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第19話 護衛の戦い

 林から飛び出した四体の角狼(ホーンウルフ)は、最初の二体とは違い、街道へ出るなり左右へ散った。


 二体が荷馬車の脇へ回り込み、残る二体が正面から圧力をかける。明らかに獲物を囲む動きだった。


「ドガン、前!」


「任せろ!」


 ドガンが一台目の荷馬車の横へ入り、大盾を構える。御者はその後ろで手綱を握り、怯えて暴れかけた馬をどうにか抑えていた。


 シードは荷台の脇へ片膝をつくと、すぐに矢を放った。右へ回り込もうとしていた角狼の肩に命中し、致命傷にはならなかったものの、その足を止める。


「右は私が行く!」


 レナがそちらへ走る。


 エイルは二台目の荷馬車から離れすぎない位置を取り、左側から近づく二体へ意識を向けた。


 一人で戦うなら、もっと自由に動ける。敵の側面へ回り、地形を使って一体ずつ崩していけばいい。


 しかし今は、敵を倒すことより荷馬車へ近づけないことが優先だった。


 一体がエイルへ向かい、もう一体は馬へ狙いを定める。


「そっちは行かせない」


 足元へ小さく《衝撃(インパクト)》を放ち、一気に間へ割り込む。


 角狼が狙いを変えて跳びかかってきた。エイルはその進路から半歩外れながら長剣を振り、前脚を狙う。


 角狼は跳ねて刃を避けたが、着地点へ向けて掌から短い衝撃を当てると、足がわずかに流れた。


 崩れたところへ踏み込み、肩から胸へ斜めに斬り込む。


 一体がそのまま倒れた。


 もう一体がすぐ横から迫る。長剣を戻し切るには少し近い。


 エイルは左手で腰の青鋼短剣を抜き、角を避けながら身体を入れ替えた。


 すれ違いざまに短剣を首筋へ当て、刃へ魔力を流す。


 青鋼はやはり通りがいい。


 小さく《衝撃》を重ねると、刃が深く沈み、角狼は数歩も進まないうちに地面へ転がった。


「……近い距離だと、こっちも使えるな」


 長さは足りないが、取り回しはいい。魔力を流した時の感触も、普通の長剣よりずっと素直だった。


 エイルは短剣を抜き、すぐに林へ意識を戻す。


 そこには、まだ大きな気配が残っている。


「レナ!」


「分かってる!」


 反対側では、レナが一体を仕留めたところだった。


 シードの二本目の矢が別の角狼の横腹へ突き刺さり、足の止まった個体へドガンが盾ごと突っ込む。


「どけっ!」


 角狼の身体が街道脇へ弾き飛ばされた。


 残る通常個体は一体だけだったが、そいつは仲間が倒れるのを見ると急に動きを止め、林の方へ後退した。


 その奥から、ゆっくりと別の影が現れる。


「……でかいな」


 ドガンが低く呟いた。


 姿形は角狼と同じだったが、大きさがまるで違う。肩の高さは成人男性の胸近くまであり、灰褐色だった毛並みも黒に近い。


 額には一本ではなく、中央の太い角と、その左右から伸びる二本の小角があった。


三角狼(トライホーン)


