第104話 中央拠点
中央拠点へ近づくにつれて、エイルの《振動感知》へ入ってくる情報は急速に増えていった。
数十人分の足音が地面を絶えず叩き、剣や槍がぶつかる衝撃に魔術の着弾まで重なっているため、普段のように1つ1つの振動をそのまま拾おうとすれば、むしろ情報量が多すぎて邪魔になる。
エイルは走りながら感知範囲を広げるのではなく、必要な情報だけを残すよう意識を切り替えた。
青陣営。
赤陣営。
倒れて動かない者。
大きな魔力反応。
移動速度。
さらに、拠点中央へ向かっている者と、そこから離れようとしている者を分ける。
「青が押し込まれてます」
並走していたジークが横を見る。
「どのくらい悪い?」
「中央の旗周辺だけなら、青が25人前後、赤が40人近いです。北側から来た増援がそのまま入ってます」
「他は?」
「青の別部隊が西側に12人くらいいますけど、赤の第14席に止められてると思います。動きがほとんど進んでません」
「第11席は?」
「中央です。魔力反応が大きいので多分」
そこまで聞いたジークが舌打ちする。
赤陣営は第14席の双剣使いを西側の抑えへ置き、第11席の魔術剣士を中央へ投入したらしい。さらにレオンが遊撃隊を足止めしている間に北側の別働隊まで中央へ回しているなら、最初から局所的に人数差を作るつもりだったのだろう。
「完全にやられたな」
「僕たち、結構長く止められてました」
「誰のせいだと思ってる」
「レオンさん?」
「半分はお前だ!」
否定しづらい。
レオンとの戦闘に集中しすぎた。
感知を切っていたわけではないが、遠方の細かい変化を追わなくなっていたのは事実だった。
強敵と戦うことと、部隊として勝つことは違う。
それを理解するための演習でもあるのだろう。
森を抜ける。
中央拠点が見えた。
◇
中央拠点は低い丘の上へ造られた石造砦で、内部には演習用の旗を立てる円形広場があり、その周囲を高さ3メートルほどの壁が囲んでいる。
本来なら3方向にある門から侵入する。
今は東門の半分が崩れていた。
もちろん本当に破壊されたわけではなく、演習用魔道具が一定以上の攻撃を受けたことで「破壊済み」と判定され、壁の一部が自動的に沈み込んでいる。
赤陣営はその穴から大量に入り込んだらしい。
砦の中では青と赤が入り乱れている。
エイルは丘の斜面を駆け上がりながら全体を見る。
最も目立つのは、中央広場の上空に浮かんでいる3つの雷球だった。
第11席。
午前中の公開戦で見た魔術剣士。
男は片手に細身の長剣を持ちながら、頭上へ3つの雷球を維持し、それぞれを別方向へ撃ち分けている。
しかも本人は剣士2人を同時に相手していた。
「《雷輪》!」
3つの雷球が円を描く。
1つが正面。
残る2つは左右へ。
青陣営の剣士が防御魔術を展開した瞬間、正面の雷球だけが止まり、左右の2つが地面を這うように回り込んだ。
防御方向を読んでから変えた。
公開技能の《並列詠唱》41と《魔力操作》60。
数字だけでは分からなかった凄さが、集団戦になるとさらに分かりやすい。
3つの攻撃を別々に維持しながら、本人は剣で別の相手と戦っている。
「ジークさん」
「何だ」
「第11席、僕が見ます」
「倒せるか?」
「分かりません。でも、あの人自由にさせる方がまずいです」
「同感だ」
ジークはすぐに判断した。
「俺は東側を押し返す。中央の魔術支援だけ止めろ。倒すことに拘るな」
「はい」
今度は忘れない。
目的は勝つこと。
エイルは地面を蹴った。
◇
《身体強化》を使っている。
それだけでも、数日前までとは比べものにならない速度だった。
丘の斜面を駆け上がり、崩れた東壁へ向かう途中で赤陣営の槍兵が2人入る。
「止まれ!」
長槍が交差する。
エイルは止まらない。
1本目へ剣を当てる。
《衝界》。
人体には通さず、槍そのものへ入った力だけを斜め上へ逃がす。
穂先が跳ねる。
2本目は避けるのではなく、柄の中央へ左手を添えた。
「何――」
押す。
