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第102話 戦うほどに

 ジークが槍を構えた瞬間、森の中に漂っていた空気がわずかに変わった。


 向かい合うレオン・ヴァルハルトは長剣を右手に下げたまま、これといった構えを取っていない。30代前半ほどに見える身体はガルムのように大きくもなければ、騎士団の上位者に見られるような重装備もなく、暗い色の軽装の上から最低限の防具を身につけているだけだった。


 それでも、エイルの《警戒圏》は途切れることなく危険を返している。


 ジークが強いことは知っている。


 第18席という数字だけではなく、実際に戦うところも見たばかりだ。


 そのジークが槍を正面へ向け、普段の軽い雰囲気を完全に消している。


「行くぞ」


「どうぞ」


 レオンの返事は短かった。


 直後、ジークが消えるように踏み込む。


 《歩法》による加速と《身体強化》を重ねた直線移動から、長槍の穂先が胸元へ走った。


 速い。


 公開戦で見た第23席との戦いより明らかに初撃から出力が高い。


 それでもレオンは、長剣の腹を穂先へ軽く触れさせるだけで軌道を外した。


 金属音は小さい。


 ジークは止まらず、槍を引く途中で握る位置を変え、今度は石突きを横から送る。


 レオンが半歩下がる。


 石突きが服の前を掠めた。


 そこへ槍が回転し、再び穂先が入る。


 レオンは剣を立てた。


 今度は受ける。


 その瞬間、ジークの目が細くなった。


「《穿点(ピンポイント)》」


 狙ったのは剣の中央ではない。


 レオンが長剣を支える力の中心から、僅かに外れた位置。


 昨日、盾使いの防御を崩した一撃だった。


 穂先が触れる。


 レオンの剣が傾く。


「――なるほど」


 初めて、S級冒険者の姿勢が崩れた。


 ジークは逃さない。


 槍を引かず、そのまま柄を滑らせて有効長を縮めると、短槍のような突きを腹部へ送る。


 レオンが腰を捻った。


 完全には避けられない。


 穂先が軽装の脇腹へ触れる。


 胸元の演習魔道具が一瞬だけ黄色く光った。


 軽度の有効打。


 観戦していた青陣営の兵士たちから声が上がる。


「入った」


 エイルも小さく呟いた。


 レオンは無傷ではない。


 最初から何でも分かっているわけでもない。


 ジークの《穿点》は通じた。


 そこが重要だった。


 もし《戦脈》が相手の技能を見た瞬間に完全攻略する能力なら、戦いようがない。


 だが、違う。


 レオンは今、初めてジークの戦い方へ触れている。


 そして。


 次の攻防で変化が起きた。


     ◇


 ジークが同じように距離を取る。


 槍の穂先を低く置き、相手の動きを待った。


 レオンは追わない。


 長剣を下げたまま、ジークの足を見ている。


 肩ではない。


 槍先でもない。


 足。


 エイルはそこへ気づいた。


「……踏み込みを見てる」


 ジークが動く。


 最初と同じ直線。


 ただし途中で僅かに右へずらした。


 穂先がレオンの左肩へ向かう。


 レオンは剣を当てない。


 先に身体を動かした。


 槍が届くより一瞬だけ早く右足を引き、穂先が伸びる線から外れる。


 ジークが握りを変える。


 石突き。


 レオンはもう左へ寄っていた。


 空振り。


 槍を回す。


 穂先が戻る。


 その時には、レオンの長剣が柄の中ほどへ触れていた。


「っ」


 強く打ったわけではない。


 槍が回転する方向へ、ほんの少し力を足しただけ。


 ジークの穂先が予定より大きく外へ流れる。


 その隙へレオンが入る。


 長槍の内側。


 ジークが左手を離し、槍を短く持ち直そうとした。


 レオンの剣先が胸元へ。


 ジークが身体を捻る。


 避ける。


 剣が肩を掠めた。


 演習魔道具が黄色く光る。


 今度はレオン側の有効打。


「速くなったわけじゃない」


 エイルの目が、2人の間を細かく追う。


 レオン自身の身体能力が、最初の数秒で急激に上昇したようには見えない。


 違うのは選択だった。


 最初の攻防では、ジークが槍を動かしてから反応していた。


 今は、槍が動く前に位置を変えている。


 踏み込み。


 腰。


 握り。


 魔力の移動。


 ジークが攻撃を成立させるために必ず行う動作を、もう拾い始めている。


 これが《戦脈》。


 戦うほど、相手へ馴染む。


 言葉だけで聞いた時より、ずっと厄介だった。


     ◇


 ジークも同じことを理解したらしい。


 3度目の接近では、明らかに戦い方を変えた。


 大きな踏み込みを使わない。


 槍の射程ぎりぎりを保ちながら、細かい突きを連続させる。


 胸。


 脚。


 肩。


 顔。


 どれも決定打ではない。


 途中で止める攻撃まで混ぜる。


