第23話 第四層
D級へ昇格した翌朝、エイルは再び青晶洞へ向かった。
アルネアへ発つ前に、一度だけ三層と四層を見ておきたい。せっかく単独探索の許可範囲が広がったのだから、今まで入れなかった場所を何も知らないまま離れるのは惜しかった。
入口で冒険者証を出すと、受付の男が刻まれたDの文字を見て眉を上げる。
「もうDか。お前、この前までEだっただろ」
「今日から四層まで一人で入れるらしいです」
「そこを喜ぶのかよ」
呆れながらも、男は三層と四層の簡易地図を出してくれた。
「三層から暗い場所が増える。四層は魔力も濃いし、浅いところと同じ感覚で歩くなよ」
「分かりました」
エイルは地図を受け取り、すぐ四層の方へ目を落とした。
主要経路こそ記されているが、端には枝道の空白がいくつもあり、《未確認》と書かれた場所まである。
「いいですね」
「何がだ」
「まだ埋まってないので」
「……行ってこい」
◇
第一層と第二層は、以前とは比べものにならないほど楽に抜けられた。
途中で晶尾蜥蜴が二体現れたものの、《魔力感知》で動き出す前の魔力の偏りを拾い、攻撃を外しながら一体ずつ仕留める。以前なら相手の癖を見極めるまで何度か攻防を重ねていたが、今は最初の数手で必要な情報が揃った。
その変化を感じながら、エイルは三層への階段を降りる。
下へ進むほど青晶の光は弱くなり、代わりに黒っぽい岩肌が増えていった。灯火具を点けると、壁のところどころに金属質の筋が鈍く光っている。
「鉱石かな」
今日は採掘槌を持ってきていないため、気になった場所だけ地図へ記して先へ進む。
やがて《気配感知》に三つの反応が触れた。
岩陰から様子を見ると、人の膝ほどの高さしかない灰色の甲殻を持つ魔物が、壁際の鉱物を大きな鋏で削っている。
鉱喰蟹。
三層では珍しくない魔物らしく、こちらに気づかなければ戦う必要もない。エイルは距離を取って通り過ぎようとしたが、一体が身体を持ち上げると、鋏の間に青白い魔力が集まり始めた。
直後、飛んできた石礫がエイルの頭の横を抜け、背後の岩壁へ突き刺さる。
「遠距離もあるのか」
残る二体までこちらを向いたため、エイルは長剣を抜いた。
魔力が鋏へ集まる時点で射撃の予兆は分かる。一射目を横へ外し、そのまま《衝撃》で距離を詰めると、振り下ろされた鋏を剣で流し、甲殻ではなく脚の付け根へ刃を差し込んだ。
一体目が崩れる。
続けて二体が石礫を飛ばしてきたため、倒れた鉱喰蟹を盾代わりにして射線を切り、その陰から一気に踏み込んだ。二体目の鋏を小さな《衝撃》で外へ弾き、露出した内側へ剣を入れる。
最後の一体は後退したが、エイルが追う前に《危機感知》が強く反応した。
足元が沈む。
反射的に前へ跳んだ直後、それまで立っていた床がまとめて崩れ落ちた。
岩の破片が暗闇へ吸い込まれていく。
灯火を近づけても底までは見えない。
「魔物だけ見てればいい場所じゃないな」
逃げた鉱喰蟹を追うのはやめ、崩落地点を地図へ書き込む。
二層より危険なのは魔物が強いからだけではないらしい。
◇
三層を一時間ほど調べたところで、第四層へ降りる階段を見つけた。
魔力にはまだ十分余裕があり、怪我もない。エイルはそのまま階段へ足を進めた。
第四層へ着いた瞬間、まず感じたのは空気に満ちた魔力の濃さだった。
《魔力感知》をいつもの範囲まで広げると、壁や床まで一度に反応してしまい、かえって周囲が分かりにくくなる。
すぐに感知範囲を狭めた。
目と耳、《気配感知》《危機感知》を基本にし、必要な時だけ魔力を見る。その方が疲労も少ない。
通路は三層までより広く、天井も高かった。
灯火の届かない先へ注意を向けながら進んでいると、前方に一つ、大きな気配が現れる。
暗闇から出てきたのは、人間より一回り大きな二足歩行の魔物だった。
緑がかった鱗に覆われた太い身体と、岩を削れそうな黒い爪。
第四層の資料で見た覚えがある。
洞鱗鬼。
D級相当の魔物だ。
洞鱗鬼はエイルを見つけると、ほとんど間を置かずに地面を蹴った。
巨体に似合わない速さで接近し、拳を振り抜く。
エイルは横へ避けた。
拳が背後の岩壁へ突き刺さり、石片が周囲へ散る。
続く横薙ぎには長剣を斜めに合わせ、力を逃がしたものの、それでも腕に重い衝撃が残った。
まともに受け続ける相手ではない。
洞鱗鬼が再び前へ出る。
