3 死神勇者はワイバーンと戦う
門をくぐり、歩くこと数分。ハヤトはついにワイバーンを発見した。大量の木々を無造作に積み上げた巣の周囲には、無数の獣の骨が散乱している。
ハヤトが補助腕輪でワイバーンをスキャンする。
【赤飛竜ワイバーン。圧倒的な戦闘力から空の王者と呼ばれる魔物。縄張り意識が高く、鋭い爪は岩も切り裂く】
簡単な説明文を聞いただけでも強そうに思える。画面をタップし、生体情報を確認する。
びっしりと書かれた生体情報の中に、一文を発見する。
【硬い鱗は刃を通さない。打撃による攻撃が有効手段として挙げられる】
幸い、ワイバーンはハヤトの存在に気づいていない。あくびを挟みながらキョロキョロと周囲を少し警戒する程度だ。
ーー打撃が有効とわかった以上、やるなら今!
そう思ったハヤトは迷わず地面を蹴り、ワイバーンの頭上まで瞬時に跳ぶ。ハヤトとワイバーンの目が会う。だが、体が追いついていない。
拳を構えて本気の一撃を脳天に叩き込む。
ドンッ──!
鈍い音とともに巨大な頭部が地面にのめり込む。しかし、鋼のような鱗を直撃させたハヤトの手には、強烈な痺れが走った。
「イッテェぇぇ!?硬すぎんだろ!」
死神にも痛覚はあるらしい。
不意打ちに本気の一撃、しかも脳天。勝ちを確信したハヤトだが、ワイバーンは何事もなく起き上がる。殴った箇所が少し凹んだ程度、ダメージは皆無に近い。
激昂したワイバーンが鋭利な爪をハヤトに繰り出す。だがもちろんすり抜けるだけ。
「鋭い爪みたいだが、効かないんだよなこれが」
ハヤトの態度に舐められていることを察したワイバーンは口を開けて大きく息を吸い込む。歯の隙間から紅の炎が顔を出している。
「マジかマジかマジか!?」
次の瞬間、強烈な炎がハヤトには放たれる。
間一髪で跳躍し回避するハヤト。物理攻撃は効かないが、炎はどうなるのか。わからない以上、全力で避けるしかない。
だが避ける際、ハヤトは"熱"を感じた。これは死神の特性でも炎は無効化できないという証拠でもある。
「どうやら死神に"炎"は有効らしいな」
それを理解したのはワイバーンも同じ。執拗な炎を追撃がつづく。
「持久戦だな!ワイバーン!」
ハヤトは冷静に状況を分析する。ワイバーンの炎には大きく息をするという予備動作があり、集中していれば回避は容易い。さらに自分には疲労という概念がない。持久戦ならどう考えてもハヤトが有利だ。
数分にわたる攻防の末、ワイバーンは明らかに息を切らし、炎を止めた。そして、勝機なしと判断したのか、翼を広げて上空へと飛び去っていく。
「よし、追い払ったぜ」
ハヤトが安堵し、背を向けたその瞬間だった。
上空で旋回していたワイバーンが、急転直下。獲物の油断を逃さず、隕石のような重力加速度でハヤトの眼前に降り注ぐ。
ドンッ─!!!
