4 死神勇者は検問を受ける
村を出発して約二日。ハヤトは村長に教えられた道を歩いていた。
幸いなことに、主要な分岐点には親切な看板が設置されており、迷う心配はなさそうだ。
道はしっかりと整備されており、商隊や旅行者が活発に行き来している。時折すれ違う人々は、村人とは一線を画す装備を身に纏い、いかにも『冒険者』といった雰囲気を漂わせていた。
「楽しみだなあ!」
ハヤトがギルドを目指す目的は二つ。
一つは、鑑定士による鑑定を受けること。
どんな効果がわからない以上、スキルの発動は控えたい。ワイバーンとの戦いで『聖光の斬撃』はやむを得なかったが...
「あんな賭けは2度とごめんだ」
ハヤトが所持しているスキルは
『冥王の右腕』
『死の眼差し』
『魂の簒奪』
『勇威纏装』
『聖光の斬撃』
『聖域頭現』
の計六つだ。『聖光の斬撃』は名前的にまだ安全そうという理由で使用した。
「魂の簒奪とか、危なさそう過ぎるよなぁ」
せっかく得た2度目の人生、ハヤトは慎重に物事を進めたかった。
もう一つは冒険者として登録すること。安定した生活基盤を築くため、というのは建前。夢にまで見た冒険者生活を送るためってのがハヤトの本音だ。
そんなことを考えていると、背後からカタカタと馬車の走行音が近づいてきた。
通り過ぎるのを待とうと端に寄ったハヤトだったが、馬車はあろうことか彼の横でピタリと止まった。
御者台から顔を覗かせたのは、陽気そうな老いた老人だった。
「へい、にぃちゃん!いやねえちゃんか?大丈夫かよ?」
ハヤトは転生した時から着ている、ボロボロで汚れが目立つ黒い布切れを羽織っているだけ。荷物は小さな袋一つ。端から見れば、食い詰めた浮浪者にしか見えないのだろう。
「超元気。そういうじいさんは?」
「馬が荷台に派手に置き土産しちまったが、商売の方は絶好調だぜ!」
老人は豪快に笑うと、興味深そうにハヤトを指さした。
「にぃちゃん、どこまで行くつもりだ?」
「ブリージュって国。冒険者になりたくてさ」
「ブリージュか。確かに冒険者を目指すならあそこだな。だが……歩いていくのか?馬車でも一週間はかかる距離だぞ」
「一週間……そりゃまた、結構かかるな」
ハヤトは疲労も空腹も睡眠欲もない。
だが、一週間ただひたすらに徒歩で移動するのは、精神的に退屈すぎる。
「なんなら、ワシの馬車に乗せてってやろうか?」
「いいのか!?」
「何、これも何かの縁だ。それに道すがらだしな!」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
ハヤトは礼を言い、馬車の荷台にひょいと飛び乗った。
荷台には木箱が山積みになっており、隙間からは剣や槍、反り返った弓などが顔を出している。武器の香りがする荷台だ。
「じいさん、武器商人なのか?」
「お、鋭いねえ! その通りだ。まあお前さんも冒険者になったら、いつかウチの武器に世話になる日も来るかもだな!」
「……もしかして、俺を乗せたのってそれが狙いだった?」
ハヤトが胡散臭そうな視線を向けると、老人は口笛を吹いて空を見上げた。
「……よーし馬達! 今日もワシのために元気に走ってくれ!」
明らかに話を逸らした老人が手綱を力強く振ると、馬たちが軽快な足取りで走り出した。
荷台に心地よい振動が伝わってくる。眠る必要も、食事でくつろぐ必要もないハヤトは、退屈しのぎに外の風景を眺めることにした。
移り変わる森の景色、遠くに見える山並み。死神として、勇者として目覚めてから、自分の力のことばかり考えていたが、こうして異世界の空気を肌で感じるのは意外と悪くない。
ーー冒険者か。どんな奴らと出会えるんだろ
目的地へ近づく高揚感に、ハヤトは無意識に口元を綻ばせた。
───────
馬車に揺られること一週間。ハヤトはついにその地にたどり着いた。冒険者の国、ブリージュ。
目の前にそびえ立つのは、まるで崖のように切り立った城壁と、威圧感を放つ巨大な門。異世界ファンタジーそのものの光景に、ハヤトは声を上げた。
「うおおお! でっけー!」
ハヤトは荷台から軽やかに飛び降りる。
「じゃあな、ハヤト! ワシはこの武器を納品しに行かなきゃならんからな!」
「ああ! 乗せてくれて助かったよ! あんた、最高のジジイだぜ!」
この一週間で、二人はすっかり打ち解けていた。
死神であることは秘密にしたままだったが、本音を語り合える仲になっていた。
50歳過ぎのじいさんの恋バナを聞いた時は流石に反応に困ったハヤトだが、別れは少しだけ名残惜しい。
ハヤトは遠ざかる馬車を見送ると、胸の中でじいさんに礼を言い、巨大な門へと歩みを進めた。
