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第14話 第二層

 青晶洞の新規区画は、翌日から一時的に立入禁止となった。


 ギルドの調査員が入り、中央にあった青晶と守護体(ガーディアン)について詳しく調べるらしい。エイルとしてはもう一度見に行きたい気持ちもあったが、封鎖されているなら仕方がない。


 代わりに、その日の朝に向かったのは青晶洞の第二層だった。


 第一層は昨日までにかなり歩いた。


 もちろん全てを知ったわけではないし、横穴のようにまだ見つかっていない場所もある。それでも、階段の先を見たいという気持ちの方が強くなっていた。


 入口で冒険者証を見せると、受付の男がEの文字を確認してから通行記録へ名前を書き込む。


「今日は二層か?」


「はい」


「一層より魔物の数が増える。あと、足元には気をつけろ」


「罠があるんですか?」


「人工的なものじゃないがな。地面の薄い場所や、魔力溜まりがたまにできる」


 それだけ聞いて、エイルは簡易地図を一枚買った。


 昨日と違い、第二層の地図はほとんど白い。


 主要通路と階段、いくつかの大きな広間だけが記され、細い枝道には空白も多かった。


「……こっちの方が好きだな」


「そう言うと思ったよ」


 受付の男に笑われながら、エイルは迷宮へ入った。


     ◇


 第一層は、もう昨日ほど緊張しなかった。


 岩甲蟲(ロックビートル)を一体見つけたが、相手がこちらへ向きを変える前に横へ回り込み、無言の《衝撃(インパクト)》で重心を崩す。


 剣を使ったのは一度だけだった。


 あまりにも早く終わり、エイル自身が少し驚いた。


「……三日前は、もっと面倒だったのにな」


 同じ魔物。


 同じ剣。


 けれど、自分が違う。


 こういう瞬間が一番、成長したことを実感できる。


 階段へ向かう途中、地図にない細道の前も通った。入口にはギルドが立てた黄色い杭と縄があり、その奥では二人の調査員が何かを測っている。


 気にはなったものの、足を止めるだけにして先へ進んだ。


 やがて、地下へ続く石段が見えてくる。


 幅は人三人が並べるほど。


 壁面の青晶は第一層より濃く、下へ行くほど光が強くなっていた。


 エイルは一度だけ地図を確認し、そのまま階段を降りる。


 空気が変わった。


 第一層より冷たい。


 同時に、《魔力感知》へ触れるものも濃い。


「……すごいな」


 空気そのものに薄く魔力が混ざっているようだった。


 第一層では壁の奥に流れていたものが、ここではもっと近い。


 少し意識を広げると、右側の壁。


 床の下。


 遠くの通路。


 場所によって濃淡がある。


 ただ、全部を拾おうとすると頭が重くなった。


「これは……ずっと使うのはきついか」


 感知を少し弱める。


 必要な時だけ広げる方が良さそうだ。


 《気配感知》も同じだった。


 技能があるからといって、常に最大限で使えばいいわけではないらしい。


 第二層を進む。


 岩肌は第一層より暗く、ところどころ青晶が群生している。通路も広くなり、天井が見えないほど高い場所さえあった。


 十分ほど歩いたところで、エイルは足を止めた。


 前方。


 《気配感知》に二つ。


 さらに《魔力感知》にも小さな反応。


 壁際へ寄り、角から覗く。


 いた。


 四本脚。


 背中は薄い青色の鱗。


 尾の先が石のように膨らんでいる。


晶尾蜥蜴(クリスタルリザード)……」


 第二層の代表的な魔物。


 資料によれば、尾を振り回して戦う。鱗はそこそこ硬いが、脚の付け根と喉は柔らかい。


 二体。


 こちらにはまだ気づいていない。


 エイルはすぐには剣を抜かなかった。


 位置を見る。


 一体は通路の中央。


 もう一体は壁際。


 間隔は三歩ほど。


 同時に来られると少し面倒だ。


 なら。


 壁際の個体へ左手を向ける。


 小さく。


 魔力を押す。


 無言の《衝撃(インパクト)》が、足元の小石を弾いた。


 カンッ、と乾いた音が遠くの壁で響く。


 二体の頭がそちらへ向いた。


 エイルは反対側から距離を詰める。


 まず一体目。


 脚の付け根へ剣を入れた。


「ギィッ!」


 身体が崩れる。


 もう一体が振り向き、尾を振る。


 魔力が尾の先へ集まった。


 《魔力感知》で見える。


 来る前に一歩引く。


 青い塊が目の前を通過し、壁へぶつかった。


