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第105話 戦場を同時に見る

 第11席の周囲に浮かんだ5つの雷球が、それぞれ異なる軌道を選び始めた。


 正面から2つ。


 左右から1つずつ。


 残る1つだけはその場へ留まり、エイルがどちらへ避けるかを見てから動かすつもりらしい。


 同時に、第11席本人も細身の長剣を構えている。


 魔術だけを相手にしていればいいわけではない。


 雷を避ける位置へ剣が入り、剣を受ける場所へ別の雷が回り込む。


 さらに周囲では、青と赤の兵士が入り乱れて戦っていた。


 エイルは剣を構えたまま、《近域感知》と《振動感知》を同時に広げる。


 目の前。


 第11席。


 その右後方では青の槍兵2人が赤の盾兵3人に押されている。


 左側では赤の剣士が青の魔術師へ近づきつつあり、さらに40メートルほど離れた場所では第14席とガルムの戦闘が始まろうとしていた。


 情報が多い。


 以前なら、危険度の高いものだけを選び、他は切り捨てていた。


 今は。


 切り捨てない。


「《雷走(ライトニング・ラン)》!」


 第11席が動いた。


 5つの雷球。


 同時。


 エイルは最初の1つを避ける。


 右から来る2発目へ剣を当て、《衝界》で衝撃の向きだけを外へ流した。


 完全に雷そのものを消せるわけではない。


 刀身を伝って腕へ痺れが走る。


 それでも構わず前へ出る。


 第11席の剣。


 上段。


 受ける。


 金属音。


 そこで。


 エイルは目の前の相手から視線を外さないまま、左足から地面へ《衝界》を流した。


     ◇


 30メートルほど離れた場所。


 赤陣営の剣士が、青側の魔術師へ踏み込もうとしていた。


 青の魔術師は別方向へ防御魔術を維持しており、気づくのが遅い。


 剣士が走る。


 あと3歩。


 その足元。


 土が、突然跳ねた。


「っ!?」


 踏み込もうとした右足の前だけが拳1つ分ほど隆起し、剣士の身体が僅かに前へ流れる。


 転ぶほどではない。


 しかし、その半歩で十分だった。


「後ろ!」


 別の青兵が声を上げる。


 魔術師が振り返り、咄嗟に障壁を展開した。


 剣が弾かれる。


 援護成功。


 一方。


 エイル自身は第11席の剣を受けている最中だった。


「今、何かしたな?」


「少し」


「少しって顔じゃないだろ!」


 第11席が剣を引く。


 同時に左側の雷球が来る。


 エイルは腰を落とし、剣の腹で軌道を外した。


 次は突き。


 その前に見える。


 突き。


 途中で止める可能性。


 横へ払う可能性。


 さらに足元の魔法陣。


 4つ。


 エイルは真正面へ踏み込んだ。


 第11席の目が僅かに動く。


 予想と違った。


 その瞬間、エイルは剣ではなく左肩から身体を入れた。


 第11席が後退する。


 追わない。


 代わりに右足を踏み込む。


 《震圧》。


 ただし広くは使わない。


 《衝界》で3本へ分ける。


     ◇


 1本目。


 青の槍兵2人を押し込んでいた盾兵の足元。


 地面が横へずれる。


 盾列が崩れた。


「今だ!」


 槍兵が入る。


 2本目。


 少し離れた赤の弓兵。


 矢を番えた瞬間、前足の下だけが沈む。


 射線が上へ外れた。


 3本目。


 第14席へ援護に入ろうとしていた赤の兵士4人。


 その進行方向へ、横一列の低い振動を走らせる。


「また地面か!」


「止まるな!」


 4人のうち2人が体勢を崩し、残る2人も速度を落とした。


 ガルムへ到達するまでの時間が伸びる。


 そしてエイルは。


 まだ第11席と剣を交えていた。


     ◇


「お前……」


 第11席の表情が少し引きつっていた。


「俺と戦いながら何人相手してる?」


「相手はしてないですよ。ちょっと手伝ってるだけで」


「それを相手してるって言うんだ!」


 雷球が一気に7つまで増える。


 先ほどより多い。


 第11席の《並列詠唱》が本領を発揮しているらしい。


 雷球同士の間隔も違う。


 速度も。


 1つだけ小さい。


 囮。


 エイルの目が細くなる。


 雷だけではない。


 周囲の振動も同時に拾っている。


 右後方。


 青兵が倒れた。