いざ中へ入ろうとしたその時、ガシャンと金属の音が響き、門番が槍を交差させて道を塞いだ。
「待て。入国には検査が必要だ」
「検査?」
「ああ。万が一、犯罪者だったらたまらんからな」
ハヤトの背中に冷や汗がツツーっと流れる。
「ちょ、ちょっと待て……。ちなみに確認なんだけど、もし、それが魔物だったらどうなるんだ?」
門番はギロリとハヤトを睨みつけた。
「そんなもの、入国できるわけがないだろう。場合によっては、その場で『討伐』する」
心臓がドクリと跳ねる。
……バレれば、即座に処刑。ハヤトは内心で悲鳴を上げた。
「ま、人間の国に入ろうとするバカな魔物などそうそういないだろうがな。安心して入国するんだ」
門番はフッと表情を緩め、からかうように笑った。
「もちろん、お前が善良な市民である限りだがな」
門番が合図を送ると、門の奥から屈強な男たちが現れた。彼らは岩石で作られた巨大な四角い枠をドサリと目の前に設置した。
上部には「眼」を模したランプが鈍く光っている。
「この魔道検査ゲートを通過しろ。過去に犯罪を犯し身に刻印を刻まれた者、あるいは人に化けた魔物だった場合……上の眼が赤く点滅する。善良な市民だった場合、緑だ」
ハヤトの背筋に冷たいものが走る。ハヤトは顔を隠しているが、それを問い詰めない兵士達。おそらく、この検査の精度はかなり高いのでわざわざ顔を確認する必要がないのだろう。
「あの〜、やっぱり今日は入国やめておこうかなって……」
ハヤトが引きつった笑みを浮かべて後ずさりすると、門番の眼光が鋭く光った。周囲の兵士たちが、無言で腰の剣に手をかける。囲まれた。
「……悪いが、そうはいかない。門の前で不審な挙動を見せた以上、ただ帰すわけにはいかないな」
門番が冷徹に言い放つ。
「俺たちの剣に貫かれるか、ゲートを通過するか。……今すぐ決めろ」
ハヤトはワイバーンにも勝っている。戦えば勝てる。
しかし、無関係な人間を倒してまで入国したくはない。それにブリージュに入らなければ今後の計画が大きく狂うことになる。
――行くしかねぇ。
ハヤトは深く息を吐き、覚悟を決めてゲートの枠内へと一歩を踏み出した。
なんとかなれ!と願いながら───
だが眼を模したランプに反応がない。
「……なんだ、お前。犯罪者じゃないのか」
「え……?」
ハヤトは呆然と立ち尽くす。
魔物であるはずの自分が、魔物を探知する検査を素通りできた。...何故?
ハヤトの頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
兵士たちが拍子抜けしたように溜息をつき、検査ゲートを回収し始める。門番はハヤトをじろりと眺めると、呆れたように肩をすくめた。
「入国を許可しよう。まずは服を買うんだな。そんな浮浪者みたいな格好では、これからもずっと疑われてキリがないぞ」
混乱するハヤトの手に、一枚の『入国許可証』が押し付けられる。
ゲートが去っていく背中を見送りながら、ハヤトは自分の右手をしげしげと見つめた。
――俺の体、一体どうなってるんだ?
普段は楽観的なハヤトでも、さすがに今回の件は無視できなかった。死神という「魔物」の枠組みにいるはずの自分が、なぜ人間の検査をすり抜けたのか。謎は深まるばかりだった。
「……ま、考えてもわからんか! 気を取り直して!」
ハヤトはガバッと顔を上げると、手に握られた入国許可証を掲げた。
「絶対なるぞ、冒険者!」
軽やかな足取りで、ハヤトは巨大な門をくぐり抜けていった。
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一方、門番たちは先ほどのゲートを回収していた。その作業の最中、一人の兵士が顔を曇らせ、隊長である門番に小声で報告する。
「隊長!報告があります」
「どうした? 先ほどの奴のことか?」
「はい。実は先ほどの検査、ランプが光っていなかったのです」
隊長は作業の手を止め、怪訝そうな顔で兵士を振り返った。
「何を言っている。そんなことあり得ないだろう」
「いえ...確かに光っていなかったのです。皆あの黒い人を警戒していたので確認してたのは私だけですが...」
隊長は鼻で笑う。
「見間違いだ。あのゲートは魔力そのものに反応するように設計されている」
「過去、実態のないゴーストも検知した実績がある。万が一にもあり得ん」
「……そうですか。なら、私の見間違いかもしれません」
兵士は納得したように頷いたが、背後に残るかすかな違和感を拭いきれない。
門の向こうでは、ハヤトが知らぬ間にブリージュの街へと溶け込んでいく。彼が何者であるのか、その真実はまだ誰にも明かされていない。




