でも剣の材料として取っておく必要はない。
必要なものを選ぶことも、これから覚えなければ荷物が増える一方だった。
宿へ戻る前に《赤炉》へ寄ると、グレイグは作業台で短剣の柄を直していた。
「第四層に青い鉱脈みたいなのがありました」
「帰ってきて最初の話がそれか」
「一応、洞鱗鬼とも戦いました」
「順番逆だろ」
エイルが場所と反応を説明すると、グレイグは少し考えた。
「第四層なら青脈鉄の可能性は低いが、全くないとも言えん。迷宮の鉱脈なんて綺麗に階層で分かれてるわけじゃねえからな」
「今度戻ったら調べます」
「アルネアへ行くんじゃなかったのか」
「行きますよ。だから戻ってきた時です」
「もう戻る前提か」
「見てない場所が残ってるので」
グレイグは笑い、作業へ戻った。
「なら死ぬなよ。預かってる角が無駄になる」
「剣より僕の心配してください」
「剣を作りに戻ってくるなら同じだ」
たぶん、この人なりの言い方なのだろう。
エイルは腰の長剣を軽く叩いた。
「これも、もう少し使います」
「ああ。ただし妙な振動が戻ったらすぐ止めろ。旅先で折れたら代わりは選べんぞ」
「覚えておきます」
店を出る前に、エイルは棚の奥へ視線を向けた。
そこには三角狼の角が入った木箱が保管されている。
まだ一本の剣になるには足りない。
次に戻る時、自分が何を持ち帰るのかも分からない。
それくらいでよかった。
◇
その夜、エイルは宿の部屋で荷物を全部広げた。
保存食、水袋、薬、火起こし道具、ロープ、予備の布、簡単な調理道具。地図は革筒へまとめ、採掘槌はアルネアが鉱山町であることを考えて持っていくことにした。
逆に、ローデン周辺でしか使わない資料や余分な素材は宿へ預ける。
一通り片づけると、背負い袋は以前より物が増えているのに、むしろ持ちやすくなっていた。
「最初からこうすればよかったな」
村を出た頃は、とりあえず必要そうなものを詰めていただけだった。
今は何をどこへ入れれば取り出しやすいか、野営中に何を先に使うかまで少し分かる。
状態板を開く。
【エイル・アーネット】
【Lv.18】
【生命 103】
【魔力 101】
【筋力 71】
【耐久 69】
【敏捷 105】
【器用 98】
【感知 138】
【技能】
《剣術 Lv.7》
《危機感知 Lv.10》
《野営 Lv.5》
《追跡 Lv.4》
《解体 Lv.5》
《採取 Lv.2》
《採掘 Lv.2》
《衝撃 Lv.8》
《魔力操作 Lv.7》
《気配感知 Lv.3》
《魔力感知 Lv.5》
《地図作成 Lv.2》
《罠察知 Lv.2》
【固有技能】
《越境 Lv.3》
レベル十八。
ベルクで確認した時は十六だった。
洞鱗鬼との一戦だけで二つ上がったわけではなく、護衛や青晶洞で積み重ねた経験がまとめて反映されたのだろう。それでも、数字が上がる間隔は明らかに短くなっている。
特に敏捷は、もう百を越えていた。
以前ギルド資料で見た新人冒険者の基準を思い出すと、笑って済ませられる差ではない。
「《越境》は三のままか」
固有技能の表示を開く。
【《越境 Lv.3》】
【自己の能力を上回る困難、未到達の領域、未習熟の技術を克服した際、成長に補正を得る】
説明は変わっていない。
ただ、最近は一度の経験から複数の技能が同時に伸びることが増え、身体能力の上昇も以前より早い。
エイルはしばらく表示を見たあと、閉じた。
原因を考えるのは必要だが、今ここで答えが出るものでもない。
それより明日は、また知らない道を歩ける。
◇
翌朝。
宿の主人へしばらく戻らないことを伝え、荷物の一部を預けた。
《跳ね鹿亭》を出ると、朝のローデンにはすでに人が多い。商人が店を開き、冒険者がギルドへ向かい、荷車が石畳を行き交っている。
最初にこの街へ着いた時は、その全部が知らないものだった。
今では道に迷わずギルドへ行けるし、剣が傷めば持ち込む鍛冶屋も知っている。
地図を買う店も。
食事をする場所も。
顔を知っている人も増えた。
ギルドへ最後の挨拶に寄ると、ミレイは受付にいた。
「もう出ますか」
「はい」
「ベルクまでは?」
「歩いて行きます」
「でしょうね」
そこは最初から予想されていたらしい。
エイルは冒険者証を確認してからしまう。
「色々ありがとうございました」
「こちらこそ。ずいぶん濃い十二日でした」
「僕もそう思います」
「次に戻ってきた時、何級になってるんでしょうね」
冗談めいた口調だったが、エイルは答えを考えてしまった。
「分かりません」
「そこは普通なんですね」
「ランクは自分で決められないので」
ミレイが笑う。
「では、行ってらっしゃい。何か見つけたら、別の支部でもきちんと報告してくださいね」
「はい。行ってきます」
外へ出る。
門へ向かう途中、地図屋の前も通った。
老人はちょうど店先へ古い地図を並べているところだった。
「行くのか」
「はい」
「アルネア?」
「まずは」
老人はそれ以上聞かず、片手を上げただけだった。
エイルも手を上げて返す。
◇
北門を抜ける。
腰には長剣と青鋼短剣、背には旅道具と地図。
暗灰色の外套が朝の風に揺れた。
ローデンの壁が少しずつ遠ざかっていく。
十二日前。
ここへ来た時のエイルはF級ですらなく、鎧猪一体を相手に死にかけていた。
今はD級。
レベル十八。
それでも、本人にとって一番大きく変わったのは、強さではなかった。
持っている地図が広くなった。
ローデンしか知らなかった紙の先にベルクが増え、アルネアへ続く古道が増え、その向こうにはまだ確かめられていない山道がある。
エイルは歩きながら地図を開き、ベルクから北西へ伸びる細い線を確認した。
その先には、古い鉱山町。
さらに西には、二十三年前を最後に記録の途切れた道。
「まずはアルネアだな」
地図を畳み、前を見る。
街道は遠くまで続いていた。
ローデンでの最初の十二日を終え、エイルは再び一人で歩き始めた。