 レオンが何を読んでいるのか確かめながら、意図的に情報を増やしている。


「やっぱりジークさんも上手いな」


 エイルは感心していた。


 《戦脈》が相手へ適応するなら、同じ動きを繰り返さなければいい。


 単純だが、実際に戦いながら実行するのは難しい。


 ジークは槍を長く使う。


 短く使う。


 突く。


 薙ぐ。


 石突きを使う。


 途中で攻撃そのものを捨てる。


 魔力の流し方まで変えていた。


 レオンの長剣が何度か空を切る。


 ジークの穂先も浅く服へ触れた。


 そのたび黄色い判定が点灯する。


 互角。


 少なくとも、数十秒は。


 ところが1分を越えたあたりで、再び差が広がり始めた。


 レオンがフェイントへ反応しなくなった。


 ジークが肩を動かす。


 無視。


 魔力だけを槍へ流す。


 無視。


 本当に足へ力が入り、攻撃へ繋がる瞬間だけ動く。


「見分け始めてる」


 エイルの表情から、少しずつ笑みが消えていく。


 面白い。


 同時に怖い。


 戦っている間に、相手の「嘘」と「本当」を選別している。


 ジークが突然、槍を大きく引いた。


 これまで一度も使っていない動き。


 大量の魔力が穂先へ集中する。


「《貫星(スター・ピアース)》!」


 エイルも初めて見る技能だった。


 踏み込みと同時に槍全体が細く震え、穂先を中心に圧縮された魔力が一直線へ伸びる。


 単なる刺突ではない。


 槍の届く範囲よりさらに先まで、貫通力だけを延長する一撃。


 レオンの目が僅かに開く。


 これはまだ知らない。


 長剣を真正面へ出す。


 間に合わない。


 レオンが身体を捻った。


 穂先が胸を外れ、左腕へ向かう。


 黄色ではなく、橙色。


 演習魔道具が強く光った。


 明確な有効打。


「よし」


 青陣営の兵士から声が上がる。


 ジーク自身も手応えを感じたはずだった。


 しかし、エイルは別のところを見ていた。


 レオンの顔。


 痛みでも焦りでもない。


 むしろ。


 理解したような顔だった。


     ◇


「それがあるのか」


 レオンが左腕を軽く動かした。


「初見用だ」


 ジークが答える。


「もう見せたな」


「最悪だな、その言い方」


 再び距離。


 ジークが《貫星》を使う。


 2度目。


 レオンは、今度は発動を待たなかった。


 穂先へ魔力が集まり切る前に前へ出る。


 間合いの内側。


 ジークが発動を中断する。


 石突きへ切り替える。


 レオンはそれも避けた。


 剣が槍の柄へ触れ、そのまま滑る。


 ジークの右手へ近づく。


 危険を感じたのか、槍を手放した。


「え」


 エイルの目が動く。


 次の瞬間、ジークは槍を捨てたままレオンへ踏み込み、拳を振った。


 武器を奪われるくらいなら、自分から手放す。


 レオンも予想していなかったらしい。


 拳が頬を掠める。


 さらに膝。


 レオンが剣の柄で受けた。


 ジークは足元へ落ちた槍を蹴り上げる。


 空中で掴む。


 そのまま突く。


 エイルは思わず笑った。


「それもありなんだ」


 槍使いだから、槍を絶対に手放さないわけではない。


 必要なら拳も使う。


 膝も。


 武器を捨てることさえ戦術になる。


 しかしレオンは、そこからさらに数合を交わす間に、その変化へも追いついていった。


 拳を出す距離。


 槍を拾うために必要な位置。


 ジークが武器を手放す条件。


 ひとつずつ。


 確実に。


 最後は、槍を引こうとしたジークの手首へ長剣の腹が触れた。


 握りが一瞬緩む。


 そのまま剣先が胸へ入る。


 赤い光。


「戦闘不能判定!」


 監視役の声が森へ響いた。


 ジークは数秒止まり、それから槍を下げた。


「……やっぱ長引かせたら駄目だな」


「前より面倒だった」


 レオンが答える。


「褒めてる?」


「かなり」


 ジークは少し笑った。


 負けた。


 それでも一方的ではなかった。


 第18席はS級へ何度も攻撃を届かせ、初見の《貫星》では強い有効打まで取っている。


 ただ、その時間が長くなるほどレオン側が有利になった。


 固有技能《戦脈》。


 名前通り。


 戦闘が続くこと自体が、レオンの武器だった。


     ◇


「次」


 レオンの視線が向く。


 エイルだった。


 ジークが演習区域の端へ下がりながら、こちらを見る。


「見えたか?」


「結構」


「じゃあ頑張れ」


「軽いですね」


「俺もう死んだ判定だからな」


 演習上は、である。


 エイルは前へ出た。


 新しい長剣を鞘から抜く。


 朝の光が刀身を薄く滑った。


 ローデンを出る前より僅かに長くなった暗灰色の髪が、森を抜ける風に揺れる。まだ16歳の少年らしさを残した整った顔立ちだけを見れば、S級冒険者の前へ立つ存在には到底見えないだろう。