右拳の前に肩へ魔力が集まり、踏み込む直前には脚へ流れが寄る。
見えはするが、身体能力そのものは向こうが上だった。少しでも反応が遅れれば、そのまま殴られる。
エイルは《衝撃》で半歩だけ動きを補い、拳の外側へ抜けると脇腹へ長剣を走らせた。
刃が鱗を削る。
浅い。
すぐに肘が落ちてきたため距離を取り、床を砕いた一撃を見ながら呼吸を整える。
力で押し切るのは無理だ。
それなら、いつも通り崩せばいい。
次の攻撃を避けながら、《魔力感知》で身体の流れを見る。
右拳の前には肩から背中へ魔力が集まり、大きく踏み込む時には反対側の脚へ先に力が移る。攻撃が終わった直後だけ、脇腹付近の魔力が薄くなった。
エイルはそこを狙った。
拳を外し、踏み込みながら先ほど傷をつけた場所へもう一度刃を入れる。そのまま剣先へ小さな《衝撃》を通すと、今度は明確に肉まで届いた。
洞鱗鬼が怒声を上げて腕を振るう。
すぐ離れたため当たらない。
一度で倒せないなら、同じ場所を何度も削ればいい。
その後は、洞鱗鬼の攻撃を避けながら脇腹と右脚へ傷を重ねた。
相手も途中から脇腹を庇い始めたため、無理に同じ場所だけを狙わず、踏み込みに使う脚へ攻撃を切り替える。
数度繰り返した頃には、突進の勢いがわずかに落ちていた。
右脚を傷つけた状態で洞鱗鬼が大きく踏み込み、重心が崩れる。
エイルはその外側を回って背後へ抜け、開いた脇腹へ深く長剣を差し込んだ。
魔力を流し、無言で《衝撃》を放つ。
鈍い音とともに傷口が大きく開いた。
それでも洞鱗鬼は倒れず、振り向きざまに腕を伸ばしてくる。
距離が近すぎた。
長剣を抜くより早く、エイルは左手で青鋼短剣を引き抜き、手首の内側へ突き刺す。青鋼を通した《衝撃》で腕の軌道を逸らし、その間に長剣を抜いて距離を取った。
洞鱗鬼の脇腹からは大量の血が流れ、右脚もかなり弱っている。
戦い始めた時ほど速くはない。
次の突進に合わせ、エイルは正面へ一歩出た。
拳が振られる直前に《衝撃》で横へ滑り、攻撃の外へ抜けながら首へ長剣を走らせる。
鱗の薄い部分へ刃が深く入った。
洞鱗鬼は数歩進んだところで膝をつき、そのまま床へ倒れた。
「……強かったな」
エイルは息を整えながら剣についた血を払った。
身体能力では明らかに上だったが、動きそのものは戦いながら読むことができた。数日前なら、同じ相手にここまで余裕を残して勝てたかは分からない。
その時、視界へ複数の表示が浮かぶ。
【《剣術》Lv.6 → Lv.7】
【《衝撃》Lv.7 → Lv.8】
【《魔力操作》Lv.6 → Lv.7】
【《魔力感知》Lv.4 → Lv.5】
【《危機感知》Lv.9 → Lv.10】
「五つ……」
一度の戦闘で、使った技能がまとめて上がっている。
強敵と戦えば技能が伸びること自体は今までもあったが、以前より必要な経験が少なくなっているように感じた。
エイルは状態板の下にある《越境 Lv.3》を見る。
レベルそのものは変化していない。
それでも《越境》が育ってから、自分の成長速度まで少しずつ変わっている。
そんな気がした。
◇
洞鱗鬼から魔石と爪を回収したあと、エイルは第四層を少しだけ進んだ。
消耗している以上、今日は深追いしない。それでも初めて来た場所なので、帰る前に周辺だけ地図へ残しておきたかった。
通路と広間を一つずつ記録し、その先へ進んだところで、壁の一部に青い筋が走っているのを見つけた。
《魔力感知》を向けると、岩の奥から強めの反応が返ってくる。
青鋼短剣を抜いて壁へ近づけると、魔力の位置がさらに分かりやすくなった。
「鉱脈か」
グレイグから聞いた青脈鉄は第五層以降で見つかることが多い。
ここは第四層なので別の鉱石かもしれないが、位置を覚えておく価値はある。
エイルは壁を削らず、地図へ印だけ付けた。
『青色鉱脈。魔力反応あり』
その先には、さらに第四層の奥へ続く道があり、もっと下にはまだ入れない第五層がある。
今はそこまで行けない。
ただ、D級になったのもつい昨日だ。
このまま成長していけば、次に青晶洞へ戻ってくる頃には状況が変わっているかもしれない。
エイルは地図を畳み、帰路へ向かった。
青晶洞にはまだ見ていない場所が残っている。
それなら、また来ればいい。
今はローデンへ戻り、旅の準備を終えてアルネアへ向かう方が先だった。




