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第109話 積み上げた差

 第7席ハルド・シェインが北壁から降りたことで、中央拠点を巡る戦いは再び形を変えた。


 遠距離から一方的に射線を通していた弓兵が前へ出れば、当然それまでのような広範囲への射撃は減る。しかし、だからといって青陣営にとって楽になったわけではなく、ハルドは腰から抜いた片手剣を右手に持ちながら、左手には長弓を残したまま白兵の間を抜けてきていた。


 弓を背負わない。


 捨てもしない。


 長弓そのものを戦闘へ残している。


 エイルはアルベルトの長剣を受け流しながら、その持ち方を興味深く見ていた。


「弓、まだ使うんですね」


「第7席にとって、弓は遠くから撃つためだけの武器ではない」


 アルベルトの返答と同時に、長剣が下から返ってくる。


 エイルは半歩だけ身体を開き、刃を避けながら剣先をアルベルトの手元へ残した。以前なら回避と反撃を別々に考えていたが、今は避けた動作の中へ次の剣を自然に混ぜられるようになっている。


 アルベルトが手首を返し、エイルの切っ先を外す。


 そこへ。


 ハルドが来た。


 まだ10メートル以上ある。


 近接戦には遠い。


 しかし男は走りながら長弓へ矢を番え、ほとんど引き絞る時間もなく放った。


 近い。


 400メートル先から飛んできた矢とは別物だった。


 加速し切るまでの時間こそ短いものの、狙いを読んでから反応する猶予も同時に消えている。


 エイルはアルベルトの剣へ自分の長剣を触れさせたまま、手首だけで刀身を立てた。


 矢。


 金属音。


 弾く。


 その動作の終点へアルベルトが斬り込む。


 エイルは戻さない。


 矢を弾いた勢いのまま刃を斜め下へ滑らせ、騎士の長剣へ合わせる。


 再び金属音。


「もう繋げたか」


「昨日より楽です」


「昨日?」


「矢をこんなに落としたの、今日が初めてなので」


「今日か」


 アルベルトが一瞬だけ黙った。


 ハルドは逆に笑っている。


「俺の矢で練習するなよ、少年」


「かなり助かってます」


「嬉しくない褒め方だな」


 今度は矢を使わない。


 ハルドが長弓の中央を左手で握ったまま踏み込み、その弓身をエイルの剣へ横から打ちつけた。


「っ」


 硬い。


 ただの木製ではない。


 金属と魔獣素材を芯に使った複合弓らしく、剣を受けても折れる気配がない。


 弓身でエイルの剣を外へ押しながら、右手の片手剣が腹部へ入る。


 エイルは腰を引いて避ける。


 ハルドが追わない。


 左手の長弓が回転した。


 弓の下端が、今度はエイルの膝へ。


 剣で止める。


「弓で殴るんだ」


「近づかれたら何もできません、で第7席まで行けると思うか?」


「思ってませんでしたけど、結構普通に使いますね」


「普通ではないと思うぞ」


 アルベルトの声が横から入った。


 同時に長剣。


 エイルは受ける。


 2人。


 片方は《剣術 Lv.78》。


 もう片方は《弓術 Lv.67》を核にしながら、片手剣と長弓を同時に使う。


 白陣営同士だから連携もある。


 さらにハルドは、近距離へ来ても戦場への射撃を完全にはやめていない。


 エイルから距離が僅かに開けば、すぐに別方向へ矢を飛ばす。


「僕と似てるな」


 エイルが呟いた。


「どこがだ?」


 ハルドが訊く。


「目の前と他を同時に見るところ」


「一緒にするな。俺は弓兵として普通にやってるだけだ」


「多分、それ普通じゃないですよ」


 アルベルトが小さく笑った。


「そこだけは君が正しい」


     ◇


 3人の距離が一度開いたところで、東側からジークの声が飛んできた。


 戦闘不能判定を受けているため本人は戦えないものの、監視区域へ移動せず戦場外縁から青陣営の動きを見ている。


「エイル! 昨日の公開資料、見てないだろ!」


「何のです?」


「能力測定!」


 そういえば。


 技能の公開値ばかり見ていて、合同演習参加者向けに配られていた上位参加者の参考測定表はほとんど読んでいなかった。


 正確な全能力値ではない。


 本人が公開を許可した項目と、安全管理上必要な基礎値だけ。