 実際、赤陣営側から様子を見ていた兵士の1人が小さく言った。


「……あれがA級?」


「若すぎないか」


 聞こえている。


 エイルは気にしなかった。


 レオンは近くで見るエイルの顔を一度眺め、それから長剣へ目を落とす。


「昨日も思ったが、若いな」


「16です」


「聞いてない」


「よく言われます」


「その年でA級か」


「一応」


 レオンの視線が変わる。


「一応、で済む立ち方じゃないな」


 エイルは剣を構えた。


 公開戦で見た片腕の老人から教わったことを思い出し、振ったあとまで繋がる位置へ剣先を置く。


 身体強化はまだ使わない。


 《衝界》も最低限。


 最初は見る。


 そして。


 レオンにも見せすぎない。


「行きます」


「来い」


     ◇


 エイルが最初に選んだのは、純粋な踏み込みだった。


 《身体強化》なし。


 《衝界》による加速もなし。


 筋力と敏捷だけ。


 それでも地面が僅かに沈んだ。


 距離が一瞬で消える。


 レオンの目が初めて明確に見開かれた。


「速――」


 長剣が衝突する。


 エイルは《衝界》で内部へ何も通さない。


 ただ斬る。


 レオンが受ける。


 その瞬間、剣を持つ腕が大きく外へ押された。


「っ!」


 今度はレオンの足が地面を滑る。


 1メートル近く。


 エイルは追う。


 上段。


 レオンが流す。


 横。


 受ける。


 さらに踏み込み。


 肩から押す。


 剣だけではない。


 純粋な膂力をそのまま接近戦へ入れる。


 レオンが身体を捻り、肩を外した。


「聞いてたより力があるな」


「最近上がりました」


「最近?」


 会話の途中で剣が来る。


 レオンの切っ先。


 エイルは首を僅かに動かして避けた。


 次。


 腹。


 剣の腹で流す。


 レオンがさらに踏み込んだ。


 エイルは下がらない。


 互いの肩が触れるほどの距離。


 普通の長剣では振れない。


 レオンが柄頭を使う。


 エイルは左手で腕を押さえた。


 握らない。


 それでもレオンの動きが止まる。


 筋力差。


「……本当にA級か?」


「そうです」


「ランクの方が遅れてるな」


 レオンが腕を引く。


 エイルも離れた。


 ほんの数秒。


 それだけで、周囲の空気が変わっていた。


     ◇


 レオンが構えを変える。


 さっきまでのジーク戦では、剣先をやや低く置いていた。


 今は中央。


 エイルの膂力で武器を押し込まれることを警戒している。


「もう変えた」


 エイルはそれを見ていた。


 《戦脈》が働き始めている。


 最初の数合で、純粋な力比べは不利だと判断した。


 なら次は。


 エイルが踏み込む。


 同じ速度。


 同じ上段。


 レオンは受けない。


 横へ動く。


 予想通り。


 エイルは剣を振り切らなかった。


 途中で止める。


 前日まで何度も練習した、次の動作へ繋ぐ振り方。


 そのまま腰を返し、反対方向へ剣を走らせる。


 レオンの長剣と衝突。


 今度は押せない。


 最初から力を逃がす角度で受けられていた。


「これも」


 エイルが小さく呟く。


 もう学ばれている。


 レオンの剣が返る。


 右肩。


 避ける。


 脚。


 剣で止める。


 そこでエイルの《近域感知》へ、僅かな違和感が入った。


 次は上。


 そう思った。


 だが、レオンの剣は来ない。


 フェイント。


 代わりに足が入る。


 エイルの足首を払う。


「っ」


 身体が僅かに傾く。


 そこへ剣。


 エイルは《身体強化》を使った。


 脚へ。


 倒れかけた身体を、純粋な筋力と強化だけで無理やり戻す。


 レオンの剣を受ける。


 金属音。