 岩が欠ける。


「まともに受けたくないな」


 晶尾蜥蜴がもう一度尾を引く。


 その前に、エイルは踏み込んだ。


 足元へ小さな《衝撃》。


 距離を詰め、喉へ突き。


 二体目も地面へ沈んだ。


「……よし」


 戦闘自体は難しくなかった。


 ただ、第一層の魔物より一撃の危険は大きい。


 こうやって少しずつ変わっていくのだろう。


 エイルは二体から魔石と尾の青晶を回収した。


 《解体》もかなり慣れてきている。


 以前なら一体に何分もかかっていた作業が、今ではほとんど迷わない。


     ◇


 二層へ入って一時間ほど経った頃。


 エイルは奇妙な場所へ出た。


 広い空間。


 壁際には崩れた柱のような岩が何本も立っている。


 自然の洞窟にしては、妙に形が揃っていた。


「……遺跡?」


 近づいて見る。


 表面に線。


 ただの亀裂ではない。


 何かの模様。


 しかし、文字かどうかまでは分からなかった。


 エイルは地図へ位置を書き込む。


 この辺りは簡易地図にも広間として載っているが、柱のことまでは記されていない。


 一本。


 二本。


 見て回る。


 そして三本目の前で、《危機感知》が僅かに反応した。


「……?」


 強い危険ではない。


 それでも足を止める。


 目の前には何もない。


 柱。


 床。


 壁。


 エイルは一歩下がった。


 地面へ落ちていた小石を拾う。


 前へ投げた。


 カツ。


 一度跳ね。


 二度目。


 その瞬間。


 床が消えた。


「……うわ」


 石板に見えていた部分が下へ落ち、黒い穴が開く。


 深さは三メートルほど。


 底には尖った青晶が何本も突き出していた。


 落ちればただでは済まない。


「これが罠か」


 人工的なのか。


 それとも迷宮が自然に作ったものなのか。


 どちらにせよ、見ただけでは分からなかった。


 《危機感知》がなければ、そのまま踏んでいた可能性もある。


 エイルは穴の位置を地図へ書き込んだ。


 そこで、視界に文字が浮かぶ。


【《罠察知》を獲得しました】


「……また増えた」


 意識を向ける。


《罠察知 Lv.1》


 危険な仕掛けや、不自然な構造を察知しやすくする技能。


「これは……かなり欲しかったやつだな」


 一人で歩くなら、魔物だけを警戒していても仕方がない。


 迷宮。


 遺跡。


 知らない道。


 これから先、罠はいくらでもありそうだ。


 エイルは少し機嫌よく穴を迂回した。


 その直後。


「エイル?」


 声がした。


 聞き覚えがある。


 振り向くと、広間の反対側から三人の冒険者が歩いてきていた。


 先頭。


 赤茶色の髪。


「レナ」


「やっぱり」


 レナが片手を上げる。


 後ろには以前一度見た二人。


 弓を背負った細身の男と、大きな盾を持った男。


「一人?」


「はい」


「二層まで来たんだ」


「昨日E級になったので」


「知ってる。早すぎてちょっと話題になってるよ」


 エイルの表情が僅かに曇った。


「……もう?」


「まだギルドの中だけだけどね」


「ならいいです」


「そのうち外にも出るんじゃない?」


「出なくていいです」


 盾持ちの男が笑った。


「相変わらずだな。俺はドガン。こっちはシード」


「よろしく」


 弓の男――シードが軽く手を上げる。


「エイルです」


「知ってるよ。鎧猪の新人」


「その呼び方、定着させないでください」


 レナが笑う。


「そのうち別の呼び名に変わるって」


「呼び名自体いりません」


「冒険者やってたら諦めた方がいいかもね」


 エイルは少し嫌な未来を想像したが、考えないことにした。


「三人は何を?」


「二層の晶尾蜥蜴。尾晶を十本」


「僕もさっき二体倒しました」


「二体?」


「はい」


「一人で?」


 レナが言いかけて、すぐ自分で止まった。


「……いや、もう聞くのやめよ」


「助かります」


 少しだけ成長したらしい。


「エイルは?」


「特に依頼は。二層を見に来ました」


「見に?」


「まだ来たことなかったので」


「それだけで迷宮に潜る人、あんまりいないよ」


「そうなんですか?」


「普通は稼ぐために来るの」


 エイルは少し考えた。


「素材はちゃんと取ってます」


「そういう問題じゃないんだけどなあ」


 レナが苦笑する。