 それでも上位者との比較には十分使える。


「第7席の見ろ! お前、たぶん面白がるぞ!」


「今ですか?」


「今だからだ!」


 無茶を言う。


 しかしジークは覚えていたらしく、そのまま声を張った。


「ハルド、第7席! 前日の公開測定、Lv96!」


 ハルドが嫌そうな顔をした。


「おい第18席、敵に人の数値教えるな」


「公開値だろ!」


 続く。


【Lv.96】


【筋力 742】


【耐久 816】


【敏捷 1388】


【器用 1646】


【感知 1912】


 エイルの目が僅かに動いた。


 筋力742。


 自分の1526より遥かに低い。


 敏捷1388も、自分の1734より下。


 しかし器用1646。


 感知1912。


 完全な弓兵型。


 特に感知は、エイルの2216にかなり近い。


「なるほど」


「何がなるほどだ!」


 ハルドが矢を放つ。


 エイルは剣で落とした。


「筋力低いんですね」


「弓兵に喧嘩売ってるのか?」


「僕よりって意味です」


「お前の筋力いくつだ!」


「1526です」


 ハルドの次の矢が僅かに遅れた。


「……は?」


 アルベルトまでエイルを見る。


 エイルはさらに答える。


「敏捷1734、感知2216です」


「待て」


 アルベルトの声が低くなった。


「君の公開値、それか?」


「はい」


「Lv104で?」


「はい」


 ハルドが弓を下げかける。


「第18席」


「何だ!」


「あいつ本当にA級か?」


「俺に聞くな! ギルドに聞け!」


 戦場のあちこちで聞き耳を立てていた兵士たちまで妙な顔になっていた。


 エイル本人は、むしろハルドの数値へ興味を向けている。


「感知1912なら、400メートル先でもかなり見えるんですね」


「《遠見》58もある」


「僕と違って視覚寄り?」


「そうだ。地面を読むお前とは違う」


 面白い。


 同じ感知の高い人間でも、得意な情報が違う。


 エイルは地面、魔力、近距離、危険を複数技能で重ねている。


 ハルドは視覚と軌道。


 だから遥か遠方から、入り乱れた人間の隙間を抜いて矢を通せる。


     ◇


「ついでだ!」


 ジークがまだ叫ぶ。


「アルベルト副長も公開してる!」


「第18席」


 アルベルトが静かに名前を呼んだ。


「何だ?」


「次に会った時、覚えておけ」


「怖いな!」


 それでも言うらしい。


【Lv.101】


【筋力 1187】


【耐久 1324】


【敏捷 1461】


【器用 1698】


【感知 1235】


 今度はエイルが少し驚いた。


「筋力も敏捷も僕の方が高い」


「そうだな」


 アルベルト本人があっさり認める。


「じゃあ、なんでこんなに追いつかれるんだろう」


「《剣術》78だからだ」


 簡単な答えだった。


 エイルは剣を握り直す。


 筋力。


 自分が上。


 敏捷。


 自分が上。


 感知に至っては1000近い差がある。


 それでも。


 剣を持った状態では、アルベルトの方がまだ上手い。


 身体能力値だけで戦闘の全部は決まらないことが、これ以上なく分かりやすい。


「いいですね」


「何がだ」


「僕の方が数字高いのに、剣だとまだ負けてる」


「嬉しそうに言うことか?」


「伸ばすところが分かりやすいので」


 アルベルトが数秒だけエイルを見て、それから小さく息を吐いた。


「本当に若いな」


「またそれですか」


「悪い意味ではない」


 騎士が構える。


「身体が先に強くなり過ぎたんだろう。なら技が追いついた時、どうなるかは私にも分からん」


 エイルの表情から笑みが消える。


 代わりに。


 集中。


 淡い青灰色の目が、アルベルトの剣へ向いた。


「お願いします」


「敵に頼むな」


 直後。


 2人が同時に踏み込んだ。


     ◇


 今度のエイルは、意識的に身体能力へ頼る割合を落とした。


 敏捷1734がある。


 《身体強化》まで使っている。


 本気で速度だけを押し付ければ、アルベルトが技術で処理しきれない瞬間も作れるはずだった。


 しかし。


