第13話 流れを見る
「――《衝撃》!」
剣先から放たれた衝撃が、岩の隙間へ真っ直ぐ叩き込まれた。
鈍い破砕音。
エイルの両腕に重い反動が返り、剣身が大きく震える。
それでも、今度は滑らなかった。
胸を覆っていた岩に亀裂が走る。
「入った……!」
あと少し。
剣をさらに押し込もうとした瞬間、岩の巨人の身体から魔力が膨れ上がった。
胸。
肩。
腕。
《魔力感知》に、青い流れが一気に広がるような感覚が映る。
まずい。
エイルは剣を抜き、足元へ小さな《衝撃》を放った。
身体が後ろへ滑る。
直後、巨人の両腕が胸の前を薙いだ。
風が顔を打つ。
「危な……」
一歩遅ければ、まともに挟まれていた。
巨人は追ってこない。
割れた胸を庇うように、わずかに身体を前へ傾けている。
効いている。
少なくとも、狙いは間違っていなかった。
エイルは剣先を見る。
欠けてはいない。
ただ、岩へ何度も叩きつけたせいで刃には細かな傷が増えている。
長引かせたくない。
相手が硬いというだけではない。
今いる場所そのものが、まだ何も分かっていない新規区画だ。
中央の青晶。
壁の中を流れる魔力。
そして、この巨人。
全部が繋がっている可能性がある。
巨人が右足を踏み出した。
その直前。
胸から脚へ魔力が流れる。
「……やっぱり」
動いてからではなく。
動く前に分かる。
巨人の身体は岩でできている。筋肉の動きも、呼吸もない。
代わりに、魔力がその役目を果たしている。
右腕を動かすなら、右肩へ。
踏み込むなら、脚へ。
身体を支える時には腰周り。
なら。
相手の動きを見るより先に、魔力を見る。
巨人が踏み込んだ。
エイルは既に横へ動いていた。
拳が床を叩く。
石片が散る。
続けて左腕。
肩へ魔力が集まった瞬間、エイルは巨人の右側へ回り込む。
二撃目も空振り。
「見える」
さっきまでは、相手の攻撃に合わせて避けていた。
今は違う。
何をするのか、その一歩手前が分かる。
胸の奥にある濃い魔力。
そこから身体の各部へ流れていく。
まるで川の分岐を見ているようだった。
ただし。
見えるからといって、勝手に身体が動くわけではない。
次の一撃。
右肩。
分かった。
エイルは左へ避けようとする。
だが巨人の腕は予想より速かった。
「っ!」
剣を立てる。
岩の拳が刃へ当たった。
凄まじい重さ。
腕が痺れ、身体ごと押し飛ばされる。
エイルは数歩よろめき、片膝をついた。
「……そうだよな」
《魔力感知》は未来を見る技能ではない。
動きの兆候が分かるだけ。
身体が追いつかなければ、結局避けられない。
そこは《危機感知》と同じだった。
知っていることと、できることは違う。
だから。
できる方を増やす。
エイルは立ち上がった。
剣を握り直す。
無言で足元へ《衝撃》。
小さく前へ。
もう一度。
横へ。
巨人の視線が追う。
その動きに合わせ、さらに一度。
今度は後ろ。
自分でも少し気持ち悪くなるような不規則な移動だった。
以前なら、一度発動するだけでも姿勢を崩していた。
今は小出力なら連続で使える。
「これなら……」
相手が速いなら。
自分の動き方を変える。
巨人の胸から右肩へ魔力。
来る。
エイルは左へ。
拳を避ける。
次。
腰から左脚。
踏み込み。
エイルは正面へ出る。
巨人の身体が向きを変える前に、胸へ剣を叩き込んだ。
ガキンッ!
先ほど作った亀裂。
そこへ。
今度は技名を口にしない。
強い出力ではない。
小さく。
一点へ。
ドッ。
剣先で短い衝撃が弾ける。
亀裂が少し広がった。
「できた」
強い《衝撃》を一度叩き込む必要はない。
小さいものを。
正確に。
何度も。
巨人の左腕へ魔力が集まる。
エイルは剣を抜いて横へ逃れる。
拳が通過。
もう一度胸へ。
剣。
衝撃。
亀裂。
退く。
巨人が動く。
魔力を見る。
避ける。
入る。
同じ場所を狙う。
少しずつ。
確実に。
胸を覆う岩が崩れていく。
巨人の動きも変わった。
最初は一定だった魔力の流れが乱れ始めている。
右腕へ向かうはずだった魔力が途中で弱まり、拳が僅かに遅れる。
左脚には逆に流れすぎ、踏み込みの際に身体が傾いた。
「核が傷ついてる?」
なら。
もう少し。
巨人が両腕を持ち上げた。
胸から左右へ大量の魔力。
大きい攻撃。
エイルは距離を取ろうとして、止めた。
違う。
両腕へ流れている。
つまり。
胸の守りが薄い。
エイルは前へ出た。
自分でも少し怖い判断だった。
左右から岩の腕が迫る。
その中心。
わずかな隙間。
足元へ無言の《衝撃》。
一度。
加速。
二度。
さらに前へ。
視界の両端を岩の拳が塞ぐ。
「っ……!」
身体を低くする。
頭上で両腕がぶつかった。
轟音。
衝撃が背中を叩く。
それでも止まらない。
胸。
亀裂。
その奥。
青い光。
見えた。
剣を突き込む。
今度は岩ではない。
硬い何かへ刃先が触れた。
「これだ」
巨人の身体から魔力が爆発的に膨らんだ。
押し返そうとしている。
剣が震える。
エイルは柄を両手で握り、深く息を吸った。
ここは。
声に出す。
強く。
真っ直ぐ。
狙いを一つに固定する。
「――《衝撃》!」
ドンッ――!
