7 封魔会議
これはハヤトが転生してから約3日後、ハヤトがまだ森の中右往左往していた時の事だ。
舞台はディストゥール王国、その宮殿の奥深くに設えられた会議室。
ここは人類側が誇る最大最強の国であり、今、世界中の王や有力者が集い、人類の命運を賭した『封魔会議』が開催されていた。
「何故、兵を募らないんだ!?」
冒険者の国ブリージュを治める王ラドゥスが拳で重厚な長机を叩き、憤怒の形相で叫んだ。
「15年前、我々は『鉱床火山』を魔物に奪われた! あそこから産出される高純度の鉱石があれば、高品質な武具を量産できるはずだ! 決戦を先延ばしにすれば、取り返しのつかない兵力差が生まれるぞ!」
『鉱床火山』
人類と魔物の境界に聳え立つ、標高5,000メートル級の巨大な山脈。そこに眠る資源は、戦況を覆すほどの戦略的価値を持っていた。
「……だからと言って、無計画な特攻は自殺行為だ。貴重な兵力をドブに捨てるような真似は許されん。慎重を期すべきだ!」
「その慎重さという怠惰が、魔物側に蓄えを与える準備期間になっていると言っているんだ!」
会議室はたちまち、各国の利害と戦略がぶつかり合う怒号の渦と化した。
人類存亡という大義名分は同じでも、国が違えば背負うリスクも違う。終わりの見えない議論に、誰もが疲弊し始めていた。
「はぁ、つまらんわー。実につまらん」
場違いなだらけきった声が漏れる。
声の主は,異世界には珍しい黒髪に、無精髭を生やした気だらけな中年の男性だった。
名はギニャック・ザバス。世界に四人しか存在しない、伝説の『勇者』の一人である。
「こんな無意味な会議を延々と続けて、あれよあれよという間に15年!って感じかなぁ。どう思うよフィルちゃん」
「話しかけないでください」
「ひどっ!?」
「酒臭いです」
「……それはおじさんが悪かった」
鼻をつまみ、露骨に嫌悪感をあらわにするのは、赤い髪が燃え盛るような少女、フィル・フォーエル。彼女もまた、世界を救うべき『勇者』の一人だった。
「お、カイル姉。髪型変えた? 似合ってるよ、マジで!」
「……っ、ふぇ!?」
ギニャックの隣に座っていた女性が、急に名前を呼ばれて耳をピンと立てている。顔を真っ赤に俯いていた。長い青髪をなびかせ、重厚な鎧を纏った猫獣人。彼女もまた、伝説の『勇者』の一人、カイル・ルゥだった。
勇ましい武勇伝とは裏腹に、性格はいたって気が弱い。
「で、それは換毛期かなんかか? 大変なの?」
「ち、ちが...あの、その...っ!」
「失礼ですよ。ギニャックさん。女性に対して」
「ごめーんフィルちゃん」
毎年恒例の『封魔会議』。伝説の勇者、各国の王、Sランク冒険者、トップクランが集結しても、ここ数年は進展のない膠着状態が続いていた。
今年もまた、無益な議論で終わる。
誰もがそう思っていたその時、会議室に一発の爆弾が投下された。
「し、失礼しますッ!!」
激しい怒号が飛び交う中、一人の兵士が顔面蒼白で会議室に乱入した。
「無礼者! ここが何の場か分かっているのか!」
ラドゥスが烈火のごとく怒鳴る。
しかし、上座に座るディストゥール王。
クズタフ・フォン・ディストゥールが静かに右手を挙げ、場を制した。
「よい。……それほどに切迫した報告なのだろう。余も少々、不毛な言い争いに退屈していたころだ」
兵士は荒い息を整え、声を振り絞った。
「ご報告申し上げますッ! 大預言者ボルピッチ様のお告げにより、次代『光の勇者』の誕生が確認されました!!」
瞬間、会議室が静寂に包まれ、次の瞬間には歓喜の咆哮へと変わった。
「な、なんと……!」