《身体強化》によってさらに増した膂力が、槍兵の両腕ごと武器を横へ持っていく。
相手が姿勢を戻すより先に、エイルは2人の間を抜けた。
倒していない。
だが、それでいい。
今は止まる必要がない。
前方では青陣営の兵士3人が赤の盾兵4人へ押し込まれている。
援護する。
地面へ《衝界》を通し、盾兵4人の足元だけを外側へずらす。
ほんの数センチ。
それでも盾列は揃わない。
「今だ!」
青側の兵士が即座に前へ出た。
エイルは結果を最後まで見ず、もう中央へ向かっている。
以前なら自分で倒していた。
今は違う。
崩すだけ。
あとは味方へ渡す。
戦場全体を見るなら、その方が速い。
【《警戒圏 Lv.31 → Lv.32》】
表示が浮かんだが、確認する余裕はなかった。
◇
第11席がこちらへ気づいた。
雷球の1つが向きを変える。
エイルへ。
まだ距離は20メートル以上ある。
「《雷槍》!」
細い雷が走った。
速い。
しかし発動前から魔力の集まりは見えている。
エイルは右へ踏み込んだ。
雷が横を抜ける。
次。
2発目。
今度は避ける方向へ先に雷球が移動していた。
「そう来るか」
第11席もこちらの動きを見ている。
エイルは避けない。
剣を出す。
雷そのものを斬るつもりはない。
刀身へ薄く《衝界》を通し、雷撃に伴う魔力の流れへ干渉する。
完全には逸らせない。
それでも中心から僅かに外す。
雷が剣の横を走り、地面へ落ちた。
第11席の目が変わる。
「……今、何をした?」
「ちょっと流しました」
「雷を?」
「少しだけ」
「ちょっとで済ませるな」
なぜか今日、そればかり言われる。
だが会話している間にも、男の周囲へ新しい魔術が構築されている。
雷球3つ。
さらに足元へ魔法陣が2つ。
剣には別の魔力。
5系統。
それを同時に維持している。
エイルの《魔力操作》は76。
数字なら上。
しかし、これはできない。
少なくとも今は。
「すごいですね」
「戦いながら褒めるな!」
雷球が3方向から来る。
正面。
右上。
左下。
エイルの《近域感知》がそれぞれを拾う。
さらに未発生の可能性。
正面は囮。
右上が遅れる。
左下は地面へ当てる。
そこから拡散。
頭の中に複数の流れが浮かぶ。
エイルは正面へ出た。
第11席の表情が僅かに変わる。
普通なら下がる。
だから前。
最初の雷球を剣で外へ流し、右上の2発目が角度を変える前に距離を詰める。
左下の雷が地面へ落ちる。
拡散。
エイルは《衝界》で自分の足元だけ振動を切る。
雷そのものは消せない。
だが、地面を通じて身体へ入る衝撃と姿勢崩しは減らせる。
そのまま懐へ。
第11席も剣を使う。
細身の長剣が下から上へ。
速い。
《剣術》48。
エイルより低い。
しかし魔術と同時。
剣を避けた場所へ雷が来る。
雷を避ければ剣。
完全に繋がっている。
「これか」
エイルは少し笑った。
人間同士の技能連携。
1人でやっている。
◇
剣を受ける。
押さない。
流す。
第11席が雷を近距離で放つ。
エイルは身体を捻る。
肩を掠めた。
演習魔道具が黄色く光る。
「入った!」
第11席が踏み込む。
次の剣。
エイルは避ける。
だが。
もう次が見えている。
左側の雷球。
その次に足払い。
さらに後方へ退けば魔法陣。
可能性が4つ。
濃淡がある。
エイルは最も濃いものを避けるのではなく、3番目を選ばせるように動いた。
右へ半歩。
第11席の視線が動く。
雷球の向きが変わる。
その瞬間。
エイルは左へ。
「なっ」
魔術師の反応が遅れる。
自分が誘導した。
相手の選択を。
レオン戦で掴み始めた感覚。
ただ未来を読むのではない。
相手が選びやすい道を作る。
そこへ自分の攻撃を置く。
エイルの剣先が第11席の肩へ近づく。
男は咄嗟に障壁を出した。
「《雷殻》!」
薄い雷の膜。
剣が触れる。
弾かれる。
強い。
だが。
エイルは止まらない。
押し込まない。
障壁の表面へ《衝界》を入れる。