剣を通した衝撃が、胸の奥で弾けた。
青い光に亀裂が走る。
一瞬遅れて。
砕けた。
巨人の身体が止まる。
「……」
拳も。
脚も。
何も動かない。
身体を走っていた青い線が、胸から順番に消えていく。
やがて。
巨人の右肩が崩れた。
岩が一つ落ちる。
それをきっかけに全身がばらばらになり、石床へ大量の岩が降り注いだ。
エイルは慌てて後ろへ下がる。
最後に大きな胴体が倒れ。
静かになった。
「……倒した」
剣を下ろす。
腕が重い。
魔力もかなり使った。
ただ、鎧猪を倒した時のようにその場へ座り込むほどではなかった。
エイルは数秒だけ呼吸を整え、それから周囲へ意識を向けた。
《危機感知》。
静か。
《気配感知》にも反応はない。
《魔力感知》では――。
「……消えた?」
巨人を動かしていた魔力は、ほとんど感じない。
代わりに。
崩れた岩の中。
一つだけ、まだ濃いものがある。
エイルは慎重に岩をどかした。
拳より少し小さい青い結晶。
真ん中から真っ二つに割れている。
「これが核か」
拾い上げる。
普通の魔石とも違う。
触れた瞬間、《魔力感知》へ強い反応が返ってきた。
壊れていても、まだかなりの魔力が残っている。
持ち帰る。
それから巨人の岩片も少し。
ギルドへ見せるには充分だろう。
エイルは袋へ入れようとして、中央の青晶へ目を向けた。
「……?」
さっきまで部屋の中心に立っていた結晶。
その光が。
弱くなっている。
近づく。
《魔力感知》へ意識を集中する。
中央の結晶から壁や床へ流れていた魔力が、明らかに細くなっていた。
そして。
巨人が現れた壁。
そこへ続いていた流れが完全に途切れている。
「この結晶が……作った?」
断定はできない。
巨人が元から壁の中にいて、結晶から魔力を受けていただけかもしれない。
それでも。
何かしら関係はある。
エイルは記録用の紙を出した。
『円形空間。中央に高密度の青晶一本』
『青晶から壁・床へ魔力の流れあり』
『岩石型人形出現。内部に青色の核』
『核破壊後、中央青晶の魔力低下』
書いてから少し考え。
『魔力による予備動作を確認』
と付け足した。
これはギルドへの報告というより、自分用だった。
魔力を見る。
戦闘で使える。
今日一番大きかった発見かもしれない。
◇
来た道を戻る途中。
エイルは何度か足を止めた。
行きに付けた印。
曲がり角。
地図。
全部確認する。
新規通路に大きな変化はない。
ただ。
「……ここ」
行きには気づかなかった場所。
右側の壁。
《魔力感知》に薄い流れがある。
中央の部屋へ向かうものとは違う。
もっと下へ。
斜め下。
エイルは地図へ小さな青い印を描いた。
壁を壊したりはしない。
流れがある。
今はそれだけでいい。
さらに進む。
入口が見える。
青晶洞の本道。
戻ってきた。
「……ふぅ」
思っていたより息が抜けた。
新しい場所を歩くのは楽しい。
ただ、地図がないというのは予想以上に神経を使う。
距離。
方向。
戻る道。
敵。
全部を自分で把握し続けなければならない。
それでも。
エイルは手にした紙を見る。
何もなかった場所に。
線がある。
自分が歩いた道。
曲がり角。
部屋。
魔力の流れ。
中央の青晶。
「……いいな」
疲れているのに。
少し笑ってしまった。
◇
ギルドへ戻ったのは夕方だった。
エイルが受付へ地図と記録を置くと、ミレイは最初の数行を読んだところで奥へ人を呼びに行った。
戻ってきたのは、以前棘狼の素材を見た白髪混じりの男だった。
「またお前か」
「僕もそう思いました」
「何を見つけた」
「岩の人形みたいなものです」
袋から割れた青い核を出す。
男の表情が変わった。
「……これは」
手袋を着け、核を持ち上げる。
光へ透かし。
断面を見る。
「晶核だな」
「知ってるんですか?」
「似たものなら。迷宮が作る守護体に入ってることがある」
「ガーディアン」
「ああ。ただ、青晶洞の第一層で報告された記録は……」
男がミレイを見る。
「少なくとも私は知りません」
「俺もだ」
エイルは地図を広げる。
「この奥です」
自分で書いた新規通路。
円形の部屋。
中央の結晶。
男はしばらく無言で眺めていた。
「随分細かく書いたな」
「歩いたので」