 レナが剣を構え直す。


「角狼の上位個体。D級相当」


 自分より一つ上の階級。


 エイルは少しだけ目を細めた。


「ちょうどいいとか思ってないよね?」


「思ってません」


 気にならないと言えば嘘になる。


 ただ、今は護衛依頼の最中だ。自分の実力を試すために戦っているわけではない。


「商隊は動かさない方が?」


「馬を走らせると逆に危ない。ここで迎える」


 レナが迷わず答えた。


「ドガンは正面、シードは残った一体を牽制。エイルは横を見て」


「はい」


 それだけで役割は決まった。


 ドガンが前へ出て、大盾を剣で叩く。


「来い!」


 金属音に反応し、三角狼が地面を蹴った。


 巨体からは想像しにくい速度だった。


 額の三本角へ魔力が集まり、そのままドガンへ突っ込んでいく。


「ぬおっ!」


 轟音とともに盾へ衝突し、ドガンの身体が土を削りながら後ろへ滑った。


 それでも倒れない。


 三角狼が首を振り、大盾ごと持ち上げようとしたところへレナが脇腹から斬り込む。


「硬い!」


 刃は入ったが浅い。


 三角狼が身体を捻り、レナを振り払おうとする。


 反対側からエイルも踏み込み、後脚へ長剣を走らせた。


 こちらも浅かった。


 通常の角狼とは毛皮も肉の厚さも違う。


 そのまま後脚が跳ね上がる。エイルは横へ退いて避けたが、続けて振られた太い尾までは読み切れなかった。


「っ!」


 腕で受けた瞬間、身体が半回転する。


 地面へ片手をついて勢いを殺し、すぐに立ち上がった。


 痛みはあるが、動けないほどではない。


 直後、シードの矢が三角狼の耳元へ刺さった。


 相手が頭を振った隙に、レナが再び前脚へ斬撃を重ねる。


 今度は同じ場所を狙っていた。


 そこでエイルは、レナたちが最初から一撃で倒そうとしていないことに気づいた。


 脚を削り、動きを鈍らせる。


 護衛では、派手に勝つことより荷馬車へ届かせない方が大事だ。


 三角狼がドガンへ向き直る。


 角へ魔力が集まり始めた。


「右前脚、さっき斬った方が沈んでます!」


 レナがすぐに反応する。


「ドガン!」


「おう!」


 二度目の突進。


 今度のドガンは真正面から受けず、盾を斜めに構えた。


 三角狼の角が当たり、力が横へ逃げる。


 巨体の向きがわずかに逸れた。


「今!」


 レナとエイルが左右から同時に入る。


 レナは首。


 エイルは傷のある右前脚。


 長剣を食い込ませたまま、小さな《衝撃》を刃の先へ重ねる。


 傷が一段深くなった。


 三角狼が怒りの声を上げ、激しく首を振る。


 二人ともすぐに距離を取った。


「今の何?」


「あとで!」


 次の瞬間、三角狼の角へ集まる魔力が一気に濃くなった。


 《危機感知》も強く反応する。


「来る!」


 三角狼が地面を蹴る。


 しかし向かった先はドガンではなかった。


 荷馬車。


「まずい!」


 エイルは走り出した。


 距離がある。


 普通に走るだけでは間に合わない。


 足元へ小さな《衝撃》を続けて放ち、一度、二度と身体を前へ押す。


 さらに三度目。


 視界が一気に流れた。


 自分でも驚くほど速度が乗る。


 荷馬車と三角狼の間へ入り込める。


 ただし、あの巨体を真正面から止める力はない。


 止められないなら、崩す。


 エイルは横から並ぶように走り、三角狼の前脚へ意識を集中した。


 踏み込む瞬間。


 そこへ小さな《衝撃》。


 足の位置が僅かにずれる。


 続けて地面へもう一度。


 踏み込もうとした場所の土を弾く。


 三角狼の身体が傾いた。


 それでも勢いは死なない。


 荷馬車までは、もう数歩。


 エイルは長剣を両手で握り、傷ついた右前脚へ刃を叩き込んだ。


 今度は強く。


「《衝撃(インパクト)》!」


 刃を通した衝撃が一点で弾ける。


 三角狼の右前脚が大きく沈み、巨体が肩から地面へ突っ込んだ。


 土を巻き上げながら滑り、荷馬車の直前で止まる。


 エイルは休まず追った。


 三角狼はまだ立ち上がろうとしている。


「頭下げろ!」


 シードの声に反応し、身体を沈める。


 矢が頭上を通り、三角狼の左目へ突き刺さった。


「グガアアアッ!」


 暴れた巨体の反対側からレナが踏み込み、首にできていた傷へ剣を突き込む。


 さらにドガンが追いつき、大盾を捨てて剣を両手で構えた。


「寝てろ!」


 レナの刃とほぼ同じ場所へ、重い一撃を叩き込む。


 三角狼の身体が沈んだ。


 それでもまだ、胸から首へ魔力が流れている。


 エイルはその流れを《魔力感知》で追い、傷口へ長剣を入れた。


 最後は大きく放たない。


 刃先へ短く衝撃を通す。


 ドッ、と鈍い音がして、魔力の流れが途切れた。


 三角狼が崩れ落ちる。


 今度こそ動かなかった。


     ◇


 戦闘が終わると、街道には馬の荒い鼻息と、荷馬車の軋む音だけが残った。


「終わった……?」


 御者が恐る恐る顔を出す。


「もう大丈夫です」


 レナが剣についた血を払いながら答えた。