 その時。


 シードが床の穴へ気づいた。


「これ、前からあったか?」


「さっき開きました」


 三人の表情が変わる。


 ドガンが穴を覗き込む。


「落とし床か。ここ通るの久しぶりだけど、前はなかったぞ」


「迷宮が変わった?」


「多分な」


 レナがエイルの地図を見る。


「書いてるの?」


「場所だけ」


「見せて」


 横へ並ぶ。


 エイルの地図には、歩いた道だけでなく、魔物を見た場所、採取できそうな青晶、壁の特徴まで細かく書き込まれていた。


「……これ、自分で?」


「はい」


「ギルドで売ってる地図より細かいんだけど」


「今日歩いたところだけですよ」


「それでも」


 シードも後ろから覗き込む。


「地図作る仕事した方が稼げるんじゃないか?」


「それも面白そうですね」


「冗談じゃなく食いつくのか」


 エイルとしてはかなり魅力的な提案だった。


 知らない場所を歩いて。


 地図を作って。


 それで金まで貰える。


 できるなら、ぜひやりたい。


 レナは少し考えた後、広間の先を指した。


「この先、二層の東側へ抜けるんだけど、一緒に行く?」


「一緒に?」


「私たちもこの広間を抜ける予定だから。途中まで」


 エイルは地図を見る。


 自分も同じ方向へ行こうと思っていた。


「じゃあ、お願いします」


「意外。断るかと思った」


「同じ方向なら別に」


「一人が好きなんじゃないの?」


「好きですよ。でも、人と歩くのが嫌いなわけじゃないです」


 レナは少しだけ目を丸くした。


「……なるほどね」


「何です?」


「いや。なんとなく分かった」


 何を理解されたのかは分からない。


     ◇


 四人で進むと、一人の時とはかなり違った。


 まず、エイルが全部を見る必要がない。


 先頭は盾を持つドガン。


 中央にレナとシード。


 エイルは後ろ。


「楽ですね、これ」


「何が?」


「後ろだけ見てればいいので」


 レナが振り返る。


「一人で潜る人の感想じゃないなあ」


「一人だと全部見るので」


「それで棘狼三体とかやってたの?」


「そうです」


「よく生きてるね」


「僕も時々そう思います」


 ドガンが前で笑った。


 歩きながら、それぞれの役割も見える。


 ドガンは罠や敵を警戒しつつ前へ。


 シードは広い範囲を見る。


 レナは二人の間を埋め、何かあればすぐ動く。


 三人とも慣れている。


 エイルはそれを見るだけでも面白かった。


 一人で全部やるのとは違う。


 役割を分けることで、一つ一つの精度を上げられる。


 その時。


 《気配感知》に反応。


「前に三体」


 エイルが言った。


 三人が同時に止まる。


 レナが振り向いた。


「どの辺?」


「曲がった先。距離は……十五歩くらいだと思います」


 シードが少し前へ出て角を覗く。


「当たり。晶尾蜥蜴が三」


 戻ってきたシードがエイルを見る。


「距離まで分かるのか?」


「最近ちょっと」


「最近?」


「昨日よりは」


 妙な顔をされた。


 戦闘はすぐに始まった。


 ドガンが正面。


 一体目の尾を盾で受ける。


 レナが横へ入り、脚を斬る。


 シードの矢が二体目の目元へ飛ぶ。


 速い。


 エイルは一瞬だけ、自分が入る場所を探した。


 全部埋まっている。


「……」


 一人の時と違う。


 好き勝手に動けば、逆に邪魔になる。


 三体目が横へ回る。


 そこだけ空いていた。


 エイルは無言の《衝撃》で一歩加速し、晶尾蜥蜴の前へ出た。


 尾。


 魔力が集まる。


 避ける。


 そのまま喉へ剣。


 一撃。


 深く入る。


「早っ」


 レナの声が聞こえた。


 剣を抜く頃には、他の二体も倒れていた。


 戦闘開始から、ほとんど時間が経っていない。


「……これがパーティーか」


 エイルは思わず呟いた。


「今さら?」


 レナが笑う。


「楽ですね」


「それ二回目」


「本当に楽なので」


 ただ。


 少し違和感もある。


 自分が動きたい場所へ誰かがいる。


 相手の動きを考えながら位置を選ぶ必要がある。


 一人ならもっと自由に動けた。


 楽。


 でも。


 少し窮屈。


「……やっぱり僕、一人の方が向いてるかもしれない」


「結論早くない?」


「嫌ではないですよ」


「それは分かったって」