「戻すのか」


「戻せました」


「そういう問題じゃない」


 少し前に誰かにも同じようなことを言われた気がする。


     ◇


 戦闘が30秒を越えた。


 レオンの動きが少しずつ変わる。


 エイルが上段から振る時の肩。


 突く時の右足。


 《身体強化》を脚へ集める時の魔力。


 全部を拾われていく。


 最初は届いていた剣が、徐々に届かなくなる。


 逆にレオンの剣は、少しずつエイルの回避先へ近づいていた。


 頬。


 服の袖。


 コートの裾。


 演習魔道具が黄色く光るほどではない。


 それでも明らかに距離が縮まっている。


「これが《戦脈》……」


 エイルは初めて、戦っている最中に能力の圧を実感した。


 強いから当たらないのではない。


 自分の戦い方そのものが、時間と共に解かれていく。


 右へ避ける確率。


 受ける時の剣角度。


 力で押す場面。


 《衝界》を使わずに戦っていることまで、いずれ読まれる。


 なら。


 変えるしかない。


 エイルは一度距離を取った。


「どうした?」


「考えてます」


「戦いながら?」


「はい」


 レオンが笑った。


「面白いな」


 エイルは剣を下げる。


 今までの構えを捨てた。


 片腕の老人から習った動き。


 ジークの槍。


 ヴェラの盾。


 ガルムの膂力。


 第14席の左右別々の攻め。


 第11席の複数処理。


 第7席の相手を動かす考え方。


 数日間見てきたものを、全部そのまま真似することはできない。


 武器も違う。


 身体も違う。


 なら、自分に合わせる。


 剣先を少し下げる。


 左足を前へ。


 いつもと逆。


 レオンの目が僅かに細くなった。


 エイルが踏み込む。


 しかし斬らない。


 レオンが反応する。


 その動きを見てから、エイルが方向を変えた。


 右。


 レオンも動く。


 そこで左。


 さらに止まる。


 今まで、自分が相手の攻撃可能性を読むために使っていた感覚を、逆に相手へ押しつける。


 どの未来を選ぶか。


 ではなく。


 どの未来を、相手に選ばせるか。


 レオンの長剣が動く。


 エイルには、その先が一瞬だけ見えたような気がした。


 右肩。


 避ける。


 次は脚。


 その前に剣を置く。


 金属音。


 レオンの眉が上がった。


「今のは」


 エイル自身も分からない。


 ただ。


 もう一度。


 レオンが踏み込む。


 剣が来る前に、複数の可能性が頭の中へ浮かぶ。


 突き。


 横薙ぎ。


 途中で止める。


 柄頭。


 足。


 その中から、最も起こりそうなものが僅かに濃い。


【複数の戦闘可能性に対する連続選別を確認しました】


【未発生行動への予測精度が上昇しています】


 以前にも見た表示。


 しかし今回は違った。


 魔物ではない。


 人間。


 しかも、自分を読んで変化し続けるS級。


 その相手の次を。


 エイルも読み始めている。


     ◇


 レオンの剣が横へ走る。


 エイルは剣が動くより先に半歩下がった。


 空振り。


 レオンがすぐに突きへ変える。


 エイルは右へ。


 さらにレオンが追う。


 エイルはそこで初めて《衝界》を使った。


 人体へは通さない。


 自分の足元。


 地面。


 踏み込みの反力だけを後方へ強く流す。


 加速。


 今までの速度から一段跳ね上がる。


 レオンの目が見開かれる。


 エイルが懐へ入った。


 剣ではない。


 左手。


 レオンの剣を持つ右前腕へ掌を当てる。


 押す。


 《高密度強化》すら使わない。


 純粋な膂力。


 レオンの腕が外へ弾かれる。


 胸元が空く。


 そこへエイルの剣先が入った。