 その隙へ赤兵2人が入る。


 左。


 負傷者役を運んでいる青の2人へ弓兵が狙いを付ける。


 さらに中央旗。


 赤側の槍兵5人が接近。


 全部見える。


 いや。


 正確には。


 全部を見ようとしている。


【複数戦況に対する同時追跡を確認しました】


【感知情報の選別効率が上昇しています】


 表示が入る。


 エイルは無視する。


 7つの雷球が動いた。


 最初の2つ。


 避ける。


 3つ目。


 剣で流す。


 4つ目は地面へ。


 跳ぶ。


 5つ目は空中のエイルへ。


 《衝界》を足元の空気ではなく、着地予定地点へ先に通す。


 着地。


 反力を横へ。


 身体が滑る。


 雷が背後へ落ちる。


 6つ目。


 間に合わない。


 剣で受ける。


 腕へ痺れ。


 7つ目。


 小さい。


 囮。


 エイルは無視した。


 第11席の顔が変わる。


「読んだか」


「さっきより分かりやすかったです」


「腹立つな!」


 本人が踏み込んでくる。


 剣。


 エイルが受ける。


 ここで初めて、第11席が力比べを選んだ。


 細身の長剣へ《身体強化》を乗せ、さらに雷の魔力まで纏わせて押し込んでくる。


 エイルは受け止めた。


 純粋な膂力でも上。


 《身体強化》まで使っている今なら、さらに差がある。


 押す。


 第11席の腕が下がる。


「っ……!」


「力は僕の方が上ですね」


「知ってる!」


 第11席が自分から剣を外す。


 エイルが前へ流れる。


 そこへ雷。


 そう来る。


 分かっている。


 エイルは流れた身体を無理に戻さず、そのまま肩から地面へ落ちるように低く入り、雷の下を抜けた。


 足元から《衝界》。


 急加速。


 一気に懐へ。


 剣先を胸元へ。


 第11席が障壁を張る。


「《雷殻(ボルト・シェル)》!」


 以前と同じ防御。


 なら、同じ破り方はしない。


 エイルは障壁へ剣を当てず。


 地面へ左手を触れた。


「何――」


 足元だけ。


 小さく。


 揺らす。


 第11席の身体が僅かに上下したことで、障壁の中心も一緒に動く。


 その瞬間、エイルの剣が障壁の外縁を滑る。


 破る必要はない。


 横。


 肩。


 剣先が触れる。


 演習魔道具が橙色に光った。


「強有効打!」


 監視役の声。


 第11席が大きく後ろへ跳ぶ。


「……障壁まで避けるのか」


「壊すより早かったので」


「さっきは壊しに来ただろ」


「同じだと読まれそうだったので」


 第11席が黙る。


 レオンとの戦いが効いている。


 同じことを繰り返さない。


 その意識が、すでにエイルの中へ入り始めていた。


     ◇


 その頃。


 第14席とガルムの戦いも激しくなっていた。


 エイルは直接そちらを見ていない。


 それでも《振動感知》で大まかな位置は分かる。


 第14席の双剣使いは速い。


 ガルムの正面へ立たず、左右を大きく使っている。


 足音が細かい。


 1秒の間に接地点が何度も変わる。


 対するガルムはほとんど動かない。


 重い1歩。


 戦斧。


 次。


 また重い。


 振動だけでも戦い方が違う。


 そこへ赤側の兵士3人が近づく。


 援護。


 ガルムは気づいているかもしれない。


 それでも第14席を相手にしている。


 エイルは第11席の剣を受けながら、右足を僅かに踏んだ。


 《震圧》。


 細く。


 1本。


 赤兵3人の進行方向だけへ。


 地面が低く鳴った。


 ドン。


 3人の足が止まる。


「またか!」


 その声は遠い。


 しかしエイルには聞こえた。


 第11席にも。


「お前、それ何回やる気だ!」


「必要な間は」


「俺と戦え!」


「戦ってますよ」


 剣がぶつかる。


 そのままエイルは第11席を押し返した。


 確かに戦っている。


 むしろ。


 今までより集中している。


 目の前の相手だけを見ていた時とは違う。


 戦場全体を感知しながら、その中の1人として第11席を見る。


 すると不思議なことに。


 相手の動きまで、前より大きな流れの一部として見える。


 第11席が雷を放つ。


 それはエイルを狙う。


 避ければ後ろの青兵へ当たる可能性がある。