「初めてか、迷宮の地図を作るの」
「はい」
「……そうか」
男は少し妙な顔をした。
エイルは気になったが、先に報告を続けた。
「あと、中央の結晶から魔力が流れてました。ガーディアンを倒した後に弱くなっています」
「魔力が見えるのか?」
「今日、分かるようになりました」
「今日?」
「《魔力感知》を覚えたので」
男が止まった。
ミレイも一瞬だけエイルを見る。
「……今日、覚えた技能を今日使って、そこまで分かったのか?」
「最初よりは」
完全に分かるわけではない。
方向と強弱くらい。
そう説明すると、男は核を机へ戻した。
「お前、今レベルいくつだ?」
「十一です」
「登録時は?」
「六でした」
「その前日に三から六へ上がりました」
ミレイが補足する。
男が黙った。
「……まあいい」
何かを考えるのを諦めたようだった。
「この区画は一度封鎖して、ギルド側で確認する。中央の結晶も勝手に採掘しなかったのは正解だ」
「何なんですか、あれ」
「まだ分からん。迷宮核の枝みたいなものかもしれんし、単に高密度の青晶かもしれん。下手に壊すと区画そのものが崩れることもある」
「壊さなくてよかった……」
それは少し怖い。
エイルは地図に印を付けた壁の話もした。
魔力が下へ流れていた場所。
男の指がそこで止まる。
「第二層へ繋がってる可能性はあるな」
「行けます?」
「今すぐ掘る気なら止めるぞ」
「掘りませんよ」
エイルは普通に答えた。
男もそれ以上は何も言わず、地図を巻く。
「調査報酬は上乗せになる。明日には査定が出るだろう」
「ありがとうございます」
金もありがたい。
ただ。
エイルの視線は、自分で描いた地図に向いたままだった。
第一層から。
下へ流れる魔力。
その先。
もしかすると第二層。
迷宮は、ただ階段を降りるだけではないらしい。
壁の向こうにも。
まだ道がある。
◇
その夜。
宿へ戻ったエイルは、机の上へ今日描いた地図の写しを広げていた。
ギルドへ渡す前に簡単に複製しておいたものだ。
新規通路。
円形空間。
中央青晶。
魔力の流れ。
まだ空白は多い。
だから。
また行きたい。
その気持ちをいったん横へ置き、エイルは状態板を開いた。
【エイル・アーネット】
【Lv.13】
【生命 80】
【魔力 74】
【筋力 54】
【耐久 53】
【敏捷 78】
【器用 74】
【感知 101】
【技能】
《剣術 Lv.5》
《危機感知 Lv.8》
《野営 Lv.4》
《追跡 Lv.3》
《解体 Lv.4》
《採取 Lv.2》
《採掘 Lv.2》
《衝撃 Lv.5》
《魔力操作 Lv.4》
《気配感知 Lv.2》
《魔力感知 Lv.3》
《地図作成 Lv.1》
【固有技能】
《越境 Lv.3》
「……百?」
最初に目が止まったのは感知だった。
百一。
ついに三桁。
昨日は八十六。
伸び幅も大きい。
それ以上に。
「《魔力感知》、三……」
今日覚えたばかりだったはずだ。
それがもうLv.3。
《衝撃》も五。
《魔力操作》は四。
岩の巨人との戦いで使い続けたものが、まとめて伸びている。
そして。
「《越境》……」
Lv.3。
久しぶりに上がった。
意識を向ける。
【《越境 Lv.3》】
【自己の能力を上回る困難、未到達の領域、未習熟の技術を克服した際、成長に補正を得る】
「……増えた」
以前は。
自己の能力を大きく上回る困難を克服した際。
それだけだった。
今は。
未到達の領域。
未習熟の技術。
エイルの視線が机の地図へ向く。
今日初めて歩いた、地図にない通路。
そして。
無言の《衝撃》。
《魔力感知》を使った戦闘。
「戦うだけじゃないのか」
少し。
嬉しかった。
強い敵と命懸けで戦わなければ《越境》が働かないのなら、少し困ると思っていた。
けれど。
知らない場所を歩く。
できなかったことを覚える。
それも。
境を越える。
「……僕には、そっちの方がいいな」
状態板を閉じる。
地図を見た。
青晶洞。
まだ第一層。
それなのに。
既に知らないものがいくつもあった。
第二層。
三層。
さらにその下。
そして。
青晶洞よりずっと大きな迷宮も、世界にはある。
エイルは椅子へ深く座り直した。
「先、長いな」
それは。
嫌な意味ではなかった。