 それではもったいない。


 相手は《剣術 Lv.78》。


 今の自分より9も高い。


 しかも数十年かけて剣を積み上げた人間。


 速さで抜くより。


 剣で追う。


 アルベルトの右上段。


 エイルは最短で受ける。


 押さない。


 接触時間を減らす。


 次の斬撃へ自分の剣を残す。


 アルベルトが下へ。


 エイルも下へ。


 少し遅い。


 なら腕力で戻さない。


 腰の回転を使う。


 次。


 騎士が突く。


 避けるだけではない。


 身体を外しながら刃を相手の剣へ沿わせ、戻る軌道を制限する。


 アルベルトの目が僅かに動いた。


「今のはいい」


 次は通じない。


 騎士が剣を引く方向を変える。


 エイルは見る。


 理解する。


 追う。


 剣と剣の音が連続する。


 大きな力はぶつからない。


 それでも動きは速い。


 周囲から見れば、細かな金属音だけが途切れず続いているように聞こえるだろう。


 そこへハルド。


 横。


 矢ではなく長弓。


 エイルの脇腹へ弓身を叩き込む。


 《近域感知》で拾う。


 剣を使わない。


 左腕。


 外側から押す。


 筋力差が大きい。


 ハルドの長弓が弾かれる。


「やっぱ力おかしいな!」


「742ならそうなりますよ」


「数字知った途端言いやがって!」


 ハルドが身体を回す。


 片手剣。


 エイルは受ける。


 同時にアルベルト。


 2方向。


 どちらも剣。


 今度は逃げない。


 右のアルベルトへ自分の刀身を合わせ、左から来るハルドの剣は身体を半歩前へ入れて根元へ近づく。


 刃が最も速い場所から外れる。


 ハルドの腕へ肩が触れる。


 押す。


 弓兵の身体が横へ流れる。


 その反動を使って、エイルはアルベルトの剣から離れる。


「……人間相手の距離も良くなってきたな」


 アルベルトが言う。


「剣術に入ります?」


「当然だ。剣だけ振っていれば剣術だと思うな」


 片腕の老人と同じ。


 人間と戦う。


 武器ではなく。


 エイルはその言葉を身体へ落としながら、再び踏み込んだ。


【《剣術 Lv.69 → Lv.70》】


 節目。


 しかし。


 アルベルトはまだ78。


 止まる理由はない。


     ◇


 中央拠点の東側で、青陣営の盾列が白の槍隊に押され始めた。


 エイルはアルベルトと剣を交えながら、その振動を拾う。


 人数。


 青5。


 白7。


 青側の1人が後退。


 ここへ直接大きく介入すれば、アルベルトに隙を取られる。


 なら小さく。


 白槍兵の先頭。


 踏み込み地点。


 1ヶ所。


 《衝界》。


 足元が僅かに沈む。


 穂先が数センチ下がる。


 青盾兵が受ける。


 その横から味方の槍が出る。


 白の前進が止まった。


 それだけ。


 エイルはもうアルベルトへ戻っている。


「今、東か」


「はい」


「剣が止まらなくなったな」


「前より考えなくてよくなりました」


「それを《剣術》が上がったと言う」


 アルベルトが斬る。


 エイルが受ける。


 次の矢。


 ハルド。


 背後。


 アルベルトの剣を流した動作から、そのまま身体を回す。


 矢を斬る。


 戻る。


 ハルド本人が来ている。


 片手剣。


 そのまま受ける。


 今度はハルドの剣を流した軌道からアルベルトへ。


 3人の攻防が1本へ繋がる。


 右。


 左。


 背後。


 遠方。


 剣の動きを止めない。


 ハルドが低く笑った。


「本当に俺の矢まで剣術にし始めたな」


「かなり練習になります」


「料金取るぞ」


「いくらです?」


「真面目に返すな」


     ◇


 ハルドが後方へ跳んだ。


 長弓。


 近距離。


 たった15メートル。


 エイルの《警戒圏》が強く反応する。


 ここから本気で射られれば、遠距離とは別の危険になる。


 ハルドが3本を指へ挟む。


 高速連射。


 1本目。


 エイルの肩。


 剣で落とす。


 2本目。


 腹。


 剣を戻さない。