 なら右ではなく左。


 左へ避けると、第11席は剣で追う。


 そこへ別の青兵が援護に入れる位置がある。


 なら。


 エイルは左へ。


 雷が抜ける。


 第11席が追う。


 予想通り。


 その側面へ青の槍兵が入った。


「第11席!」


「っ!」


 第11席が剣を返す。


 槍を弾く。


 その間にエイルが正面。


 剣。


 受けられる。


 それでいい。


 2対1。


 一瞬だけ。


 その1秒で、第11席の雷球2つが消えた。


 維持が切れた。


「……そういう使い方まで」


 第11席が少し笑った。


「自分で全部やらなくなってきたな」


 エイルはその言葉に、わずかに目を動かした。


 確かに。


 最初は自分で倒すことばかり考えていた。


 今は違う。


 自分が1歩動けば、味方が使える場所ができる。


 地面を少し揺らせば、誰かの攻撃が届く。


 相手の視線をこちらへ向けるだけで、別の場所が空く。


 その方が。


 強い。


     ◇


 中央旗の周辺で大きな魔力反応が膨らんだ。


 エイルの《警戒圏》が反応する。


 赤側。


 魔術師。


 3人。


 同時。


「広域魔術!」


 青側の誰かが叫んだ。


 エイルは第11席と剣を交えたまま、感知をさらに広げる。


 中央旗の南側。


 赤魔術師3人が魔法陣を繋いでいる。


 単独ではなく共同詠唱。


 完成すれば、青陣営が固まっている中央付近をまとめて攻撃できる。


 止めるべき。


 距離は50メートル以上。


 自分が行けば第11席が自由になる。


 なら。


 行かない。


 第11席の剣を受ける。


 押し返す。


 同時に。


 地面へ。


 《衝界》。


 3本。


 魔術師それぞれの足元ではない。


 そこへ直接衝撃を入れれば危険。


 狙うのは。


 魔法陣。


 地面へ描かれた3ヶ所の接続点。


「……そこ」


 エイルが小さく呟く。


 《震圧》。


 ドン。


 1ヶ所。


 魔法陣の線が土ごとずれる。


 共同詠唱の魔力が乱れる。


「何!?」


 2ヶ所目。


 地面が割れる。


 接続が切れる。


 3ヶ所目。


 魔力が逆流しかけ、魔術師たちが慌てて術を解除した。


 広域魔術。


 不発。


 青陣営から歓声が上がった。


「地鳴りだ!」


「また《地鳴り》がやった!」


 遠くから聞こえる。


 エイルは第11席の剣を受けながら少しだけ眉を寄せた。


「まだそれ呼ばれてるんだ」


「今の見て別の呼び方あるか?」


 第11席が呆れたように言う。


「俺と斬り合いながら50メートル先の魔法陣3つ潰したぞ、お前」


「地面は繋がってるので」


「そういう問題じゃない!」


 また言われた。


     ◇


 それから数分。


 中央戦場の流れが目に見えて変わり始めた。


 ガルムが第14席を抑える。


 エイルが第11席を止める。


 青陣営の兵士たちは、赤側の上位戦力から解放された人数を使って少しずつ数的優位を作る。


 そして、エイルの地面越しの援護がそこへ重なった。


 盾兵が踏ん張る瞬間だけ足場をずらす。


 弓兵が射る直前に地面を揺らす。


 味方へ突撃しようとする相手の進路へ小さな隆起を作る。


 逆に、青兵が踏み込む場所は揺らさない。


 敵へ直接攻撃しているわけではない。


 それでも。


 戦場のあちこちで、ほんの半歩ずつ青側が有利になる。


 半歩。


 1秒。


 剣1本分。


 その小さな差が積み重なる。


 赤陣営の戦闘不能者が増え始めた。


【《振動感知 Lv.62 → Lv.64》】


【《警戒圏 Lv.32 → Lv.34》】


【《震圧 Lv.29 → Lv.31》】


【《衝界 Lv.35 → Lv.38》】


【《魔力操作 Lv.80 → Lv.82》】


 エイルの視界へ次々に表示が浮かぶ。


 高い技能ほど上がりにくい。


 そのはずだった。


 しかし今の状況は、これまで経験したことがない。


 自分自身の対人戦。


 数十人の位置把握。


 味方への遠隔援護。


 敵の技能発動阻止。


 《衝界》の安全制御。


 その全部を同時に行っている。


 《越境》Lv.6が、明らかにこの密度へ反応していた。


 ただし。


 固有技能そのものはまだ上がらない。