 寸前。


 レオンが身体を捻る。


 完全には外せない。


 剣先が胸当てへ触れた。


 演習魔道具が黄色く光る。


 有効打。


 周囲から声が上がった。


 エイルは追わない。


 レオンも一度距離を取った。


 初めて。


 S級冒険者の顔から、余裕のある笑みが完全に消えていた。


「……お前」


「はい」


「さっきと戦い方が違うな」


「変えました」


「それは分かる」


 レオンはエイルを見る。


 淡い青灰色の目。


 まだ若さの残る顔。


 風で乱れた暗灰色の髪。


 その見た目と、今目の前で起きていることがどうにも噛み合わないというように、僅かに眉を寄せた。


「違う。変わるのが早すぎる」


 エイルは少し首を傾げた。


「そうですか?」


「俺が合わせたところから、もう外れてくる」


 その言葉を聞いた瞬間。


 エイルの胸の奥が僅かに熱くなった。


 《戦脈》は、戦うほど相手へ適応する。


 レオンがこちらへ近づいてくる能力。


 なら。


 自分は。


 追いつかれるより速く変わればいい。


     ◇


 再開。


 今度は互いに速度が上がった。


 レオンが学ぶ。


 エイルも変える。


 エイルが新しい動きを入れる。


 レオンが数合で対応する。


 その対応を見て、エイルがさらに別の動きへ繋げる。


 戦闘が、奇妙な循環へ入り始める。


 レオンの《戦脈》によって、同じ攻撃は少しずつ通じなくなる。


 だからエイルは同じことをしない。


 剣を振り切る。


 次は途中で止める。


 力で押す。


 次は流す。


 《身体強化》を全身へ。


 次は脚だけ。


 《衝界》で加速する。


 次はあえて使わない。


 拳。


 肩。


 柄。


 剣。


 足運び。


 ここ数日で見た他人の技術を、自分の身体へ合わせて次々に試していく。


 レオンの剣が肩を掠める。


 黄色。


 エイルの柄頭が脇腹へ触れる。


 黄色。


 互いに有効打が増えた。


 しかし決定打には届かない。


 周囲の青陣営兵士たちは、いつの間にかほとんど声を出さなくなっていた。


 最初はS級がA級をどう倒すかを見るつもりだった者もいた。


 今は違う。


 A級の16歳が。


 S級と。


 戦闘が続くほど、むしろ速度を上げている。


【《剣術 Lv.55 → Lv.56》】


 表示。


 まだ続く。


 レオンの突きを流す。


 返す。


【《近域感知 Lv.51 → Lv.53》】


 次。


 レオンの肩が動く前に回避する。


【予測精度が上昇しています】


 エイル自身にも分かった。


 見えるものが増えている。


 レオンの剣だけではない。


 足。


 重心。


 視線。


 魔力。


 さらに、それらが次にどう繋がるか。


 今までは危険を感じてから動いていた。


 今は、危険になる前の選択肢が見え始めている。


 そして。


 レオンも気づいた。


「本当に――」


 剣同士がぶつかる。


「戦ってる最中に強くなってるのか」


 エイルは押し返した。


「多分」


「多分で済ませるな」


 レオンが初めて声を上げて笑った。


 同時に。


 空気が変わる。


 今までとは違う。


 レオンの身体へ巡る魔力が、一段深くなった。


 エイルの《警戒圏》が強く反応する。


 まだ上がある。


 S級冒険者。


 固有技能《戦脈》。


 ここまででも十分強かった男が、ようやく本気に近い場所へ踏み込もうとしている。


 エイルの口元も僅かに上がった。


 演習は始まったばかりだった。


 それなのに、自分の中ではすでに、昨日までとは違う戦い方が形になり始めていた。


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