 1本目を弾いた位置から斜め下へ滑らせる。


 落とす。


 3本目。


 顔。


 間隔が短い。


 アルベルトも同時に来る。


 普通ならどちらか。


 エイルの頭の中へ複数の可能性が広がった。


 アルベルトの剣。


 右。


 途中で突きへ。


 ハルドの矢。


 直線。


 ただしエイルが左へ逃げれば微修正。


 なら。


 アルベルトを使う。


 エイルは騎士の剣へ向かって踏み込んだ。


「またか」


 アルベルトも気づく。


 長剣を引こうとする。


 エイルは逃がさない。


 剣を当てて軌道を僅かに押す。


 矢。


 金属音。


 アルベルトの剣が3本目を弾く。


「3回目だぞ」


「使いやすいので」


「剣術78を盾扱いするな」


 アルベルトが珍しく苦笑した。


 その隙。


 エイルが入る。


 剣を低く。


 アルベルトが反応。


 下へ受ける。


 そこではない。


 エイルは途中で剣を止め、柄頭を前へ。


 胸。


 アルベルトが身体を捻る。


 避ける先。


 濃い。


 右。


 エイルは剣を戻すのではなく、柄頭を外した動作のまま手首を返し、刃を右へ滑らせた。


 アルベルトの長剣が間に入る。


 遅い。


 ほんの僅か。


 エイルの剣先が胸当てへ触れた。


 黄色。


「有効打!」


 監視役の声。


 アルベルトが後ろへ下がる。


 エイルも追わない。


 騎士の表情が。


 少し変わった。


「今のは、私の回避を見てからではないな」


「はい」


「動く前か」


「右が一番濃かったので」


 アルベルトが黙る。


 ハルドも弓を下げた。


「何の話だ?」


「この少年、私がどちらへ避けるか先に読んだ」


「勘?」


「多分違う」


 エイル自身も確信はない。


 ただ。


 以前より明らかに分かる。


 相手がまだ選んでいない動き。


 その候補。


 そこから最も起こりやすいもの。


 そして。


 こちらの動きによって、どの候補が濃くなるか。


【未発生行動に対する予測精度が上昇しています】


【複数戦闘可能性への干渉精度が上昇しています】


 新しい言葉。


 干渉。


 ただ見るだけではない。


 自分の動きで相手の選択を寄せる。


 レオン戦から始まったものが、少しずつ形になっている。


     ◇


「面倒だな、お前」


 ハルドが言った。


「今日それ結構言われます」


「感知2216あって、剣術70まで来て、まだ別のもの生やす気か?」


「生やすって言い方やめてもらえます?」


「5日で剣術13以上上げる奴にはそれで十分だ」


「今18ですよ」


 言ってから。


 エイル自身が止まった。


 数日前。


 52。


 今。


 70。


「……18か」


 ハルドも黙る。


 アルベルトはもっと静かだった。


「エイル」


「はい」


「君の《剣術》は、今70なのか」


「上がりました」


「先ほど65と聞いた」


「あれから5つ」


「この戦闘中に?」


「はい」


 騎士が目を閉じた。


 何かを考える。


 やがて開く。


「なら、もう少し速くしても構わないな」


 エイルの目が僅かに輝いた。


「まだ上げるんですか?」


「私を何だと思っている」


「《剣術》78の人」


「その通りだ」


 アルベルトの《身体強化》が一段深くなる。


 公開値。


 敏捷1461。


 それに身体強化。


 技術78。


 エイルより基礎敏捷は低い。


 それでも。


 剣士としては上。


 この差を。


 もっと縮められる。


     ◇


 アルベルトが動いた。


 先ほどより速い。


 エイルも《身体強化》を維持したまま応じる。


 1合。


 2合。


 3合。


 剣の音が重なる。


 ハルドも入る。


 片手剣。


 長弓。


 隙を見て射撃。


 さらに中央戦況。


 青の北側が押される。


 援護。


 地面。


 南。


 赤が旗へ近づく。


 ガルムが止める。


 任せる。


 東。


 青兵1人が孤立。


 そこだけ足場を動かす。


 退路を作る。


 戻る。