退屈そうにしていたギニャックでさえ、瞳を大きく見開く。各国の王たちは我先にと立ち上がった。
「それは真実か!?」
「あの魔女の予言に狂いはない! 間違いなく事実だ!」
「光の勇者がついに...!これで人類の反撃が始まるぞ!」
会議室が熱狂に包まれる中、フィルは眉をひそめ、隣のギニャックを見上げる。
「……ギニャックさん。そもそも『光の勇者』って、なんなんですか?」
「ん? ああ。十数年ごとに異世界から召喚される連中のことだよ。女神様の加護をガッツリ受けてるからな。俺らみたいな現場の勇者とは比べ物にならないくらい特別扱い、ってわけだ」
「先代が亡くなったのは、15年前の『封魔大戦』ですよね。なら、ギニャックさんも会ったことがあるんですか?」
フィルが素朴な疑問を投げかけると、ギニャックの表情から軽薄な笑みが消えた。彼はどこからか取り出したスキットルを傾け、強い酒を一気に喉へ流し込む。
「……ああ。あるよ」
ギニャックの横顔には、会議の喧騒とは無縁の暗い影が落ちていた。
「ただまあ……あんまり思い出したくはないね」
「……そうですか」
フィルはそれ以上、何も追求しなかった。15年前、人類と魔物の総力戦である『封魔大戦』で、人類がいかに多くのものを失い、どれほどの傷を負ったのか。言葉にする必要もないほど、誰もがその痛みを知っていたからだ。
「光の勇者の誕生を知ったのは魔物側も同じはずだ! 奴らより早く発見し、保護しなくてはならない!」
「ああ! 光の勇者さえ迎え入れれば、我々人類の勝利は約束されたも同然ぞ!」
会議室は歓喜に包まれ、各国の王たちは先ほどまでの不穏な空気を忘れたかのように、希望に満ちた表情で議論を加速させていた。
しかし、その熱狂の渦中で、伝令の兵士が未だ顔面蒼白で震えていることだけは、ディストゥール王の鋭い視線が逃さなかった。
「……報告はまだあるのか?」
王の低く冷ややかな声に、会議室が水を打ったように静まり返る。兵士は喉を鳴らし、絶望的な言葉を絞り出した。
「し、し……しに……」
「はっきり申せ!」
「死神の復活が確認されました……!」
その瞬間、歓喜の空気が一瞬にして凍りついた。
『死神復活』
その四文字が持つ呪いのような重圧が、会議室全体を再び絶望の淵へと引きずり込む。
「……チッ」
ギニャックが人知れず舌打ちを漏らす。普段の軽薄な態度は消え失せ、その瞳には漆黒の闇が宿っていた。
隣に座るフィルは、かつて見たことのない彼の険しい表情に、喉の奥が引き締まるのを感じた。
「どういうことだ! 死神は15年前、先代の光の勇者がその命と引き換えに、相打ちで滅ぼしたはずではないか!」
「不死系最高位の存在が復活するなど……人類に逃げ場はないというのか!」
悲鳴に近い声が次々と上がる。ギニャックは呆れたようにスキットルを片手に、天を仰いでいた。
「しかし、光の勇者も誕生したのだ。我々が有利ではないか!光の魔力は闇の生命体、死神に有効のはず!対抗手段はあるはずだ!」
ラドゥスが自信たっぷりに断言する。しかし、別の王が否定する。
「そうではない。光と闇は、互いが互いの絶対的な特攻だ。どちらかが一方的に有利なわけじゃない。だからこそ、15年前……我々は相打ちという名の苦渋を飲まされたんだろうが!」
「ええい!一刻を争う事態、議論は終わりだ! 全人類の存亡を懸け、光の勇者の確保を最優先とする!各国は直ちに──
王たちが総立ちになり、方針を決定しようとした、まさにその時だった。
ドオオンッッ!!
突如、頭上の天井が轟音とともに崩落した。