人体には通さない。
外側だけ。
雷の膜全体へ力を広げる。
局所的に破るのではなく、障壁そのものを横へずらす。
「は?」
防御膜が僅かに歪む。
その隙間へ剣を差し込む。
胸元。
寸前で止める。
演習魔道具が橙色に光った。
「強有効打!」
監視役の声。
第11席が大きく後退する。
エイルも追わない。
目的は倒すことではない。
「魔術、少し減らしてもらえます?」
「嫌に決まってるだろ」
返事と同時に、雷球が増えた。
3つ。
4つ。
5つ。
エイルの目が少し輝く。
「増やせるんだ」
「嬉しそうにするな!」
◇
そこからの戦いは、エイルにとって今までにない種類の訓練になった。
第11席は剣士でありながら、同時に複数の魔術を維持する。
剣だけを見ればいいわけではない。
足元。
頭上。
背後。
地面へ置かれた魔法陣。
さらに他の兵士へ飛ばす援護魔術まである。
エイルは目の前の相手と戦いながら、その援護を止めなければならなかった。
雷球が青陣営の兵士へ向く。
剣を合わせる。
《衝界》で軌道を少し外す。
別の魔術が発動。
地面へ衝撃を通して術者の足場を崩し、詠唱を乱す。
第11席本人の剣。
受ける。
次。
離れた場所で赤兵2人が青の負傷者役へ近づく。
《近域感知》の外。
しかし《振動感知》では分かる。
エイルは地面へ力を通し、その2人の前だけ土を跳ね上げる。
足が止まる。
青兵が追いつく。
「お前、俺と戦ってるだろ!」
第11席が叫んだ。
「戦ってますよ」
「他まで見るな!」
「見えるので」
「理不尽だな!」
エイルも少しそう思った。
ただ。
これまで魔物相手に磨いた感知が、人間同士の集団戦へそのまま当てはまるわけではない。
必要な情報が違う。
敵の位置だけでは足りない。
誰が誰を狙っているか。
味方の隊列がどこで薄くなったか。
援護が必要な場所。
相手の技能発動。
自分が介入したことで次に何が変わるか。
情報が絶えず動いている。
【《近域感知 Lv.54 → Lv.56》】
【《振動感知 Lv.61 → Lv.62》】
【《魔力操作 Lv.76 → Lv.78》】
技能がまた動く。
Lv50を越えた技能が、演習中にこれほど連続して上がる。
それがどれほど異常なことか、エイル自身も以前より理解している。
しかし今は気にしていられない。
戦場そのものが、次々に新しい課題を出してくる。
◇
中央広場の西側から大きな歓声が上がった。
赤陣営の第14席。
双剣使いが、西側を突破して中央へ入ってきた。
青兵4人を相手にしながら、左右の剣を別々に使っている。
右で攻める。
左で守る。
次の瞬間には逆。
公開戦で見た時より、集団戦での厄介さが大きい。
「増えたな」
第11席が笑った。
「そっちの第14席も来たぞ」
「見えてます」
「余裕あるな」
「ちょっと忙しいです」
本当に少し忙しくなってきた。
第11席を止める。
第14席まで入る。
さらに北側から赤兵が追加。
青側は徐々に中央旗の周囲へ押し込まれている。
エイルは全体を見る。
このまま第11席だけと戦っていても、中央拠点は取られる。
倒し切る必要はない。
もっと大きく変える。
何ができる。
《震圧》。
しかし大規模に使えば味方まで巻き込む。
《衝界》。
経路を選べる。
地面。
敵だけ。
いや。
人間へ直接通すのは禁止。
なら足元。
味方が立つ場所を避け、赤陣営の足場だけ崩す。
人数。
30以上。
これまで安全試験でやったのは数人。
できるか。
エイルは一瞬だけ迷った。
次の瞬間。
頭の中に地面の構造が広がった。
《振動感知》。
石。
土。
砦の基礎。
割れている場所。
固い場所。
人の足が接地している点。
全部を線で繋ぐ。
「……いける」
第11席が怪訝な顔をした。
「何がだ?」
「ちょっと離れてください」
「誰が――」
エイルが剣を地面へ突き立てた。
◇
《震圧》。
ただし。
以前のように広く叩くのではない。
《衝界》で経路を分ける。
10。
20。