 アルベルト。


 剣。


 剣。


 剣。


 エイルの処理が高速化していく。


 以前なら《衝界》を使って力を外していた場面で、剣だけで流す。


 身体能力で無理に間に合わせていた場面では、最初から最短へ刀身を置く。


 矢を落とすために剣を戻すのではなく、アルベルトへ振った剣の次の軌道上へ矢を入れる。


 自分から。


 戦場を。


 剣の道筋へ合わせていく。


【《剣術 Lv.70 → Lv.71》】


 まだ。


 アルベルトの剣が頬を掠める。


 黄色には届かない。


 エイルが返す。


 騎士が避ける。


 回避先を読む。


 先回り。


 防がれる。


 ならその防御を次の始点に。


【《剣術 Lv.71 → Lv.72》】


 ハルドの矢。


 2本。


 1本を落とす。


 もう1本は避ける。


 全部落とす必要はない。


 その分の動作でアルベルトへ踏み込む。


 剣同士がぶつかる。


 エイルは押さない。


 相手の力が乗る直前。


 ガルムから見たタイミング。


 差し込む。


 アルベルトの剣が浮く。


 そこへ。


 剣先。


 胸。


 騎士が身体を引く。


 その先。


 エイルは追う。


 アルベルトがさらに剣を差し込む。


 防がれた。


 それでも。


 騎士が2歩下がった。


 明確に。


 剣の攻防だけで。


     ◇


 アルベルトがそこで止まった。


 エイルも剣を下げない。


「……72か?」


「はい」


「見えるのか」


「何となく顔で?」


「動きでだ」


 騎士が静かに息を吐く。


「最初に剣を交えた時と、もう別人に近い」


 ハルドが横から笑う。


「お前が育ててどうする」


「私は敵として斬っているだけだ」


「それで育つのが問題なんだろ」


 エイルは2人の会話を聞きながら、自分の剣を見る。


 新しい剣。


 グレイグが今の自分へ追いつかせた武器。


 そして今。


 剣を使う自分自身も、少しずつ追いつこうとしている。


 身体能力だけ先に伸びた。


 感知も。


 魔力操作も。


 《衝界》も。


 その中で《剣術》は、強いとはいえまだ身体に置いていかれていた。


 今。


 猛烈な速度で、その差が縮んでいる。


 アルベルトが剣を構え直す。


「まだやるか?」


 エイルは迷わなかった。


「お願いします」


「だから敵に頼むな」


 ハルドが笑った。


「お前ら、もう訓練になってるぞ」


 その言葉を遮るように、中央拠点の上空へ大きな赤い信号弾が上がった。


 赤陣営。


 別地点から。


 エイルの《振動感知》をさらに広げる。


 中央ではない。


 南西。


 青の別働隊が向かっていた、赤陣営の物資集積所。


 そこで大量の人間が動いている。


 さらに。


 青。


 5人だった反応が。


 2人。


「……やられた」


 エイルの表情が変わる。


 アルベルトも剣を僅かに下げた。


「別働隊か」


「はい。赤の物資を取りに行った人たち」


 残り2人。


 追われている。


 距離はかなりある。


 中央を離れれば、今度はここが薄くなる。


 エイルは考える。


 行くか。


 行かないか。


 助けるか。


 任せるか。


 強くなれば全部できるわけではない。


 それでも。


 届く手段は増えている。


 エイルは地面へ視線を落とした。


「……ここから、どこまで届くかな」


 アルベルトが眉を寄せる。


「何をする気だ」


 エイルはまだ答えない。


 中央拠点から南西。


 かなり遠い。


 これまで《衝界》で実戦的に細かく干渉した距離を、明らかに越えている。


 しかし地面は。


 繋がっている。


 逃げている青兵2人の足音を、《振動感知》が微かに拾っている。


 その後ろ。


 追う赤兵。


 5人。


 さらに別の大きな反応。


 席次持ちかもしれない。


 エイルは剣を握ったまま、中央の戦いを見失わず。


 同時に。


 遠く離れた別の戦場へ意識を伸ばし始めた。


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