 レナが苦笑した。


     ◇


 しばらく進んだところで、道が分かれた。


 レナたちは東。


 エイルは南へ行くつもりだった。


「じゃ、ここまでだね」


「ありがとうございました」


「こっちが何かした?」


「パーティーで歩くの、初めてだったので」


「……それで礼言われるの変な感じ」


 ドガンが手を上げる。


「またどっかで一緒になったらよろしくな」


「はい」


 シードも続く。


「その感知、もうちょい育ったら便利そうだな」


「僕もそう思います」


「いや、パーティーでって意味なんだけど」


「あ」


 また笑われた。


 レナたちが東の通路へ消える。


 足音が遠ざかるまで、エイルは少しだけその方向を見ていた。


 賑やかだった。


 悪くない。


 でも。


「……静かだな」


 一人になった途端、迷宮の水音がよく聞こえる。


 エイルは自然と息を吐いた。


 こちらも悪くない。


 地図を開く。


 南。


 まだ歩いていない場所。


 その先は、簡易地図にもほとんど線がない。


「行こう」


 剣を腰へ収め直し、歩き出す。


 十数分後。


 通路の先で、何かが光った。


「……?」


 青晶ではない。


 もっと黄色い。


 近づいてみる。


 壁際。


 崩れた石の陰。


 半分ほど土に埋まった、小さな箱があった。


「箱?」


 木ではない。


 金属。


 表面に細い模様。


 明らかに自然にできたものではなかった。


 エイルはすぐには触らず、《危機感知》と《罠察知》へ意識を向ける。


 弱い反応。


「……あるな」


 箱そのもの。


 何か仕掛けがある。


 エイルはしゃがみ込み、少し離れたところから観察した。


 鍵穴。


 蓋の隙間。


 側面。


 底。


 よく見ると、鍵穴のすぐ下に細い穴が三つ並んでいる。


「開けたら何か飛ぶ?」


 多分。


 こういう時。


 普通ならどうするのだろう。


 罠解除の技能がある冒険者を呼ぶ。


 あるいは諦める。


 エイルは少し考えた。


 そして。


 箱から三歩離れた。


 地面に落ちていた細長い石を拾う。


 無言の《衝撃(インパクト)》。


 石が飛ぶ。


 鍵穴へ当たった。


 瞬間。


 シュッ、という音。


 箱の正面から三本の針が飛び出し、向かいの壁へ突き刺さった。


「……やっぱり」


 《危機感知》が静かになる。


 まだ《罠察知》には少し違和感が残っている。


「一回じゃない?」


 もう一つ小石を飛ばす。


 何も起きない。


 今度は違和感が消えた。


 エイルはようやく近づいた。


 鍵。


 かかっている。


「……どうしよう」


 鍵開けの技能はない。


 しばらく考え。


 剣は使いたくない。


 そこで、箱の留め金へ指先を向けた。


 小さく。


 一点。


 無言の《衝撃》。


 カン。


 一度。


 もう一度。


 三度目。


 金具が外れた。


「……これでいいのかな」


 多分、あまり上品な開け方ではない。


 それでも開いた。


 蓋を持ち上げる。


 中には。


 銀貨。


 小さな魔石。


 そして。


 鞘に入った一本の短剣。


「……お」


 エイルの顔が少しだけ明るくなった。


 迷宮へ入って。


 地図にない道を見つけ。


 知らない場所で箱を見つける。


 これは。


 かなり楽しい。


 短剣を取り出す。


 黒い柄。


 刃は淡い青。


 《魔力感知》へ、ほんの僅かに反応があった。


「魔道具?」


 詳しくは分からない。


 鑑定できる人間へ見せた方がいいだろう。


 エイルは短剣を鞘へ戻した。


 その時。


 視界の隅に文字が浮かぶ。


【《罠察知》Lv.1 → Lv.2】


【《衝撃》Lv.5 → Lv.6】


「……」


 箱を見る。


 少し笑った。


「迷宮、いいな」


 戦うだけではない。


 歩く。


 探す。


 考える。


 知らなかった技能が増える。


 できることも増えていく。


 そして、その先に。


 まだ地図にない場所がある。


 エイルは戦利品を背負い袋へしまうと、簡易地図の空白へ新しい線を一本引いた。


 その線は。


 まだ、先へ続いていた。


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