30。
さらに。
青陣営の足元は避ける。
赤陣営の身体にも直接通さない。
その周囲。
踵の後ろ。
爪先の前。
左右。
踏ん張るために必要な地面だけ。
40本。
50。
新しい剣の内部経路が安定させる。
以前より負担が少ない。
60。
エイル自身の《魔力操作》が追いつく。
第11席の目が大きくなる。
「待て、お前今――」
発動。
砦全体が揺れた。
大きな地震ではない。
青陣営の兵士たちは、ほとんど何も感じていない。
しかし。
赤陣営だけ。
30人以上。
足元が同時にずれた。
「なっ!」
「足場が――!」
「何だこれ!」
第14席の双剣使いでさえ、踏み込みの瞬間に地面が横へ流れたことで姿勢を崩した。
第11席は魔術で浮こうとする。
その発動地点だけ、エイルがさらに揺らす。
詠唱が乱れる。
中央広場の赤陣営が、一斉に止まった。
ほんの1秒。
長くても2秒。
だが。
集団戦では十分だった。
「押せぇ!」
青陣営の指揮官が叫ぶ。
一斉に前へ出る。
盾。
槍。
剣。
魔術。
止まっていた赤陣営へ、青の反撃が叩き込まれる。
エイルは地面へ刺した剣を抜いた。
額から汗が1滴落ちる。
今の制御は重かった。
だが。
誰も直接傷つけていない。
それでも戦場全体を変えた。
【《震圧 Lv.26 → Lv.29》】
【《衝界 Lv.32 → Lv.35》】
【《魔力操作 Lv.78 → Lv.80》】
表示が連続して浮かんだ。
第11席が、少し離れた場所からエイルを見ている。
「……お前、本当にA級か?」
「今日はそれ何回も聞かれます」
「聞かれるだろ!」
◇
青陣営が中央旗の周囲を押し返す。
赤兵の一部が東門から退却。
第14席はまだ残っている。
第11席も。
しかし人数差は縮まった。
そして。
低い足音。
重い。
エイルの《振動感知》へ、非常に分かりやすい反応が入る。
東側。
巨大な戦斧。
「来ました」
第11席も気づいた。
表情が僅かに険しくなる。
崩れた東壁の向こうから、ガルム・レイヴァンが現れた。
背後には青陣営本隊。
第9席は中央の様子を見ると、まずエイルへ視線を向けた。
「遊撃」
「戻りました」
「遅い」
「すみません」
「第18席は?」
「後ろです」
少し遅れてジークも到着する。
「俺、戦闘不能だから見物だけです!」
「役に立たんな」
「レオン相手に頑張ったんですよ!」
ガルムは聞き流した。
戦斧を肩から下ろす。
赤陣営第14席が双剣を構える。
第11席も雷球を再構築。
青側の空気が変わった。
第9席が来た。
それだけで。
エイルはガルムの横へ並ぶ。
「僕、どっち行けばいいですか?」
ガルムが第14席と第11席を見る。
少し考える。
「魔術剣士はお前がそのまま止めろ」
「分かりました」
「双剣は俺がやる」
「斧で?」
「何か問題あるか」
「速そうだなと思って」
ガルムが笑った。
「だから面白い」
どうやらこの人も似たところがあるらしい。
◇
再び戦闘が始まる。
だが今度は。
エイルの意識が少し変わっていた。
レオンとの戦闘。
中央拠点。
集団戦。
感知。
《衝界》。
他人の技能。
全部が少しずつ繋がっている。
強い敵を倒すことだけが成長ではない。
戦場を見て。
味方を見る。
相手を動かす。
自分がいない場所まで考える。
その上で、自分自身も戦う。
今までより難しい。
だから。
伸びる。
第11席の周囲に雷球が5つ浮かぶ。
エイルは剣を構えた。
《身体強化》はすでに使っている。
それでも。
まだ上がある。
《高密度強化》。
レオンにも指摘された、自分の身体を局所的に極限まで押し上げる技能。
まだ使っていない。
今すぐ必要か。
エイルは一瞬だけ考え。
使わなかった。
今の自分で、まだ学べる。
なら先にそちらを取る。
第11席が雷を放つ。
エイルの淡い青灰色の目が、その5つすべてを捉えた。
雷が動くより先に。
その先にある複数の可能性が、今までよりはっきりと広がっていった。