凄まじい衝撃に大地がゆれ、ハヤトがよろめく。
その隙を逃さず、ワイバーンは至近距離から過去最大の炎を吹く。
ーーこれは、避けられない。
「でも死ぬ訳にはいかねぇよな!?異世界生活、まだまだ始まったばっかだぜ!」
ハヤトは咄嗟に右腕を突き出した。
「スキル発動!『聖光の斬撃』」
勇者スキルの一つを唱える。
ハヤトの右腕が煌々と閃光を放つ。光は一点に収束し、純白の刃へと姿を変える。
放たれた一閃は、襲い来る炎を真っ向から切り裂いた。その勢いのまま、ワイバーンの太い首をも容易く両断し静寂が訪れた。
「ワ、ワイバーンが豆腐みたいに切れた...」
『光の勇者』
世界にたった四人しかいない勇者の一人。選ばれし存在。
今までは死神にしか注目していなかったが、光の勇者の力もとてつもない。
「もしかしたら死神以上に...」
「……まずはギルドだな」
スキルを使う為鑑定士は必要。それがどこにいるのか知るまでには、ギルドで情報収集するのが早いだろう。
それに冒険者になるにもやはりギルドが必要。現状の最優先事項だ。
「こいつどう処理すればいいんだ?」
ハヤトはワイバーンの巨大な死体を見下ろした。倒したはいいが、さてどうしたものか。
「このままにしとくか?いやでも放置すんのはまずいかもな」
「うーん……わからん!とりあえず持っていくか!」
考えるのを早々に放棄したハヤトは、ワイバーンの巨体を無造作に担ぎ上げた。切断された頭部もしっかりと脇に抱える。
今思うとこのバカ力も死神ではなく勇者の影響なのかもしれない。まぁ、ハヤト自身はどっちでもよかった。
「よし、村のみんなをびっくりさせてやるか!」
ハヤトはそうして、ワイバーンの死体とともに堂々と村へと帰還した。
─────
ワイバーンを討伐したハヤトは、その巨大な死体を村の中央へと運んできた。
「よいしょっと」
ドスン、と重い音を立てて巨体が置かれる。首から先を失ったワイバーンの姿に、村人たちは一様に驚愕の表情を浮かべた。
「マジかよ、追い払うだけじゃなく、本当に倒したのか!? まだ三十分も経ってねえぞ!」
「しかもこの断面、一体どんな刃物で切れば、こんな綺麗になるんだ?」
異様な死体に騒然とする村人たち。だが、すぐに感謝の念が勝り、ハヤトの周囲には人だかりができた。
「ありがとうございます、冒険者様!」
「これで安心して買い出しにいけます!」
お祭り騒ぎのような歓声の中、一人の老人が前に出てきた。その手には、ずっしりと重そうな小袋が握られている。
「ワイバーンを討伐していただき、心より感謝します。少ないですが、これが報酬です」
ハヤトが袋を受け取り、中を覗く。金、銀、銅の硬貨が混ざっている。金貨が一番価値があることは直感でわかるが、相場はさっぱりだ。とはいえ、報酬をもらえるという事実は純粋に嬉しい。
ハヤトは異世界で初めて"お金"を手に入れた。
「ありがとな!」
人混みをかき分け、今度はトースが駆け寄ってきた。彼は木刀を構えると、無言でハヤトに一撃を浴びせようとする。
しかし、ハヤトはそれを難なく片手で受け止めた。
「くっそ! やっぱ強えな!」
「はっはっは! 力が足りんよ、青二才」
「ワイバーン倒してくれてありがとな、おっさん! これでやっと外で遊べるぜ!」
「だからおっさんじゃ……まあ、いいか」
死神の体に年齢の概念があるのかさえ不明だ。ハヤトはそう自分に言い聞かせ、肩をすくめた。
「なあ村長、この近くに街はあるか?ギルドに行きたいんだけどさ」
「それなら、"ブリージュ"という国がよろしいでしょう。小国ではありますが、武器屋や防具屋がひしめいており、冒険者の方にはうってつけの場所ですよ。ギルドもありますでしょうな」
「最高! そこに行くわ!」
ハヤトはフードを深く被り直し、報酬の入った袋の紐をしっかりと結んだ。
この村にいたのは、ほんの数十分。だが、異世界で初めて出会った人々の温かさに、ハヤトの摩耗していた心は少しずつ色を取り戻していた。
孤独感は薄れ、代わりに力が湧いてくる。ハヤトは決意を胸に、再び村の門をくぐった。背後では村人たちが名残惜しそうに手を振っている。ハヤトは振り返ることはせず、村長に教えられた道へと歩みを進めた。
─────────
ハヤトの姿が見えなくなると、残された村人たちはワイバーンの巨体を囲んで頭を抱えていた。
「で、この死体どうするんだ?」
ハヤトが軽々と運んできたとはいえ、村人全員でかかっても動かせるか怪しい代物だ。
「ワイバーンの素材は高く売れるだろ。街へ持っていければ……」
「バカ言え。こんなデカいものをどうやって運ぶんだよ」
「鱗を剥ぐだけで一苦労だぞ」
あーだこーだと議論が紛糾する中、トースがポンと手を叩いた。
「なら、みんなで食おうぜ!」
一瞬の静寂。続いて、ゲラゲラと皆が笑う。
しかし、冷静になって考えれば考えるほど、それが最も合理的で、かつ幸せな解決策であることに村人たちは気づき始めた。
「……案外、悪くないかもな」
「滅多に食えねえ代物だしな!」
「火が吹けるようになるかもな!」
こうして議論は終わり、村人たちは包丁を研ぎ始めた。
その夜、村の食卓には見たこともないほど豪華な肉料理が並び、ワイバーンの討伐を祝う宴が夜通し続いたという。