 それでいい。


 むしろ今は、このLv.6でどこまで普通の技能を引き上げられるのか見てみたい。


     ◇


 第11席が大きく距離を取った。


 雷球も消える。


「一旦降参したい気分だ」


「演習なので駄目じゃないですか?」


「真面目に返すな」


 男は肩で軽く息をしながら、周囲を見る。


 赤陣営はかなり押し戻されている。


 中央旗も青側が再び確保。


 第14席はまだガルムと戦っているものの、その周囲にいた赤兵はほとんど離されていた。


「お前を中央に置いたの、失敗だったな」


「赤がですか?」


「そうだ。レオンがもう少し長く止めてくれればよかったんだが」


「結構長かったと思います」


「なのに戻ってきてこれか」


 第11席が苦笑する。


「S級相当が1人いる、くらいで聞いてた」


「僕のこと?」


「ああ」


 エイルは少し考えた。


「僕、S級じゃないですよ」


「知ってる。だから面倒なんだ」


 男が剣を構え直す。


「個人で強いだけならまだいい。お前みたいな感知持ちが戦場全部へ手を出し始めると、話が変わる」


 エイルの目が僅かに細くなった。


「そんなに違います?」


「違う」


 第11席の返事は即答だった。


「強い奴1人なら、同じくらい強い奴をぶつけて止める。今のお前は、俺が止めてるのに他所へ干渉してる」


 なるほど。


 レオンと戦っていた時とは違う。


 あの時はエイルも戦闘へ入り込みすぎて、遠くの戦況を見落とした。


 今は。


 そこを直そうとしている。


 目の前の強敵を相手にしながら。


 他も見る。


 それができれば。


 自分が強くなるほど、戦場全体への影響も増える。


「……これ、もっとできそうだな」


 第11席が嫌そうな顔をした。


「その顔で成長方針決めるな」


「声に出てました?」


「出てた」


     ◇


 そこで。


 エイルの感知へ新しい反応が入った。


 北側。


 中央拠点からかなり離れている。


 白陣営。


 数十人。


 動きが変わった。


「……白が来ます」


 第11席も表情を変える。


「どこから?」


「北東。多分30人以上」


「ここへ?」


 エイルはさらに探る。


 足音。


 速度。


 進行方向。


「はい。中央狙いです」


 第11席が周囲を見る。


 赤も青も消耗している。


 中央拠点を巡って戦った直後。


 そこへ、ほとんど消耗していない白が入る。


「最悪だな」


「赤もです?」


「当たり前だろ。三つ巴なんだから」


 確かにそうだった。


 エイルは一瞬だけ笑う。


「面白くなってきました」


「お前、本当に戦闘好きだな」


「旅の方が好きですよ」


「説得力ないぞ」


 北東。


 距離はまだ400メートル以上。


 それでも《振動感知》には、かなり速い先頭集団が入っている。


 その中に。


 1人。


 ほかとは明らかに足音の違う者がいた。


 軽い。


 速い。


 そして。


 ほとんど地面へ力を残さない。


「……第7席」


 公開戦で見た弓兵。


 白陣営。


 《弓術 Lv.67》。


 《歩法 Lv.56》。


 《遠見 Lv.58》。


 《軌道演算 Lv.43》。


 第11席も気づいたらしい。


「来たか」


 エイルは北東を見る。


 まだ姿は見えない。


 だが。


 次の瞬間。


 《警戒圏》が強く鳴った。


 エイルは反射的に剣を上げる。


 金属音。


「っ!」


 どこから飛んできたのか分からないほど遠い矢が、新しい長剣へ突き刺さるように当たり、エイルの腕を大きく押した。


 矢は弾かれ。


 地面へ落ちる。


 周囲が静まった。


 第11席が北東を見る。


「……まだ見えない距離だぞ」


 エイルも同じ方向を見る。


 淡い青灰色の目が僅かに細くなる。


 《振動感知》では位置が分かる。


 しかし。


 相手はすでに。


 こちらを正確に狙っている。


 400メートル以上先から。


 森と丘を挟んで。


「面白い」


 エイルが小さく呟いた。


 その直後。


 2本目の矢が。


 今度はエイルではなく、50メートル離れた青陣営の指揮官へ向かって飛んできた。


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