 エイルも《気配感知》を広げる。


 最後に残っていた通常の角狼は林の奥へ逃げており、こちらへ戻ってくる気配はない。


「六体討伐、一体逃げました」


「十分」


 レナはそこでようやくエイルへ顔を向けた。


「で、何あの最後の動き」


「最後?」


「荷馬車まで一気に追いついたやつ」


「《衝撃》で加速しただけです」


「前に青晶洞で見た時、あそこまで速くなかったよね」


「練習したので」


「いつから?」


 エイルは少し考えた。


「二日くらい前から?」


 レナが無言でエイルを見る。


「……何です?」


「いや、もういい」


 その言い方は少し引っかかったが、ドガンが素材回収を始めたため、話はそこで終わった。


     ◇


 三角狼から取れる素材は、通常の角狼より明らかに質が良かった。


 三本の角に牙、魔石、毛皮。


 特に角は魔力を蓄えやすく、武具の素材として使われることもあるらしい。


「これ、剣に使えます?」


 エイルが角を見ながら聞くと、ドガンが手を止めた。


「もう武器の材料のこと考えてるのか」


「今、長剣を作ろうとしてるので」


「鍛冶師次第だな。粉にして合金へ混ぜたり、柄や鍔に使ったりはする」


「じゃあ持って帰りたいです」


「戦利品は全員で分けるぞ」


「あ」


 そこで初めて気づいた。


 自分一人で倒したわけではない以上、当然だった。


 レナが笑う。


「角が欲しいなら、あとで相談すればいいよ。今回はエイルの働きも大きかったし」


「お願いします」


 この角が本当に剣へ使えるかは分からない。


 それでも、旅の途中で手に入れた素材がいつか自分の武器の一部になるかもしれないと思うと、少し楽しみだった。


     ◇


 夕方には、予定していた野営地へ到着した。


 街道脇に残った古い荷車停めで、石組みの井戸と簡素な屋根がある。


 馬を繋ぎ、荷車を寄せると、エイルも枯れ枝を集めて火を起こした。


「手際いいね」


 鍋を準備していたレナが言う。


「村でも野営みたいなことはしてたので」


「そういえば《野営》持ってるんだっけ」


「はい」


「レベルは?」


「四です」


「そこは普通なんだ」


「何を期待してたんですか」


「十とか」


「さすがにそこまではないです」


 最近の成長速度を考えると、今後どうなるかは分からないが。


 夕食は乾燥肉と豆を煮込んだだけの簡単なものだったが、歩き続けた身体には十分うまかった。


 食べながら、シードが昼の戦いを振り返る。


「最後の突進、俺は荷馬車まで行くと思った」


「俺もだ」


 ドガンが頷く。


「あれを正面から止めるのは無理だった」


「最初は受けてましたよね」


「止めたんじゃなく、耐えただけだ」


 エイルはその違いを少し考えた。


 確かに、自分も最後は三角狼を止めていない。


 脚をずらし、足場を崩し、最後に前脚を潰した。


 真正面から力比べをする必要はなかった。


「でも、今日は一人で倒したわけじゃないからね」


 レナが鍋を混ぜながら言う。


「はい」


 そこはエイルにもよく分かっていた。


 ドガンが正面を受け、シードが矢で隙を作り、レナが脚や首へ傷を重ねた。


 自分一人なら、あそこまで安全には戦えなかっただろう。


「パーティーって、やっぱり強いですね」


「青晶洞でも言ってたね」


「今日はもっと分かりました」


 一人なら好きなように動ける。


 けれど護衛のように守るものがあるなら、人数がいる方が圧倒的にやりやすい。


「じゃあ、パーティー組む?」


 レナが軽い調子で聞いた。


 エイルは少し考えてから首を振る。


「ずっとはいいです」


「そこは変わらないんだ」


「でも、こういうのは好きですよ。同じ場所へ行く時に一緒に歩くくらいなら」


 ずっと誰かと行動するより、目的地が重なった時だけ一緒に旅をする。


 そのくらいの距離が自分には合っている気がした。


「じゃあ、そのうちまたね」


「はい」


 会話はそこで自然に終わった。


     ◇


 夜、最初の見張りはエイルとシードだった。


 焚き火から少し離れた場所に座り、荷馬車と馬、その向こうの林まで視線を巡らせる。


 《危機感知》は静かで、《気配感知》にも小動物程度の反応しかない。


 エイルは暗い灰色の外套を少し引き寄せ、夜風を防いだ。


 数日前、村を出た最初の夜も同じように外で過ごした。


 ただ、今は冒険者として依頼を受け、商隊を守りながら次の町へ向かっている。


 明日にはベルクへ着く。


 自分が持っていた地図の端に近い、小さな宿場町。


 その先にも道は続いている。


「楽しそうだな」


 隣のシードが言った。


「分かります?」


「昼より分かりやすい」


 エイルは暗い街道の先を見たまま少し笑う。


「明日、知らない町に着くので」


「なるほど。そりゃ楽しみだ」


 焚き火が小さく弾けた。


 その夜は何事もなく過ぎ、エイルはローデンを出て初めての旅の夜を、静かな街道の途中で迎えた。


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